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スターター・プロジェクト

 渡会卓わたらいすぐる木下佳世きのしたかよ。それが、今回のターゲットの名前だ。そして、昨日僕が尾行していた二人でもある。


 二人は共に僕らと同じ高校の二年生で、クラスは僕とは違う。必然的に、僕と同じクラスである雛子とも違うクラスという事になる。僕と雛子はA組。渡会はC組で、木下はE組だ。


 注意すべき点は特にない。事前に調べた情報によると、二人は中学は異なり、高校で出会ったという。一年の時に二人は同じクラス。二年で別々になったという。


「それで、二人はそれぞれに恋心を抱いていたのか?」


 と、ユリアが聞いた。僕は首を縦に振る。


「一応、絵画世界での巨人は見たでしょ? 絵画世界にも色々あるみたいだけれど、僕が作れる絵画世界はひとつだけだから、その世界を前提に話をするね。あそこで現れた巨人は人の心を具現化した怪物なのだけれど、色、形、戦闘時以外の行動を見れば、おおまかに、そして抽象的にだけれど、その人の性格とか、絵画世界を作った瞬間にどんな感じの事を考えていたのかが、ある程度解るんだ」


 だから、と僕は続けた。


「見た結果、二人は両思いで間違いは無い。さらに彼や彼女の友人達から話も聞いた。どうやら友人達の間では渡会のほうから告白させようって計画だったらしいのだけれど、如何せん彼がチキンでね」


 ため息を吐くふりをすると、雛子がキョトンと小首を折った。


「告白なんて簡単じゃん。『一緒に死の?』って言えばいいだけだもん」


「それは告白とは言わないかな」


 ただの脅迫である。


「ともかく、そんなチキンな彼のために、僕が一肌脱いだというわけさ」


 両手を広げて、偉いでしょ? と言外に主張すると、ユリアが唾棄するように鼻で笑った。


「聞いた限りでは、貴様の出番など無いように思えるが?」


 まぁ、一聞しただけではそう思うだろう。でも、そうもいかない事情がある。


「僕にもノルマがあるからね。一ヶ月の間、一定以上の人達の交際に関与しなければいけないんだ。それに愛の無い交際をされると、プシュケさんが困るらしい」


「聞きたい事がふたつあるな。ノルマは、達成出来なければプロジェクトが滞ったということになり、お前が死ぬという事だろう。だが、関与、とは、どのレベルまでの行為を関与と呼ぶんだ? 昨日の摩訶不思議な世界で何かしなければならないのか、それとも現実の世界で一枚噛んだだけでも関与と見做されるのか」


「それは後者だね。エロス&プシュケ・プロジェクトはようは愛の拡散だから、手段は問わないんだ」


「なるほど。では、愛の無い交際とは正確にはどんな交際だ? どんな交際なら愛があると判断される?」 


「お互いが相手の事を好きなら、全て愛のある交際として成立するよ。打算的な交際や、好きな対象が違う場合は、愛の無い交際になる」


「……解らないな。打算的な交際や好きな対象が違うとはどういう事だ」


 そんなに解りにくかっただろうか、僕の説明は。


「打算的な交際。大袈裟な話、政略結婚とかだよね。何か違う目的のためにされた交際は打算的な交際だ。周りが皆彼氏彼女を持っているから、自分も誰かを付き合う、とかが結構多いパターンかな?」


 中学生の時は少なかったけれど、小学生の時は意外と多かった。小学生の恋愛は恋愛にあらず、とはよく言ったものである。


「好きな対象が違う交際というのは、例えばお金好きな人が、お金目的でお金持ちと付き合ったり、あと……女の子の前では言いにくいのだけれど、エッチな事をしたいから誰かと付き合う、とかがそうかな」


 好きなのがその人では無くその人の所持品であったり、その人でなくても出来るような行為のほうであったりすれば、それは愛の無い恋愛と見做される。……あくまで、このエロス&プシュケ・プロジェクトに限った話である。現実世界では、そうではないと唱える人も、きっと居るだろう。ようはプロジェクトのルールのようなものだ。


