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僕と×××。と香織の物語  作者: なお。
第一章 僕と…

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シ者

 これは私が小学生の頃のことである。私はどこにでもいる一般的な生活を送るふつうの男児だった。

 ある一点を除いてだが…


 ◇


 僕の家の裏庭には井戸がある。いつからあるのかはよく知らないが、ずっと古くからあるらしいことは聞いたことがあった。

 母屋が江戸時代から建っているのだから、井戸もかなり古いものには違いないと思う。


 ある暑い夏の日。この日は夏休み中で学校の授業もなく、朝から家で遊んでいた。

 離れの居間は窓を開けると涼しい風が吹き込み、夏でもエアコンいらずなくらいだ。しかし、この日はあいにくと風がなく、室内はとても暑かった。全身をじっとりとした汗が覆う。


「あっつー。あかん、これはあかんで。暇やし、暑いし、耐えられんで」


 そんな愚痴が口から出てしまう。暑さに辟易としている僕の視線に庭を歩く祖父の姿が映る。暑すぎて作業にならないから畑から帰って来たようだ。手に握られたシャツからはボタボタと雫が垂れている。


 あつそー。あれでは畑仕事出来んわな…。

 母屋に入って行からへんなぁ。どこ行くんやろ?


 不思議に思った僕は離れから急いで飛び出し祖父に声をかける。


「じいちゃん! どこ行くん?」


「ん? 今日暑いやろ? 暑すぎるで井戸の水浴びるんや」


 祖父は顔中から顎に伝った汗をボタボタと地に落としながら答えた。本当に暑そうだ。


「井戸? 見に行って良い?」


「えぇで」と言い祖父はスタスタと裏庭へと歩いて行く。僕はその後を走って追いかける。


 祖父は裏庭に着くと近くにあった木の枝にシャツとタオルをかける。そして、井戸の横にある電動ポンプの電源を入れた。

 機械音と共にゴポゴポと水の音が聞こえ始める。少し経つと配管の先からドバァっと水が噴き出す。

 祖父はその水をバケツに汲むと頭から一気にかぶる。


「あぁー、気持ちえぇ! お前もやるか?」


「えぇの?」


「今日は暑いでな、特別や!」


 祖父は満面の笑みを浮かべるとバケツいっぱいに水を汲む。そして、それを僕の頭の上でひっくり返す。


 バシャーーーー!


「冷たー!」


 井戸水はとても冷たい。冷蔵庫で冷やしていたよりも冷たい。祖父は笑いながら自分と僕に水をいっぱいかけてくれた。僕は暫くの間、祖父と水遊びを楽しんだ。


 身体の火照りが取れると祖父は「もう終いや」と電動ポンプの電源を切った。祖父も僕も全身びしょ濡れ、パンツまでもが肌に張り付いていてとても気持ち悪い。


「このままやと風邪ひくで、身体拭いて着替えよ」


「わかっ…、じいちゃん。この井戸の中ってどうなってるん?」


 僕は返事をしようとしたが、突然井戸の中がどうなっているのか気になった。何故かはわからない。しかし、唐突に中を見たくなった。


「井戸か? 見るか? 開けたるで」


 僕はこくりと頷く。

 普段は人が落ちると危ないので蓋がしてあるのだが祖父が特別に外してくれた。


「落ちたら危ないでゆっくり見るんやで」


「わかった。気をつけるわ」


 僕は慎重に井戸の中を覗き込む。中は薄暗い。井戸の中には苔や草が生えている。土や水、湿気た香りが鼻の中を通り抜ける。

 底が気になったのでさらに慎重に身を乗り出し水面に目を凝らす。


 ん? 白? なんや?


 井戸から一度顔をあげ祖父の方を向く。祖父は口に咥えた煙草に火をつけるところだった。


「じいちゃん! 水面に白いものてある?」


「そんなもんないやろ」と言いながら煙草に火をつける祖父。はぁーと言いながら煙を吐き出している。

 僕はもう一度水面に目を凝らす。確かに何かがある。ゆっくりと暗闇に目を慣らせる。


 にゅるり、にゅるり。


 何か動いている。白くて細いモノが動いとる。あれは… 蛇や! 白蛇や!

 しかも、二匹おるがな!


「じいちゃん! 白蛇が二匹おる!」


「ん?」と怪訝な顔のまま井戸に近づいてくる祖父。煙草を地面に投げ捨て踏んで火を消すと井戸の中を覗き込む。


「ほんまやな。珍しいなぁ。守り神様かもしれん。ありがたいで」


「へぇー」と言って蛇を見ると、二匹の蛇は絡まり合いながら僕の顔を凝視していた。


「ドックン」と脈打つ僕の鼓動。何か語り気な目をしていたがそれが何を言っているかはわからなかった。


「そろそろ閉めるで。着替えんと風邪ひくでな」


「わかった」と振り返り祖父に返事をし、蛇に視線を戻すとそこにはもう蛇たちの姿はなかった。


 消えた! 嘘やろ… なんやったんや…


 祖父は愕然とする僕をそっと横にどけると井戸に蓋をした。

 そして、僕は祖父と着替えるために母屋へと向かった。


 後年になってから、祖父にその話をすると白蛇の話は知らないと言った。一緒に水浴びはしたけど井戸を開けたり、白蛇を見た記憶はないらしい…

 これは一体… どういうことなのか…?


