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ラスト・プロジェクト

 元の世界の元居た場所へ戻った。夕日は殆ど沈んでいる体育館前。そこで立っていた僕達は、互いに目を合わせる。まずはユリア。何を思ってか浅く息を吐いて僕から目を逸らし、そして傷ひとつ無いお腹を制服越しに摩っている。


 次に雛子を確認すると、同時に雛子が飛び掛ってきた。


「祭吏っち! 大丈夫!?」


 がし、っと腕を掴まれたと思えば、そのまま流れるような仕草で関節技が極められる。痛い。が、慣れた痛さだった。


「大丈夫だよ。ただ話をしただけだから」


 僕は答え、ユリアのほうを視線で示す。すると雛子はユリアのほうを冷たく睨んだ。


「……祭吏っちに何したの」


 咎めるような、ではなく、咎める口調。罪人を罰しようとするかのような問い掛けをユリアへ向ける雛子の頭に、僕は掌を乗せた。


「大丈夫だよ、本当に」


 雛子は目を見開いてこちらを見る。上目遣いで、驚いたような、けれど何かを見透かすような目。


「なんか、雰囲気変わってる……?」


 そうかもしれない。僕は返答の代わりに、微笑みを返した。雛子のその表情が可愛らしかったから、微笑ましくなったというのもある。その顔を写真に撮って額縁に飾りたいとさえ思った。


 けれど雛子から目を離し、なるだけ柔らかい手付きで、腕にしがみつく雛子を遠ざける。


 そしてユリアでも雛子でもなく、体育館入り口のほう、つまり、バスケ部員達の居るほうに目をやり、片手を上げた。


「智樹!」


 呼びかけると、バスケ部員達全員がこちらを向いた。そしてその視線は流れるように移動していき、僕の友人を捕らえる。


 僕の友人、智樹はこちらへ手を振ってから、回りの部活仲間達にぺこぺこと頭を下げ、そしてすぐにこちらへ駆けて来た。


「おー、なんだ、生徒会でもやってたんか?」


 快活に問われ、僕は頷く。


「そうなんだ。それで、一緒に帰ろうと思って」


「おーけー。日向も一緒か。まぁ、まっちゃんが居れば日向も居るわな」


「そんなセットアップみたいな言い方しないでよ」


 苦笑すると、智樹はかははと乾いた声で笑う。


「実際セットだろうよ、殆どさ。で、こっちは転校生の、えっと……わりぃ、なんだったか」


「ユリア・A・マリアベルだ」


 ユリアが名乗ると、智樹は慌てて一歩下がり、大袈裟に合いの手を打つ。まるでありがたい物を見せて貰った、と喜ぶ、クラブバー通いの中年男性のようだった。


「まじで外人さんだったか……。俺はまっちゃん、あー、まっちゃんってのは祭吏のあだ名な。俺しか使ってねぇけど。で、そのまっちゃんの親友の、俺は智樹ってんだ。よろしくな」


「ふむ、結局貴様はまっちゃんなのか、智樹なのか」


「いや、智樹だって。まぁ今のは言い方が悪かったか。わりぃ」


 人懐っこい智樹は、馴れ馴れしいと思われる事が多い分、人と打ち解けるのが早い。人に対する適応力が高い、と言うべきか。まぁ、雛子の事を好きになるようなやつなのだから、ある意味で他人の性格には寛容なのだ。


「じゃあ帰ろうか」


 そして僕は歩き出す。


「あ、ついでにちょっとした話もあるから、後ろから着いてきて貰っていいかな」


 雛子と智樹にそう言って、ユリアを手招きする。ユリアは怪訝そうな表情を浮かべながら僕の隣に並ぶ。雛子が頬を膨らませているのが見えたけれど、取り出したカッターナイフは智樹が没収してくれた。


