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ライフポイント

 作戦決行は週末に行なう事にした。今は水曜日。つまり三日後だ。戸野上三年生に日を与え、しっかりと心を変化させるためである。ではその間は何もしないかと言うと、そうもいかない。カップル成立の効率化を謳っている以上、待っている間にも何らかのアクションを起したいところだ。


 僕は授業中、次のターゲットは誰にしようか考えていた。体育館にて、B組と合同で行なわれる体育の授業。僕はA組だけれど、一番仲の良いB組の智樹と柔軟運動をしていた。


「体育の授業ってさ、幸せだよな」


 と、前屈運動で僕の背中を押しながら智樹が言う。


「そりゃ、智樹は運動が好きだからね」


 根っからの体育会系だし。


 しかし智樹は「それもあるが」と、否定の意を言葉に示した。


「女の子の体操着姿が見れるって、実は感動もんなんじゃねぇかと、俺は気付いたんだ」


「俗な感動もあったもんだね」


 背中を押す担当を変える。


「昨日俺、飯島先生に職員室まで連行されたろ? そん時に教師達がよ。『校内での不純異性交遊は禁止にしたほうが良いんじゃないか』みてぇな話をしてたんだよ。ほら、この学校、カップルとか多いだろ? それを問題視してるみてぇなんだ」


 それは困ったものだ。


 勿論、この学校にカップルが多いのは僕の仕業だ。エロス&プシュケ・プロジェクトの功績とも言える。


「規則で恋愛を押さえつけるのは関心しないね。人の心は、他人にどうこう言われて変わるべきものではない」


「だよなー」


 適当に述べた建前に、智樹はうんうんと納得した。


「だがよ、カップル共もカップル共で悪いと思っちまう俺が居るんだよな」


 そう言って、智樹は体育館の真ん中に目をやった。男子は体育館の南側半分、女子は北側半分を使い、ネットで真ん中が区切られている。そのネット越しに談笑している男女が何人か居る。




『ダーリンの身体、すっごく柔らかいのね。見惚れちゃったわ』『ハニーこそ頑張って走っていたじゃないか。君のそういう姿、好きだよ』


『どうしてあたし達は、こんな網に妨げられないといけないのかな』『それは、世界が俺達に嫉妬しているからさ』


『たっくんどうしよう、私、男子がくんずほぐれつしてるの見て興奮してきちゃった!』『大丈夫だ、ユラ。俺も女子達の体操着を見て興奮してるから、安心しろ』




「――あいつらきもいよな」


 概ね同意である。


 柔軟運動が終わり、アップのランニングが始まった。網のところで談笑していた生徒達も、先生に怒られる事で渋々解散する。


「なんつーかよ、もちっと人目を気にしろっつうか、なんだっけ、ATMを弁えろっつうか」


「弁えるのはTPO(時・場所・場合)だね。ATMを弁えても貯金しか出来ないよ」


 走りながらそんなやり取りをする。今日は女子のほうの体育教師が出張で居ないため、男子のほうの体育教師が両方を監督しているのである。そのため、多少無駄話をしていてもばれない。あくまで多少。


「どうして、場所を選んで我慢できねぇのかね、連中は」


 まぁ、正論だろう。


「仕方ないよ。好きな人なんだし」


 適当な事を言っておいた。でも、事実仕方の無い事なのだ。なにせこの学校のカップルの多くは神に認められた仲なのだから、本能を丸出しにしてしまっても許されてしまう。性格を偽ったり作ったりする必要も無く神話レベルで結ばれているともなれば、多少タガが外れてしまうのは無理からぬ事だろう。決して、嫌われる事は無いのだから。


「俺だったらぜってぇ人目とか気にしちまうぜ。なにせ中学ん時から散々、ああいうのを目の当たりにさせられてきたからな」


 苦々しい表情を見せ、悪態を吐く智樹。彼は横目に、女子達のほうを見た。女子の中のとある一人に一瞬だけ視線を送り、しかしすぐに僕と向き直る。


 智樹は僕の知る限り彼女居ない歴イコール年齢の人間だ。だからリア充爆発しろが口癖になっている時期もあった。けれど智樹に彼女が居ないのは、性格が破綻しているからでも無ければ、著しく外見が劣っているからでもない。


