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銀血の王

作者: 空焔

 ――涼やかな風がそよぐ心地の良い夜。

 空には身を飾るほどの満月が湛えられている。

 シンとした静けさを放つその光にはどこか恐怖すら覚える。

 だが、『彼ら』にとっては恐怖どころか、とても快適な、とても愉快な夜だった。


「血の気のない肉などに、よく喰らい付く気になれるものだ」


 歳は50前後だろうか。顔に幾分かのシワを刻んだ長身痩躯の紳士が、月の光を燦々と浴びながら、目の前の死体に群がる喰人鬼(グール)たちを見て呟く。


「ははは、マスター・ムンムはあまり血を吸えなくてご機嫌斜めなのかな?」


 長身痩躯の紳士の隣にいた、若い青年がそう言う。目は獣のように釣り上がり、顔にはヒトを小馬鹿にしたような笑みが張り付いている。その笑みにより強調された異様に長い犬歯。およそ、人間の物では有りえない長さである。

 そう、見た目こそ人の其れであるが、彼らは人間では、もう無い。

 彼らは、夜と共に生きる夜の眷族<吸血鬼>――ヴァンパイアなのだから。


 ヴァンパイア――夜と共に生き、他人の血を略奪することによって不老不死を手に入れた存在。

 不老不死といっても、陽を浴び、心の臓に杭を刺されたらそれで終わりなのだが。かといって、簡単に杭を打たれるほどヤワな存在でもない。

 実質、50歳程に見えるムンムの年齢は、その約10倍。<吸血鬼>の中でも古参に数えられるほどの古い血統だ。

 500年の時を生き、止まった死を体現してきた正真正銘のバケモノだ。


「フン、お前と一緒にするなオーギュ。高々200年生きた程度のお前ならそんなモノで満足できるかもしれんが、私は好んで男の不味い血を飲むなど、そんな趣味は持ち合わせてはいない」


 顔に刻まれたシワのせいだろうか、気難しそうな表情で隣にいるオーギュを罵った。

 彼ら、ヴァンパイアにとって、飲むなら女の血の方が良い決まっている。特に処女の血は格別だ。

 まったく汚れを知らない澄み切った血はとても甘く、どんな美酒を飲むよりも心地良い気持ちにさせてくれる。気に入った娘がいれば、そのまま隷属させるのも良い。

 それに比べて、男の血は尽く不味い。いや、不味いというよりは臭いものである。

 まだ十にも満たない子供ならまだしも、成人しきった男の血は汚れすぎていて飲めたものではない。ムンムが男の血を飲むとすれば、生まれたばかりの赤ん坊を骨ごと食むくらいか。まあ、腹の足しくらいにはなる。

 しかし、久しぶりに直属の配下であるオーギュに『食事』に誘われたは良いが、近くにあった寂れた村一つ、その村人全員をグールにするだけの遊びのような『食事』であった。

 処女といえば赤ん坊くらいなもので、大して自分を満足させられるものではなかった。


「まったく……貴様が直属の配下で無ければ、ディナーに付き合ってやる義理もないのだがな」


「なんだよ、マスター。折角、マスターのために子供が新しく生まれた村を選んだのに、気に入らなかったの? それに、女は全部マスターにまわしたでしょう〜? 別に不味くたってお腹が満たされればそれで良いじゃんよ」


「お前は……。その体になって、もうそろそろ200年になるだろう。もう少し、威厳というものを持て」


 ムンムのように500年ほどヴァンパイアをやれば、ヴァンパイアの地位としてはそれなりに高い。しかし、その配下であるオーギュは食べるだけ食べ、眠るだけ眠るという性格をしていて威厳も何もあったものではない。

 彼ほど高貴なヴァンパイアから見れば、それは情けない光景に見えた。


「威厳って言ってもねー、元々こんな性格なんだから仕方ないじゃないか」

「別に性格を変えろとは言わん。私に恥をかかせるような行いさえしなければ良いのだ。遊びで村の人間を全てグールに変えるなど、三流以下の者がやる事だ。食事はもう少し謹んでやれ。 『あの方』の理想に反することはするな!」

「はいはい、分かってますよ。吸血鬼の理想郷を創るには人間が欠かせないから、あんまり乱獲するな、って言うんでしょう? それにあの方、あの方ってマスターは口にするけど、僕は実際に会ったことが無いから今いち乗り気になれないんだよね〜」

「人間というパーツが必要なのは勿論だが。『あの方』の理想はそんな単純なことではない。既に、この大陸の三分の一が我らの手中とはいえ、未だ残されている勢力は弱きものが淘汰された中での強者だ。それがどれほど難しいことか、200年しか生きていない貴様でもわかるだろう!」


 更に顔のシワを深くさせながら、オーギュを叱咤する。

 細い目から見える赤い瞳には、殺気すら窺える。

 ムンムが『あの方』の話をするときはいつも真剣である。それほど『あの方』に対しての思いが深いのだろう。いくらマスターとはいえ、正直、オーギュはその話にウンザリしていた。が、自分を夜の眷属として迎え入れてくれたムンムには感謝している。

 血液を吸うという、人間の時なら禁忌とされていた行為を自分は、生きるためでも、娯楽のためにでも行える。

 血を吸うという行為は、人間の時に経験した如何な快楽よりも心地のよいものだった。略奪する喜び、生命を陵辱し自分のものにするという歓喜。初めて体験したときは食事中に何度も勃起し、逝ったことか、今でも忘れられない。

 そう、彼らは吸血鬼――血を吸う鬼、そういうイキモノなのだから。人間が性交に快楽を見出し繁栄の道を進んだように、彼らもまた、血を吸うことに快楽を見出し不死という繁栄を手に入れたバケモノだ。


「わかっているよ。だから、早く力を付けるために、こうして好き嫌いなく生命を略奪してるんじゃないか。ヴァンパイアは年数で地位が決まるけど、力は単純に奪った命だけ強力になる、って教えてくれたのはマスターだぜ?」

「フン、一人前のことを言う。しかし、矢鱈滅多と、雑多な臭い血などを口にしていては、力の足しにもなるまい」

「別にいいじゃないか。それに、男にだって美味しい血を持った人間もいるんだよ。あそこで倒れている奴も中々に美味しかったし。まるでマスターの好きな処女の血みたいだったよー」


 大きく口の端を上げて笑いながら、オーギュに血の気を全て吸われた上に、残った肉さえもグールに食べられているかわいそうな男の死体を、ムンムより幾分か明るい赤い瞳で見遣る。

 周りに散らばる荷物を見る限り、恐らくは旅人だったのだろう。

 ヴァンパイアの支配するこの地域で、一人だけでこんな夜に山奥の村に辿り着いたところを、ちょうど村人をグールにし終えたオーギュたちに襲われたのだ。


 真逆、危険を冒してまで夜の山道を越えてやっと着いた村でその危険に襲われるのだから、なんと運の悪い。

 50人程度の村だったが、その殆どの血を吸っているというのに、オーギュは躊躇いなくその旅人に喰らいついた。吸血鬼の中でも『大口』と呼ばれるほど暴飲暴食を繰り返すオーギュにとっては、食事の後のデザート程度の扱いだったのかもしれない。

