Prologue
こちらは不定期更新です。気が向いたときに書きます。
廃墟があった。
かつての繁栄の名残として、そして捨てられた地として、そこに存在していた。
規模としては街一つ。寂れた建造物が死骸を晒し、生命というものが消失していた。ここは生きていない。ただ放置されているだけなのだ。新しい生命を生むための土壌になることは出来ず、さりとて静かに消え去ることは出来ない。
ここは戦場跡だ。そして今でも戦場だった。
◇
それが何かと問われれば、まず答えにはつまらないだろう。
それほど子供だろうと分かる。少なくとも答えは出せる。無論、多少の表現の違いは存在してくるだろうが、それでも共通項として根幹にあるイメージはすべて同一となるはずだ。
それはただただ醜悪だった。
焼け爛れた肌。
無数に生える腕。
眼は顔のど真ん中にたった一つ。そして口は耳まで裂けている。
気持ちが悪い。感想としてはそんなとこ。不快感と嫌悪感。マイナスイメージとしてしか受け取ることが出来ない外観は、人がどうあがいたところで受け入れられるようなものではない。
それは、"怪物"だった。
全長は四メートル半。あらゆる汚物を混ぜ合わせたかのような悪臭を放ちながら、その外観に相違ない膂力でもって死と破壊を振りまいていく。
疾駆と同時に踏みしめた地面は陥没し、やみくもに振り回された両腕は周囲に存在する建造物を倒壊させ、瓦礫の山を築いている。
その化け物は戦っていた。なにと? と問われれば無論のこと。
―――人間とだ。
化け物が破壊した建造物の影から人が飛び出してくる。まだ若い。十代の後半、大人へと変わっていく頃か。その手にはアサルトライフルを携え、その身は黒を基調とした軍服に包まれている。
少年の瞳は酷く澄み、同時に殺意に充溢していた。どこまでも鋭く純粋な殺意であるからこそ、曇りというものが一切感じられない。普通なら眼を背けたくなるような化け物を眼前に見据えて、視線を外そうとさえしていない。
それはどこか機械的な殺意だった。人としての感情を基盤としているようにはとても見えない。与えられた命令をこなすだけの歯車として、化け物を排除しようとしているかのようだ。
少年は走る。道路の反対側までは知らなければ遮蔽物はない。この化け物相手に開けた場所での戦闘は自殺行為だ。戦闘に適した場所へと誘い込むため少年は急ぐ。
だが、当然化け物がそんな状態の少年を見逃すはずもまたない。
ギョロリ、と化け物の目が駆ける少年を捉える。
見つけた。そんな声が聞こえてきそうだ。化け物は咆哮を上げて腕を振りかぶる。
全身から生えた数多の腕の内、都合六本が少年に迫った。時間差と角度をつけて振り下ろされるそれは化け物の体硬度もあって直撃など貰おうものなら決して無事では済まないだろう。
故、少年の選択肢は一つしか存在していない。
全て躱すのだ。
地を駆ける足を左右に動かし、振り下ろされてくる腕をすべてぎりぎりで避けていく。
もはや当たっているのではないかと思われるミリ単位での正確な回避行動。観察眼と胆力、二つがそろって初めてできるであろう芸当だ。最小限の動きで的確な回避行動を行なうその姿は戦っているというよりは舞っている表現したくなるほど無駄がない。
最後の一発を躱すと同時に少年は前方の地面に転がった。そのまま化け物の方を向き、流れるような動作でアサルトライフルを照準する。
狙いは目だ。皮膚そのものは現在装填されている5.56x45mm NATO弾では貫くことは出来ないが、目などの比較的柔らかい部分は話が別である。再生能力を保有する敵に対しては時間稼ぎにしかならないがそれでも直撃させれば視界を奪いダメージを与えることは可能だ。
少年が引き金を引く。マズルフラッシュが炸裂し、銃口より弾丸が飛び出した。空を裂いて飛翔する弾丸は少年の狙い通り化け物の目に直撃した。
咆哮が上がった。しかし、それは先ほどとは質が違う。苦痛に悶え、突如として奪われた視界に敵が悲鳴を上げているのだ。
化け物の動きが一瞬止まったその隙に、少年は道の反対側へと駆け抜けて建物へと入り込む。背を低くし、化け物からは死角になる場所にその身を隠す。