「やけに清清しい表情をしているが、何か始める気なのか?」


「ん? そうだね、何か始める、というよりも、終わらせる、と言ったほうが正確かな」


 角を曲がり、体育館裏へ入った。


「おい、まさか」


「我が崇拝せし不死と愛の神話絵画『ジェラール。フランソワ』発動」


 止めようとしたユリアには構わず、唱える。雛子には聞こえない声で。小さく祈る。


「神の召すままに、世界に二人の愛の加護を」


 時間の停止。色の反転。


 今日だけで何度目だろう。この光景を見るのは、世界が塗り替えられる様を見るのは。少なくとも過去最多だ。


「貴様、日向と戦う気か!? 貴様はさっき、私に勝ったのだぞ!」


 なおも歩き続ける僕の肩を掴み、困惑といっしょくたにした感情を叫ぶユリア。僕は立ち止まらず歩き続ける。後ろで時間停止に巻き込まれて、今現在心を煙に変えて出現させている最中であろう二人から、少しでも離れるために。


「勝ったから、挑むんだよ」


 僕が答えると、ユリアが首を横に振った。


「訳が解らん! 貴様は勝って、正義を掴み取ったはずだ! 貴様は自分の手で、自らが正義と証明しただろう!」


 正義だから、これからもエロス&プシュケ・プロジェクトを続けても構わないのだと、ユリアはそう思ったのだろう。


 でも、違う。そうではないのだ。


「僕の信じた道が正義なら、僕はこの道を信じたいんだ。全ての破綻を終わらせて、雛子も生き長らえて、本当は小学生の時に死んでいた僕は、トラックに轢かれた当初の予定通り死ぬ。やっぱりこれが、最もあるべき世界の姿なのだと思う」


 僕の解答に、ユリアは荒げていた声を抑えて問いを重ねた。


「死ぬ気か」


「…………」


 答えなくても察して欲しい。この道には、それ以外の抜け道なんて無い事を。


「勝てるのか? 今まで一度も勝てなかったあいつに」


「…………」


 自信は、無い。


 けれど、僕はユリアに勝利した事で、僕が正義である事を証明してみせた。


 正義は勝つと誰かが言った。


 なら、僕は負けない。


「勝てるさ」


 笑って答え、立ち止まる。


「懐刀を形成。これより、エロス&プシュケ・プロジェクトを施行する」


 右手と左手に、それぞれの武器が形成されていく。その感覚を追うようにしながら、しっかりと確かめる。


「ユリア。これは僕の我儘だ。でも、どうか君に見届けて欲しい。僕を勝者たらしめる可能性を与えてくれた君に、見ていて欲しい」


 左手に弓。右手に短刀を引っ掴み、そして振り向く。ユリアも視線をそちらへ向けたのか、「なんだあれは」と、震えた声で呟いている。


 普通なら驚くだろう。僕だって最初は驚いた。けれどもう何度も挑んでいる心だ。その様を見ても、驚く事はもう無い。中学以来、つまり一年ぶりに対面しても相変わらずな二人の心を、微笑ましいとまで思った。


 智樹の背中からは、巨大な中世の騎士のような怪物が現れていた。色は穏やかな、しかし強い意志を感じさせる、どこか高貴とも思えるようなエメラルドグリーン。上半身だけで、全長は三メートル。鎧のせいで顔は真っ暗になって見えない。両手で大剣が握りしめている。四メートルはあるであろう巨剣だ。


 そして雛子は、蟷螂かまきりだった。マゼンタに近い、しかしそれよりもずっとほの暗いピンク。智樹の騎士よりももっと大きい。おおよそ五メートル。ノコギリのような二本の刃はギラギラと輝いており、一撫ででもされれば決着しそうだった。いや、一撫でで決着するのだ。何度そうやって苦渋を舐めた事か。


 対する僕の装備は、黄金の矢三本、鉛の矢三本、短刀が一本。


 さらに、雛子の呪いの力のせいか、弓矢の命中率は著しく落ちているし、懐刀である短刀は明確に形成されていない。今も時折ノイズを立てるようにして形を失いかけている。気を抜けばすぐにでも霧散してしまいそうだ。


 僕はそんな頼りない武器を手に、二人と向き合い、浅く息を吐く。


「これが僕の、最後のミッションだ」


 途中から数える事を放棄した戦績。


 おおよその数字で言うのなら、百戦0勝百敗。


 ここにひとつ、たったひとつの白星が乗ってくれれば、それでいい。


 それだけで全てが、本当に全てが、終わるのだから。

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