軋んだ扉
兄夫婦がにこやかに会話を弾ませている。並ぶ宮廷料理は盛られた皿も相まって普段私が口にする事と比べると一流レストランのフルコースとコンビニパスタかってぐらいランクが違う。
一口目はローストした鴨に狙いを定めて、滑らすようにナイフで切れば、鴨肉に通せば赤い肉が覗き見えて芳ばしい肉汁が皿に落ちる。うん……。豊潤な赤ワインに良く合う。
一室の晩餐の席は兄夫婦で成り立っているも同然で、目の前でイチャコラする二人と他の面々の温度差が開いているも誰も気にして無さそうなのが味噌だ。陛下はモリモリ食べているし。かくいう己も何も気にしていない。
…だから自分は美しく着飾ったシシリア様から異性関係の話しを振られる事に神経をた尖らせて会話の流れをちょいちょい操作していた…。今デリケートな時期なんだからさぁ空気読めよ嫁。なんつって。
正直、三年前に母の旧家に行ったきり軟禁生活は大して変化を見せないと前に伝えたのに、城内にだって運命の相手がいないとは限らないわ…私とクルス様のようにと、会話の最後に必ずのろけて見せるのは定番化。シシリア様の妹君の婚約パーティーで出会った二人はそんな事を今まで少なからず言っている
場に雰囲気を合わせ相槌を入れながらもアースノアは口数少なく晩餐に徹し、その双眸を杯に向けた。並々と注がれた赤い果実酒の水面で蝋燭の炎が揺らめいている。意図なく向けた目線の先では燃え上がるような赤毛の第二王子が黙々と食事に徹し、愉悦の欠片も感じさせない艶やかな鋭い目がこちらの視線に感付いて、一瞬尖った。
『……』
この腹違いの兄は一体何を楽しみに生きている人間なのだろう。
相対的な色がふと掠め、口元をハンカチで拭う。
痩せた美しい肢体………道化師。
人間にも人外並みに美しい者はいるが、何故かあんまり魅力を感じなくて困っている。アレには多少なりとも……異性としての魅力を感じるのに、同族に趣旨が動かないとか。
こうしている間にも生者の肌の色をしていない人外の媚体に脳内が酷く犯されて、道を過ってしまいそう。恐い
ムラムラくる。嗚呼、今後の人生がこのままでは……。
「そう言えば、町の様子はどうだったんだ。我が妹よ」
一様聞いていた会話の流れからか兄が話題を振って来たので助かった。まるで睡魔のように自力じゃ打ち切るのは困難で。
「まだ見かねる程ではないですが、北方の物流が悪いみたいです。
特に装飾用の魔石は大分品数が少なくなって来てるとか」
皮を買い取った店主が仏頂面でそう言っていた。三十年以上前の内戦で分裂した北東の諸国は一時鎮静化したものの根本的な解決とはかけ離れていた。
「白狼の毛皮を出してる露店が一切無かったので、砂漠の回路が紛争地になっているのかも知れません」
極端な品切れが幾つかある為に特にそこだけに着目するのはどうかと自分でも分かっていた。働き盛りな年でこの世界に来たとはいえ私の知識は図書館の本と人づてに聞いた話だけ……。本で見た世界地図は広大で、生物は多種多様だと言うのに世界の何と狭い事か。
アースノアの思いに比例して兄夫婦との会話は隣国の自然環境、生物、物流に関して広く話しを交える。だが、内容が遠方に向いた時、第二王子が冷ややかな言葉を紡ぎ、怒りを除き一切感情のない目を国王へ投げる。
「その口を閉じろ、アースノア。
父上。この者の書庫への出入りを即刻禁止致しましょう。
知らなくていい無駄な知識ばかり知りたがる。我が国の王女としてこれ以上不適当になれば恥さらしもいいところだ」
それではお兄様は私に何を望むのです?
完璧な王族の姿?
それとも政略結婚の駒ぐらいにはなる王女ですか?
『この狭く退屈な世界の中、唯一私を癒してくれるのがあの図書館です。ーーーーーー私から奪うんですか?私の世界の全てを。』
王族に生まれた以上、何となしに諦めていた部分はあった。
同時に諦められないものが明確に見え隠れするようにもなった。結婚に壮大な幸せは求めていない。一生、家という狭苦しい籠に血統書付きとして飼われるのもそれなりに幸せだろう。本さえあれば。弓と森さえあれば。
そんなに多くは求めていない。
「ああ、お前はそうだろう。
だが不相応だ。」
打ち切られた会話はまるで、目の前で唐突にドアを閉められた気分だった。