「そのふたつが条件なら、度会と木下とやらはどうなんだ。話を聞いた限りでは、どちらかが富豪というわけでも、著しく性欲が強いわけでも無いのだろう」


 その問い掛けに、僕はまぁね、と答えた。


 渡会と木下は、二人が二人とも、凡庸な高校生だ。二人の友人達も同じである。打算で交際する理由も、他に恋する対象も、見た限り無いけれど、流石にそこまで単純では無いのが、このプロジェクトだ。


「問題があるのは、木下のほうなんだよね」


 あの、黄色い巨人を生み出したほうだ。


「待て。あの青紫の巨人を出していた――お前曰く、後ろめたさを内包した感情を抱いていたのは渡会だろう。木下は、見るからにちゃんと恋らしい色をしていたではないか」


 その疑問も当然だろう。


「度会は、あれはあれで正解なんだよ。好きな人といちゃいちゃしたい。簡単に言えばそういう事。だから彼は正常に、ちゃんと木下に恋をしている」


 けれど、と、ユリアに微笑みかける。


「木下が『恋に恋している状況だ』というのが、目下最大の問題点なんだ」


 ユリアも雛子も首を傾げ、数秒放心してからようやく、ああ、成る程、と納得してくれたようだった。






 今は四月の終わり。新入生達は委員会や部活動といった特殊な環境に馴染むため努力を積み重ねている真っ最中。二年生と三年生は、去年までの環境に後ろ髪を引かれる思いをしつつも、次の環境に適応してくる頃だ。


「今日を予備日として用意しておいて良かったよ」


 放課後の校門横に立ち、帰宅していく生徒達を見送りながら、僕の隣に居る二人へ言った。


「予備日って?」


 と、雛子が聞いてくる。


「昨日、度会と木下が二人っきりで帰っていたでしょ? 実はあれはただの偶然ではなくて、度会と木下が二人っきりになれる環境を僕が作ったからなんだ。プロジェクトを施行するためにね。それで昨日、万が一失敗しても翌日にまた再挑戦出来るように、今日も二人っきりになれるようにしてあるんだ」


 説明した後も、雛子は首を傾げたままだった。ユリアも不服げに眉をひそめている。いや、ユリアに至ってはもしかしたら、眉を潜めているのがデフォルトなのかもしれない。


「どうやって?」


 続く問いに僕は、人差し指を立てて答える。


「前提として、この学校は全員、必ず何かしらの委員会か当番をやる事になっている。そして度会と木下は二年生になって、同じ委員会をやろうと口裏を合わせていたわけではないから、勿論違う委員会に所属する事になった。渡会は体育委員。木下は図書委員だね。二人共部活にも参加していないから接点は無くなっているように感じるけれど、度会と木下はいつも、一年の時と同じメンバーで下校している。だから、そのメンバーが一緒に帰れないとなれば、二人はほぼ必然的に二人で帰る事になる」


 一年の時は、二人とも友達だったみたいだからね、と付け足してから、僕は続けた。


「雛子も覚えているでしょ? 僕は生徒会長として、全委員会の初顔合わせの場に顔を出しているんだよ」


「あ、そういえば、飼育委員の所にも来てたよね。それで、なんかよく解らない事をあーだこーだ言ってた」


「そう。その時点で僕は、目ぼしいカップル候補が二人っきりになりやすくなるように調整していたんだ。当番制の委員会は特に簡単で、あーだこーだ口出ししてどの人が何曜日に当番になるか、っていうのを誘導していたんだよ」


 それで、委員会が別になってしまった渡会と木下の場合は、二人の友人達の日程を調整して、度会と木下が二人っきりで帰る事になりやすくなるようにしたのである。


「必死だな。そこまでやるのか」


 呆れたように呟くユリア。


「なんたって命が掛かっているからね。それをやるために生徒会長になったと言っても過言ではないよ」


 生徒会長でもなければ、委員会の活動に口出し出来ないからね。


「さすが祭吏っち。私にはよく解らないけど、それって結構難しいんじゃない?」


「まぁ、難しかったけれど、前々から計画していた事だからね。中学の時は手探りでカップルを成立させていったけれど、大人になるにつれて恋愛も複雑な事情が絡んでくる。となれば効率化は必須だと思って、こっちの世界でも動き易いようにしたんだ」


