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第一章 20億と異世界冒険 その1




 今月の家賃の心配をしなきゃいけないのに、なんか胸の辺りがモヤモヤとして嫌な予感がしてきた。するとスマホに電話がかかってくる。


 ソファーに置いてあるスマホを覗き込んだマルコシアスが「おっ、優希からの電話だ」と言った。


 さっき帰ったばかりなのに電話とか、絶対に面倒臭いことだ。てか予感的中。第六感の感覚研ぎ澄まされ過ぎ。これも魔力覚醒の影響だな。


 優希からの電話で世間話などありえず、無茶で無報酬な仕事をやらされるのは確定していた。故にすぐ電話にでる事はせず、どうするか考えるが、サマエルが「居留守バレたらフルボッコだぞ」と耳打ちし、結局は恐怖に打ち勝てず、しぶしぶ電話にでた。


「もしもし……えっ⁉ 同じ市の……まあなんとなくは知ってるけど。レアな魔法書? 交渉? 嘘やろ、今から俺が行くの? アポはとってある? そんな無茶な……」


 優希はこっちの都合など聞かず用件だけを言って電話を切った。


「マジか……好きかって言ってくれる」


 既に通話が終了しているスマホに映る自分の顔は険しかった。


「いつも通りじゃねぇか。で、我らが暴君は何しろって?」


 マルコシアスは後ろから飛んできて肩に掴まり言う。


「この街に魔法書持ってる奴がいるから、絶対に手に入れろってさ」


「俺様に任せとけ。バトルだバトル」

「いやいや、そういう感じじゃないから」


 相変わらずだけど優希さん、金わい‼ 予算二千万とか足りてねぇだろがい。どうやって交渉するねん。


「とりあえず出かけるわ。行かないと怒られるから。お前らはついてこなくてえぇからな」


 スマホと財布だけを持ちアパートの部屋を出る。面白そうな気配を感じ取ったのか、悪魔二人はくっついてきた。


 しかしこの街ってヤバい奴や場所が多すぎでしょ。まあ自分もその中の一人なんだが、なんか訳でもあんのかなぁ。


 徒歩とバスで移動し、三十分後には目的地の家へと辿り着いた。


 それなりに大きくまだ新しい一軒家で、表札には白鳥と印されてある。


 優希が前もってアポを取っていたため、家主の白鳥源一郎には簡単に会えた。ソファーに対面して座るとすぐ交渉に入る。


「それで、私が所有する魔法書に、幾ら出すのかね」


 白鳥さんは還暦を過ぎた感じの細身の男性で、厳格そうな顔をしている。割れ顎が特徴的で眼鏡をかけ、服装は白のワイシャツにグレーの綿パンだった。っていうか頭が気になってしかたがない。


 眉毛や口髭は既に真っ白だが、七三分けの髪は真っ黒で毛量が半端なく、明らかに不自然に見える。まるでそういう形のヘルメットでも被っているようだ。


 てかこいつズラだろ。これはツッコミ待ちなのか? それにしてもバレバレすぎる。やっぱ悪魔どもを近くの公園で待たせておいて正解だった。連れてきてたら絶対イタズラするし、交渉決裂間違いない。


「二千万でどうでしょう」


 堂々とした態度で金額を言った。


「ふんっ、話にならんな。この系統の魔法書の相場は、確か二十億だったと思うが……私の勘違いかな」


「ハハハ……そ、それはお高いですねぇ」


 きっといま引き攣った顔をしてるんだろうな。ってちょっと優希さーーーん、バレてますけど‼ 職質された時ぐらい超恥ずかしいんですけど。てか全然足りんわい、恥かかすんじゃねぇよ‼