 もしも、この村を襲った吸血鬼が他の者だったならば、最悪、グールと化した村人に喰われるか、逃げられるかは出来たかもしれないのに。

 動きが緩慢なグールではなく、常人の力を逸脱した吸血鬼のような化け物に襲われたのでは、どうにも逃げようが無い。まあ、旅人が生きている間に逃げようと思える時間があったかは別であるが。

 フードを被っていたので、はじめ血を吸ったとき、それが男だとは分からなかった。甘く、喉に流れ込む血の感覚は処女の血そのものだったからだ。男だと気付いたのは、血の気を失ったソイツの顔を確認してからだ。

 取り敢えず、このままグールになられても、人数的に困るので、グールどもにその死体を処理させている。


 「ほら! いつまで、食ってるつもりだよ。この役立たずどもが!」


 オーギュはまだゆっくりと食事をしているグールに歩み寄り、その一匹を思いっきり蹴飛ばした。蹴られたグールは軽く弧を描いたと思うと受身を取ることすらなく、激しく地面に激突し、地面に伏せたまま呻き声を上げる。

 それにまた近付いて、伏せたままのグールの頭を踏みつける。


 「まったく、非処女・非童貞の人間は本当に汚くて浅ましいねえ。血液なんて関係なく、肉を食むことしか考えてない。まあ、殺してやるだけありがたいと思ってねー。化物としてだけど」


 そう言って、踏みつけている足に力を込めていった。

 ぺしゃん、と目玉とか鼻とか付いた肉風船が割れる。肉風船に付属していた四肢は軽く痙攣し、そのまま動かなくなった。


 「ははは、本当にこいつらぁー、先刻まで命乞いしてた人間どもか――こいつも! コイツも!」


 無邪気な笑いを浮かべながら、まだ死体に群がっているグールを蹴飛ばす。先刻のグール同様、地面に伏せて唸っている。オーギュの攻撃が加えられないと分かると、再び、死体に群がる。


 「莫迦じゃないのコイツら? 邪魔になったら消されるだけなのにさ」

 「まったく、お前は何のためにそいつらを連れていこうとしていたんだ? 手駒にするためではないのか?」

 「グールはグール、所詮は元人間。手駒なんていくらでも増やせるさ」


 ため息混じりのムンムに、オーギュはそう答えた。

 元々、グールはオーギュが言ったように、吸血鬼に噛まれた非処女・非童貞の人間がなったものだ。そのグールに噛まれた人間も例外ではない。

 ここにいるグールだって、今襲ったばかりの村の村人たちである。もちろん、グールになるのも構わず放置したのはオーギュ。

 血を吸うため以外にムンムがそんなことする筈がない。ムンムの場合は、気に入ったものでない限り、グールにならないように食事の後はそういう処置をする。しかし、オーギュは吸ったら吸いっぱなしで始末すらしようとしなかった。

 日中、動くことが叶わない彼らは、従属させた死体を雑用を任せるために使役する場合はあるが。オーギュの場合はグールにまで変化させ、無駄に数が多い。

 ムンムはそれを手駒を増やすためだと思っているらしいが、オーギュにそんな気は更々ない。取り敢えず、目の前の半分以上無くなった死体がグールになる前に処理させることには役に立っている。


 「まあいい、もうそろそろ戻るぞ。これ以上、此処にいても仕方があるまい」

 「そうだね。マスターは忙しいもんね。んじゃあ、こいつらにさっさと死体を処理させましょうかね。オイ、お前ら、早くそれを――!」


 視線をグールに移す、とそこにあった光景を目の当たりにして呆然とした。先刻まで死体に群がっていたグールどもが急に地面をのた打ち回り。そして、


 「グゥワアアァァァァ!!」


 一体のグールが奇声を発したかと思うと、頭、胴体、腕、脚、そのすべてが不出来な風船のように破裂して、肉片があたり一面に飛び散る。どのグールも同様に、同じような奇声を上げ、破裂していく。

 ムンムたちはその異様な光景を、ただ見ているだけだ。ヴァンパイアともなった彼らが分からない出来事など、どうすることが出来ようか。


 「……一体、どういうことだ」


 ムンムは赤みを増した鋭い視線をオーギュに向ける。が、それを聞きたいのはオーギュも同じである。



 「私の体は美味しかったですか?」

 「「!?」」


 突然の声に、危機を覚えた二人は一斉に距離を取り、声のしたほうに視線を移す。


 「な……、お前は……!」



 人影があった。

 燦然と降り注ぐ月光が。人影を照らし出す。


 「な、貴様は……先刻の! なぜ生きてる!?」


 オーギュは驚愕を隠せないまま、その影に向かって叫ぶ。

 そこに立っていた人影はオーギュが血を吸った旅人そのモノであったからだ。気付けば、先刻までグールが貪っていた死体もいつの間にか消えている。それどころか、ズタボロにされたはずの衣服も、元のまま血痕すらついていない。


 「いやですねぇ。同族に向かってそんな口の利き方をするなんて」

 「何だと!?」


 同族――つまり、このフードを被った男は吸血鬼ということになる。

 顔は影になって見えないが、僅かに見える口元や声を聞くかぎりでは若い男だ。

 フードの男は微笑を湛えて、悠然と二人の前に進み出る。


 「驚くことは無いでしょう。此処は吸血鬼の中でも高位である『13貴族』の1人が治める土地です。貴方がたのように散歩に出る吸血鬼が他に居たとしても、別におかしくはないでしょう?」


 13貴族――その単語を聞いた瞬間、2人の顔が強張るのが分かった。警戒と殺気を込めてフードの男を睨む。

 ヴァンパイアにとっての『貴族』とは、単なる地位を表すものではない。人間だったときの地位や生きた年月など関係なく、『ある特徴』を持った吸血鬼たちが『貴族』と呼ばれるようになるのだ。

 それはこの地に存在するすべての吸血鬼たちの頂点に立つ、『始祖』と呼ばれる元々から吸血鬼として生を受けた存在の『直属の配下』であるということだ。つまりは、その『始祖』によって吸血鬼にされた人間に与えられる称号である。

 そして、その『貴族』となって存在している吸血鬼は、全部で『14』人……だった、昨日までは。


 不老不死の更に上にいる存在である『貴族』、本人が望もうと望まなかろうと、始祖に噛まれた事実があれば『貴族』として数えられる。その数が減るということは……つまりはそういうこと。

 だが、別に数が減ろうが増えようが、それはムンム達にとって瑣末な事でしかない。

 2人がこの男を警戒している理由は、また別なところにある。

 問題は、何故この男が『貴族』の数が減ったことを、『今』知っているか、だ。

 ある1人の『貴族』が死んだのは、昨日のことだ。

 『貴族』の死ともなれば飛躍的な速さで話は広まるだろうが、それにしても一介のヴァンパイアにまで話が届くには、まだ早すぎる。


 「お前。 何故、そのコトを知っている!?」

 「そのコト? はて、何のことでしょうか?」

 「惚けるな! 貴族は全部で『14』だった。それが1つ減っていることを何故、お前が知っている」

 「あぁ――それなら、有名な『貴族』が死んだのです。別に知っていたとしてもおかしくはないでしょう? ほら、貴方がたも知っていることですし」


 フードの男は特に惚けた風もなく、微笑を崩さないまま、常人には聞き取れないくらいの音でクックッと笑った。

 当然、常人ではない2人には、嘲るような笑いに聞こえた。


 「貴様、何がおかしい? よもや、そんな理由が通用するとは思っていないだろうな。

 精々、今の時点でそのことを知っているのは、始祖の使い魔によって連絡を受けることのできる『貴族』か、その直属の配下くらいなものだ。まあ、やられた貴族の配下なら知っているかも知れんが、そのヤられた『Thor』の領地は此処から4つも向こうだ、それもあるまい。あと、知っている者となると、残るは『Thor』を討滅した者、かだ!」