 必死にだってなるし、プロジェクトをより効率的に進めるためだけに生徒会長になるとか、その権限を使って裏で色々企んだりとか、それくらいしなければカップル成立の効率アップなんて出来ない。


「おい」ふと、今までよりもいっそう不機嫌そうな声でユリアが口を開く。改めて見ると、彼女は腕を組んで、威嚇するように僕を睨んでいた。「そうやって交際させた場合は、打算的な交際にはならないのか」


 もっともな疑問かな、とも思ったっけれど、残念ながら的外れだ。


「打算しているのは僕だけで、僕の計画で交際する二人は、基本的に僕が打算している事なんて知らない。無関係な第三者が打算していたとしても、付き合いだす二人の恋愛感情には関係無いんだよ」


 その説明に、ユリアは不承不承といった様子ながらも引き下がってくれた。理解が早くて助かる。


「そういうわけだから、今日も二人は一緒に帰るはずだよ。……ほら」


 言って、昇降口のほうを顎で示す。そこには、玄関から出てくる渡会と木下が居た。手を伸ばしあえば届くであろう程度の、カップルなのかそうでないのか曖昧な距離感。


「ほんとだ」


「…………」


 関心したように呟く雛子に、だんまりのユリア。妥当な反応だろう。


「じゃあ、後を着けるよ」


 校門の影に隠れ、度会と木下が通過するのを待つ。雛子とユリアも僕と同じように姿を隠した。


「尾行する必要があるのか? すぐに取り掛かればいいだろう」


「それもひとつの手ではあるけれど、絵画世界を展開した時の心境とかも、出てくる心の怪物に影響を与えるんだ。だから、二人の心をつなぎ合わせるには、二人が興奮状態にあったほうがやり易くなるんだよ。あくまで、やり易くなるだけだけれど」


 簡単に答えているうちに、渡会と木下が校門を通過した。僕は二人の背中がある程度僕達から離れるのを見届けてから、尾行を開始した。とはいえ他の下校生徒達も居るため、わざわざ物陰に隠れる必要は、最初のうちは無い。堂々と歩き、むしろ自然な下校中の生徒を装う。


 途中から、駅へ向かう生徒達と、途中で寄り道していこうと商店街方面へ向かう生徒達と、そして地元の生徒達で別れる。そうなれば生徒の数も減るため、姿を隠す。ちなみに渡会は地元人だが木下は電車を使うため、駅へ向かう。渡会は駅まで送っていくという体で、駅へ向かう組に入る。


 昨日、僕が絵画世界を展開した時と同じような雰囲気を、二人が纏い始めた。もう少しでお別れという状況が、いやおうなしに二人を興奮状態へ近付けているのだろう。


「それじゃ、はじめるよ」


 僕の背中に張り付くほどの距離に居た雛子と、少し離れた場所に居たユリアに告げる。


 雛子が頷く。ユリアはさっさとしろとでも言いたげに片手を上げた。


「我が崇拝せし不死と愛の神話絵画『ジェラール・フランソワ』発動。神の召すまま、世界に二人の愛の加護を」


 呟くと同時に、世界中の色が反転する。


 そして時が止まった。道路を走っていた青い車は橙色に変わって、落ちようとしていた葉は赤味の混じった紫へ変貌し、その場で停滞する。


「相変わらず、気持ち悪い世界だな」


 ユリアが呟いた。


「まぁそう言わないでよ。これでも絵画世界。神様の領域なんだから」


 適当な気休めを述べるとしかし、ユリアはため息を吐いて「解っている」とぼやいた。


「それで、私達はどうすればいい」


「そうだね、まずは、手元に集中してみて」


 言うと、二人はそれぞれ自分の掌を見つめた。雛子は右手。ユリアは左利きなのか、左手を見つめる。


「じゃあ行くよ。懐刀を形成」


 呟きながら僕も右手を差し出すと、各々の手から煙が噴き出した。僕の掌からは黒い煙。雛子の掌からはほの暗いピンクの煙。ユリアの掌からは凍りつくような深い青の煙。


 二人が驚くのが見えた。それもそうだ。自分の掌から、いきなり得体の知れないものが出てきたのだから。しかし、ここから先はさらに得体の知れない状態になる。


 僕の黒い煙は短刀になった。それは昨日と同じで、無機質な色に似合った、無機質で無駄の無い形となっている。


 雛子の煙は杖先がピンク色をしたハート型の魔法ステッキのようなものになった。柄は蛇を模しているのだろう、所々に鱗のようなデザインが施されており、さらにはハートが出てくるところは蛇の口からという、結構禍々しい魔法ステッキである。


