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ナレーション・プロジェクト

 僕の初恋は、小学生高学年の時である。つまり、成人式や卒業式などの通過儀礼のように、誰もが通る道として、僕は彼女と出会った。出会いのきっかけは交通事故だ。


 あ、これ死んだわ。


 率直にそう思った。なにせ青信号を渡っている僕に向かってきたのは、僕の何十倍も大きい大型トラックだったのだから、諦めるのも当然だろう。けれど、僕は生きていた。別に、映画に出てくるようなとんでもないアクションを繰り広げたわけでも、ヒーロースーツを身に纏った不審者に颯爽と助けられたわけでもない。僕はしっかりと大型トラックに轢かれて、意識不明のまま救急車で運ばれた。その時は、誰もが存命を諦めたという。これは後で聞いた話だ。


 その意識不明の最中、僕は頭の中で、何もない真っ白な世界の中で、知らない人と向き合っていた。


 同じ人間であることを疑ってしまうほど、綺麗な人だった。テレビで見かける美人なんて比にならない。この世界にこんな美人は二人と居ない。幼いながらにそう確信してしまうような美貌を持った女性。その人は、金色に輝く一本の矢を持って、微笑を浮かべながら僕を見ていた。


 今となれば単純だけれど、僕はこの時点で、その人に惚れてしまった。一目惚れ、というやつだ。相手が何歳かも解らない、少なくとも十個は歳が離れているであろう相手に、生意気にも好意を抱いたのだ。


「斎野祭吏さん。あなたに選んで欲しい。このまま死ぬか、私の願いを聞き入れて生きるか」


 透き通った声で言われ、首を傾げる。


「願いって?」


 自分が死ぬという事はもう解っていたため、そこには驚かない。驚いたのは、願いを聞き入れれば助かるかもしれない、という点だ。


「今、この世界からあるべきはずのもの。消えてはならないはずの『愛』が、枯渇こかつを始めています。私の旦那であるエロスとその母、アプロディテ様が、その事を嘆いているのです」


 伏し目がちに女性は言う。目を伏せたいのはこっちだ。人妻かい、と、僅か数秒で散った初恋がこのうえなく虚しく感じた。


 落胆する僕を他所に、女性は手に持っていた矢を差し出してくる。


「この矢は『エロスの矢』と言います。私の旦那が作ったもので、これで傷つけられた人間は、愛に目覚めます」


「あいに、めざめる……?」


 今ならもうはっきりと解るけれど、当時の僕はその言葉の意味がすぐには理解出来なかった。


「言い換えれば人を好きになるという事で、つまり、精力剤と一緒です。神が効果を保証する媚薬だと思っていただければよろしいかと」


 びやく? せいりょくざい? と首を傾げる僕。勿論、当時の僕に神話と下ネタに関する知識があったのなら「低俗な神も居たもんだなぁ」とツッコんでいたところだけれど、残念ながらそうでは無かった。中学生にも上がっていない僕が、そんな知識に精通しているわけがない。


「要約いたしますと、斎野祭吏さん。あなたはこの矢を使って、この世界をもう一度、愛の満ち溢れる世界へと導いて欲しいのです。名付けて、エロス&プシュケ・プロジェクトです」


 つまり、その矢で人を傷付けまくればいいわけだ。簡単簡単。


 で。


「どうして僕なの?」


 目下一番の疑問をぶつけると、その女性は答える。


「なんとなくです。誰にしようかなーと思っていた調度その時に、あなたがなかなかに若いままで死んでくれたので、これ幸いと思いまして」


 ……満面の笑みで冷徹なコメントを頂きました。人の死を幸いとか言わないで欲しいものである。


「どうして自分でやらないの?」


 旦那さんのエロスさんが作った矢なら、作った本人が使ったほうが効率的だと思ったのだ。その問いに対して、お姉さんは淡々と答えた。


しゅうとめたるアプロディテ様によるいやがらせです。『私はあんたらの結婚を正式に認めたわけじゃないわ。ゼウス様が横からあーだこーだ言って来たから認めたふりをしてあげただけ。もしも私に、本当に認めて欲しいなら、私が与える試練に打ち勝ってみなさーい。あはは』という具合に『自分達が直接手を下す事なく、世界を愛に満ち溢れさせなさーい』となったわけです」