化け物がその傷を再生させるまでの時間はおよそ五秒と言ったところか。その間大人しくしていた化け物もその時間が過ぎれば再び動き出す。そうしてまた少年たちを炙り出そうと闇雲に建造物を破壊していく。
そうして少年たちが発見されれば先と同じようなことが行われる。そうして繰り返してきたのだ。おかげで敵の消耗もそれなりのものとなっている。
いくら傷が再生すると言っても受けたダメージまでは消せはしない。蓄積されているダメージは確実に化け物へと疲労を与えていた。その証拠に会敵した時と比べて化け物の動きが明らかに鈍い。
少年は死角から僅かに顔を出し敵の様子を観察した。またしても建造物の破壊が始まっている。
「大分削ったって言うのに、元気な奴だな今回の獲物は」
敵の様子を窺う少年へと唐突に声がかけられた。
視線だけ動かして確認すればそこには少年たち第七分隊を率いる分隊長、病葉炳助が壁に背を預けて座っている。
気づかなかった。隠密行動、気配の遮断に長けている炳助だからだろうか。すぐそこまで近づいていたのにその気配を掴めなかった。
少年は炳助の存在を確認すると再び視線を化け物の方へと向ける。手元では銃のマガジンキャッチを押し、弾倉の交換を行う。動作は淀みない。
「普通だったらとっくにコアが露出してしかるべき。再生も早いし、攻撃も強力。ったく、割に合わねえな。帰ったら報酬の増額を申請しないと」
「認められるか? 俺らはあくまでも学徒兵だぞ」
「ばっかお前、そんなもん認めさせるに決まってんだろ」
「……また無茶だけはやめてくれよ。後始末すんのは俺なんだから」
「善処するわ」
「頼むからそこは確約してくれ」
軽口を叩きつつも視線は化け物から外さない。警戒も緩めない。破壊の音が戦場に鳴り響く中、いつでも行動に出れるよう二人の少年は構えている。
そろそろ潮時か、そういう思考が少年の脳裏をよぎる。まだまだ敵は余力を残している感はあるが、それでも仕留めにかかるには良い頃合いだろう。遅延戦闘を続ければそれだけ敵に考える時間を与えることになる。敵の思考能力はそれほど高くはないとは言え用心するに越したことはない。狩りと一緒だ。
「炳助、雅たちに指示を。そろそろ仕留めよう」
少年は炳助に提案する。炳助はそれに頷いた。
「だな。これ以上長引かせても仕方ねぇ。アタックは誰がかける?」
「俺が行く。炳助と総悟はバックアップを」
少年の言葉に炳助は了承の返事を返した。胸に装着した無線機に手をかけ、分隊各員に通達を送る。それを尻目に少年は移動を開始した。建物の裏手から出て化け物の進行ルート上にある建造物にカバーリングする。
やることはいつもと変わらない。今回は敵の耐久力が高かったために遅延戦闘になってしまったが最終段階に変更はない。一斉射撃によるダメージでコアを露出させる。後は狙撃班に任せればいい。
少年は深呼吸をした。息を深く吸い、吐く。心を落ち着かせる。
無線機から連絡が入った。
『聞こえるか?』
「ああ、問題はない」
『四十秒後攻撃を開始する。初撃、頼むぞ』
「任せてくれ」
短いやり取りを終え、少年は心の中で時間を数え始めた。
思考が自己の海に埋没していく感覚を味わう。深く深く集中する。
初撃と言うのは重要だ。いかにして敵を苛つかせるかで勝敗が決まると言っていいこの戦場で、そのとっかかりを作る役割である以上重要でないはずがないだろう。
化け物との戦いはゲームに似ているのだ。ヘイトを稼いでタゲを取る。そうして隙を晒した敵を仲間が攻撃して仕留める。ゲームと違うのは敵はプログラム通りの思考をしないということと、命がかかっているという点だけだ。
30秒が経過する。攻撃までもう少し。少年はアサルトライフルを構える。
とにかく敵の気を引くという関係上少年の危険度は非常に高いがそんなことを言っていたところで始まらない。命の危険があるという点では皆も変わらないのだ。だからやる。
攻撃開始まであと五秒。
四秒。
三秒。
二秒。
一秒。
『攻撃開始』
炳助の指示が聞こえると同時にカバーリング状態から身を乗り出す。
アイアンサイトで敵を照準。フルオートで弾をばら撒く。
