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序章 その2 会長と副会長と放置悪魔の日常



「そういえば月末か……早いなぁ、もう六月も終わりかよ。っていい加減出てこいよ、いつまで隠れてんねん、このビビりどもが」


 話しかけた相手は、優希が魔法書を使い魔界から召喚した悪魔たちだ。


「誰がビビりだ、寝ぐせ全開のクソニートが」


 どこからともなく姿を現し、まだ声変わり前の少年のような可愛い声で返したのは、悪魔のマルコシアスだ。


 マルコシアスは身長50センチぐらいで人型をしている。顔は犬っぽく大きな尻尾があり、背には可愛らしい翼がある。頭には人間のような髪が生え綺麗な銀髪で、額の上あたりに角が二本生えていた。服装は白のTシャツに赤いベスト、首に黄色のスカーフ、水色のハーフジーパンにブーツ。


「ほっとけ、くせ毛でこういう髪型やし、ってお前も変わらんやろ」


 寝ぐせのようにも見える外ハネ全開のショートヘアで、ぱっと見はオシャレに見えなくもない。たぶん、まあ知らんけど。


 ただ髪色が問題ありだ。二十三歳なのにまさかの白髪。少し色がついた特殊な感じで、優希はプラチナブロンドだと言っていたが、これが凄く目立つので嫌なんだよなぁ。魔力が限界突破して覚醒した時に、黒髪から色が抜けて眉毛もろとも白っぽくなってしまった。


 ネットで調べたけど、精神的な事で黒髪が若くして白髪になることはあるらしい。でも若ければ早い段階で元に戻る、とのことだが、既に数年白髪のままである。頻繁に異世界に行って魔力を高めてバトルしてるから今のところ黒髪に戻りそうにない。突然だったし大学の友達は染めたと思っている。


 この髪色のせいもあり、二流だが大学も卒業したのに就職活動に失敗し、現在は無職。様々なバイトで食いつないでいる。


 黒く染めればいいと思うだろうが、魔力の影響でまったく染まらないという悲劇。そりゃこんな髪色じゃ就活に失敗するわな。自分が面接してても雇わないし。バイトですら落ちまくるからな。


 地球では意味のない魔力があったせいで幾度となく異世界召喚され、それが原因で確実に負け組人生を歩んでいる。でも誰かさんみたいに激おこでも怨んでもいない。普通に生きていたんじゃ経験できない面白いことがいっぱいあるからな。勿論それらは命懸けだけども。


「それより哲斗、今月の家賃どうするつもりだ」


 もう一人の居候悪魔、サマエルが言った。マルコシアスと違いサマエルの声は子供っぽくはないが若々しくイケメン風の良い声だ。


 サマエルの容姿はほぼ二足歩行のパンダで、身長はマルコシアスより少し低い。袖が青いラグランTシャツを着ていて、背には蝙蝠の羽根があり尻尾は蛇で、足首より先は恐竜っぽく大きな爪がある。額の中央には一本の角が生えていた。


  最上位のレアな魔法書によって呼び出された悪魔たちは、召喚時に力の99.9%を封印され、何故かアニマルチックな可愛い姿にされる。


 こいつらは優希にとって使い勝手の悪い気に入らない悪魔で、人間界に放置されアパートに住み着いている。てか見た目が可愛くても悪魔ですからね、ロクなもんじゃない。


 召喚魔法は魔法書を使っても発動中はずっと魔力を消費するので、普通は使わないなら解除するんだが、優希は無限に等しい魔力量があるため放置していた。


 っていやいやいや、さっさと召喚解除してくれ。もうね、何度もお願いしてるんだけど、次に召喚する時が面倒だからそのままにしておく、と言われた。


 なんでだよ、俺の面倒考えろっての。マジで女神のことクソとか言えねぇからな。人の振り見て我が振り直せ、ですよ優希さん。


 そんな超絶チートの優希とは、四年ほど前にとある異世界で出会った。まだ中学生でやさぐれてなくて、あの頃はただただ可愛かった。既に175センチはあってドデカかったけど。一緒に勇者として冒険したのはいい思い出ですよ。なにせ次に会った時にはもう覚醒して鬼切れプンスカプンモードだったし。


