序章 その1 会長と副会長と放置悪魔の日常
大阪の北部、そこそこ大きな街の駅から離れた場所にあるアパートの二階の奥が、俺こと藤原哲斗が住む部屋だ。
その部屋に今、この世で一番強く恐ろしい、色々とスケールのデカいJKハーフ美少女が来ており、怒りマックスの鬼切れモードで放送禁止用語を垂れ流している。
日曜の朝からアポなしでやってきてなんなんだよこいつ、マジ帰ってくれねぇかなぁ。てか猫のように可愛い顔が台無しですよ。ってまだ朝の五時半なんですけど‼
この子、愚痴を言うためだけに東京から大阪まで周3から周6で通ってくるんですけど、普通に怖いんですけど、超絶迷惑なんですけど‼
そもそもどうやって大阪まで来ているのやら。魔法か悪魔の力か知らんけど、その力をもっと他の事に使ってくれ。
とりあえず俺の部屋をたまり場にしないでほしい。あと生ゴミを放置して帰るのもやめろ。まったくもって迷惑だ。その生ゴミどもはさっさと隠れて出てきやしねぇし。
「ちょっと哲斗さ〜ん、聞いてますかねぇ、いま大事な話をしてるんですけ、どっ‼」
「ね、寝起きだから、ちょっとボーっとしちゃって……」
「コラ、寝るな」
「いててててっ、耳引っ張らないでよ」
「ちゃんと聞かないのが悪い。そこに正座しなさい」
「……はい」
ここは素直に正座するしかないのである。逆らうと余計に怒られるからな。あぁめんどくせ。
寝起きなのでTシャツにパンツ姿だが、二十三歳の男が女子高生の前で正座しているとかなんとも情けない。
「女神撲滅委員会の副会長として自覚が足りませんね、哲斗さんは」
「す、すんません」
って勝手に変な委員会作って入会させんなよ。しかも副会長ってマジやめてくれ。そもそもメンバー二人しかいねぇし。
で、また鬼切れプンスカモードで愚痴り始める。俺に言っても仕方がねぇだろ。これなんの罰ゲームやねん、まったく。
この美少女が何に怒っているのかというと、神のように存在する異世界の女神たちにである。
同じようだがどこか違う、そんな並行宇宙的パラレルワールド以外に、マンガやアニメのような異世界が無数に存在し、それらは広大無辺であり奇譚に満ちていた。
その最たるものが天使や悪魔、女神に魔王といった幻想生物の存在。しかし異世界以外では魔力がない普通の人間にはそれらを見ることも認識することもできない。
ほとんどの人間に魔力や異能など特別な力がないその世界で、悲劇の天才魔導師と称される最強最悪の女がいた。それが眼前でプンスカしている
美少女、奈々星優希である。
強大な魔力をその身に宿し、暴走させることなく自在に制御でき、更に数々の魔法書やアイテムを手に入れ魔界と呼ばれる異世界から悪魔たちを召喚して従えている。
年齢十七歳の日本人で東京育ち。住所や学校は不明、家族構成も詳しくは知らないが、父親は日本人で母親は北欧系フランス人らしく、そのDNAを強く引き継いでおり、美しいキューティーブロンドとグリーンの瞳をしている。
優希は高身長で188センチもあり見た目の迫力が凄い。ファーストインパクトが半端ないよマジで。もうね、色々全部、大事なところがデカいっす。
お尻が隠れる程の超ロングヘアなんだが、なにやら訳ありで髪が切れないらしい。魔法か呪いかアイテムの影響かは知らないけどな。聞いたら話が長くなりそうなのでスルーしている。
基本の髪型は5パターンあり、ノーマルかツインテール、ポニーテールかツーサイドアップ、たまに三つ編み、という感じで今日は結んだりしていないノーマルヘア。
服装はグレーのプリーツミニスカート、フリルの付いた黒の半袖ブラウスと靴下で、とにかく普通にしてたら超かわいい女の子である。
基本的に普通の人間であったはずの奈々星優希が何故、魔力を覚醒させ最強無敵の魔導師となったのか、それは優希が究極の巻き込まれ体質であったのが原因だ。
強大な魔力のせいで異世界の女神たちに目を付けられ、本人が望まないのに幾度となく召喚され、その世界で悪となる者たちと戦うことになる。
数々の魔王に闇の勢力、突然変異のチートモンスターや異能力者、闇落ちした勇者に姫巫女に魔法少女などなど、超絶バトルを様々な異世界で繰り返す中で強くなっていった。
因みに異世界での時間は帰還時にはリセットされ、召喚された瞬間の元の時間軸に戻る。更に異世界で手にした肉体的強さやスキル、武具にアイテムは失われる。なのに強くなっていったのは、優希は早い段階で限界を超えて魔力を覚醒させたからだ。そのせいで女神の力の影響を受けず、帰還時に強さがリセットされないようになっていた。
そんな優希の初召喚は小6の時だったらしい。流石に子供過ぎるでしょ、女神鬼畜過ぎ。でも小6で既に今の俺より身長高かったみたいですけどね。