 なるほど、結婚とかも色々と大変なんだね。と、当時神話の知識が無い僕は呆然と思ったものだ。


「そういうわけで、これを託しますね」


「…………?」


 なにか大事な段階を踏み飛ばしたような気がして首を傾げたけれど、当時の僕はそれを考えすぎと決め付けて、頷いてしまった。まぁ生きれるなら生きてみるかー、と、そんな程度に考えていた。


 そうしてエロスの矢を受け取った僕は、そういえば、と、初歩的な事を思い出す。


「おねぇさんの、名前は?」


 その問いに、女性は優しく微笑む。


「プシュケです」


 簡潔に告げられた名前。なんとなく、美しい名前だな、と思った。


「じゃぁ、プシュケさん。僕、頑張るね」


 純粋に純朴だった当時の僕は、見返りやらなにやらの話もせずにそう言う。


 プシュケさんは満足げに、しかしどこか含みを持たせた笑みでもって頷くのだった。


 最後に。あ、そうそう、と、こんな言葉を付け足して。




 ――エロス&プシュケ・プロジェクトが滞った時は、あなた、死にますから。気をつけて下さい。




 生還して少ししてから調べて解った事なのだけれど、プシュケというのは神様だ。


 アプロディテとゼウスという神様が居て、その二人の間に出来た子供がエロス。そして、そのエロスと結婚したのがプシュケである。つまり僕はその時、神様と邂逅してしまったのだ。


 神様と邂逅して、神の遣いとなったのだ。






 そして僕は高校生二年生になり、様々な努力を重ね、生徒会長となった。


 春。つい先日まで高校一年生だった事が嘘かのように、気分はすっかり上に立つ人間だ。僕は生徒会室にて、長方形になるよう設置された長机の、入り口から一番上の席、つまり上座にて両手を組んで、二人の少女を交互に見やる。一人は幼馴染、一人は昨日会ったばかりの、銀髪の女性だ。


「こういうわけだから協力して欲しいのだけれど、どうかな」


 僕は僕が立たされている現状を赤裸々に語った。このエロス&プシュケ・プロジェクトをより効率的に進めるため、一年生にして生徒会長選挙に立候補し、そして当選したのだということ。生徒会長になった暁には、愛の、すなわちエロスの力を用いる事で、この学園をリア充の巣窟に変えてみせるという事。その決意を語って聞かせた。その小さな演説の中に、昨日の顛末なども含めて解説したのだ。


「…………」「…………」


 二人共、絶句である。


 いや、解るよ? 言いたい事はよく解る。だからそんな露骨に「なにいってんだこいつ」的な視線を向けないで欲しい。僕だってそう思っているのだ。本当に、なにを言っているのだろうか、僕は。


「んー、どうして二人共、無言なのかな。せめて何か答えてくれない? なんでもいいからさ」


 無言のままでは話が進まないと思い、そう促した。すると、僕の右手側のテーブルに座る、背の小さい女の子、幼馴染のほうが遠慮がちに口を開く。


「……ごめんね祭吏っち。私、どの精神病院を紹介していいのか、ちょっと解らなくて」


「態度が遠慮がちなのだから、発言ももう少し遠慮して欲しかったかな」


 それに僕は病気ではないため、心配は無用だ。


 日向雛子ひなたひなこという韻を踏んでリズムカルな名前の少女。僕の幼馴染。


「でも、私、ほんとに心配になっちゃった」


 そう言って雛子は、小さな胸の前で両手を組み、祈るようにして僕の顔を覗き込んできた。吸い込まれそうな程に真っ直ぐで大きくて綺麗な瞳に、僕というちょっとだけ汚れてしまった人間が写り込んでいるのが見えて、そこはかとなく申し訳ない気分になる。


