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僕と×××。と香織の物語  作者: なお。
第一章 僕と…

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列をなすヒト 7

 遠くの方から車のエンジン音が聞こえる。それはこの家に向かって少しずつ近づいてくるようだ。香織はその音を聞き椅子から立ち上がった。


「おばちゃん!」


「うん、玄関にいこか」


 香織は頷くと玄関へ向かった。磨りガラスの引き戸はまだ夜の闇色をしている。香織は俯き僕の無事を祈り手を合わせた。

 エンジン音がすぐそばまで近づいたとき、磨りガラスが車のライトに照らされ光り輝く。

 香織が顔をあげると車のエンジン音は止まりライトが消えた。

 香織の鼓動が速くなる。二人とも無事だろうか。人影が一つであったらどうしよう。形容し難い不安が彼女の胸を締めつける。

 香織は高校生らしからぬその豊満な胸に手を当てる。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン…。


 香織は鼓動が頭の中に大きく響くように感じる。引き戸に近づく一つの人影。香織の不安が一層強くなる。


 お願い! 無事に帰ってきて!


 香織は心の中でそう強く願った。僕の母は香織の後ろで腕を組み直立不動の様体だ。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン…。


 人影が磨りガラス越しに引き戸に手を伸ばすのが見える。そして、人影が戸を掴み横に引く。引き戸はガラガラと音を立てて開いた。


「お、かえり…」


「ただいま、香織」


 香織は安堵でその場に座り込む。泣いているのか啜り泣く声が聞こえる。

 僕は香織に近づき彼女の隣にしゃがむと頭に優しく右手を置いた。そして、優しい口調でゆっくり話した。


「香織、心配かけたな。もう大丈夫や。お前のくれたお札が守ってくれたわ。ホンマにありがとうな」


「うん、うん。えぇんよ、あんたが無事ならそれでえぇ…」


 香織は涙を拭うと僕の顔を真正面から見て笑顔で「おかえり!」ともう一度言った。それに僕も笑顔で「ただいま!」と返す。

 そこで、母が僕の元へとやってきた。


「おかえり。香織ちゃんに感謝しなや。あれがなかったらホンマに危なかったで。ホンマに無事で良かったわ」


「ただいま。わかってる。ホンマにあれは助かった。心から感謝してるで。てか、なんでおかんがそれを知ってんねん!」


「それはまた今度な。女の秘密は無理矢理暴いたらあかんのやで」


 僕は納得いかなかったが今はそんな事で言い争っている場合ではない。

 母が玄関に立つ遥陽の前に移動し、深々と頭を下げた。


「遥陽さん、ホンマにありがとうございました。あなたのお陰で無事解決できました。二人が無事に戻ってきてホンマに安心しました」


「いえいえ、私の力が及ばず御子息を危険に晒してしまいました。本当に申し訳ありませんでした。彼の力が無ければ私もここには立っていなかったでしょう。あの力は一体? やはり、あれは…」


