仕組まれたシナリオ 6
僕が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。身体中に包帯が巻かれ、左腕にはギブスがつけられている。頭部には包帯はないが、これではまるでミイラのようだ。
あれだけのダメージを負っていたはずなのに、今ではそれが信じられないくらい快復している。骨折している腕を除けば、ほとんど怪我がないと言っても過言ではない。
これは一体どういうことなのか?
あの後、僕は緊急搬送された。遥陽の応急処置がなければどうなっていたかはわからない。
応急処置の間も香織は僕の隣でずっと泣いていたらしい。病院についてからも「帰らない。目を覚ますまでここにいる」と駄々をこねたらしいが、僕の母の説得により渋々帰宅した。
翌日、意識を取り戻した僕を見て安堵したのと同時に怒りが込み上げたようで、めちゃくちゃ怒られた。
どこかで埋め合わせをするという約束で何とか許してもらえたが、あの様子では簡単には満足してもらえないだろう…。
◇
僕は病室のベッドから窓の外を眺める。今日はやけに茜雲がきれいに見える。外ではカラスが数羽鳴いているのが聞こえる。
「もう、お別れなんやろ?」
「………、はい」
耳元で返事が聞こえる。それは、どこか哀愁を帯びた声だった。僕の胸にも込み上げるものがある。
「あんたがおらんかったら、僕はここでこうしておれんかったやろなぁ。ホンマに助かったわ。ありがとうございました…」
僕は曲げられる範囲で身体を倒して礼を述べた。下を向いた僕の顔は歪み少し震えている。
「御礼を言うのはこちらの方です。あなたのお陰で同族は救われた。それに、あなたはそんなにボロボロになるまで闘ってくれました。本当に感謝しています…」
病室には暫しの静寂が流れる。僕たちはそれ以上の言葉を必要としなかった。僕の瞳からは一筋の雫が流れ落ちる。
「そろそろ時間のようです…」
「そうか…」
そう言った僕の目の前が突然輝き出す。その光は少しずつ大きくなり人の形をとる。
女神だ。僕の耳元で囁き続けてくれた彼女。
僕はこんなに美しい姿やったんやなとそう思った。
「ふふふ、ありがとう」
「あんたも心を読むんかいな…」
もう彼女の声は耳元では聞こえない。ちゃんと、僕の正面から声がする。
「じゃあ、またね…」
「あぁ、また…」
彼女はまっすぐ僕の瞳をみつめる。そして、僕の顔に自身の顔を近づけ、僕の左頬に唇で優しく触れた。女神の唇が離れると、彼女は綺羅綺羅と輝き光りの中へと消えていった。
「笑顔やったな…。それに…」
僕は左頬に触れる。
これはどういう意味なんやろなぁ。
そのままの意味で捉えてええんかな。
いや、そんなわけあらへんな。
てか、誰にも見られてへんよな?
あ、普通の人には見えへんか。
「ん? あの女神、またねって言わんかったか?」
僕は今更そのことに気づく。もしかして…。
「またねって言ってましたね。また会えますよ。良かったじゃないですか」
「遥陽さん!」
いつの間にか病室に遥陽が立っていた。僕は驚くと同時に固まる。
会話を知っているということは、さっきのやり取りを見られていたのでは…?
「えぇ、もちろん見てましたよ。香織さんが知ったら何と言うか…」
遥陽は意地悪そうにやれやれと首を左右に振っている。僕の慌てふためく姿を見て楽しんでいるようだ。
「冗談はさておき、身体の方はどうですか?」
「まだ、あちこち痛いですけど大丈夫やと思います。自分でも不思議やけど、あんまりひどい感じがしないんですよね…。ホンマに不思議やわ…」
「そりゃあ、病院に運ばれた後に私があらかた治しときましたからね」
「え?」
「あっ、これは言っちゃいけないやつだ。今のは聞かなかったことしてください。でなければ、記憶を消さなければいけなくなるので」
「今さらっと怖いこと言わはりましたよね…。わかりました、僕は何も聞いてませんよ」
僕は大きなため息を吐く。遥陽は「ならばよし」と頷いている。そして、少し声のトーンを落として話し出す。
「今回のことで怖くなりましたか?」
「うーん…、怖くないと言えば嘘になります。でも、僕はおそらくこれからもこういう事に巻き込まれていくんやと思います。だから、どっちかって言うと、それまでにちゃんと鍛えなあかんな、て感じですかね?」
「ふふふ…。きみは私の見込んだ通りの人です。やはり経験が大事ですね。こういう試練が…」
そこでピタリと口を噤む遥陽。僕はその様子に違和感を覚える。
今、経験が大事とか、試練がどうとか言うてたな。もしかして、今回の騒動って…。
僕は遥陽の方をじーっと睨む。
「聞かなかったことに…」
「遥陽さんー!」
こうして、この事件は幕をおろした。
河童信仰の組織が僕を狙っていたのは本当で、遥陽はそれを試練に利用した。
やり方はどうかと思うが僕の成長に繋がったのは言うまでもない。
香織にこの真実を打ち明けることはもちろん出来ない。彼女にこれを知られれば、僕も遥陽も明日の日の出を拝めなくなることは想像に難くない。
とりあえず、今は傷を治して、香織のご機嫌をとるのが僕の一番の仕事に違いないだろう…。
僕は窓の外を見ると再び大きなため息を吐いた。