 ◇


 別の日のこと。まだ夏休み中でその日の宿題を終えた僕は家の庭で遊んでいた。

 遊び疲れた僕は縁側で庭を眺めながら一人アイスクリームを食べていた。コーンのついたソフトクリームタイプのバニラアイスだ。

 バニラの甘い香りが口中に広がり、その冷たさが火照った身体を冷やす。

 アイスクリームを食べ終えた僕はそのまま縁側に転がる。そよそよと風が僕の頬を撫でる。

 縁側の床板と微風が気持ちいい。


 ゴン!


 涼む僕の頭に突然衝撃が走る。その後、後頭部にスリスリと毛むくじゃらの物体が擦り付けられる。


 ミャーォ。ペロペロ。


 猫だ。うちで飼っているアメリカンショートヘアのチビだ。転がっている僕を見つけて甘えにきたらしい。 

 僕が何かを言う前に胸の上に乗っかりそのままゴロゴロしだす。

 仕方ないなぁとそのまま頭を撫でてやる。チビは目を細めてもっともっとと嬉しそうにおねだりしている。 

 僕はチビを抱っこすると縁側に座り直し、膝の上にのせて撫でるのを再開する。顎下や背中を要望通りにいっぱい撫でてやる。

 三十分くらい経った頃、満足したのかチビはスッと立ち上がる。


「突然やな! もう満足したんか?」


 ミャーォ。スリスリ。


 チビは笑顔で返事をすると僕の腕に頭を擦りつけた後、庭へ飛び降りた。


 ミャーォ。ミャーォ。


「どうしたんや? 来いて言うてるんか?」


 チビは僕の方を見つめたまま鳴いている。ついて来いと言っているようだ。僕は猫の言葉が話せるわけではないが、いつもチビの言うことはなんとなくわかった。

 だから、僕は立ち上がりチビについて行くことにした。

 立ち上がった僕を確認するとゆっくり歩き出すチビ。時たま後ろを振り向き僕がついて来ているか確認する。

 僕が遅いと立ち止まり「ミャーォ」と催促する。ついて来ているとまた前を向き歩き出す。


「どこ行くんよ? 庭で遊ぶんじゃないん?」


 ミャーォ。


「違うんか。じゃあ、どこ行くねん」


 チビはスタスタと前を行く。どこかいつものチビではない。なんとなくだがそう感じる。

 あの方向は裏庭だ。「ドクン」と再び脈打つ鼓動。


 また裏庭か。裏庭には何かあるんか?


 チビは井戸を通り過ぎて蔵の方へと向かう。そして、チビは蔵の手前にある小さな池の前で急に立ち止まる。

 この池は鯉などを飼うような小さな池だ。今は魚は飼育していない。池には蓮が植えられているだけだ。


 ミャーォ。


「この池か? 蓮しかないやろ?」


 ミャーォ。


「早く見ろて、なんなんよ!」


 チビに催促され池を覗き込む。池の中を確認した僕の顔は引き攣り、恐怖なのか嫌悪なのかわからない表情をとる。


「チビ、これが僕を呼んでたんか?」


 ミャーォ!


「そうか、これがなぁ。どういうことや?」


 池の中には大きな白い百足が横たわっていた。普通のサイズではない。こんな百足が存在しているはずがない。この百足はどう見ても全長が1メートル程ある。大百足中の大百足だ。

 そもそも百足は水中で生きられるのかもわからないが、目の前の百足は水中にいる。

 そして、また二匹だ。彼らは絡まり合ってこちらを見ている。あの白蛇たちと同じように…

 僕と目が合うと、二匹の大百足は顎をガチガチと動かした。

 また何かを伝えようとしているのだろうか。

 

 ミャーォ!


「チビ?」


 チビの大きな声にチビの方を振り返る。チビは足元に歩いてくると頭をスリスリと僕のふくらはぎに擦り付けた。


「どうしたんや?」とチビを抱っこし、池に視線を戻すと白い大百足はその姿を消していた。


 チビもいつものチビだった。ただ甘えるだけの普通のネコだ。


 一体、今のはなんやったんや…


 どれだけ考えても僕にはわからなかった。


 僕は白蛇と百足について調べた。

 二つに共通していたのは仕えている神は違えど、どちらも神の使いであるということだ。

 彼らは同一ではない。しかし、僕に何かを伝えようとしていたことだけは同じだった。

 彼らは一体、僕に何を伝えようとしていたのだろうか…

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