フルオートでの射撃は命中を意識していない。あくまで気を引くためのものだ。だから適当に撃つ。味方に背中を向けさせる。
敵が少年の方を向いた。雄叫びとともに少年の方へと突進を開始してくる。
そうして敵の意識が少年の方を向いたときに、敵が暴れていた地点の近くにある建造物から二人の人影が現れる。
一人は病葉炳助。もう一人は室田総悟。
二人は突進中の敵の両膝関節へとアサルトライフルをタップ撃ちする。三セットも撃ちこめば敵が体勢を崩した。すかさず少年はフラググレネードを取り出してピンを抜き、敵の口へと投げ入れる。
少年の方へと敵が近づいていたのも幸いして綺麗な放物線を描いて飛んだフラググレネードは物の見事に化け物の口の中へと入った。化け物の口の中で爆発が起こる。化け物が悲鳴を上げる。衝撃で鼓膜がイカレそうだ。
少年が舌打ちした。
「まだ駄目なのかよ」
ダメージは与えている。体内で炸裂したフラググレネードは成果としてみれば十分以上のはずなのだ。だが駄目だ。ダメージは与えてもコアが露出しない。
まだ駄目なのだ。ダメージが足りていない。とんでもないタフさだ。今まで少年が戦ってきた奴らはここまでのダメージを与えれば必ずコアが露出してきたというのに。
だが、流石のダメージに敵が蹲っている。ならばこの機会を逃すわけにもいかない。
少年はアサルトライフルを放り出しナイフを取り出した。そのまま蹲っている敵へと駆ける。
度重なる攻撃のダメージで皮膚の細胞間結合は緩んでいるはずだ。ならばその部分をナイフで強引に開いてやればいい。
少年の意図を汲み取ったのか炳助と総悟の二人が援護射撃を開始する。数多ある関節を撃ち動きを封じ、目を潰して視界を封じる。
動かさないし見せもしない。少年が敵の反撃を受ければ即死する危険性がある以上、反抗など許さない。
勿論これも敵がダメージを受けているが故に出来ることだ。そうでなければ少年はそもそも近づかないし、関節へのダメージで動きを封じることなどできなかっただろう。決め手は少年が投擲したグレネードだが、それまでの戦闘で敵が徐々に徐々に消耗させられていたということも理由の一つだ。
少年は敵の元へとたどり着くと首元へとナイフを振り下ろした。コアと言うものは首から胸部へとかけての部分に存在している。その部分を開く。刃筋を立てて抉りこむように開いていく。
血が噴き出る。悲鳴が上がる。敵の悲鳴はこの距離で聞いたら完全に音響兵器だ。それに負けぬように少年も声を張り上げる。
そうしてナイフで切り開き、ついにコアが露出する。赤い色をした直径30cmほどの球体だ。少年はコアの露出を確認すると急いで化け物の傍から退避する。
その瞬間だった。
響いたのは銃声。放たれたのは弾丸。それが少年の首のすぐ近くを通過して露出したコアへと直撃する。
過去最大の悲鳴が上がる。少年たちは耳を押さえ蹲った。
狙撃だ。いつも通り腕はいい。そう考えるが撃つタイミングを考えろと言いたくなる。
上がった悲鳴は次第に掠れて消えていく。数秒も経てば完全に消失して後には骸だけが残った。コアの破壊に伴う敵の死を確認して無線機越しに炳助が全分隊員に声をかける。
『《咎人》の撃破を確認した。お前らよくやったな。帰ったらパーティーだ』
「まだ帰ってないのに気が早いっての」
作戦終了後も帰還を果たすまで気を抜くな。それが学校で教えらている心得だ。だというのに炳助はいつもそういうことを言う。「落ちつけ馬鹿」と少年はひとりごちた。
『うるせえっての颯。いいだろ別によ。大体、俺がここで真面目なことを言ったらそれはそれで気持ち悪いんだろうが』
どうやら聞こえていたらしい。無線機で炳助が少年―――佐倉颯へと反論した。
「まぁ、その通りだけどさ」
颯は苦笑する。実にその通りだ。
◇
《咎人》、人類は突如現れたその異形の怪物に三世紀もの間抗い続けている。
これは紛れもない生存競争。対話が不可能である以上、どちらかがどちらかを滅ぼすまで戦いは終わらない。
その戦いの終わりは、今をもってしても見えてこない。
私の小説のデフォルトですが多分まだよく分からないとは思います。気長にお付き合いください。