 「 ! ちょぅ、マスター待って!」


 弾かれるようにムンムの背後に逃げるオーギュ

 ムンムの瞳が見開かれる。。

 その赤い瞳は月光をはじくほどに金色の光を帯び、『視線』を文字通りフードの男に『突き刺した』。

 瞬間、全身を蔽うフードの至るところに穴が空き、何もない中空に磔にされた。


吸血鬼のみならず、高位、下位さまざまな化物が持つ『魔眼』。

 視線を合わせるだけで相手を魅了したり、麻痺させたり、精神を掌握したりする、一種の視線魔術だ。最高位のものになると睨んだだけで相手を石化させることも出来る。

 ムンムの持つ『魔眼』は、瞳に反射した光を物理化し、対象に突き刺すことが出来るというもので。魔眼としてはそう強力な物ではないが、相手と視線を合わせなくて良いだけ初手として使われれば、先ず回避は不可能だろう。


 「流石、マスター。は、可愛そうに、あんだけ食らえばいくら俺でもヒトタマリもないね〜。視界にさえ入れば、霧にでも変化しない限り回避不能だもんな」


 先ずは、足が落ちた。両腕が、胴が、首が落ちた。

 月光に貫かれるフードの男を見ながら、オーギュはマスターであるムンムの恐ろしさを再認識した。

 ムンムの魔眼を知っているからといって、発動から視界の中に入るまでの間に霧になって逃げられるかは五分だ。正直、ムンムに睨まれることだけは勘弁したい。


 「気を抜くな、オーギュ」


 未だ魔眼を発動させたまま、ムンムは背後のオーギュに声をかける。その言葉はムンムの表情ほどに硬い。

 そうだ、気を抜いてはいけない。ムンムの魔眼は何を媒体にするものだったか? 同族と言ったフードの男はどのようなバケモノなのか。 

 今夜は死人すらも生き返る満月の夜。彼らが最も不死者と成る時間である。

 一介のヴァンパイア風情なら、ムンムの魔眼でも再生が追い付く前に塵芥へと還すことが出来るだろうが、『Thor』程の貴族を討滅することなど無に等しい。もしも、フードの男が『Thor』を倒したのならこの程度で死ぬとは考えられない。


 「いきなり攻撃してくるなんて、ヒドイですねぇ」


 視界の外――上空から声がした。

 既にボロキレと化したフードから、瞬時に上へと視線を移す。上空に立つフードの男を見やった瞬間、『視線』を男に突き刺す。しかし、


 バリィン! ガリィン!


 と云う音を立てながら『視線』は砕かれた。

 男は、フードの袖から枯れ木のように乾涸びた腕を覗かせ、一払いで『視線』を一蹴した。

 続けざまに『視線』は男を襲うが、どういう訳か今度は男は何もしていないのに、(ことごと)く面前で砕かれる。


 「ふむ、粒子の物質化ですか……。いや、質量の固定化かな? どちらにしても、この力があれば第7位にも手が届きそうなものですが」


 いきなりの攻撃に怒る様子もなく、感心したように口元に笑みを浮かべた。

 未だ魔眼の攻撃を受けているというのに、まるで介していないようだ。

 砕かれる音が止み、静寂が広がる。

 最早、意味が無いと判断したのか、ムンムは目瞬きをして魔眼を解いた。


 「フン、やはり貴様か。『Thor』を討滅した者は……」

 「真逆、私ではありません。それは早計と云うものですよ」

 「ふざけたことを言う。

『貴族』が1人減ったことを知っている上にその不死性。そして、先刻の発言だ。貴様の言っている第7位とは、つまり『貴族』内の順位のことだろう? 現13貴族の内の第7位までの力を知っているとなると、普通の輩とは考えられまい。そもそも、このタイミングでそんなことを知っている輩が、態々、私の前に現れたと言うことは――『そう』としか考えられまい」

 「・・・・・・・・・・・・ふぅ。本当に私ではないのですがね。まあ、結局は『そう』なのですけどね。その前に――私の血を返してもらいますよ」


 フッと男の笑みが引き締まる。

 瞬間――


 「グッ…ゥアアアアアアァァァッ!!」

 「な……!」


 ムンムの背後から絶叫が響く。

 見るや、オーギュが渾身の力で体を掻き毟りながら地面をぬた打ち回っている。苦痛に目を見開き、歯を食い縛って耐えようとするが無意味だ。

 自らの内側から来る黒き衝動。

 初めは腹が裂けた。 膨張した腹から村人50人分の血液が噴水のように噴き出す。

 その勢いに任せて肋骨が『開く』。目から、鼻から、口から、あらゆる穴から赤い液体を垂れ流すイビツなオブジェの出来上がり。

 先刻のグールのように全てが破裂することはないが、神経反射でビクン、ビクンと痙攣を繰り返している。なまじ不死なだけに絶命は許されず、痛みと云う電気信号が脳を焼き尽くす。


 「貴様…!」

 「そう睨まないで下さいよ。私は、私の血液を返してもらっただけなんですから」


 フードから両腕を前に出してニギニギしてみせる。もうそこには先刻の枯れ木のような腕はない。


 「何をしている、オーギュ! 早く身体を再構成させろ、本気でいくぞ!」

 「……っ、―ァ」

 「どうした、この満月の夜なら再構成も簡単だろう!」

 「マス、タ・・・・・・そ、れが―から・・・・・・が――なおら、い」


 息も絶え絶えに、というよりは、もはや死体が喋っている状態だ。この状態のまま放置すれば、本来来るべきはずの死が訪れるだろう。得体の知れない焦りがムンムを襲う。


 「それは、そうですよ。私の『血液』を飲んだのですから」

 「・・・・・・それは、どういうことだッ!」

 「姉さんから――私のことを聞いてはいないのですか?」

 「姉、だと?」

 「そう、貴方がたの主――始祖『ナイア=ネルヴァンデス』」

 「ぐあぅあああぃあぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 言い終わると同時。

 剥き出しだったオーギュの心臓へ、慈悲と言わんばかりに男の抜き手が突き刺さる。次の瞬間には、オーギュの身体は月光に焼かれるように燃え上がり、そして灰に還った。


 「オーギュ!!」

 「さて、これで2人になりました。改めまして、私の名はグゥヱンと申します。13貴族、第13位『Gift』殿。あなたに――決闘を申し込みます」


 グゥヱンと名乗った男は、慇懃に恭しく一礼した。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「? どうしました?」