「それは、僕の事を責めてるのかな?」


 苦笑しながら問うと、智樹は慌てて両手を振る。


「ちゃうちゃう。あの事はこれぽっちも気にしてねぇし、あれでまっちゃんを恨むのは筋がちげぇだろ。感謝こそすれ怒るつもりは毛頭無いっての」


 それを聞いて安心した。といっても、智樹が僕に怒っていないなんて事は既に知っている事なのだけれど。


 智樹は中学一年の時、日向雛子に恋をした。その恋、成就させてあげる、と言って彼に協力したのが僕だ。それが僕と智樹の出会いである。僕は、智樹と雛子を付き合わせようとしたのだ。しかし何度挑んでも、雛子の心に勝てなかった。高校に上がる頃には雛子に勝とうと思わなくなっていた。僕は諦めたのだ。


 対して智樹はそうならなかった。智樹は、智樹だけは雛子を諦められずに居る。今でも病的なヤンデレ少女雛子に想いを寄せているのだ。本人は諦めた風を装っているようだけれど、それは確実に僕に気を遣っているだけだ。


 ランニングが終わり、僕と智樹はバスケットボールのパス練習を始めた。練習といってもバスケ部員である智樹が、先生よろしく僕に懇切丁寧な指導をしてくれているだけなのだけれど。


「ところで智樹、最近恋愛相談とか、そういう感じの話って聞いてない?」


 パスを出しながら僕は聞く。


「んあ? あー、あるぜ」


 流れるような動作でパスを受け取った智樹が答える。智樹からはまれに恋愛事情に関する情報を教えてもらっているのだ。別に、僕の情報網よりも智樹の人脈のほうが優れているというわけではない。しかし僕とて万能では無いのだ。こうやってこまめに情報を集めなければ、いつか情報が枯渇してしまう。


「こないだバスケ部の先輩が彼女にフラれたらしくてよ、マネージャーが喜んでたんだわ」


「ほう?」


 ボールと共に交わされる情報の応酬。


「バスケ部のマネージャー、お前も知ってるだろ? 稲川亜衣いながわあいってやつだ」


 知っている。去年同じクラスだった、僕の同級生だ。今は確かC組だっただろうか。


「相手は五条琢磨ごじょうたくまって先輩なんだが、稲川はその先輩の事を前から狙ってたらしいんだわ」


「なる程、それは面白いね」


「だろ?」


 失恋して傷心した男を慰めるために近付く女。その構図は昔から鉄板的な物のひとつとなっているだろう。


 しかし、


「でも、稲川って他の学校の生徒と付き合っていたよね?」


 僕の記憶の限りでは、既に彼氏が居るというからプロジェクトの対象外にしたのが稲川だったはずだ。


「お前いつの話してんだ?」


 智樹は浅く笑って、受け取ったボールを指の上で回転させた。


「それは稲川のふたつ前の彼氏の話だろうが」


 ああ、そうか、そうだった。去年の夏休みまでは違う高校の生徒と付き合ってて、別れた後に二つ学年上の先輩と付き合ったのだったか。他にも色々と噂を聞いている。僕が直接記憶している限りでは二人だけれど、本当はもっと多くの男と交際し、そして別れているだろう。


「運命の人と出会えなかったんだね。可哀想に」


 全ての恋において一年保たずに終わってしまうなんて、哀れなものである。


「なに言ってんだ。バスケ部はイケメンが多いから入部したって事で有名な稲川が哀れむ対象になるわきゃねぇだろ」


 五条先輩には稲川の毒牙にかからんで欲しいね、と笑って、智樹がボールを投げてくる。僕はそれを受け取って、ボールを見つめながらしばし考えた。


「運命の人とさえ出会えれば、人は変われるよ」


 僕ならば変える事が出来る。エロスの矢を使えば、ちょっと命を賭ければすぐだ。


 僕がボールを投げなかったからか、智樹はパスをせがむように構えながら答えた。


「そうだといいがね」


 どこか投げやりな返答だった。きっと、多分、稲川は運命の人に出会っても変わらないと、もしくは運命の人と出会う事が無いのだと、そう思っているのだろう。


「つーかよ、まっちゃんはいっつも他人の恋愛沙汰を気にしてっけど、まっちゃん自身が誰かと付き合った事って無いよな。顔も悪くねぇし、性格だって落ち着いてんのに」


「……え?」


 僕がボールを投げてこないと察したらしい智樹は腰に手を当てる。


「俺は心配だ。めちゃくちゃ心配だ。もしかしいたらこいつゲイなんじゃねぇかと疑っちまうくらいに心配だぜ」


 それは僕の事を心配しているのではなく、自分の事を心配しているだけだよね。


「忙しいんだよ」


 やっとこさボールを投げながら、僕は答えた。


「いや、ほんとに」


 生徒会とか、恋愛相談とか、勉強とか、アルバイトとか、あと、生きる事とか。


「……忙しいんだ」


 僕が不意を突いたせいか、智樹は僕の投げたボールに反応しきれず、取りこぼしていた。

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