ワタシと女の子の物語。
ワタシはミィ。
毛並みが綺麗な事が自慢のアメリカンショートヘアのネコ。
みんなと違うのは現世でのワタシの肉体が死んでしまっていることくらいかな。
◇
「あの子、なにしてるのかしら?」
縁側に座って庭を眺めているワタシの視線の先には一人の女の子の姿がある。
おかっぱ頭に赤い着物を着た女の子。一重瞼の切れ長の目に、朱を引いた細い唇。子供のようにに見えるが、そうでないのかもしれない。
「お人形さんみたいにかわいらしいわ。でも、ぴょこぴょこ跳ねてどうしたのかしら?」
その女の子は先ほどからずっと何度も何度も跳ねて上に手を伸ばしていた。
彼女の前にはたくさんの向日葵が天に向かってその花を広げている。向日葵の花を取ろうとしているようだ。
ワタシは縁側から外へ飛び降りると彼女の元へとスタスタと歩み寄る。
「ミャア〜ォ(お花を取りたいの?)」
女の子はビクッと身体を震わせた後、こちらを振り向く。そして、ワタシの姿を確認すると小さく頷いた。
「ミャア〜ォ(ちょっと待ってて)」
ワタシは再び家の中に舞い戻ると居間で居眠りしているおばあさんの元へ駆け寄る。
「ミャア〜ォ(向日葵を花瓶に飾りましょ)」
「んーっ」と大きな伸びをしながらゆっくりと起き上がるおばあさん。寝惚け眼できょろきょろと部屋を見回している。
「何か部屋が寂しいねぇ…。向日葵でも飾ろか」
そう言うとおばあさんは立ち上がり外へ出ていった。ワタシはそれを見届けると今度は庭へと舞い戻る。
庭では不安そうな顔で女の子が待っていた。
「ミャア〜ォ(もうすぐだからね)」
そう言われてもまだ女の子の表情は曇ったままだ。彼女にはその言葉の意味がわかっていない。
暫くすると、おばあさんが鋏とカゴを持って庭に出てきた。真っ直ぐに向日葵の元へと歩いて来る。ワタシと女の子は横にどいてそれを静かに見守る。
おばあさんは、向日葵をゆっくり見て回る。綺麗な向日葵を選んでいるようだ。「どれにしよかなぁ」と言いながら花をひとつずつ品定めし、パチッ、パチッと鋏を使って次々と向日葵を切っていく。
おばあさんは、カゴがいっぱいになると「これくらいでええやろ」と言って縁側へ歩いていく。ワタシと女の子もその後に続く。
カゴを縁側に置いたおばあさんは、次は花瓶を取りにどこかへと消えていった。
その場に残されるワタシと女の子。ワタシは縁側に飛び乗るとカゴの横に立って女の子を呼んだ。
「ミャア〜ォ(さぁ、一本もらいましょ)」
「いいの?」
女の子は少し眉を顰めながらワタシにそう問うた。ワタシは優しい口調でそれに答える。
「ミャア〜ォ(一本くらい取ってもわからないわ、大丈夫よ)。ミャア〜ォ(それに、あなたはそれだけのことをしてくれているわ)」
「アリガト」
女の子はそう言うとカゴから一輪の向日葵を手に取った。彼女は向日葵の花を眺めながめ、頭上に掲げると「ふふふ」と嬉しそうに微笑む。
「ミャア〜ォ(やっと、笑ったわね)」
「え?」
「ミャア〜ォ(ずっと、不安そうな顔だったもの)。ミャア〜ォ(良かったわ)」
「お花とってくれて、アリガトね」
彼女はそう言うとワタシに満面の笑みを見せてくれた。ワタシはその笑顔に「ミャア〜ォ(どういたしまして)」と笑顔で返した。
◇
「ミィ!」
「ミャア〜ォ(なあに?)」
ワタシと女の子はあの日からしばしば一緒の時を過ごす仲になっていた。
ワタシの名前は教えてあげたのだけど、女の子の名前は一向に教えてもらえない。教えてはいけないルールがあるようだ。
ワタシもその禁忌を破ってまで彼女の名前を聞き出そうとは思わない。一緒にお話し出来るだけで十分だった。
「あそこに転がっているネコさん。貴女と同じ毛並みね」
「ミャア〜ォ(そうよ)。ミャア〜ォ(あの子はワタシの子供だもの)」
「え! ミィってお母さんだったの?」
ワタシは頷き優しい瞳で地面に転がる猫を見つめる。自分がいなくなっても彼女は元気に育ってくれている。