 「そうか、貴様が・・・・・・ッ。『あの方』の敵かッ!! その決闘受けたぞ! 『銀血騎』―グゥエン=ネルヴァンデスゥゥゥーーッ!!!!!」


 世界が白く塗り潰される。

 ムンムの身体から白い霧が出たかと思うと、一瞬にして辺り一帯を包み込んだ。吸血鬼の視力を以ってしても自分の手の先を見るのがやっとである。ここまでの濃霧だと、視覚に頼るのは意味がない。ただグゥヱンに、視界を奪われた同様など皆無であった。


 「へぇ、姉さんは私を『銀血騎』と称しているのですか。なるほど、云い得て妙ですね。 あ、あと私の名前はグゥヱンです。間違いなきよう、お願いしますよ?」

 「戯言を! この銀血の同族殺しめが。 何故『あの方』の邪魔をする!」

 「何故って、『吸血鬼の世界を創る』。なんて、そんな馬鹿げたことをする姉を止めるのは、当然でしょう。それは私たちの『役割』ではない。あと、同族殺しはあなた方も一緒ではありませんか。だって、あなた方は元・ニンゲン、でしょう?」

 「貴様と一緒にするな。私は無駄に殺しをしたことなどない。我ら『貴族』は、血液を以って生命の同化を果たす、故に、実質『殺した』人間など1人もおらぬは!」

 「そうですね。

確かに、貴方がたはそうやって永遠に命を先延ばしにし、他人の生を消費して自らの生を謳歌する。

しかし、貴方の部下は如何なものでしょうか? 貴方を慕うが故に、力を手に入れようと過多な命を取り込み、生命の同化に、精神が追いつかなくなり、血を吸うだけの鬼と化す。結果、あなたの蒔いた種によって人間は殺されてしまうのです。姉さんの望む世界とは、そういった、破綻した世界なのです。貴方だって判っているのでしょう、『お父さん』?」


 霧が流動する。

 刹那、視界の外から現れた獣の如き頤がグゥヱンの左肩に喰い込んだかと思うと、腕を肩ごと持って行った。噴き出す鮮血が霧の中に飲み込まれ、傷口を貪るように霧が殺到する。

 グゥヱンは衝撃によって飛ばされるようによろめき、泥濘に足を取られ地面に突っ伏した。


 「どうやら、貴方は気の短い方のようだ。いずれ、私の銀血によって訪れる『死』だったとはいえ、結局、止めを刺したのは私ですからね。『親』としては、まあ、怒るのは当然ですか」


 泥から首だけで上げた顔には、軽い笑みが湛えられている。 


 「・・・・・・血の記憶から読み取ったのか知らんが、他人のものを略奪するなど、貴様も私たちとやっていることは変わらんではないか!」

 「それは誤解ですよ。

『喰われた』のは私で、『喰った』のは彼です。記憶を読んだのは確かですが、だからといって、血液を奪ってなどはいません。私には、他人の血など必要ありませんからね。いや、そもそも、私たち姉弟には『吸血衝動』なんてものは『無い』のですから。それに貴族である貴方がたなら、血を飲まなくても生きていくことは出来るでしょうに。それほど・・・・・・独りが寂しいのですか? ニンゲンというものは」

 「――知った風な口を利くな・・・・・・!」


 立ち上がろうと泥濘についたグゥヱンの腕が(さら)われる。肘から先を無くした身体は、再び、泥濘へと沈んだ。先刻よりも泥の深度が増している気がする。 


 「一人で『足りている』貴様には分からないさ。人間にとって300年の孤独と云うものが、どれほどの苦痛であるか! 私とて、初めの300年は血などと云うものは呑まなかったさ。彼女――セレナと出会って、失うまではな・・・・・・・」

 「吸血鬼と人間の恋、ですか」

 「悪いか? 貴様の言うように、私は元人間だ。可笑しくは無かろう」


 グゥヱンは膝を突き、上半身だけ起き上がらせる。泥濘はさらに深度を増し、動いただけで身体が沈み込む。辺りが霧に包まれてから一分弱、今まで地面だったものは、最早、泥沼と化している。辺りからは果実が腐ったような甘い匂いが漂っている。

 なるほど、どうやらこの霧は触れるものを浸食し、腐らせるモノらしい。そんな風に分析しながら、流石『Gift』だ、と感心する。

 その霧の内でグゥヱンが顕現しているのは、ひとえに始祖の力のためだ。恐らく、この内で生きられるなど、13貴族以上の存在でもなければ無理だ。


 「それで、300年ものあいだ血を必要としなかった貴方が、何故?」

 「説明せずとも、貴様なら既に分かっているのではないのか? オーギュの苦しみを・・・・・・、セレナの無念を!!」

 「――『魔女狩り』ですか?」


 オーギュの記憶を顧みる。

 混血の化け物に対する人間の恐怖。オーギュの母親は魔女と蔑まれ、やがて火炙りになった。そして、異端狩りに殺されかけた彼の前に現れたムンム。命の恩人であるムンムの力になる為に、雑多な命までも力に代えようと血液を貪って、吸血鬼として段々、破綻していく精神。

 そこまで思い返してみて、1つ思い当たった。


 「なるほど、贖罪という訳ですか?」

 「そんな安い言葉で片付けてくれるな。そのとき私は悟ったのだ『あの方』の求める世界でしか、我々は生きられないのだと・・・・・・ッ!」


 □□


 始祖ナイアに噛まれ、貴族となる前の事だ。

 ムンムは、周りを四つもの国に囲まれていた豊穣の大地に城を構える、一国の王だった。その四つの国は互いに牽制し合い、ムンムの国を常々、脅かしていた。それほど、周りの国の食糧事情は切迫し、ムンムの国の食料は魅力的なモノだったのだ。

 王として、ムンムはその国を守りたかった。かといって、こちらから攻め入るほどの軍備もなく、人を殺さずに済むのなら殺さずにおきたかった。だが、周りの国はそうは行かない。自国を守るために本格的に侵攻してくるまで、そう時間は掛からなかった。

 四つの国がほぼ同時に、競い合うように、ムンムの首を求めて彼の城を強襲した。

 城下は戦火に飲み込まれ、人々の叫喚が耳の内を蔽い尽くす。あと半刻もすれば、この王の間に敵の兵士たちが乗り込んでくるだろう。

 そんな時だ、扉が開かれる。

 脇にあった剣を鞘から抜き取る、がそこに敵影は無い。ただ其処には、銀色に輝く美しい髪をもった美女と、連れ添うように立つ紺碧の鎧を着た男が立っていた。

 先日、この国にやってきた旅の者だ。何処の国だかが、魔物をこの国に送り込んできた際に、丁度通りがかった彼らがその魔物を一蹴してくれたのだ。その後、客人として城の一室に泊まっていてもらった。


 「ナイア殿か。こんなことになってしまって、申し訳ない。此処はもう危ない、今ならまだ間に合う。この場から逃げるのだ」


 客人を巻き込んだことを詫び、深々と頭を下げる。


 「貴方は? 逃げないのですか」


 心に深く染み入るような清しい声が、死戦に向かうために鼓舞していた心を浄化していく。


 「私はこの国の王だ。私が逃げてしまえば、民に迷惑が掛かる。私が玉座にいる間は、奴らとて民に目を向けまい。故に私は最後まで、この玉座にて敵を向かい討たねばならない」

