第三章 メイドのエリーと魔寄せの石 その1
ジャングルで出会った謎の男、アーサーの依頼を受けた俺たちは、急ぐわけでもなくのんびりと南へと歩いていた。
この辺りの植物は巨大なものが多く、普通のジャングルより花の種類が豊富だと思う。
ちらほらとモンスター以外の動物は見ることができたが、警戒心が強く近付いては来ない。鹿、猪、兎、虎、豹、鳥がいたが、少し大きさや色、柄やフォルムが違っていた。
爬虫類や昆虫なども基本的に大きく、マルコシアスは見かけるたびに「アレ食えるんじゃね」とか「美味そうだな」と言って狩ろうとするが、「そんなゲテモノ食えるか」と却下した。
移動手段になるかもしれない魔獣だが、地上では発見できずにいた。しかし空高くには、白いイルカに似た魔獣が群れで飛んでいる。一番デカいのは五十メートルありそうな巨大さだ。大きな一本角があって、翼のように長いヒレをゆっくり動かしている。
「あのイルカみたいなの、もう少し低いとこ飛んでたらゲットできたかもな。って、あんなデカいのいらねぇか」
魔獣は恐らく旅客機と同じような高さを飛んでいると思う。なのでいま八千メートル上空を見上げている。普通の人間ならはっきりとは見えないが、俺は魔力覚醒しているので集中すれば瞬時に視力をアップできる。
「食いごたえはありそうだな。腹へってるし丸焼きにしてぇ」
マルコシアスは唾をゴクッと飲み込んだ。本気で飛んでいきそう。だってド天然のおバカだからなんでもありだし。
「上空八千か一万はあるぞ、無理すんな」
「無理でもなんでもない。俺様なら十秒で狩って戻ってこれる」
「ふっ、しょせんお前はその程度、俺なら三秒だ」
「嘘つけクソパンダ‼ 俺様は二秒だ二秒‼」
「じゃあ俺は一秒だ‼」
そう言ってサマエルがまた先制攻撃の顔面パンチを繰り出し喧嘩が始まる。だからクソコント止めろっての、こっちが疲れるわ。
「てかよぉ、あの高さからあの巨体にウンチ落とされたらヤベーな」
あっという間にフルボッコにされ顔を腫らしたマルコシアスが、徐に恐ろしいことを言った。
「うへぇー、それめちゃくちゃ怖すぎやろ」
「ふははははっ、巨大うんこ爆弾最高じゃないか。塊でもバラけても、どっちにしても地獄だろ」
サマエルは大笑いしたけど、普通に現実問題なのが超怖いっての。気付きたくなかったわ。
「話し変えるけど、この世界って人間と色々な種族が共存してるんやろ。獣人、半獣人、魔人、妖精とか」
「そうだ。だからなんだという」
サマエルがそっけなく返す。
「つまり異世界定番のケモ耳っ子が普通に居るわけやろ。どこの世界に行っても耳と尻尾の付いてる半獣人は可愛いんだよなぁ。ぐふふっ、お店に居るかなぁ」
「またそれか。街に着いたら、まずは美味い酒だろ。そこは譲れんぞ」
眉間に皺をよせサマエルが言う。
「テメェ一人で飲んでろパンダ。俺様たちはパラダイス直行だ」
マルコシアスは既にボコられた傷は回復して元の顔に戻っている。いったいどんな体をしてるのか知らんが、悪魔はほぼ不死身である。
「バカ犬はともかく、哲斗はあまり浮かれすぎるなよ。優先事項はモンスター狩りだ。時間をかけ過ぎれば、優希の逆鱗に触れるぞ」
サマエルは真顔で言って俺たちのテンションを一気に下げた。
「なにこのクソパンダ。超絶固いんですけど。優希の名前とか出すなよ」
マルコシアスは白け顔でボソッと言う。
「分かってるって。まあ来たばっかだし、焦る必要はないやろ。運よくこの大陸はモンスターだらけだし、早めにノルマはクリアできる。だから色々楽しもうぜ、色々と」
「ニヤけてんじゃねぇよ。言っておくが、女関係のことは報告しろと、優希に命令されているからな」
「マジか⁉ こんな身近にスパイがいたとは……でもまあ、少しぐらい黙っててくれるよな」
「命令には逆らえない」
「くっ、裏切り者め」
「ふははっ、悪魔にとっては誉め言葉だ」
せっかく異世界まで来たのに遊べないとか可哀想すぎる。絶対バレずに遊んでやるからな。バカな悪魔を撒くぐらいなんてことはない。それにサマエルの口を封じる裏技もある。ちと金がかかるけども。
「サっちんのせいでテンションガタ落ちだぜ。てかさぁ、流石にそろそろテンプレヒロインくるんじゃねぇか。そしたらテンション上がんだけど」
「こんなジャングルの中にヒロインいるわけないだろ」
サマエルが呆れ口調で言う。
「それが何故か居るのがテンプレだろが。更にクソチビニートの巻き込まれ体質を舐めんな」
マルコシアスが言った途端、「キャアァー‼」と女の子の悲鳴がジャングルに轟く。
「キタキタキターーーーっ‼ ほら見ろ来たじゃねぇか‼」
「声の感じからして、若い美少女とみた」
声のした方を窺い見ながら言う。
「おいクソパンダ、どうやら居たようだな、ヒロインが。なぁクソパンダ」
勝ち誇るようにニヤニヤしながら、マルコシアスはサマエルに顔を近付け言った。
「カスが、居るのかよ‼」
サマエルは怒りの形相で言い放ち、地面に唾を吐き捨てた。