そこへ一人の男の子が「チビー!」と言いながら走ってきた。彼がずっと一緒にいてくれているおかげでチビは寂しくないのだ。
ワタシはあの男の子の事なら赤ちゃんの時から知っている。彼になら安心して任せられる。
「ふふふ」
「ミャア〜ォ(どうしたの?)」
女の子はそんなミィの姿を見て嬉しそうに笑う。
「彼なら大丈夫。私もそう思うわ」
ワタシは彼女の言葉に「うん」と目を閉じると縁側で仰向けに寝転び、4本の脚を上下に真っ直ぐピンと思いっきり伸ばす。
そして、ワタシはそのまま女の子と一緒に日向ぼっこを決め込んだ。
庭では男の子とチビの大きな笑い声が聞こえる。二人ともとても楽しそうだ。
ワタシと女の子にも自然と笑みが漏れる。
「いつまでも仲良く、幸せに過ごしてね」
ワタシはそう願った。
◇
「チビーーーーーーー!」
ワタシの叫び声が世界にこだまする。チビは家の近くの道路で車に撥ねられた。
ワタシは彼女の傍で呆然と立ち尽くす。
チビは道路を横断中に走ってきた車に撥ねられ無惨な姿となってしまった…。
仲の良いあの男の子は外出中で家にはいない。近所の男性から報せを受けた男の子の母親が確認にきた。
あの女も瞳に涙を浮かべ、震える手でチビを抱き上げて家まで帰っていった。
チビは家の前にある畑に埋葬された。あの男の子はまだ帰らない。
よくよく話を聞いてみると、合宿なるもので当分の間は家に帰らないらしい。
それは非常にマズイ…。
このままでは間に合わない…。
せめて、最期のお別れくらいはさせてあげたい。
ワタシはそう思った。しかし、それは簡単なことではない。
死を迎えたモノには必ず「お迎え」がくる。その時についていかなければ輪廻転生の輪から弾き出されてしまう。
それは仏教でいうところの解脱ではなく、魂が存在が消えてしまうということだ。
つまり、二度と転生も出来なければ、来世やその先々の生でもあの男の子に会う事が出来なくなるということだ。
ワタシの娘にそんな哀しい結末を迎えさせるわけにはいかない。
「何とかしなければ…」
ワタシは取り敢えずチビの魂を護ることにした。彼女が埋葬されている場所へと向かう。そこには既に先客がいる。
チビの二匹の子供達だ。名前を「クロ」と「ミー」という。ミーはワタシの名前からとったらしい。
クロとミーはワタシの姿が見えているようで、ペコリと頭を下げた。
「あなたたちも同じ考えなのね。やるわよ!」
クロとミーは「ミャアー」と返事をするとチビのお墓の上に座った。
チビの魂はまだ上がってきていない。クロとミーは誰が来ても渡さないという気概だ。
ワタシも彼らと共にその場に張り付いて過ごした。
ワタシの友人の女の子は何故か姿を現さない。いつもなら力になってくれるのにこの時はワタシの元に来てくれなかった。
数日経った頃、ついにその時が来る。昼の生物が眠りにつく夜更け。
ワタシ達の前に一つの陰がやってきた。黒いローブに大きな鎌、顔は闇で見えない。
ニンゲンたちの間でいう絵に描いたような死神の姿がそこにあった。
「其処ニ居ルモノヲ渡シテ貰オウカ」
「ミャア〜ォ(断る)」
死神の闇が少し騒つくように揺らぐ。
「何故コバムノカ? ソノモノハ既ニ死シタモノ。コノ世ニイテハナラヌ。分カルデアロウ?」
「ミャア〜ォ(わかります。しかし、もう暫しお待ち頂きたい)」
「ナラヌ。其レガコノ世ノ理ナレバ認メル事ハ出来ヌ」
死神の闇が大きく揺らぎ手をこちらへ差し伸ばす。ワタシ達はその手の前に立ち塞がった。
「ワカラヌカ? 其処ノ魂ガ消滅シテシマウゾ?」
「ミャア〜ォ(それも困ります。しかし、幾許かの御慈悲を賜りたい)。ミャア〜ォ(あの男の子と最期のお別れをさせてあげたいの)」
「男ノ子?」
死神はそう言うと伸ばしていた腕を戻すと、身体の前で両腕を組んだ。説明せよと言う事らしい。