 「そうですか。それでは、私達は貴方の力を貸して差し上げましょう」

 「は? いや、それは好意だけ頂いておこう。此処は私の国だ。関係ないあなた方に、迷惑は掛けられ・・・・・・・ッ! なっ、何を!」


 ナイアは、す〜っとムンムに近付き、覆いかぶさるようにしてムンムに抱き付き。そして、首筋に――牙を立てた。

 意識を埋め尽くす吸血される快感。人以外のモノに造り変えられていく嫌悪。そして、耳元に囁かれる『主』の言葉。


 「やはり、彼の見込んだ通り、貴方は素晴らしい人ね。私の国には貴方のような人が必要なのです。貴方には辛いことかもしれませんが、どうか一緒に、私達の国を創って行きましょう」


 ・・・・・・次に気が付いたときには、目の前に2人の姿は無く。100人近くの赤に染められた王の間が、ただ、あるだけだった。

 ムンムは力を手に入れ、そして、自分の国を守った。しかし、何故だろう、この喪失感は・・・・・・。

 神の力を手に入れたと民に湛えられ、この国で唯一の王になった。民や家臣は、化け物であるはずの自分を恐れるどころか、敬ってさえくれる。しかし、いずれ親しい人たちは死に、300年も経てばムンムは人間にとって恐怖の対象でしかなかった。それは、他の『貴族』が国を統治していく事毎に深くなっていた。

 ムンムは吸血鬼になって初めて、自分が何も持っていないことに気が付いた。永遠の命とは、周りを取り残して独りで生きていくとこだと。人間にとって人間以外の支配者は不必要な存在だと。そして、ムンムは国を別の者に譲り渡し、国を出ることにした。


 ――国を出て、ある村に立ち寄ったときだ。

 それがオーギュの母、セレナである。

見た目は平凡な村娘だが、気立てが良く、余所者のムンムにでさえ気負いすることなく接してくる。彼が吸血鬼だと知らないとはいえ、全ての者に安心を与えるその笑顔は、やがてムンムの渇いていた心の拠り所になっていた。そして、そんなムンムの心に触れるうちに、いつしか2人は愛し合うようになった。

 ただ、50近い風貌のムンムと、まだうら若いセレナの関係を良く思わない村人も多かった。

 人外の者であるという負い目を持つムンムが、村人に説得され、村を出る決心をするまでにそう時間は掛からなかった。セレナと共に村を出ようかとも考えたが、まだ両親が健在であるセレナを連れて行くなど出来なかった。


 それから十数年が経ち、吸血鬼と人間との抗争が激化し、『魔女狩り』が頻繁に行われるようになってからのことだ。

 未だ、城を構えることもなく、ただ旅を続けていたムンムの耳に、何気なしに聞いていた街の人間の会話が飛び込んできた。

 ある村で、化け物の子供を産んだセレナという魔女が、『魔女狩り』にあったらしい。次はその化け物の子供の方が処刑される、と。


 真逆と思いながらも、十数年ぶりにセレナの住んでいた村に足を向けた。彼の足を持ってすれば、半刻もあれば辿り着ける距離だ。

 最後のひと飛びで村の上空に踊り立つ。

 そこで、彼の眼に入って来たのは、風になびく聖堂協会の旗と、壇上に張り付けにされた青年を囲む、聖堂騎士の姿だった。

 その状況を見て理解した。

 『魔女狩り』にあったのは、あのセレナであると。そして、あそこにいる青年は自分の『息子』であると。

 あとは、一瞬だった。 

 壇上を避けるように村全体が霧に包まれる。霧が肌に触れた瞬間、それは皮膚を腐食させた。魔法を寄せ付けない鎧を着ている聖堂騎士であろうが、その霧を肺に取り込んだ瞬間に猛毒が身体を麻痺させ、泥のように内側から肉体を溶かす。

 自ら腐食していく恐怖を声に出来ないまま、村人を含め聖堂騎士たちは泥のように溶けて、死に絶えた。


 これで『息子』は助けた。だが、これからどうすれば良いのか?ここで助けたからといって、彼はまた人外の者として狙われるだろう。

 それでは意味がない。


 ―――私達の国を創って行きましょう


 不意に思い出される主の言葉。

 その言葉を意味するところは、吸血鬼の国を創るということ。それは、人間を踏み台にするということを前程にしたものだ。

 それは出来ない。人であった自分が、王であった自分が、民を犠牲にするなど・・・・・・。

 では、『親』としての自分はどうすればいいのだろうか? 彼の住みやすい世界を創るということは、主の望む世界を創るのと同意ではないのか?

 そうだ、セレナのように無念の内に死んでいく人間がいるのなら、そうなる前に自らの命として共の生きればいいのだ、と。



 そうしてムンムは、破綻した。


 □□


 「それで、結局はこんな不出来な世界が創られている。貴方にとって、こんな世界は住みやすいですか? 破綻していく彼を見て、本当に後悔はしなかったのですか? 生きているだけの世界など貴方は本当に必要としていたのですか?」


 泥沼に首まで沈み、顔だけになったグゥヱンは語りかける。


 「黙れ! 私とて、判っている・・・・・。貴様がオーギュを殺した時、怒りとは別に、何故か救われたような気もした。――だが、もう遅いのだ。この道を進もうと決めた瞬間から、私はあの方の望む生き方しか出来んのだ。それに、どのみち息子の敵を討たねばなるまい!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。姉さんも、罪深い人だ。では、決闘の開始といきましょうか」


 今まであった口元の微笑が真一文字に結ばれる。同時に、風が渦巻いた。風は一瞬のうちに巨大な竜巻と成り、霧を巻き込んで肥大化し、霧散した。

 霧散と同時に竜巻の中心だった場所に立つグゥヱン、喰い千切られた両腕は既に再構成が済んでいる。が、その表情は硬い。


 「ふ〜む、霧を全て吹き飛ばしたと思ったのですがね。これは『固有結界』でしょうか?」


 グゥヱンの試算では、既に霧は晴れているはずだったのだが。竜巻が消えた後も、自分は霧の中に立っていた。霧の外側より流動する気配を感じる。再び、襲い掛かってくる頤を紙一重で避ける。先刻は足を泥濘に取られたが、今は小さな風の渦のうえに乗るようにして立っている。軽く膝を沈め、大きく真上に飛んで二撃目を躱す。

 今度は山の頂に届くほどの勢いをつけて飛んだのだが、やはり、そこは霧の中だった。



 「ふん、良く避けられたものだ。だが、私の『血霧の牢獄』からは、如何な者も抜け出すことは出来ぬ」


 今度は背後から丸呑みにせんと、獣の如き頤が喰らいついてきた。グゥヱンは避けることもせず背後に向き直ると自ら左の肩口を差し出して、敢えて、喰らい付かせた。身体ごと持っていかれながら、自らに咬みつくモノの正体をみる。

 巨大な獅子を更に大きくしたような漆黒の獣。その風貌は、どこか気高き狼の如き荘厳な姿である。

 グゥヱンは右手を掲げ、巨大狼の眼に向かって抜き手を放つ。

 肩の根元まで深々と突き刺さる抜き手。しかし、まるで肉の感触がしない。突き刺した腕を払ってみるが、何の抵抗もなく外に抜ける。


 「これは・・・・・・『霧の狼』?」


 狼の口元が歪む。ブチブチッと音を立てて左の腕が喰い千切られる。支えから切り離されたグゥヱンはそのまま落下し、泥沼に沈み込んだ。


 「くはははッ・・・・・・。この『ムンム=ロボ=トゥワイゼン』の名は伊達ではないわッ! どのような攻撃も私には通用しはせん! さあ、どうした、グゥエン=ネルヴァンデス、そんなものでは私を殺すことは出来んぞ!」