 ユリアは槍だ。青い刃は三本に分かれており、柄と合わせて十字の形となっている。十字槍というやつだろう。柄には蔓が巻きついたかのようなデザインがあり、所々に花や葉の装飾が施されている。


「二人とも、なかなかかっこいいじゃないか」


 どこにでもありそうな僕の懐刀とは違って、かなりオリジナリティーがある。ちょっと羨ましいと思った。


「最初はそれで、自衛だけしてくれればいいよ」


 慣れてくるまで危険に晒すわけにはいかない。無茶も無謀もする必要が無いのだから、念を押す必要も無いだろうけれど。


「これはなんだ?」


 とユリアが聞いてくる。


懐刀ふところがたなと書いて懐刀かいとうと読む。日本語としては内に秘めた護身用の武器の事とか、信頼して密談を持ち込む部下の事だったりの意味なのだけれど、こと絵画世界においては心を武器として呼び起こした際の名称になるんだ」


 つまり、二人の心が形となり武器となった姿だよ、と最後に付け足すと「うっひゃぁああ!」と発狂した雛子がそのステッキを握りしめ、身を乗り出してきた。


「ということは私は回復魔法が使えるんだよね!? これで、祭吏っちの戦闘の傷を癒せるね! 援護は任せて!」


「そう? じゃぁ任せ……んー、やっぱだめ。最初は何もしないで」


 そもそも雛子の魔法ステッキにどんな力が宿っているかなんて知る由は無いのだから、まずはどんな能力が宿っているのかを調べるのが先決だろう。というか、雛子はどうして自分の力が回復魔法だと真っ先に思ったのだろうか。僕が思うに雛子の能力はもっと禍々しいものだと思う。ほら、ステッキのデザインだってかなり禍々しいし。


「武器には特殊能力が宿るはずだから、無闇に振り回すのもよく無い。懐刀を使いこなせるようになるのが、最初の課題かな」


 ちなみに僕の短刀には特殊能力が無い。プシュケから説明されていた通りの事を言っただけだ。


 僕が言うと同時に、ユリアが勢いよく十時槍を頭上で振り回した。


 ゴオ! と風を切ると、柄から勢いよく数本の蔓が伸び、葉や花を模した固形物が散弾のように飛び出す。投げナイフ然とした固形物は僕の頬を掠めてそのまま飛んでいき、蔓の一本は雛子の側頭部を叩いて突き飛ばし、もう一本はなんの関係も無い隣の建物にヒビを入れた。


「…………」


 予想外に訪れた瞬間的な危機は、ユリアが槍を止めた事で終わる。しかし僕はしばし呆然とする。


「…………」


 倒れた雛子はステッキを大事そうに抱えたまま動かない。大丈夫だろうか。


「…………ふむ」


 ユリアは自らの槍をまじまじと見つめて、関心したように呟く。


「制御はさして難しくないようだな」


「どこが?」


 一応、僕と雛子は仲間なんだよね。その二人を攻撃して、あまつさえ雛子を戦闘不能にしておいて、どうすればコントロール出来ていると思えるのだろうか。


「まぁいいや。とりあえず、ちょっと見ててね」


 そう言って、度会と木下が居たほうを見る。煙はもう出現していて、既に巨人と化していた。さらには、また来やがったなこの野朗、とでも言いたげに唸りながらこっちを見ている。ユリアの奇行のせいで接近する前からバレてしまったようだ。


 ため息を吐く。少しでもラクをしたかったけれど、それは無理そうだ。諦めて、短刀を持っていないほうの手、つまり左手を前に出した。


「これより、エロス&プシュケ・プロジェクトを施行する」


 言葉と共に左手から煙が上がり、魔方陣に変わり、そしてすぐに弓となる。


 右手に短刀。左手に弓を握り締め、身を屈めた。


「ミッション、スタート」

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