「遥陽さん。その話はそこまでですよ。それはトキがくれば自ずと。ね?」


「わかりました」


 母はそう言うと満面の笑みで一際明るく声を出した。


「さぁ、二人とも無事に帰ってきたことやし、ご飯にしよ! 温めるさかいに二人はお風呂入ってきぃ! 汚れたままではご飯食べられへんで!」


 僕と遥陽は「了解」と風呂場へ向かう。その背を母と香織は微笑みながら見送った。


「香織ちゃん。ホンマにありがとうな。あのジャケットに縫い付けてくれたお札があの子を守ってくれたんよ。ホンマにありがとうな」


 母は涙ぐみながら頭を下げた。やっぱり心配で仕方なかったのだ。母親なのだから当然といえよう。


「おばちゃん、頭あげて! あれは、おばちゃんが一緒に作ってくれたお札やん。二人で守ったんやで。な?」


「そうやね、ありがとう」


 母はその言葉の後はいつもの母に戻った。涙を拭い前を向く。  


「さぁ、ご飯の準備するわ。香織ちゃん、ちょっと手伝って。あ、あとこれなんやけどな。あの子からお礼やって」


 母はそう言いコンビニのビニール袋を香織に差し出す。香織は首を傾げながらそれを受け取り袋の中を確認する。


「うわ、こんな時にまで買ってきよったん! あいつバカなんちゃうか。ホンマに…、もう」


 香織はそう言うと微笑を浮かべ母と台所へと向かった。


 僕と遥陽がお風呂から上がるとリビングのテーブルの上にはズラリと料理が並んでいた。 

 和食で統一されているが、その品数はさながら西洋料理のフルコースのようだ。


「これはすごいですね」


「さぁ、皆んな座って。私もお腹ぺこぺこや」


 母はそう言い僕たちを席に座らせた。僕と香織はテーブルの長辺の隣同士に、その向かい側に遥陽が座り、母はテーブルの短辺の席についた。


「ほな、食べよか。いただきます!」


「いただきます」


 僕たちは箸を持ち自分の前に並ぶ料理と格闘する。空腹のお腹にどんどん食べ物が放り込まれていく。

 その間、誰も今日の詳細には触れない。誰もが「二人が無事だった」ただそれだけで十分だった。


「はい。これ約束のヤツや」


「おぉ、ありがと!」


 僕の目の前には豚カツが置かれている。僕が子供の頃からずっと好きな一品だ。

 僕は豚カツに自家製タレをかける。コクのある甘だれでこれがないとはじまらない。

 僕は箸で一切れつまみ口の中に放り込む。サクサクしか衣の食感にじゅわっとした脂が溢れ出す。衣と豚肉の甘みがタレと合わさり最高だ。

 豚カツの美味しさで僕の顔は自然と綻ぶ。その様子をじっと見つめる香織。


「どうしたん? お前も食べるか?」


「いや、そういうことちゃう。なぁ…、美味しいか?」


「ん? めちゃくちゃ美味しいで。最高や」


「そうか。そら、良かったわ」


 香織は笑顔で自分の食事に戻っていく。僕は何が何だか分からず頭の上に「???」が並ぶ。その様子を見て母が笑っている。


「おかん、なに笑とんねん」


「いや、あんたが鈍すぎてな。ははははは」


「は? 何が?」


「はははは、気づいたりなよ。今日の豚カツはあんたの為に香織ちゃんが作ったんや。そのタレも全部やで」


「え、そうやったんかいな。香織も言うてくれよ」

 

「そんな事言えるかいな」


 香織は恥ずかしいのか怒っているのか僕とは反対を向いてしまった。母はつぼに入ったのかまだ笑っている。


「香織、ゴメンて。気づかんかったんは悪かったって。ただ、この豚カツはめちゃくちゃ美味しいで。いつものおかんのより美味しくてホンマにびっくりしたで」


「もう、そんな御世辞言うてからに。しゃーないから許したる。美味しかったんはあんたの顔見てたらわかったし、ちゃんと言葉でも言うてくれたしな」


 香織はそう言いニコッと微笑んだ。僕は安堵と共にその表情に心が揺さぶられた。


 こいつ、わかってやっとるんか?

 ホンマにそういう所がズルいんよな…。

 不意打ちでカワイイのは心臓に悪いで…。


 僕が香織の笑顔を見ながらそんな事を考えていると「どうしたん?」と彼女は首を傾げた。


 それも可愛いねん。もうあかん…、耐えられん。豚カツに戻ろ…。


「なんでもない。折角の美味しい豚カツやで冷める前に食べよと思ってな」


 僕は豚カツに逃げた。香織はそれに気づいているのかいないのか「ふぅーん」と言っていたが、豚カツを食べて欲しいのもあって「早よ、食べ」と言った。


 遥陽は食事を摂りながらそんな光景を微笑ましく見つめていた。


「遥陽さん? どうかしましたか?」


「いえ、団欒とは良いものだなと考えていたところです。最近は仕事や修行ばかりでこうやってゆっくりと、誰かと食事を摂ることもなかったので。改めて、良いものだと思いました。たまには姉とご飯にでも行こうかと思います」


「二人とも忙しそうですけど、それも大事な事やと思います。恵も遥陽さんの誘いなら断らないはずやで」


「そうでしょうか?」


「えぇ。かけがえのない家族やからね。これは内緒やけど、恵との会話では遥陽さんの事が良く出てくるんよ。だから、絶対時間作ってくれるはずやと思います」

  

「そう、だったんですね…。今度、連絡してみます」


 食事を終えると遥陽は「また何かあれば御連絡ください」と言い帰っていった。僕は香織と一緒に車が見えなくなるまで外で彼を見送った。


「ホンマに終わったんやね…」


「あぁ、終わったで。何か、すごい長い一日やった気がするわ」


「ははは、私もそう思うわ。さぁ、中に戻ろ」


 僕は「うん」と返事をして彼女とリビングへと戻り、二人でソファに腰掛けた。二人の体重でソファはズシリと沈む。そして、仰向けでぐったりと寝転ぶ二人。

 一日の疲れを取るかのように大きく伸びをする。まるで、猫が二匹いるみたいだ。


「あぁ、よかった…」


「そうやねぇ…、無事でよかったわ」


「いや、お前との約束守れて良かったなぁと」


「え? 私?」


「無事帰るって言うたからな。帰らんと泣くやろ? それは絶対あかんて思て」


「大事なんそこ? あんた、私じゃなくて自分のこと考えなよ。もう…ありがと」


「まぁ、無事に戻っても泣いてたけどな」


「あぁー、そういうこと言うかー」


 香織の両頬が大きく膨らむ。

 僕はそれを見て大声で笑った。

 香織もまた大声で笑った。


 リビングには二人の笑い声が響いている。母はそれを聞きながら食器を洗う。

 リビングの外の廊下では、着物を着たおかっぱ頭の少女が僕たちを見ながら立っていた。

 優しい笑みを浮かべるとくるりと踵を返し、闇に溶けるようにその姿を消した。

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