 「ん、ぷはぁ・・・・・。はあ〜。かといって、そんな攻撃では、貴方も私を殺すことは出来ませんよ? あと、グゥヱンです」


 沼から顔を出し勢いよく飛び出す。腕の再構築は既に済んでいる。

 泥から勢いよく飛び出し、宙に立って次の攻撃に備える。

 ムンムの攻撃を避けながら、咬みつく瞬間の口に攻撃してみたり、風で霧散させてみたりもしたが、効果はない。霧が相手ではグゥヱンの銀血も役に立たない。


 「では、こちらは如何ですか?」


 襲い掛かってくるムンムと交錯すると同時に、手の内からほとばしる冷気。湿気は水へ、水は氷へと変わる。

 ――はずなのだが、絶対零度の冷気に晒されようとも、霧の狼は変化することなくグゥヱンの胴を喰い千切っていく。

 泥の海に四肢をばら撒かれながら、今度は巨大な火炎球をぶつけて反撃してみる。火炎球は大きく広がり、ムンムを呑み込むようにして圧縮爆発を起こすが、泥に飲み込まれる瞬間、霧の向こうに蠢く霧の狼を捉えた。


 「うーん、これも駄目ですか。しかし、いい加減、泥の海に落ちるのは飽きましたね〜」


 何度目かの再構築&泥の海からの帰還。そして、急に発生した紫電の鎚が、泥の海に落ちた。あとには泥海に浮かぶ、円状の硝子の大地とその上に立つグゥヱンの姿。


 「このままでは埒が明きませんね。申し訳ありませんが、貴方のフィールドから抜けさせてもらいますよ?」


 硝子の大地に波紋が広がる。と、思うや否や、硝子に沈むようにグゥヱンは呑みこまれて行き、最終的に残ったのは硝子の大地のみだ。

 既に波紋など起こっていない。


 「これは・・・・・・鏡面を利用した空間転移か!?」


 固有結界――簡単に言えば、現在、自分が存在する空間に、己の内側にある『世界』を展開し、その中に相手を誘い込む結界のことだ。固有結界の内は自分の領域であり、その領域にいる限り、己の世界のルールで戦うことが出来る。

 固有結界から抜け出すには、相手の世界よりさらに強大な固有結界をぶつけて相殺するか、相手を殺して結界を解除するかの二択が、主な選択肢である。 

 『血霧の牢獄』は自ら発生した霧を結界の中として、体内に閉じ込める形で展開する固有結界である。前者の場合だと、固有結界を展開したとしても、自分の身体から発生する『血霧の牢獄』には意味がない。『血霧の牢獄』の中に固有結界を展開しても、ムンムがその中にいれば、その固有結界の中に『血霧の牢獄』が展開することが出来るからだ。

 後者に関しては、霧を殺すことが出来ないので意味がない。

 この条件下で、この中から抜け出すには、大距離のテレポートをするか、別次元を経由して結界の外側に出るかしかない。  

 空間転移の方法のひとつに湖や鏡を使ったモノがある。

 その場合、同じような湖か鏡の『対存在』に向けて空間転移する。グゥヱンが鏡面を使った空間転移をしたということは、対象となるもう一対の存在が必要だ。

 ムンムは結界の外に意識を向ける。

 近くに・・・・・・・・湖はない筈だ。鏡は、村の中には存在しているが、既に村は『血霧の牢獄』の内にある。村の鏡に転移したといて、この内に居るのなら直ぐに居場所は分かる。


 「何処に行った?」


 『血霧の牢獄』内には居ない。

 直ぐ近くに、転移できるような場所もない。先刻の発言からして、逃亡したとは考えにくい。では、何処に?

 泥海が波を上げ、うねる。それに耐えかね、泥海に飲み込まれる円状の硝子の大地。

 軋み、砕ける音だけが音が辺りに響いた・・・・・・・・。


 「ッ!  丸い、硝子だと!」


 そうだ、今日はどんな夜だったか。

 今日は、焼けるほどに眩しい満月の夜ではなかったか!?

 ムンムは霧よりも遥か上空に意識を向けた。


 「正解です。が、チェックメイトです」


 満月に映し出される影。しかし、それは今まで見知った人影とは違っていた。

 この眩いばかりの月光の中においても、決して艶を見せることのない黒い髪――いや、それは最早、黒と云う色で言い表せられるモノではない。それは、『闇』の髪だ。

 そう、盲人の視覚には黒と云う色はなく、たた闇が映っているのと同じで、彼の髪は色で括られる程度のモノではない。

 そして、髪を闇と称すのであれば、彼の着ているクロークは、譬えるなら『影』だ。

 クロークには僅ばかりの金の刺繍がされているが、その僅かな刺繍がハッキリと意識できるほど、希薄な存在をした影の色だった。

 それは、まさに夜の王の名に相応しき姿である。だが、その夜の王に似つかわしくないモノが2つ。

 銀色に輝く左目、そして金色に輝く右目――それはまるで陽光のような輝き。

 見ただけでは誰か分からなかったが、口元に薄く湛えられたあの笑みはグゥヱンのものに間違いない。

 一瞬、その姿に見惚れてしまったが、ムンムは直ぐに思考を変えて、霧を天に立つグゥヱンへと伸ばす、が・・・・・・。


 「な、何だコレは!」


 そう言ったはずだった。しかし、言葉として出ないどころか、口すら動かない。口だけではない、腕も、身体も、霧さえ流動することを許されない。

 まるで全てが凍りついたかのように動かない。冷気を感じないところから空間が凍結したのではないことは分かる。凍結程度なら霧の毒素によって直ぐに氷解する。が、これはそんなレベルのものではなかった。

 完全に空間が止まっている。


 「言ったでしょう? その力があれば、第7位にも手が届く、と。まあ、私のは、それの応用ですがね。その霧に頼らず、魔眼で勝負していたら良い勝負が出来たのでしょうが、残念です」


 月光を物理化して敵を貫くムンムの魔眼と比べて、この力は視界に入っている景色を空間ごと『固定化』してしまっている。

 原理としては同じようなモノだが、それに注がれる力の大きさは段違いである。視界に入っているものを固定化できるとはいえ、村を含む、森全体を包み込むほど広範囲に広がる霧の海を、その範囲に捉えていることを考えれば、その力がどれ程のものか理解できるだろう。

 固定化された空間は外の空間と隔離され、別空間へと創り変えられる。そこには時系列を同じとするだけの空間の檻が出来上がった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」