 少しでも穢れを与えまいと視線を上に泳がせる。そこにはぴょこんと跳ねる、電波でも受信してるんじゃね? 的な、つまりはアンテナちっくなサイドポニーが揺れていた。


「エロスとプシュケって神様なんだよ? 神話の中の人だよ? よーく聞いてね祭吏っち。人はね、存在しないものとはお話出来ないんだよ?」


「大丈夫だよ、雛子。僕は病気ではないから、自分が痛い事を言ってるなんて事は十二分に解っているよ」


 だからね、そんな可哀想なものを見る目で僕を見ないで欲しいんだ。割と切実に。


「祭吏っち……。うん、解ったよ。あたしからはもう、何も言わない事にするね」


 そして日向はすっと身を引き、口を噤んで、筆箱から消しゴムとシャープペンを取り出した。何か他の事でもして気晴らししておかないと文句が出てきそうな程、僕は重症なのだろうか。これでも一応は神に選ばれた人間なのだけれど、その話し自体が信じて貰えない。


「雛子も、昨日のは見たでしょ? あれが証拠だよ。今の話は本当なんだ」


 ちなみに雛子が言っていたエロスとプシュケが神だ、という話についてだけれど、エロスは愛の神で、プシュケは元人間だけど、色々あってエロスと結婚する事になり、不死の神となった、いわば成金神である。全国の信者様ごめんなさい。でもね、実際に何度か彼女に会っている僕から言わせてもらうと、そうとしか思えないんだ。


「ばかばかしい、とお前を足蹴にしてやりたいところだが……」


 そんな悪態を吐いたのは、銀髪の女性だ。


「昨日の一部始終を見てしまった以上は、信じざるを得ないだろう」


 うんうん、話が早くて助かるよ。


 で。


「ところで、君の名前と学年は?」


 今更なその問いに、女性は不機嫌そうに眉をひそめる。


「生徒会長のくせに知らないのか」


「残念ながら。君ほどの美女なら有名になっていてもおかしくはないと思ったけれど、今日この放課後まで調べても君の情報は見当たらなかった」


 どうにもおかしい、とは思っていた。


 女性は答える。


「私の名前はユリア・A・マリアベル。転校生として、明日からこの学校へ通う事になっている者だ。ちなみに二年生だ」


「うん、それなら知るよしは無いね」


 なにせまだこの学校の生徒ではないからね。というか、だとしたらなんで今ここに居るの? 僕が呼び出したから仕方ないかもしれないけれど、まだ正式な生徒ではないはずなのに。


「でも、外人さんなんだね。どうりでその髪」


 日本人離れしているとは思ったんだ。とても綺麗で、好みは別れるだろうけれど、もしかしたらプシュケさんクラスの美女かもしれない。でも表情が怖い。まるで能面にしたかのような不機嫌面を引っさげ、ユリアはしっしと手の甲を振る。


「本当ならば、日本などという信仰心の薄い国には来たくなかった。だが、仕事の関係で仕方なく来てやっただけだ」


「仕事? ご両親はなんの仕事をしているの?」


 高校生の娘を連れて海外にまで来なければならないような仕事なんて、そうは無いと思う。そう感じてぶつけた質問はしかし、


「貴様には関係無い」


 簡単に切り捨てられた。そうか。関係無いか。確かにその通りだ。家庭の事情にまで首を突っ込むのはマナー違反だった。反省である。


「ねぇ、祭吏っち」


 ふと、雛子が不安げな声で僕を呼んだ。振り向くとそこには、虚ろな目で消しゴムをシャープペンシルで突き刺す、という病的な行動を繰り返している雛子が。


「ユリアさんはね、確かに綺麗な人だよね。でもね、駄目だと思うんだ。本人の前で、しかも初対面の人にいきなり『美女』なんていうのはよくないと思うんだ。だってほら、そういうのってはしたないでしょ? 私そういう事言われた事ないから解らないんだけどね、私、祭吏っちにそういう事を言われた事ないからまったくこれっぽっちも解らないんだけど、祭吏っちがいきなり知らない人に『あなたは美女だ』っていうのは、気持ち悪いんじゃないかな」


「僕には表現の自由が許されていないのかな?」


 美女は美女なのだから仕方ないと思う。それはそうと、どうして雛子は消しゴムをいじめているのかな? その行動、かなり猟奇的だよ?