「ミャア〜ォ(この魂とその男の子はずっと二人で生きてきました。何をする時も一緒だった。それは強い絆で結ばれています)。ミャア〜ォ(だから、ここでお別れをしなければ二人に大きな後悔が残ってしまう。それは今後の二人にとってとてつもなく大きな影響を与えかねません。だから…)」
「言イタイ事ハ分カッタ。シカシ、其レヲ認メル事ハ出来ヌ。ダメナノダ」
死神はゆっくりと首を横に振った。
ワタシたちは自分たちの無力さを痛感した。項垂れる三匹。
ワタシはある決心をする。
「ミャア〜ォ(ご提案があります)」
「何ダ?」
「ミャア〜ォ(ワタシはどうなっても構わないので、何とか出来ませんか?)」
「駄目!」
大きな声が周囲に響く。ワタシが視線を向けた先にはあの女の子が立っていた。彼女の声に怒りが滲んでいたがその瞳は潤んでいた。
「あなた、自分が何を言っているのか分かってるの?」
「ミャア〜ォ(もちろんよ…)」
「そんな事したら、あなたの魂は消滅してしまうのよ。二度と私とお話ししたり出来なくなってしまう…。私は…、そんなの嫌よ…」
「ミャア〜ォ(ワタシも嫌よ…。あなたとずっと楽しい日々を過ごしていたいわ…)」
「じゃあ、なんで!」
女の子の瞳から一筋の雫がこぼれ落ちる。彼女はとうにその答えを知っていた。ワタシが何を考え、そう言っているのかよく理解していた。
それだけの時間を共に過ごしてきたのだ。
「ミャア〜ォ(ワタシは守護霊としてこの家に再び帰ってこれた。そして、あなたと出逢い、死して尚とても楽しい猫生を過ごせた)。ミャア〜ォ(あの男の子はワタシの代わりにチビと大切な時を過ごしてくれた。だから、今度はワタシがあの子の代わりに。ね?)」
「うぅぅ…」
女の子はその場に泣き崩れる。ワタシは彼女の膝に頭を何度も何度も擦り付けた。
女の子は暫く泣き続けていたが何とか落ち着きを取り戻した。
死神はその間も律儀に待ち続けてくれていた。よく見ると闇がチョロチョロと揺らいでいる。もしかして、泣いているのだろうか?
「泣イテナドイナイ!」
ワタシの視線に気づいた死神はすぐに否定する。そして、誤魔化すように本題へと話を戻した。
「デ、オマエノ魂ヲ使ッテト言ウ話ダッタガ。結論カラ言ウト出来ル。シカシ、本当ニ良イノカ?」
死神はワタシと女の子の顔を交互にみる。気遣ってくれているみたいだ。ワタシは意外と心優しいのだなと思った。
ワタシは女の子と視線を交わす。彼女はゆっくりと頷いてくれた。
「ミャア〜ォ(構いません。お願いします!)」
「其ノ願イ、聞キ届ケタリ…」
死神はそう言うと鎌をぐるんぐるんと回した。すると赤い魔法陣のようなモノが空宙に出現し赤い光を放つ。
その光がワタシの身体を覆うと、ワタシの全身が輝き出す。
「ミャア〜ォ(お別れみたいね…)」
「……馬鹿…、アリガトね…」
「ミャア〜ォ(とっても楽しい日々だったわ…。本当にありがとう…。これからもこの家のこと宜しくね…)」
「わかってるわ、安心して…。私が必ず護るわ。あなたの分もしっかりと!」
「ミャア〜ォ(うん。じゃあね…、さよなら…)」
「う…ん、さよな…ら…」
ワタシと女の子は最後に満面の笑みをみせる。そして、ワタシはそのまま光と共にどこかへ消えた。
「我ハ、コノママ此処デ待タセテ貰ウ。約束ハ守ル、安心セヨ」
女の子は死神にチビの魂を任せてその場を後にする。彼女の瞳にもう涙はなかった。ミィに託された想いが彼女の涙を止めたのかもしれない。
翌日の夕方にあの男の子は帰宅した。彼はチビの死を知り崩れ落ちた。その悲壮感たるやそれは言葉では表現出来ないほどのものだった。
その晩、彼とチビは夢の中で最期の別れを済ませる。彼らは別れをしっかりと受け入れられたように見えた。
死神はそれを確認すると優しくチビをアテンドする。死神と異界へと旅立つチビは女の子と自分の子供達に「ありがとう」と言って消えていく。
女の子は満点の星空を見上げ、
「ミィ…、あなたの願い…、叶ったよ」
と呟いた。