 グゥヱンに向かって呪詛の言葉を吐きかけるが、それは言葉にはならない。口を動かせたとして、音の振動すら許されない世界だ。ムンムは厳しい瞳でグゥヱンを睨み返した。

 反対に、慈悲深い笑みを向けるグゥヱン。


 「では・・・・・・サヨナラです。再び生まれる時は、昼の中で死ねるよう祈っていますよ」


 固定された空間に、『光』が誕生した。

 それは、太陽の光だ。

 夜の眷属の天敵であり、不死者を灰塵へと還す。

 だが、それは不自然だ。なぜなら、夜明けまではあと4時ほどあるはずだ。

 故に、それは誕生したと云う言葉がしっくりくる。


 グゥヱンは左目を瞑り、見開かれた右目からは、先刻、誕生した太陽の光と同じ色をした金の瞳が輝いていた。

 その先には、対を成すように小さな太陽がひとつ。

 これこそ、グゥヱンの持つ右の魔眼――『無限の黎昏』

 魔眼と云うよりは、右目そのものが小規模な太陽なのかもしれない。


 さらに肥大する太陽の光。固定された空間の中は目を蔽うほどの光に埋め尽くされていく。

 不思議なことに、太陽の光と熱はその空間から外へ出ることはない。

 光はあっという間に、隔離された空間を埋め尽くす。その光景は、自ら金の光を放つ宝石箱のように輝かしかった。

 6,000℃を越す光の奔流、時には100万℃のフレアによって固定化された空間が軋む。

 中に存在しているすべての物質は6,000度以上の熱に焼かれ、灰すら残すことなく美しく灼滅する。

 それは、霧となっているムンムですら物質である以上、例外ではない。

 太陽の下でも死ぬことはない貴族という存在であるが、それは如何な者も存在することのできない領域で生きていける程のものではなかった。

 断末魔すらなく、一瞬で、ムンムと云う存在はこの世から焼滅した。


 残るは太陽を納抱した隔離空間がひとつ。

 光を増す空間はムンムの死を悟ったかのように、焼滅と同時に萎縮を始めた。そして、それは掌に収まる位の大きさになったかと思うと、一際大きく瞬き、最後は音もなくその内でビッグバンを起こし、空間ごと消えて無くなった。

 あとに残るは、辺り一帯を長方形状にごっそりと消失した丸裸の大地。場所によっては、不自然な形で抉られた山も見受けられる。

 あの霧の中では、生きている生物などは居なかったとはいえ、少々やりすぎたかもしれない。

 丸裸の大地に降り立つグゥヱン。泥の海ごと空間を固定してしまったので、土地が低くなってしまっている。


 「うーん。これは少し、やり過ぎてしまいましたかね〜? やはり、滅多なことで始祖の力を使うのは良くないですね」


 その人ならざる存在感を持った姿であるが、口調は相変わらずである。

 何もない大地の真ん中で月光に照らし出されるその姿は、幽鬼か、悪魔か、はたまた神のようであった。


 パチ、パチ、パチ。


 と、夜の支配する静けさの中で、乾いた拍手の音が響き渡った。

 グゥヱンは相変わらずの様子で拍手のした方にゆっくりと身体を向ける。

 いつの間にそこに居たのか、髪をツインテールにした金髪碧眼の美少女が笑顔で手を叩いている。笑顔といっても、グゥヱンのソレとは違って、薄ら寒く不気味な印象をうける笑顔だ。喩えるなら、笑顔のマスクを接着剤でも塗りたくって固定したような感じである。

 少女はそのままグゥヱンの前まで歩み寄る。身長はグゥヱンのお腹に顔がくる程度で、後ろ手にグゥヱンを見上げてくる。


 「流石は、お兄様〜。容赦はありませんわね。そんなに、ナイア様が嫌いなのかしら?」


 ころころと明るい屈託のない声だ。甘えたように、それでいて愛しげにグゥヱンをきつく抱きしめる。薄ら寒い笑顔はそのままだが、どこか嬉しそうでもある。


 「姉さんの『使い魔』を、妹に持った覚えはありませんよ、ティンダ?」

 「え〜、別に良いじゃありませんの。私は、お兄様とナイア様を繋ぐ連絡係として生まれましたのよ? なら、妹でも可笑しくはありませんでしょう?」

 「連絡係、ね。ティンダは、私の動向を姉さんに伝えるだけで、姉さんからの伝言など私に持ってきたことはないと思うのですが。そろそろ、姉さんの居場所を教えて頂きたいものなのですがね」

 「あはははぁ〜、それを言われると心苦しいのですわね。でも、ナイア様に口止めされていまして、それは無理なんですの」


 グゥヱンによじ登り、肩車の状態でしがみ付くティンダと呼ばれた美少女。

 その行動は自由奔放を通り越して、意味不明である。恐らくは、グゥヱンに対する愛情表現なのだろうが、普通の人間なら迷惑この上ない。


 「ところで、貴方は何故こんなところに?」


 ティンダを抱きかかえながら地面に下ろす。

 物足りなさそうにするティンダだが、再び、薄ら寒い笑顔を浮かべなおした。


 「昨日に続いて、14貴族の1人がまた亡くなったようなので確認に来ましたの。昨日のほうの人間には、正直、感心致しましたが。真逆、今日14貴族を討滅したのがお兄様だったとは驚きでしたわ」 

 「いやいや、これも友人の手伝いのひとつでね。私には詮無きことでしたが。それにしても、『彼』に感心ですか・・・・・・。どんな様子でした、『彼』は?」


 ティンダは笑顔のまま驚きの表情をしてみせる。

  

 「あら、あの人間。

お兄様のご友人でしたの? 人間なのに、貴族である『Thor』を倒すなんて、それは私でなくとも感心致しますわょ。しかし、お兄様が力を貸したのでしたら、納得ですわね。・・・・・・・・・・・・えと、この場合、ナイア様にはどう連絡したものでしょうね? お兄様が貴族の1人に手をかけたと知ったら、ナイア様、悲しみますわ〜」


 眉根を寄せ、困った顔を作ってみせる。が、その言い方には本当に困っている様子はない。


 「別に、そのまま伝えて下さい。気にする必要はありません。で、彼の様子に付いてなのですが、聞いても良いですか?」

 「あら、申し訳ありません、そうでしたわね。え〜と、そうですわねぇ・・・・・・・」


 唸る風音。 

 刹那―――漆黒が煌めいた。

 黒いナニかが、グゥヱンとティンダの間に割り込んできたかと思うと、その黒い何者かの両手にしっかりと握られた漆黒の大剣が、ティンダの首に目掛けて横薙ぎに払われる。

 時間にして、まさに刹那。

 目瞬きした瞬間にコトは終わってしまう。

 大剣の切っ先が綺麗な弧を描く。間を置いて、風の渦巻くのが分かった。


 「まさに、こんな感じでしたわ〜」


 いつの間に移動したのか、間髪居れず、ティンダの声がグゥヱンの背後からした。

 それに反応するように黒い何者かは跳躍し、グゥヱンを飛び越えようとする。

 丁度、グゥヱンの視界にその姿が、月を背後する形でくっきりと映し出された。

 それは人の形をしてはいるが、全身に獣を連想させる漆黒の鎧を身に纏い、その身長と同じほどの漆黒の大剣を振りかぶっている。バケモノの自分が言うのもなんだが、それは吸血鬼よりも異形で、溢れるほどの殺気は魔人を想わせる。

 その獣じみた鎧は大剣を両手逆手に持ち、ティンダを串刺しにするように突きおろす。しかし、手応えはない。

 先刻と同様、剣が触れたと思ったときには残像も残さずに消えている。刹那の剣撃を以ってしても捉えられないその速さに、始祖の使い魔であるティンダの実力が伺える。

 深々と、鍔元まで地面に突き刺さる大剣。ここまで深く刺さってしまうと引き抜くのは容易ではないが――鎧は次の動作にはその大剣を引き抜き、グゥヱンに背中をする形で、大剣を正眼に構えた。