「許されないよ。祭吏っちは色々危ないの。ほら、今だって神様の名前を出して変な事言ってるし。祭吏っちは虚言壁があるんだよ。そんな祭吏っちはもはや生きてるだけで公害。一緒に死のう?」


「一番危ない事を言っているのはまず間違いなく雛子だよね」


 生きてるだけで公害というのは流石に酷すぎると思った。


「ふむ」


 何かに納得するように、ユリアが頷いた。


「どうしたの?」


 ボソボソと何かを言いながら消しゴムを突き刺し続ける雛子を放置して、ユリアへ視線を向ける。


「斎野祭吏は公害、か。言い得て妙だな」


「君は僕の何を知っているのかな?」


 神様と邂逅を交わした僕でさえ、初対面の人にいきなり公害扱いされる日が来るとは思わなかったよ。


「この現状が全てを物語っているだろう」得意気に鼻を鳴らし、ユリアはこくんと首を傾げて僕を睨む。「貴様が私に対して発言をするたびに、日向とやらの消しゴムを突き刺す力が強まっている。このままではいつ、あのシャープペンが人間へ向くか解らない。貴様が私と話すだけで、誰かが刺される可能性があるという事だ。充分に公害だろう」


「それで僕が公害扱いされるのは流石に理不尽だと思う」


 人を刺すかもしれないのは雛子だよ? しかも、多分だけれど刺されるのは僕だけだ。


「あっ」


 ふと、病的に消しゴムを刺し続けていた雛子の手が止まる。何かあったのかと思い視線を運ぶと、雛子はキラキラとした目で僕を見ていた。


「『公害と一緒に死ぬ私』って、ちょっとロマンチックだよねっ」


「全くもってそうは思わないかな」


 どこにロマンスがあるのか説明して欲しい。


 それにしても、雛子に僕と心中したいという願望がある、なんて事は既に知っている事だったため、心中についてはツッコミを入れなかった。


「私と祭吏っちの死体のタイトル、どうしよっか」


「子供の名前どうしよっか、みたいなノリで犯罪予告をするのは辞めようね」


 どうどうと諭し、興奮して祈るように両手を握っている雛子を落ち着かせる。こういう時の雛子は何故か、なにをやらせえるよりも「ひっひっふー」とラマーズ呼吸法をやらせるのが一番効果的だ。いつも通りそれをやらせた。


「…………」


 見てはいけないものを見てしまったかのような目で、ユリアが僕達から不自然な距離を取っている事に気付いた。


「どうしたのかな、ユリア」


 隣で「ひっひっふー」している雛子は一旦放置して、ユリアと向き直る。


「日向とやらは病気なのか?」


 精神性疾患を疑っているのだろうけれど、雛子の脳にはなんの問題も無い。


「病気だなんて酷い事を言うね。雛子はただちょっと、人より強い殺人衝動があるだけだよ。僕限定で」


「それは充分に病気だ」


 雛子が病気では無い事は僕が証明出来る。問題があるのは脳でも神経でもなく心のほうだ。心が病んでいる、と言えば、確かに病気かもしれないけれど、病んでいるのではなく異常なだけである。


「ひっひっふー!」


 と叫ぶ雛子。


「ほら、雛子本人も『病気じゃないよ』と言っているじゃないか」


「ラマーズ呼吸法で会話出来る時点で貴様も病気だな」


 いや、今のは単に、幼馴染だから波長が合っただけである。


「ひっひっふー!」


 と再び雛子。


「ほら、雛子だって『恋煩いという意味では病気かもしれない』と言っているよ」


 通訳すると、ユリアは呆れたように嘆息した。


「一つ目と二つ目はどう違ったんだ」


 聞く、というよりも愚痴の独り言、といった様子だったため、そちらは聞かなかった事にした。愚痴は人に聞かれたくないものが多いからね。ともかくだ。僕は本題を切り出した。


「そういうわけだから、協力して欲しいんだ。ほら、袖触れ合うも何かの縁だって言うでしょ」


 無茶苦茶な事を言っている自覚はあった。現に、ユリアが今まで以上に眉を潜めている。


 僕はまず、雛子のほうを見た。雛子は「ひっひっふー」と小さくラマーズしながら、胸に手を当てつつ、きょとんとした顔で僕を見つめている。もうラマーズが要らない程度には落ち着いているのは明らかだ。でも、余計な事は言わない。


「ひっひっふー?」


「うん。このエロス&プシュケ・プロジェクトが滞ったら僕は死ぬ。そこに嘘は無いよ。つまり、協力してくれる人にも相応の覚悟をしてもらわないといけなくなるってことかな」


 だから僕は、今みたいに無茶苦茶な事を言って、「こいつに近付いたら駄目だ」と思っていただいて、そして距離を取って貰う、というのが理想的だ。そうそう、調度今のユリアみたいな顔をしてってこと。でもユリア、その視線には殺気が混じっている気がするのだけれど、気のせいだよね?


