ネクスト
土日は大変だった。祝杯を挙げようと言い出した雛子が僕を監禁したり妙な薬品を飲ませようとしてきたからだ。けれどそれも日常茶飯事だったためいつも通り無事にそれらを回避した僕は月曜日も五体満足で登校した。そして放課後、僕達は今日も生徒会室に集まっていた。
僕は至っていつも通り。雛子は「祭吏っちが私の愛を受け止めてくれない」と不貞腐れていた。殺人衝動を愛とは呼ばない、とは昔から言っているのだけれど聞いてくれたためしが無いのだ。だからある意味では雛子もいつも通りと言えるだろう。しかし、ユリアが金曜にも増してげっそりしていた。
「また何かあったの?」
聞くと、ユリアは獣のように歯を剥いて答える。
「友人になれそうだと思えるくらいにまともなやつをやっと見つけたから声をかけたのだが、そいつに惚気話を持ち出されたのだ」
「いいじゃない、惚気話。そういうのは好きじゃないのかな」
「いや、惚気話自体は嫌いではないのだ。だが、そいつの言っている事がまったくもって意味不明でな……『彼ってば私の足の裏をとても綺麗だって言ってくれるの』『だから私も、彼の割れた腹筋を撫でて、頼りがいがあるねって返したの』『そしたら彼ってば、君の靴を舐めてみたいなって、恥ずかしそうに言うのよ。もーほんとに可愛い』こいつ気が触れているのかと思った……」
その話には覚えがあった。
「ああ、E組の清水だね。彼っていうのは、C組の金森のはずだよ」
「知っているのか?」
「僕が成立させたカップルだからね」
にこやかに答えると、親の仇でも見るような目で睨まれてしまった。
「あの二人、かなり特殊な性癖持ちだったんだよ。だからまともに彼氏彼女が出来なかったのだけれど、ならその二人をくっつけたほうが平和的且つ効果的だと思ったのさ。ほら、靴を舐めたいとか言い出す男と、普通は付き合いたくないでしょ? 男としても、筋肉の話しかしない女の子とは付き合いたくないもの」
そこまで言うと、ユリアは引き下がった。変わりに雛子が身を乗り出す。
「私は祭吏っちが私の靴を舐めたいって言ったら、喜んでいつでもどこでも靴を差し出すよっ」
「雛子は普通とは言えないからね」
常軌を逸した変人と言っても過言では無いだろう。
「もう、祭吏っちってほんとに素直じゃないなー。でも解ってるんだよ? 祭吏っちはこの学校の全員をカップル成立させて、私と二人っきりになってアダムとイブになろうとしてくれてるんだよね?」
「それでいうと僕ら以外の全員がアダムとイブだよね」
「貴様ら黙れ」
下ネタは苦手らしい、ユリアはいっそう不機嫌な声音で制してきた。
「で、今日はどうするんだ」
「どうするって?」
「プロジェクトの事だ」
「ああ」
正直、ユリアのほうから持ち出されるとは思っていなかったため反応しきれなかった。もしかして、僕の思惑に反して、ユリアはこのプロジェクトを受け入れてしまったのだろうか。プロジェクトに反発して投げ出して欲しかった僕としては非常に複雑な心境だった。
「次のターゲットは単純だよ。五条琢磨三年生と稲川亜衣二年生。二人共バスケ部だ」
「稲川さん?」
やはり、稲川を知っていたらしい雛子は反応した。
「有名な人間なのか?」
と、ユリアが聞くと、雛子は「少しだけ」と小さく頷いた。
「一年間で六回彼氏を変えた腐れビ○チだって皆が言ってたから、こいつだけは祭吏っちに近付けないようにしなきゃって警戒してたんだ。だから知ってるの」
「……おい、そいつをプロジェクトの対象にするのか、その、腐れなんちゃらを」
ユリアが僕を睨んでくる。僕は苦笑した。
「腐れって言い方は好きじゃないな。稲川だって本当に好きな人を見つけたらとっかえひっかえはしなくなるだろうし、稲川を夢中にさせられなかった男のほうにも非が無いとは言い切れない」
「じゃあ言い方変える。糞売女」
「悪化したね」
「んんっ」
再び下な話題に突入しかけたところでユリアが咳払いする。そこまでして聞きたくないのなら、自重しようと思った。
「私は反対だ。相手の事を考えずに無責任な交際を繰り返す者など、むしろ裁きを与えたいくらいだ」
「そうは言っても……」
なんと説得しようかしばし考えた。そして思いつく。
「五条三年生は最近彼女にフラれたばかりで傷心している。そして稲川は五条三年生の事を想っている。なら、このプロジェクトは五条三年生のためにもなるんだ。傷は癒やしてあげないと」
事実を少しだけ脚色しただけだ。
ユリアはそっぽを向く。
「失恋の後は悲しむ。それは人間の自然な行為だ。罪人が教会で懺悔するような物で、必要不可欠な痛みなのだ」
「恋愛は罪にはならないと思うけれど」
「例えだ、例え」
怒らせてしまったらしい。ユリアの声音はどんどん鋭くなっていく。
「だいたい、私はただでさえこのプロジェクトを快く思っていないのだ。それなのにそんな悪条件まで付くなど耐えられない」
どうやらビッチのためには戦いたくない、という事らしい。
「ねぇ、ユリア」
だから僕は語るのだ。未だそっぽを向いたままのユリアに。
「真実の愛を求めている少女が居た。しかし彼女は、なかなか真実の愛を見つけられずに居た。あの人か、この人かと、次次に男性と触れ合うけれど、心はそしらぬ所をさ迷ったまま。そんな少女が真実の愛を見つける、というのは、なかなかロマンチックな話だと思わない?」
ぴくん、と、ユリアの肩が動いた。僕は続ける。
「その少女はある時、傷付いた男性を見つけるんだ。その男性の傷があまりにも痛そうだったものだから、少女は手当てをしてやる事にした。幾日か療養を続けているうちに、二人は恋に落ちていた」
そろー、っと、ユリアの視線がゆっくり僕のほうへ向く。僕は両手を広げた。
「少女は初めて、真実の愛を見つける事が出来た。こうして結ばれた二人は、末永く暮らしましたとさ」
僕が手を下ろした時には、ユリアは完全に僕と向き合っていた。
「どうかな」
問うと、何かを誤魔化すように眉をひそめて答えた。
「……私は、貴様を監視するために行くだけだ」
少しだけ、ユリアの事が解った気がした。