 そのフルフェイスの奥から聞こえる激しい呼吸音が、ソレが『真っ当』に生きている生物だと証明している。しかし、こうも動ける人型の生命が、この世に存在していていいのだろうか。


 「お兄様のご友人としては、少々いただけませんけどね。話も聞かずに襲い掛かってくる非礼については、お兄様の顔に免じて、今回は無かったことにして差し上げますわ」


 辺りに気配を配る。

 が、視界の内にはティンダの姿はない。気配すらも窺うことはできなかった。ただ声だけが、直接、頭に響いてくる。


 「では、お兄様。私は『Gift』の死を、報告に戻らなくてはいけませんので。これにて失礼しますわ」

 「ああ、姉さんによろしく言っておいて下さい。あなたを――必ず殺しに行く、と」

 「フフ・・・・・・。では、またお兄様にお会いできることを、待ち望んでおりますわ。それでは、御機嫌よう」


 最後に微かな笑いを残してティンダは去っていった。

 この場に残っているのは鎧の何者かとグゥヱンだけである。


 ドガシャッ!!


 ティンダが居なくなったと理解したとたん、鎧は膝を突くことなく盛大に前に倒れこんだ。

 先刻よりも更に激しい呼吸音が、内側から聞こえる。

 グゥヱンは顔の近くまで歩み寄り、しゃがみ込んで、つんつんとフルフェイスを突付く。


 「おーい、クル君。生きてるかい? て、まあそんなに呼吸してるんだから、生きてることくらいは分かるけどね」

 「・・・・だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ら・・・・・・・・・・・・き・・・・・・・・・・・・・・・・な」


 中から聞こえるのは青年の声。

 クルと呼ばれた漆黒の鎧は、呼吸を激しく乱しながら答える。途切れとぎれだが、大体言っていることはわかった。


 「しかし、何で君がここに居るのかな? 『Thor』の領地はそんな近くなかったはずですが。それに、まだ一日も経ってませんよ?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・た・・・・・・ッ、オマ、ェ・・・・・・・よ・・・・・・・・・・・・・た」

 「なるほど、私のやろうとしていることを鎧の能力で知って、加勢しようと走ってきたわけですね。それと、無理に話すことはないですよ?」


 呆れるでもなく、ただ眉根を寄せて笑みをつくるグゥヱン。

 ここから『Thor』と呼ばれる討滅された貴族が居る土地は直線距離で考えて100里半ほど北の地にある。テレポートでも使わない限り、到底、一日ではたどり着けない距離だ。

 それをクルは、走ってきたというのだ。

 今までの話の内容からすると、『Thor』を討滅したのはクルで、そして彼は人間である。馬を使ったとしても、その半分が限界であろう。


 「しかし、無理をしましたねぇ〜。

えーと、両アキレス腱の断裂にジン帯の分断、両手、両足、アバラに到るまで粉砕骨折、少し脳の神経も焼き切れてますね。ふぅ〜、いくら私がこの鎧を通して貴方のダメージを肩代わりできるからといって、受ける痛みまではどうにも出来ないんですよ? どのみち今のクル君では『Gift』は倒せないのですから、私に任せて置けばよかったのに」

 「チ・・・・・・・ガウ・・・・・・」

 「うん? 何です」


 クルは起き上がろろうと片手を地面につくが、腕はガクガクと震えて上手く安定しない。相当の痛みが身体中に走っているはずだが、そんなコトはおくびにも出さず身体を起こして座り込んだ。


 「ソレは・・・・・・・・・・・・・・・・・オマエ、の・・・・・・・・・ヤク・・・・・ワリ、じゃ・・・・・・・・・ハァ、ハァ・・・・・・・・・・ないだろ」

 「ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ〜」


 グゥヱンは一瞬、面食らった表情をしたあと、口元をニヤつかせた。込み上げてくる笑いを抑えきれず大きく笑い出す。

 クルはその笑いの意味がよく分からず、居心地の悪いまま沈黙するしかなかった。


 「アハハハ・・・・・・・くっ、クク・・・・・・・は、いや、確かに、そうですね。確かに・・・それは私の役割では在りませんでしたね、ハハ」


 どうも釈然としない様子のクルだが、まあ良いと息を抜いた。

 クルは覚束ない身体に活を入れて、無理に起き上がろうとする。それを、そっと支えるグゥヱン。

 身体のダメージをグゥヱンが肩代わりしてくれているので、ある程度は動けるようになっているのだが。ここは、素直に助けてもらうことにする。

 グゥヱンはクルを両肩に担ぎ、持ち上げる。


 「はぁ・・・・・・・・・・・・。ですが、私は友人として、貴方の『復讐』を手伝うと決めたのです。私の役割とは関係なく私のしたいことをしたまでです。ですから、私に出来ることは私に任せてください」

 「――ああ、分かった」


 肩に担がれたまま、クルはそう言って頷いた。

 全身を襲う痛みはまだ引いてはいなかったが、もう慣れた。

 それ以上に、昨日、自らの手で最初の貴族を殺してから、此処まで走り通しで一睡もしていない脳が、全力を挙げて身体の機能を停止に掛かってくるので、眠くて仕方がない。

 この場は、グゥヱンに身体をまかせて、クルは眠ることにした。


 暫くして、グゥヱンの耳に寝息が聞こえてきた。

 いつの間にフードを被ったのか、そのフードの隙間から微かに見えている口元が薄っすらと笑みを浮かべた。そして、ふっと息を抜き、空に湛えられている満月を見上げる。

 燦然と輝く白金の月は彼らの道を指し示すように彼らを照らしている。

 グゥヱンはそんな月を睨みつけるようにして空を仰いだ。


 「・・・・・・姉さん、あなたの望む世界は、彼のような人間を生んでしまう」


 そこには誰も居ないと分かっていながら、ふいに口から言葉が漏れる。


 「それは、決して私たちの役割ではない。だから、やはり私は。いつか、貴方を・・・・・・!」


 両目が淡く光った。

 傾いた月は、それに呼応するように光が強くなった気がするが、それは気のせいであるだろう。

 夜明けが近いのだ。

 不死者の夜は終わり、生命に満ちた朝がいずれやってくる。

 今の自分の役割は、朝を目指して歩くことだ。

 夜を司る王にとっては分不相応な世界だが、今は、この友人と歩む昼の世界が、ただ平穏であるようにと思うばかりであった。



高校の頃に書いていたものを久しぶりに読み返して見て、あまりにもひどい出来だったので修正してみました。

 『修正』といっても文章的にはまだまだヘタレですが。

 折角、修正したので誰かに読んでほしくて投稿しました。感想などがあればよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 時々、難しい表現が出てきてわからない所が、あったけど ストーリー的には、すごく面白いし、何より一つ一つの表現がすごく細かく書けているので僕はとても大好きです。なのでがんばって     この「…
[一言] 拝読させていただきました。 久しぶりに硬派な吸血鬼モノを読んだ気がします。 楽しく最後まで読ませていただきました。
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