 しかし、事態は残念な方向へ進んだ。


「ひっひっふー!」


「うんそうだよね嫌だよね普通な――え、……協力してくれるの?」


 恐る恐る確認すると、雛子は元気に頷いた。


「でも、でもだよ雛子。こんな危険な事、普通の女の子なら嫌がるよね」


「ひっひっふー!」


「いやいやいや、私の愛は普通じゃないから、なんて、そんな事を軽々しく口走ったら駄目だよ?」


「――貴様らはいつまでそれで会話をしてるんだ?」


 雛子を説得すべく立ち上がろうとした所で、ユリアに止められた。しまった、幼馴染特有の以心伝心で会話を済ませていたせいで、ユリアが付いてこれていない。 


 説明しなければ、と思い、ユリアと向かいあった。


「ねぇユリア。ユリアは嫌だよね。変な戦いに巻き込まれたからって、以降も戦わないといけなくなる、なんて」


 女の子とか男の子とかは関係ない。他人の色恋のために命を賭ける、なんて、普通に考えずとも破綻している。ユリアは強く頷いた。


「貴様に見つめられるのは酷く不愉快だ」


「今、そんな話しはしていないよね」


 どうしてこの場面で中傷されたのだろうか。いや、僕の言動に対して文句を言うとかなら解るよ? でもさ、ユリアのは違うよね。


「仕方ないから協力しよう」


「うん、何が仕方なくそうなったのかな」


 命を賭けて戦う理由は勿論のことながら、今後僕と行動を共にする義務もユリアには無い。僕の誘いを断ってくれれば、それだけでその二つを回避出来るのだから、ユリアには断るという選択肢以外は無いと思っていた。


「貴様も日向とやらも言動が常識を逸脱している事はよく解った。貴様らがやろうとしている事を考えれば、監視が必要だろう」


「むっ……」


 反論できない言い分だった。


 雛子は心が奇形の変人さんだし、僕は小学生の頃から神の遣いだ。普通の人間の常識から逸脱しているのは他ならぬ事実である以上は、確かに常識的な意見を言える人間は、対面上の問題で不可欠だろう。


「私は祭吏っちのためならなんでもするよ?」


 ようやくラマーズ会話法では無くなった雛子。その言葉は、昔からよく言ってもらっていた言葉だ。つまり僕は、雛子の「なんでもやる」に実績がある事をよくよく知っている。知ってしまっている。


 しくじったな、と、素直に思った。少し自体を安直に考えすぎていたようだ。


「私とて、貴様らのような危険人物を放置していられない性分でな。悪いが強制的に、同行させて貰う」


 男らしく言い切るユリア。言っている事はっかっこいいのだけれど、素直にかっこいいと思えない不思議な感覚に見舞われる。


「…………うん、じゃぁ、よろしくね、二人共」


 こうして僕は、小学校から一人でやってきた流れ作業に仲間を得た。流れ作業に仲間が増えても、正直どうなのだろうと思う。


 だからここは、単純に、二人に逃げてもらおうと考えた。


 エロス&プシュケ・プロジェクトは割とろくでもないものが多いため、二人はきっとすぐに根を上げる。僕とて命が賭けに出されていなければ三回目くらいで逃げ出していたと断言できるほどだ。


「じゃあ、早速だけれど、今やっているエロス&プシュケ・プロジェクトについてを説明させてもらうね」


 いやがらせでもして退場願おうかとも一瞬だけ考えたけれど、それは流石に気が引けるし、なにより、そんな事をする必要も無いと思い、普段通りにプロジェクトを施行する事にした。

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