俺は初召喚が中二の夏休みだったけど、これも早いほうである。ホンと別世界の子供に戦わせるとか、女神たちは無茶苦茶ですわ。
だが女神たちを怨んでいる原因は勇者召喚や戦いそのものではない。優希は正義感が強く使命や宿命めいたものを受け入れていた。
問題は女神たちの傲慢な態度やズボラな性格にある。特に時間に対しては本当に適当で、人間を舐めている奴が多い。
ただ、短命な人間と違い永遠に等しい時の中で生きているんだから仕方がないのかもしれない。しかし優希がブチ切れることになる最後の勇者召喚が酷かった。
召喚後は異世界ごとにルールが違うため、戦い方を学ぶチュートリアルがある場合が多い。のだが、このチュートリアルで事件が起きた。
内容はダンジョンや樹海、荒野に砂漠、といった様々な場所が次々に現れ、エンカウントするモンスターや魔獣、魔人たちと戦っていく。敵は少しずつ強くなっていくが、最後のラスボスはギリギリ勝てるかどうかの鬼強設定で負けることもある。ただ負けてもその場から何度でもリトライできる。
クリアすると魔力や身体能力がアップした状態になり、更にレベルが上がったチュートリアルに挑戦していく。大体は五回も繰り返せばトンでもない強さに達しチュートリアルは終了する。はずだったのだが、女神アイリーンは優希の事を完全に忘れてしまい、無限にレベルアップして続いていくチュートリアルの中に放置してしまった。
一回の時間が半日ほどなのだが、優希はそれを十三万五千六百二十一回繰り返した、らしい。てか何回も愚痴られて回数を覚えてしまった。
しかし普通なら発狂して精神崩壊しているレベルの数字ですよ。それに耐えて強くなり続けた十五歳時の優希さん、マジ半端ねぇっす。話によると魔王をワンターンで、というか一撃で倒したらしい。
ここが優希さんのまだちゃんとしているところ。ブチ切れてても仕事はやり遂げる。素晴らしい人間性だ。
俺も二十歳の時に同じ女神に違う時間軸で召喚されたんだけど、やはりチュートリアルで放置されブチ切れた。回数は五千回オーバーで気が狂いそうになった。っていうかもう狂ってたかも。解放された後は罵詈雑言を発し何もせずに元の世界に帰ったからな。
この時のチュートリアルで俺も限界を超えて魔力を覚醒させたので、元の世界に帰ってもリセットされず身体能力は超人レベルであり、魔法やスキルが使えるようになった。その後、異世界や並行宇宙で戦うたびに様々な術を習得した。
チュートリアル五千回で化け物じみた強さになってしまったのに、優希は桁が違うからね。恐らくその強さはレベルというより次元が違うかも。
十三万回オーバーの最後のラスボスってどんだけ強かったのか興味あるけど、考えただけで恐ろしい。
途中で止めて休憩してればいいでしょ、と思うだろうが、システム的に無理である。次から次に敵がエンカウントするため、勝手に止めることもダラダラとボーっとすることもできない。
とにかく女神アイリーンは超クソだってことだ。優希が変な委員会を作っちゃうのもわかる。でも一人でやってほしかった。だって優希さん超絶面倒な子なんだもん。それに神殺しとか悪魔的に怖い発想だし。
で、その女神アイリーンの召喚を最後に優希は全ての女神からの召喚を拒んでいる。普通は無理やり召喚されるけど、魔力がチートで魔法も使えるので女神の力すら無効化していた。まあこれは俺にもできるんだけどね。
「哲斗さん、早く魔法書を集めて女神たちを抹殺しましょう」
やだ怖いこの子。真顔で抹殺とか言ってるよホンと。
ここで優希が言った魔法書とは、この世界に魔界から悪魔を召喚できるものである。
上位の魔法書はグリモワールやレメゲトンと呼ばれ複数存在している。使いこなせるかは別として闇のマーケットでは普通に買うこともできた。
優希は魔界の悪魔たちを使い女神と戦うつもりでいる。超越者となりそんなに強いなら、今すぐにでも自分で女神をぶっ飛ばせばいいと思うのだが、どうやらそこは簡単ではないらしい。
女神たちはその世界の理の外にいる存在のため、人間がどれほどチートになっても攻撃が無効化される可能性がある。一度失敗すれば警戒されるため二度と近付けなくなり、戦う事すらできなくなってしまう。故に理を超える特殊な力が必要となる。それが優希的には魔界より召喚する悪魔の力だ。
だが魔法書を経由して召喚された悪魔たちは本来の力を封じられた状態になる。それでは女神たちを倒せない。しかし裏技があった。
魔法書を誰がどの時代に作ったのか、もしくは違う世界から持ち込んだのかは詳しく知らないが、実は上級の悪魔を召喚できる魔法書は封印された状態にある。何冊にも分離させ作り変えられ、その真なる力を封じられていた。
優希は魔法書を集め融合させて召喚した悪魔の力を強くしてから女神戦に挑むつもりだ。これこそが裏技。