「あの……もう少しお安」

「二十億だ‼ 一円も値は下げん‼」


 白鳥さんは言葉を遮り意志が固い事を示すように強く発する。


「分かりました。二十億で買います」


 これ以上の交渉は無駄だと悟り、すっと立ち上がり言った。


「ただ、今はないので少し時間をください。すぐ用意しますので」


 なんかムカつくのでカッコつけて平然と言ったけど、誰が何をすぐ用意するって、そんな大金どこにあるねん。今月の家賃すら困ってる貧乏人やぞ。


 そもそも二千万の予算で二十億のもの手に入れろって無理ゲーだろが。コンティニューなしでファミコンの激ムズアクションゲームをクリアしろって言ってるようなもんだ。


「待つのはいいが、早くすることだ。他にも買いたい人が出てくるかもしれないからね」

「分かってますよ。それよりも、盗まれないようにしてくださいよ。俺は無茶なことしないけど、世の中自分勝手な奴が多いから。それじゃあ、また近いうちに」


「まあ待ちたまえ。色々と聞きたいことがある。君は何者だ、人間なのか?」


 白鳥さんが真面目な顔で訊いたので呆気にとられる。


「えっ⁉ あの、普通に人間ですけど……」


 なにこの会話。俺ってどんな風に見えてんだろ。


「私は人に見えないものが見える程度の力しかないが、君の魔力の大きさは分かる。人ならざる者としか思えない強大さだ。はっきり言って、対面しているだけで恐ろしいよ」


 白鳥さんが感じている魔力は、戦う時に出す魔力と比べればホンの一部である。だがそれでも他者を圧倒してしまう程に覚醒者の魔力は大きいようだ。


 しかし俺の魔力で恐ろしいとか言ってたら、優希に直接会ったら気絶するんじゃねぇの。


「君たちが大金を出してまで、魔法書を買う目的は何かね。世界征服でもするつもりか」


 異世界の神殺し、とは言えないな。知れ渡ったら誰も魔法書売ってくれなくなりそう。


「そんな大げさなものじゃないですよ。俺は自分がまともな人間だと思ってるし、魔力や魔法書で悪さをするつもりはないですから」


 呆れ口調で返す。が、俺は、の話だけどな。てか優希はどうだかしらん。


「とりあえず、あなたに支払うお金だって、この世界のルールを無視して作るものじゃないので、安心してください。じゃあ、連れを待たせてるので、これで失礼します」


 白鳥家を出て、二人の悪魔を待たせている近くの公園へと向かう。


 払うとか言っちゃったけど、二十億なんてどうすんだよ。悪魔の力を使えばなんとかなるかもしれないけど、誰かが損をするわけだしなぁ……金で卑怯な事をしないのがポリシーだからな。って、そもそも俺は関係ないやん。まったくもって用意する必要なし。


 優希に業務連絡したが案の定、無茶苦茶な指令が下る。物凄く大変な事をさらっと言って電話を切られた。


 なんだかなぁ、魔力覚醒して超人だけども、普通に命懸けなんですけど。俺をなんだと思ってんだろ、あの子。


 程なくして公園に到着すると、普通の人間には見えない悪魔二人はバカ騒ぎしていたのですぐに居場所が分かった。


「何やってたんだお前ら」


「そこのベンチに女子高生っぽいのが二人座ってるだろ。どんな会話をしてるかアテレコしてたんだよ。てかサっちんバカすぎ。今どきのJKが株価がどうとか政治家がとか、そんな話なんてするかよ。してたら怖いだろ」

「てめぇの方がクソだろワンコロ。援助交際とか愛人とか下品な下ネタしかねぇのか」

「あったりめぇだろ‼ JKなんて可愛くてエロいから価値があんだろ‼」

「うっせぇんだよ。すぐに大声出すのはバカの典型だな」

「んだとゴラぁ‼ いつでもやってやんよ‼」

「きったねぇ、つば飛ばすんじゃねぇクソ犬‼」


 ここでサマエルがマルコシアスの顔面にパンチを入れぶっ飛ばす。


「くだらねぇー、お前ら楽しそうでいいな」

「なんだ哲斗、ご機嫌斜めだな。交渉は決裂か?」


 サマエルが予想通りと言わんばかりに薄笑った。


「いや、買うことになった。ただ値段が二十億円だけど。まあ金の方が奪い合いのバトルになるよりいいんだけど……まったくやってらんねぇ」


「なんだよ、バトルなしかよ、つまんねぇなぁ」


 すぐに回復したマルコシアスがしかめ面で唾を吐き捨てた。


「で、優希の予算は幾らだよ」


 サマエルがニヤニヤしながら訊いてくる。


「二千万だとさ」

「ふへへっ、足りてないなんてもんじゃねぇな。流石暴君」


「電話したら、二十億ぐらいこっちで用意しろだってさ。それで結界の森で人魚に頼んで異世界に行ってこいって言われた。二十億稼げるんだと」


「ふむ、あの人魚か。確かその異世界には優希と一緒に行ったことがあったな……なるほど、読めたぞ考えが」


 異世界の情報を知っていたサマエルはすぐにピンと来て意図を理解したようだ。


「サっちん、もったいぶらずに早く話せよ」


 まったく理解できないマルコシアスは少しイライラしながら言う。


 因みにマルコシアスはサマエルを『サっちん』と呼び、サマエルはマルコシアスを『マー坊』と呼んでいる。


「あの世界のモンスターは様々な原料を混ぜ合わせ、魔王と名乗るような上級の魔人族が魔力を注ぎ込み造られている。そして倒せばその原料が手に入る。しかも強いモンスターを倒せばそれだけレアな原料をゲットできる。例えば宝石とかだが、それをこの世界に持ち帰って売れという事だろう。捌く裏ルートはどうとでもなるしな」


「そういう事か、って祭りじゃねぇかよ。バトルだバトル、俺様に任せとけ、暴れてやるぜ‼」


 マルコシアスはテンションMAXで楽しそうだけど、普通に考えて異世界に出稼ぎとか無茶苦茶やん。


 とはいえ、今月の家賃さえ払えないすっからかんの状況、なんでもいいから稼ぐしかない。まあわざわざ異世界まで命懸けで行くんだし、ついでに当分遊んで暮らせるだけの金を稼いでくるか。


 なんだか連続するせいで、優希の無茶振りに慣れてしまっている。断れないってのもあるけど、簡単に受け入れてるし。


 もう女神やら誰かの召喚以外で異世界に行くのも普通になって、驚くこともなくなった。でもこういったミッションをクリアするたびに、自然と魔導師として力をつけている。


 てか慣れって怖い。優希に逆らえない自分も怖いけど……俺ってもしかしてドМなのでは?