「家賃か……どうしようかな……誰か名案ある奴いるか?」


 ジーパンを穿いて袖が赤の白のラグランTシャツに着替えながら言った。


「また探偵のバイトでいいだろ。得意な浮気調査。俺様たちは人間に見えないし楽勝だろ」


 マルコシアスがそっぽを向いて興味なさげに言った。


「却下、今は気分じゃないな」


「クソが、何が気分だ無職のくせに。だから職質週三でうけんだよ。趣味なのか職質されるのが」


 眉間に皺をよせ吐き捨てるようにサマエルが言うと、宙に浮いているマルコシアスは腹を抱えて大笑いした。因みに悪魔たちは重力とか関係なく自在に飛び回る事ができる。それにしても悪魔なので嫌なことをズバズバと言ってくる。


「クッソワロタ‼ 職質趣味とか超絶面白れぇ‼」


 マルコシアスはツボにはまったようで涙を出すほど笑っており、その横で俺はうな垂れた。


「な訳ねぇし。くだらない事ばかりするお前らのせいだろ。ツッコミ役とかやってられるか」


 力なく発したが、職務質問を受けるのは悪魔のせいだ。特にマルコシアスが原因。


 外出する時に気まぐれに悪魔たちは同行するのだが、マルコシアスは普通の人間に見えないのをいいことに、スカート捲りしたりブラのホックを外したりと、わざと俺の傍でイタズラばかりしていた。その行為に反射的にツッコミを入れることは、周りからは独り言状態であり変な人そのもので、職務質問されても仕方がなかった。しかも若いのに白髪で目立つからね。あとツッコミを入れちゃうのは大阪人のさがってやつだな。


「あぁ面白かった。てか哲斗、金の話とかより腹へったぞ腹。なんか食わせろ」


 マルコシアスは食べることが好きでご飯の話ばかりする奴だ。最近は安上がりな駄菓子ばかり与えている。って、なんで俺が餌を用意しなきゃいけねぇんだよ。


「さっき優希が来る前に食ってただろ、バカ犬。テメェの食費のせいで、この家のエンゲル係数上がってんだよ」


 サマエルが強めに発する。


「んだとクソパンダ‼ てめぇなんて勝手にガンプラばっか買ってんだろが、そっちのほうが金かかってんぞ」

「ガンプラは男のロマンだ。故に無駄遣いにあらず」


 サマエルは昭和のロボットアニメ好きだ。


「バカかてめぇは、ロマンじゃ腹は膨れねぇんだよ。その金あったらどんだけいい肉食えると思ってんだ」


「うっせぇなぁ、朝から騒ぐな。って勝手に俺の金を使うな」


 知らないうちにスマホで買い物しやがるから、ますます貧乏が加速する。しかもクレジットカードないからちゃんと着払いにしてるし。


「何が俺の金だ。バイトも手伝っているし異世界にも一緒に行ってやってるだろ。つまり稼いだ金を使う権利があるということだ」

「そうだそうだ、クソパンダの言うとおりだ」

「お前らが勝手についてきてストレス発散に暴れてるだけだろ。仕事を舐めんなよ」

「無職のくせに仕事語ってんじゃねぇぞ。一度でも正社員になって税金やら保険を払ってから言えやクソが」


 物凄く憎たらしい顔でマルコシアスが吐き捨てるように言う。


「悪魔のくせにまともなこと言いやがって……」


 ムカつくけど言い返せないのが情けない。


「こんなクソみたいな話はどうでもいいんだよ。早く飯食わせろ」


「はいはい分かった分かった。てか前に異世界の鳥系魔獣で大量に作った唐揚げまだあるだろ、それ食えよ」

「おっ、そういえばレンジの中にあったな」


 平然と言ったが、実は既に唐揚げは腐っている。ヤバいかなと思いつつ、悪魔が腐ったものを食べたらどうなるか興味がある。おバカなマルコシアスで実験してみよう。


「うほっ、この唐揚げネバネバしてて超絶うめー‼」


 マルコシアスは何も知らずムシャムシャと食べまくり完食する。だが予想通りお腹をギュルギュル鳴らし食中毒でぶっ倒れる。


「なるほどなぁ、悪魔でも腹壊すんだな」


 異世界の食材だしどんな細菌か分からないけど、普通は三十分以上かかるところたったの数分で発症した。人間が食ってたらヤバかったかも。そもそもあの肉、食えるものかもわからんしな。あぁ怖。