優希は感情的に見えて意外と冷静で慎重に事を進めている。
「私たちが頑張らないと被害者が増える一方ですからね」
「はい、頑張ります」
「そう言えば哲斗さん知ってます、最近は日本人以外の召喚者が増えてるってこと」
「あぁ、知ってるよ。てかこれまでが日本人多すぎるって話だろ」
日本人が女神たちに目を付けられたのは、魔力が特別強いからではなく、きっと扱いやすいからだと思う。自己主張をあまりせず従順だしな。あとアニメや漫画、ゲームの影響で異世界に馴染みやすいってのもあったのかも。
「外国の人が増えたのは、今の日本人は扱いづらいからじゃないか」
「えっ、どうしてですか?」
「どういう流れか知らないけど、アニメやラノベって異世界系ばかりだろ。しかも物語と俺たちが経験した現実がシンクロしている部分が多いし」
「つまりそれって……知識があって良くも悪くも流れが分かるから、女神の思惑に反して好き勝手やってしまうと」
「まあそういう感じなんじゃない。自己主張も強くなって、嫌な事は嫌と言える奴が増えたってのもあるだろ」
「なるほど……死ぬ前の記憶を持ったままの転生者もいるし、使命とか関係なくスローライフしている人とか多そう。戦うとか普通に考えたら怖いし面倒ですもんね」
女神の召喚がワールドワイドに及んでいるのは確かだ。この間は南アフリカやエジプト人の召喚勇者と異世界で出会った。サウジアラビアの奴と会った時はドラゴンボールの話で盛り上がったし、ブラジルの奴とは聖闘士星矢を熱く語り合った。
とにかく人種や国など関係なく地球人がいっぱい異世界に召喚されて便利に使われているということだ。
「あと召喚者の年齢も上がってるみたいだし。ここ一年ばかりで出会った奴らはみんな二十歳は超えてたかな」
「へぇー、そうなんだぁ」
「俺たちは子供だったから馬鹿正直に従いすぎた、のかもな」
「……なんだかムカムカしてきました。そもそも異世界救ってもお礼の品とか貰ったことないし」
「それなっ‼ マジそれムカつくよな。なぁ〜んでご褒美ないんだよ、命懸けで戦ってんのに」
「やはり女神は最低ですね。早く撲滅しましょう」
なに話してても結局はそこにいってしまうな。
「でもまあ、たまに優しくて良い女神もいるよね」
「これだから男は……」
心底呆れ口調で言った後に優希は大きくため息をついた。
「哲斗さん、見た目に騙されてますよ」
「そっ、そうかなぁ」
「そうです‼」
「で、ですよねぇ」
「女神の美しさや可愛さは人間を騙すためですよ。間違いありません、事実ですから。そもそも小さくて可愛いロリキャラ女神とか騙す気満々じゃないですか。後は美人系で巨乳の女神とかも。女神にロリとか巨乳の要素いらないでしょ」
「そっ、そうっすね。言われてみれば……」
「でしょ」
可愛くも美人でもない女神って逆に違和感しかねぇだろ。ポリコレとか多様性を異世界の女神に適用しないでくれ。
カワイイ=神。美女=神。と言うことで、俺は騙されてもいい派です。ここでは口が裂けても言えませんけど。
「特にあの巨乳女神ども許すまじ。なにあのムチムチのナイスバディは。しかも露出度高いし」
巨乳のことをあんたに言われても女神たちも困るだろうよ。だって優希さん天然の三桁Jカップだし。優希さんと戦えるスタイルの女性なんてそうそういませんから。
「哲斗さん、くれぐれも巨乳の年上女には気を付けるように。哲斗さんは犬系の可愛い顔してるから狙われやすいし。モテるからといってホイホイついていってはダメですよ」
「はい。承知いたしました」
素直に返事したけど、是非ともお姉さま方には狙ってもらいたいもんだ。って、いつからモテてることになってんの。そんな事実ありませんけど。
162センチの低身長でまったくモテてないし。低身長がモテるのは漫画やアニメの中だけの話ですからね。しかも二流大学卒業で自慢できる学歴もない。中高大とフラれてばっかの人生ですよ。
まあ小学校までは身長とかあんま関係ないからモテてたかもしれないけど、子供の時じゃ意味ねぇんだよ。
「あっ、もう六時過ぎてる。用事があるので帰りますね」
優希はスマホを見てそう言うと、すぐに靴を履いて玄関から出て行った。
「なんだかなぁ……てか朝一から来るの止めろ」
今日も好き放題に愚痴って帰っていった。作業や儀式、作戦会議などではなく、ただのストレス発散ですやん。よそでやってくれ。
まあ愚痴だけなら今日のようにすぐ帰ってくれるけど、たまにお菓子とか大量に持ってきて半日以上ゴロゴロしてる時あるからな。怒らせたら怖いから、帰ってくれとは誰も言えない。まさに暴君。
これが周3から周6で行われる女神撲滅委員会会長の奈々星優希の日常ルーティーンである。ハーフの金髪美少女でも関係ない、まったくもって迷惑です。




