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罠です

作者:

自分には昔から不思議なことがよく発生していた。


蛙が身長よりも大きい体になっているのを目撃した。

兎が二足歩行して走っていた。

大きな犬の頭がよく見たら二つあった。

どれも話してみたけれど、誰にも相手をしてもらえなかった。



ある日何気なく井戸を覗き込んだとき。

いつもなら真っ暗な井戸の底には水しかないはずだった。 だったのだがその日は違うものが映っていた。

自分の顔が映っているか、枯葉やアメンボがいるのが普通である。

だが井戸の底には知らない場所があった。


明るいどこかの家の中のような、ここではない見知らぬ風景が自分の目には映った。


どうしてこんな井戸の底に家がある?

なぜ暗いはずなのに明るい場所がある?


おもわず手を伸ばした自分は知らず知らずのうちに体を倒していて。

そのまま落ちてしまった。



気がつけば自分は見知らぬ場所にいた。

目の前を着物を着た人が歩いている。 洋服を着ている人もいるが着物の人が多い。

周りを見ると井戸なんてどこにもなく、全く見たことのない場所にいた。

これは参った、そう呟く。 だが景色は変わらない。

不思議なことはよく遭遇していたけれどまさか自分が落ちてきてしまうとは。

家族は心配しないだろうけどやはり書置きのひとつでもした方がよかったな。


どこを見ても知らないのだから歩いてみる。

家はなんだか中華風なのだろうか、日本の様にはあまり見えない。

でも歩いている人は大体黒髪時折茶色といった感じで、話している言葉が分かるから日本であっているはずだ。

昼食時なのかあたりはおいしそうな匂いが漂ってくる。 ぐうとお腹がなる。

食べてみたいがお金は持っていないし、話しかけるには勇気がいる。

それでもお腹は空くし、とふらふら歩いていくと一つのお店に着いた。


それなりに繁盛しているようで何人か人がおいしそうに何かを食べている。

自分も食べたい。だがお金がなあ…と立ち止まっているとお店の中から人が出てきた。


「いらっしゃい。さあさあ立ち止まっていないで中に入りなよ」

「ああいや今お金が……」


そこまで言った途端、ぐううとまた鳴ってしまった。 これは恥ずかしい。

顔が赤くなっているのを自覚しながらもごもごとしていると、ふふっと笑われた。

金なし貧乏人がいると思われたなこれは。 なぜ見知らぬ土地で笑われなければならないのだ。


「まかないでよければ食べていきますか?」

「え!…ぜ、是非!」


天使だ。この人は間違いなく天使だ。

金なしの迷子だがいい人がいたものだ。


「こちらに座って待っててくださいね」

「はい!ありがとうございます!」


その人はエプロンで手を拭きながら厨房の方へと消えていった。

よかった。 とりあえず食べたらここのことを聞いてみよう。 とにかく何かを食べたいのだ。

腹が減っては戦は出来ぬと言うが、まさにその通りだと思う。

しかしどうしてこんなにもお腹が空くのだろうか?

井戸を覗いたときはまだお昼になっていなく、まだまだ余裕だった気がするのだけれど。


時計を見ようと店の中を見回してみたがそれらしいものは無く。

代わりにテレビはないかと思ったがそれもない。 ラジオはあったが時間とは無関係な音楽だけを流している。

ここの人は時計を見ないで過ごしているのか? そんな疑問を持った頃天使は帰ってきた。


「おまたせしました。片づけがちょっと終わらなくて……」

「いえいえ!こっちこそ押しかけてしまってすみません」

「いいんですよ。時々そういった方が来るので」


さすが天使。誰にでも優しいとは! これはモテるな。


どうぞ、と渡されたのは丼にかきあげなどがのった天丼だった。 どうやら余った具材を揚げたまかないだったようだ。


「遠慮なく頂きます!」

「はいどうぞ」


にこにこ笑っている天使に許可を貰って勢いよく食べる。 ……おいしい!

何だか今までにない味だ。 天丼なんて食べたことぐらいあるのに、なぜだろうか。 お腹が減っているからだろうか。

がつがつ食べている自分の前で天使はゆっくり食べているのを見るともう少しゆっくり食べようかと思ったが無理だった。 なぜか箸が止まらない。


数分後、きれいになった丼を見て満足した。

さっきまでの空腹感が嘘のように静まり返っている。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです。 本当にお腹が空いていたんですね」

