プロローグ
拙い文章ですが、よろしく御願いします。
此処に一つの話をよう。
それは私の身の上話だが、暇潰しだと思って聞いて欲しい。
長くなるが、皆さんを異世界への想像の旅へ導くことだと願って。
風が薄着には肌寒い。冴えた明け方の空気にす混じる庭園の草の香りに頭が澄んだ。灰色の毛皮の下はクリーム色ネグリジェ一枚のみなので、肌が粟立つ。王城の端くれだが庭園なので仕方ないと言えばそうなのだが、温室ぐらいあってもいいのに。そんな事を思っていた。
まだ明け方だが警備の衛兵や朝の早い一部の侍女達の気配に満ちている。厨房から淡いランプの光が漏れ、食器を運ぶ音がする。
上には兄姉共に二人ずついて、月に一回顔を会わせれば多い方。エンカウント率の低さに王族の家族仲を危ぶむ。
若干苦手だから別にい……あー、家族って素敵だなー。
タイプは別だが王族らしい王族な姉二人が嫁いで二年経つ今となっては、私の平穏が一瞬でも乱される確率が低くなり、平穏な日々を送っている。
兄二人に関しては姉以上に縁がない。同じ城にいるのにオカシイナー。その兄上だが、文武両道な長男とプライドの高い次男ときてる。良い意味で王道を行く兄姉と違い、悪い意味で今のところ王道を進む自分は、いっそ排斥されないかと思案している。
国のマドンナだった姉達。長女は婚約していた国内の名門貴族と仲睦まじく結婚生活を送っている。次女は国外の富豪公爵と華々しい恋愛結婚をした。
我が父親は賢王と名高い老王なので、見た目お爺さんに見える。親子と言える年齢差ではないが事実親子であるらしい。下世話だがよく頑張ったね。私の少ない世話係である乳母に聞いたら軽くたしなめられた。その昔に王妃を失った王は大変悲しみ、第二王妃を城に迎えるまで二十年の年月を有した。いや、そんなの知らんがな。
我が母は心労で実家で療養中である。
《黒の道化師》に狙われていると二歳の誕生日に預言されてから、神経の細い母は心身に負荷を負い、深奥の第四王妃と変した。虚弱体質が呪ったらしい。噂はそんな感じ。
老王の指示で三年前まで軟禁されていたが、兄姉共に豊作なんだから別に私とか要らなくない?
その疑問を昨晩問ってみたが、賢王と名高い老人は静かに微笑みながら私の黒髪の頭をひと撫でするも答えはくれなかった。腹黒い狸爺と言うには欲がなく、仙人に近い神聖な雰囲気を取り巻く父は何を考えているか分かりにくい。
時間は昨晩まで遡る。
天井から床まで白い大理石で構成された室内。豪奢な調度品が程好く配置され、来る者の目を潤す。その一室は王城でも来客の多い謁見室であり、王ハイデルが常時好んで使う部屋の一つでもあった。軽めに晩餐を済ませ、再び執務に取り掛かろうと老眼鏡を着けた時、ドアがノックされる。第二王子ヴォルフィーニが現れた。神経質さすら感じさせる切れ長の美嶺な目が父王を捉え、「陛下」と一言。
第一声から味気無いが、当人らは平常運行なので気付かない。会話の内容は主に視察した領土の報告で、最近騒がしい隣国諸国の国境線を王子が代理で視察した。貴族と王家で内乱が勃発した当国は別の国を挟んで位置しているので影響は薄い。しかし、警戒に越したことはなかった。難民の問題もある。
淡々とヴォルフィーニの声が現状を語り終えれば、老王がゆっくりと唸る。果たしてどうなる事やら。不意にその視線が王子から外れ、口を開く。
「そなたはどう思う。
アースノア」
老王は窓の外の木の幹を見て、一見して枝に身を潜める第三王女の名を呼んだ。同時にヴォルフィーニが青筋を浮かべ、怒気を放つ。軟禁されていることを良いことに城内のあらゆる場所を行き交う末娘に見かねて夜でなければ声を荒げて咎めていただろう。第二王子は兄弟の中で一番沸点が低い。それは城内でも共通認識だった。
王城に沿うように生える樹木に黒髪の娘が座っている。豊かな黒髪がさらさらと肩に落ち、フワリと跳び移った身体が絨毯を踏み、その顔には余り王族に似つかわしくない笑みが浮かぶ。
「今晩は。陛下。ヴォルフィーニ兄様」
アースノアの涼しさの際立つ顔立ち。そこに飄々とした空気を乗せただけで女性的な雰囲気が薄まった。第二王子は腹違いの妹の奇行より父王の周囲を騒がしたことに怒気を放ち、眉を跳ねさせている。優美な刺繍の刻まれた足元までのガウンをぴちっと纏う男も珍しい。
ちなみに精霊が存在するこの世界には魔術師もいる。国外には専門機関があるが我が国とは疎遠で、城には僅か二人の魔術師しか務めていなかった。
恐らく、王族と民間人が視ている世界が異なるように、魔術師もまた違う視点で世界を眺めているのだとアースノアは思っている。