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奇人の朝。変人の昼。

私が自室として使っている広い一室には焼きたてのブレッドと紅茶の薫りが満ちていた。日も昇り、小鳥の囀りが窓の外から聴こえ、穏やかな朝の情景。

木製のテーブルにサラダやハムエッグ、それに果物が盛られており、王国の家庭料理が少しばかり並んでいる。厨房から運んだ物もあれば、乳母が簡単に作ってくれた物もある。部屋は広いのに乳母と私の二人だけだから無駄に広く感じる。机もテーブルも椅子もどれも小さな傷が付き年期が入っているが、落ち着いた深みのある茶色は割りと気に入っていた。別に冷遇されている訳でもなく、新調しようと思えば二つ返事で許可が落ちる。特に第二王子辺りから。兄姉達は私を王族に仕立て上げたいのだ。具体的には侍女に世話をされるおしとやかな淑女。


昨晩は面倒な事になりかけた。


ちぎったブレッドを口に放り込みながら考え事。エンカウント率の低さに油断した次男があのタイミングで執務室に現れるとは運が悪いとしか言い様がない。陛下が話しかけて来たのは率直にこちらの意見を聞く為で珍しい事ではないにしろ、静かに廊下にこちらを連れ出した第二王子は今後暫く騒ぎ立てる。

前に《黒の道化師》について挙げたが、私はその悪しき精霊に狙われているから軟禁されることを理由に割りと悠々自適な生活を送ってきた。性別を欺くといった名目で男物の服を着たり、城を抜け出て城下町に行っていた事が侍女の責任だと言うなら、侍女など要らない。自分でできる事は自分でする。

そして、王女として相応しくない事柄の筆頭は弓と短剣だろう。精霊に狙われているのが己ならば、自分の身は身で守る。そう告げた私を見て、陛下は頷いた。

無茶な要求をしない限り、この老王は私の妥協点を飲んでくれる。どちらが足下を見ているかたまに判らなくなるぐらいだ。


乳母のメリッサが顔を濁した私を見て、どうしたのかと問う。


「何でもない。ただ今日も昼から兵舎を覗いて、書庫に籠ろうかなって」

「かしこまりました。」


姉達から引き継いだ元侍女長たるメリッサへ昨晩の出来事を伏せて予定を告げると、空になった食器を給示用の台車に乗せる。後は厨房まで運んでくれるだろうが、一度井戸で洗おうとしたら本気で怒られた。

最近は色々と諦めたのか、溜め息を吐くだけで小言はない。昨晩の事もいずれ耳に届くだろうが、彼女は品好く皺の刻まれた顔をしかめるだけで終わる筈。


自室から通路へ出て、中庭に面した一室の真横に城の東側へ向かった。実はその部屋は父王や兄が朝食を取るのに使っている一室なので自室から結構近い。長男は結婚して離宮で大国の王女とイチャイチャしているバカップル状態なので、実質上、父と次男の二人だけ空間だ。自分は空気を読まないので別段普通だが、警護の衛兵に言わせるとまるでお通夜のようなんだとか。まぁ…兄はファザコンだし、父の感性は好くわからないから問題ないんじゃないかなぁ。


城内は王族と警備兵を除いて帯刀は許されていない。他国からの来客の場合、こちらも合わせて帯刀しない。足早に広い石造りの城内を移動する己は30cm程の短剣を腰に、兵舎の習練の間を目指した。城のある区画から一切の装飾が消え、むさ苦いマッチョが溢れてくる頃には其処は兵舎だ。侍女達は汗臭いので毛嫌いしている。

しかし夜になると兵舎近くで見掛ける姿が少なくないのは……アレだね。狩猟に走っているんだろうね。


「兵長!」


手を振った先で鎧を着込んで 汗を流す兵士の集団の一部が剣を振る手を止めて、私を見た。熊のような男はいいぞと手を振り返す。彼等の邪魔にならないように一人弓の習練を外でするのに一先ず弓を借り、外の城壁に的を下げ、弓の弦を張る。鉄弓の重みと冷たい感触。

皮の厚い指に弦の反動、引く右腕に負荷がかかる。

ストン、と板を射る音が辺りに響いた。


素振りをして、汗を拭き、食堂で兵士に混じって昼食。妙齢になった為か古参の人間もたまに渋面を作るので面倒だ。私に食わせる飯は無いって事かい?無駄飯食らい認定ですか。厨房の片付けとかたまには手伝ってるのに酷いわ。


本に囲まれて休憩する昼下がり。盗難される恐れから一般開放されることのない寂れた書庫でひと休憩。

窓を開け、風を通した書庫内は静かで城内で自分のベッドの次に心安らぐ場所だった。


王族やら名門貴族は幼い頃から教育過程がみっちり決まっているものだ、当然私にも教師は附けられていたが、本ばかり読んでいたので陛下が教師方針を変えた。つまり勝手に伸びる植物を剪定していく方針らしい。キャー陛下素敵ぃ


さて、昼下がりの書庫は今日も人足もなく、心地好い微睡みに浸り、一時の後に本棚を漁る。気が引かれた本を積み重ねて、椅子に座った。








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