「哲斗、バカ犬は放っておけ。それより酒だ、美味い酒を持ってこい」


 サマエルの酒という言葉に倒れていたマルコシアスが反応する。


「なっ、酒……酒だ酒、酒もってこーい‼」


 勢いよく飛び起きマルコシアスは食中毒から復活する。って結局すぐ回復するのかよ、どんな体だ。


「ホンと騒がしい奴らだな。仕方がないから特別に飲ませてやるよ。マジで特別だからな。ちょっと待ってろ」


 素直に要求を受け入れキッチンの方へ行って、ラベルに『天才』と印された一升瓶を持って戻ってきた。


「ほれ飲め、異世界で手に入れた幻の酒だ。これは天才にしか味が分からないらしい」


 バカげたことを真顔で言ってやった。


「マジで⁉ すげぇー、そんな酒あんのかよ。それスパーウルトラレアじゃん」


 マルコシアスは驚き尻尾をピンと立て前のめりに食いつく。はい釣れました。


 二人の悪魔はおちょこで何杯もグビグビと飲む。


「ぷはー、超ーーー絶うめーーー‼」


 尻尾をブンブンと振ってマルコシアスは幻の酒を評価した。


「ほほう、これは美味だな。当然だが俺は天才のようだ」


 サマエルも高評価で高らかに笑った。


 そんなバカ二人を冷めた目で見詰め胸中で笑う。何故なら幻の酒の八割は、ただの水道水だからである。てか水でオケ。これぞ究極の超節約術。


「話がそれたけど、家賃だよ家賃。今月分どう払うか、お前たちも考えろよ」


 当然のように種明かしせず話を進める。


「哲斗も魔法書を持つ魔導師だし、悪魔や従魔の力を使えば幾らでも稼げるはずだ。裏社会では需要があるだろ。まあどこぞのバカ犬みたいに無能な残念悪魔なら、意味ないけどな」


 サマエルは後半の言葉をマルコシアスを見ながらニヤついて言った。


「悪魔のくせにそんな役立たずがいんのかよ。で、誰だよそのバカ犬クソ悪魔は」 


 マルコシアスは腕組みをしながら呆れ口調で言う。


「お前だろ」✖2


 俺とサマエルは同時にツッコミを入れる。


「んだとゴラっ‼ いつでもやってやんよ。かかってこいクソパンダにクソ無職‼」


「はいはい、分かった分かった、ちょっと落ち着け。てか冗談やろ。お前な訳ないし、誰よりも優秀なんやから」


 怒れるマルコシアスに、死んだ魚のような目をして言葉に感情を乗せる事無く発した。


「なんだよやっぱ冗談かよ。まあ俺様には分かってたけどな」


 マルコシアスは簡単に騙されすぐに機嫌が直った。なんとも単純な天然おバカである。


「悪魔の力を使うとか、卑怯な事はしたくないかな。できるだけこの世界のルールを守りたいし」


 異世界で手に入れた力をこっちの世界で使えば使うほど、普通に生活できなくなりそうで怖い。特に裏社会になんて関わり過ぎるとな。


「そんじゃ肉体労働しろよ。お前は超人なんだから楽勝だろ。まあ真面目にやりたいなら汗水流せ」


 マルコシアスは珍しくまともな事を言った。


 優希同様に俺も異世界で鍛えられ強大な魔力を持つ魔導師だ。その魔力のおかげで身体能力は超人レベルに達し、本気を出せばなんでもでき、なんにでもなれる。故になにもできないしやらない。


 スポーツなんてしたら簡単に一流のプロに勝ってしまうし、世界新記録のオンパレードになってしまい大騒ぎだ。努力して結果を出している奴らに申し訳ない気持ちになる。やはり卑怯な事だと思う。