「ああ、本当に自分でも驚くくらいです…ありがとうございました」

「いえ、いいんですよ。 それでどうしてあそこに?」

「それがですね、井戸を見ていたんですよ」

「井戸……ですか?」

「はい。信じられないと思うんですが、井戸を覗きこんだときにですね、落ちてしまったんです」

「ええ!?大丈夫なんですか?」

「ご覧の通り怪我はないのですが……」


ぱたぱたと腕を振ってみる。 うん、体に異変はない。

天使も心配そうな顔をしていたが、ほっとした様な顔に戻った。


「気がついたらここの近くの道の上に突っ立っていたんですよ。 見たこと無い場所だったんで驚きまして。 でもお腹が空くものだからふらふら匂いを伝ってきたんです」

「それでここの前にいたんですね。でもそれって……」


少し言いにくそうな顔をした天使は視線を逸らしてしまった。

なにかまずいことでもあるのだろうか? 不安になってしまう。

意を決したように天使はこちらを向いた。


「……こちらでは、そのような方を保護してくれる場所があります。あなたをそちらに案内してもいいですか?」

「何から何までありがとうございます!助かります。これで家に帰れますね……」

「ええ、よかったです。……あの、名前を聞いてもいいですか?」

「透です。 天…あなたの名前は?」

「春です。 よかったらまた来てくださいね」

「もちろんです春さん!」


笑ってくれる春さんにとてもいい気分になる。 やはり天使だ。

春さんも食べ終わった後に自分たちは連れ立って保護してくれる場所とやらに向かった。

その途中にお土産やがあったのを見て、お金が出来たあとで立ち寄ろうと決心する。



大きな門の前で自分と春さんは立ち止まった。

壁がずっと遠くまで繋がっているこんな大きな建物が保護施設らしい。

国家規模のものだとしたら随分と贅沢な使い方をしているな、とぼんやり考える。

春さんが一歩下がり、それでは。 そう一言で去って行ってしまった。


ああ春さん。もう少しお話したかった。

だがもう春さんは帰ってしまった。お店があったのに自分の相手をしてくれただけ有難いのだけれど、もう少し話していたかった。

そう思いながらもう一度門を見て、普通に人が出入りしている姿を確認してから人に流れて入っていった。



ここはどこなのか、この保護施設は自分を保護してくれるのか分からないまま進む。

人が所々に紙の束を持って歩いていたりする中、ふとポスターを発見する。

ぶつからないように歩いてよくよく見てみると日本語なのだが少し書いてあることが不自然だ。

何かの間違い探しのようなんだが。 何かひっかかると感じながら受付らしき場所に進む。


その受付はいろんな人たちが行きかう中で暇そうにしていた。

電話をしている人ぐらいしか忙しくしていないようだ。 自分が受付に向かって歩いているとこちらに気づいたようで笑いかけてくれた。


「すみません、お尋ねしたいんですが」

「はい、なんでしょうか?」

「えっと……迷子とかの保護施設だと聞いたのですが……」

「……はいそうですよ。少々お待ちください」


少しの空白の後、受付のお姉さんが一人いなくなった。

あと数人が残っているが、こちらを見て何か書き込んでいる。 どことなく居心地が悪い。

しばらくするとさっきのお姉さんが戻ってきた。


「おまたせしました。 ではこちらへどうぞ」


にっこりと笑って案内してくれるお姉さん。 こっちの人はいい人が多いのだろうか?

迷うことなく歩いて行くお姉さんの周りを忙しそうに何人もの人たちが早足ですれ違う。

みんな和服や洋服とてんでばらばらなのに社員とかじゃないのだろうか。

しばらく歩くとやがて一つの部屋に通された。 ここでしばらくお待ちくださいと言われてしまえば待つしかない。 もちろん待つさ。


だが待てども待てどもだれも来ない。

これは少し妙だと感じ、しかし解決することも出来ず。

落ち着きなく座ったり立ったりしているうちに人が入ってきた。


ノックもせずに入って来た人は大柄な男でとても威圧感がある。 何もしていないのに縮みあがってしまう。

その男を見るととても好意的には感じない。 迷子の子供なら大泣き決定だ。


「お前が迷子か。立て」


説明もなしに立てと言い放った男は無表情のまま腕を組んでいる。 これで逆らったら自分は殺されるんじゃないだろうか。 試したくないが。


慌てて立ち上がると首根っこを捕まれて引きずられてしまった。

なんだこれ、説明してくれと男の顔を見ると睨まれたような気がして何も言えなくなった。

ずるずると会話も無しに引きずられ、やっと解放された時には大きな部屋に投げ飛ばされた。


痛い!それに扱いが乱暴だ!

この無法者は何なんだ?


飛ばされた衝撃で痛めた尻を撫でながら男を見ようとすると既におらず、周りには数人の同じような人たちが座り込んでいた。


「なあ、ここはどこなんだ? 君たちも迷子か?」


誰も返事をしない。 みな一様に俯いている。

こっちへ来てからずっと分からないことだらけだが、更に分からなくなる。 この疑問が解決されるときは来るのだろうか?



しばらくして部屋の中でも大きな扉が開いた。

何が始まるのかと思い振り返る。 余りいい予感はしない。

何人も人が入ってくる。 全員がロープを持ち仮面を付けていて気味が悪い。


「何をするんですか?」

「生贄だ。お前たち迷子は生贄に捧ぐと決まっている」


生贄……だって? まさかそんな……

だが現実は変わらない。 ロープを持った人たちが次々と迷子たちの腕を後ろで縛り上げていく。

抵抗らしい抵抗もしないということは知っていたのか。


どうしたらいい。 どうやったら逃げられる。

春さんは知っていたのか?

分からない。 だが逃げなくては。


この部屋の扉は一つしかなく、やつらがいる方の後ろだ。 窓はない。

やつらは待ってくれない。 すぐに追いつかれてしまった。

仮面の男は腕をロープで結び出すとすぐに次の迷子に向かっていった。


逃げなければ。

しかしどうやって?


解決出来ないままに迷子たちは連行されていく。

外へと出て行けば人は避けて通り、入ってきた方とはいえ反対の扉へと向かう。

いつか映画で見たことのある奴隷の移動と似ている。


自分はどうなるのだ。 他の人たちも。

生贄と言われていたのならば殺されるのか。

ああ、どうしてこんな目に。


しばらく歩き広場についた。

中央に台座があり、周りに何人もの人がいる。

ここには誰も助けてくれそうにない。

太陽が頂点に達している。

影がどれも俯いているが、自分の影も前屈みになっている。


台座の上に人が立っている。

絶望感からかその人に角があるように見えた。 確かにこの状況、鬼がいても不思議ではない。

違う世界に来たのならばもう少し優しい世界に生きたかったな。

春さん……ごめんなさい。 会いに行けそうにありません。



「生贄よ、前へ!」






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