「異世界に行ってモンスター狩りってVRMMOみたいで面白いよな。最近流行りの異世界召喚とか転生系アニメで予習は万全だ」


 マルコシアスはノリノリで楽しそうに笑顔で言った。


「マー坊、アニメでどんなこと予習したか言ってみろ」

「そりゃお前、ざまあとか成り上がりにチート無双、後はハーレムだろ」

「まあそうなるわな」


「おいおい、もしかしてお前らついてくる気か?」


「あったり前だろ。俺様がそんな楽しそうなパーリーに行かねぇわけねぇだろ」

「無論、俺も行く。別に暇だからではないぞ。俺はお前たちの御守役だからだ」


 サマエルがそう言うとマルコシアスが言い返し口喧嘩が始まる。それを無視して歩いて行く。


「魔王倒しても金にならないんだよな」


 程なくして追い付いてきたマルコシアスが後ろから肩に掴まり言う。


「まあな。でも魔王とか面倒臭そうだし、関わらない方がいいだろ」

「バカヤロー、魔王戦が一番楽しいだろが。やらずにどうすんだよ」

「じゃあ魔王はマルコに任せるわ、好きにやってくれ」

「よっしゃー‼ 俺様の獲物決定」


 マルコシアスは空中で小躍りして喜んでいるが、流れ的に必要ないなら魔王には近づかないけどね。


「魔王が居るのは魔王城だろ。ならばお宝がいっぱいあるんじゃないのか」

「おっ⁉ サマエルさんいいとこ気が付いた……ってそれ泥棒やん」

「魔王のお宝なんて略奪品だろ。無職のくせに気にすんなっての」


 いやらしく笑った後マルコシアスが言った。


「いやいや、気にするわ」


「それで、いつ行くんだ」


 サマエルが正面に飛んできて言う。


「どうせ暇だし、今から行くとするか。いつでも無茶振りに対応できるように、食料に着替え、キャンプとかの荷物は魔法書の中に入れてあるからな」


 レア物である上級の魔法書は、悪魔や伝説的な武器やアイテムを召喚できるだけでなく、魔法書内の異空間に物を収納することもできた。


「流石無職、フットワーク軽いぜ。こういう時は便利だな、無職って。てかバトルなんて久々で腕が鳴るぜ、なぁ無職」


 マルコシアスはニヤニヤと腹立つ顔でバカにしてくる。クソ悪魔が、また腐った唐揚げ食わせてやるからな。


「お前らはいいよな、結局は遊んでればいいんだから。てかなんで就職の面接全部落ちるねん、酷すぎるやろ」

「うひゃひゃひゃひゃっ、全オチーーーーっ‼」


 マルコシアスは空中で腹を抱えて大笑いした。


「だから言っただろ、白髪では無理だからつるつるの坊主にしろと」


 サマエルはまた正面に飛んできて俺の顔より高い位置で、腕組みしながらふんぞり返り言った。


「そうだそうだ、スキンヘッドにしないからだ」

「面接で訳を聴かれるだろ、なんて答えんだよ。てかもうええねんこの話は」


 白髪ながらも本当に就職活動は真面目にやったのになぁ。普通の黒髪よ、そろそろ帰ってきてくれ。


「大阪だし、お笑いの養成所に入ったらいいんじゃねぇの。芸能界に就職できるかもよ」


 またニヤニヤしながらマルコシアスが言う。


「芸人とかド天然か天才しか無理やろ。しかも売れるまでがいばらの道すぎる。普通っていうか、安定が欲しい」

「クソが、何が安定だ無職のくせに。就職してから言えやクソが」


 マルコシアスが吐き捨てるように言う。


「だからこの話はもうやめろっての」


 悪魔の相手は精神的に疲れるわ、とにかく口が悪いからな。それに超おバカだし。


 それからは寄り道せずにアパートの近くまで帰ってきた。


 アパートの側には森があり、その中に強い魔力を持つ者しか入れない特別な場所があった。


 部屋には帰らず森の中へと入り奥へと進んでいく。


「確かこの辺りから、結界の中だよな」


 魔力がある人間には、結界を通り抜ける時は周りの空間が歪んで見えるのでなんとなくわかる。


「この森とここに居る奴らって、なんなんだろな」


 森を見渡してたら徐に呟いていた。


「いわゆる訳ありなんだろ」


 興味なさげにサマエルが返した。


「つまり、クソヤローってことだな」


 マルコシアスがそう言うと、俺とサマエルは同時に「お前がな」と返す。


「んだとコノヤロー‼ かかってこいや、ミンチにしてやんよ‼」


 マルコシアスが怒り狂っていたその時、何者かの気配を感じ立ち止まる。


 現れたのは上半身が筋肉隆々の人間で下半身が馬の、ジャックという名のケンタウロスだった。






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