 因みに体は鍛えてあるので引き締まっており、細マッチョって感じだな。まあ背が低いので全然カッコよくはないですけどね。


「肉体労働か……それはだるい」

「ふっざけんな‼ このクソチビニートが‼」


 マルコシアスは激怒して完璧なタイミングでツッコミを入れる。 


「食っちゃ寝ニートの自宅警備員の放置悪魔に言われる筋合いはない。てか役立たずだから、お前らここに居るんだからな。優希に言ってどうにかしてもらうぞ」

「んだらぁ‼ 優希の名前だしたらビビると思ってんのかよ、俺様はいつでもやってやんよ、フルボッコだフルボッコ‼」


 牙を剥き出し鬼の形相で拳を握り締め、マルコシアスは最後に「悪魔舐めんなっ‼」と言い放つ。


「やれやれですな、おバカすぎ。召喚者に勝てるわけないだろ。攻撃できないんだから」


「えっ⁉」


 マルコシアスは本気で驚いたように目を見開き鼻をヒクヒクさせた。


「え〜っと……そ、そうだっけ? そんな鬼畜ルールあんの?」


 茫然自失のマルコシアスは呟く程度に発した。


「その身をもって試してみろよ。スタイリッシュな自殺になるぞ」


 口元に笑みを浮かべ言ってやった。


「マジかよ嘘だろ、超怖いんですけど。ガクブルなんすけど」


 マルコシアスは色々と想像してしまい、ブルブルと震えながら呟く。


「じゃあ優希に電話するぞ、フルボッコにすんだろ」


 そう言ってスマホを持つ。


「いたたたたたっ⁉ 持病の偏頭痛が‼ ダメだ死ぬーーー。せっかくやる気MAXだったのに‼」


 マルコシアスはわざとらしく急病の演技をして、頭ではなくお腹を押さえている。


「カスめ。腹押さえて言ってんじゃねぇよ。このビビリワンコが‼」


 キレ気味にサマエルがツッコむと、待ってたかのようにマルコシアスはサマエルに詰め寄り「じゃあお前やれよ。どうせ俺様はビビリだからな」と逆にハメるセリフを言った。


「ら、楽勝だっての、俺なら一撃だ一撃」


 サマエルは動揺しながら思わず言ってしまう。


「じゃあ一撃で倒せるマスター優希に、今から電話してみっか」


 ちょっと意地悪して電話を掛ける振りをする。


「ちょっ、ちょっ待てよ……とりあえずスマホ置けよ。落ち着こうぜブラザー」


 そう言った直後、サマエルは「いたたたたっ‼」と腹を押さえて痛がりながら「急に持病の椎間板ヘルニアが‼」と言い訳をした。


「バカだバカ、バカがいる。椎間板は頭だろ」


 大笑いしながらマルコシアスはツッコミを入れたが、普通に間違ってんだよバカが。


「腰だ腰」

「マジで⁉」✖2


 悪魔二人は同時に驚き同じ言葉を発した。それにムカっとした。


「殺意を抱くレベルのコントやめろ、クソ悪魔ども。てかあの最強暴君に喧嘩売るとか無理ゲーだろ。レベル1で魔王に挑むぐらい無謀だぞ。今のお前らは、スライムレベルだからな」


「ふっざけんな、誰がスライムだ‼ てかスライムさん舐めんな。マダンテ使えんだからな。お前ら一撃でコッパミジンだかんな‼ 超スーパーウルトラスペシャルダイナミックデラックスにコッパミジンコだかんな‼」


 マルコシアスはブチキレて吠えるように捲し立てる。


「う、嘘だろ……嘘だといってよバーニィ状態の一大事だぞ。このサマエル様がスライムレベル……だと。ヘタレ勇者の養分じゃねぇか。どんだけザコなんだよ」


 サマエルは驚愕してワナワナしながら呟く。


「認めん、認めんぞ‼」


 サマエルは激怒して言い放つ。


「そうだそうだ、舐めんじゃねぇ、そこはせめてスライムベスだろ‼」

「いやそれ変わらんだろ」

「じゃあキンスラだコノヤロー‼」


 マルコシアスが言った瞬間、サマエルが「テメェと一緒にするなクソワンコ、俺は竜王レベルだ‼」と言い放ち、マルコシアスの顔面に右ストレートを直撃させぶっ飛ばした。


「結局こいつらのおふざけのせいで話が進まないんだよなぁ」


 これが優希が放置した、ノリで動くテンション高めの悪魔たちと俺の日常の一部である。だが俺はマイペースであり、悪魔に振り回されているわけではない。


 いつも振り回されカオスな日常を送る羽目になるのは、超越者にして最強の魔導師である奈々星優希の無茶振り指令のせいだ。


 そしてこの後、魔王やモンスターがいる異世界へ、また冒険しに行くことになるなど、今はまだ思いもしていなかった。





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