お前、ゴッソリ世間一般の常識が抜けてんな
「キヒ…さん?は左衛子ちゃんと知り合いなの」
「ああ、諸事情で親がいないからジジイが世話してる。別に珍しい事じゃねえよ」
「い、いや、学費とかっ!それより戸籍とかは!?」
するとキヒは首をかしげ、気味の悪い物をみやる視線を寄越してきた。
「いや、何言ってんだよ。…記憶喪失とかじゃねーんじゃないの?コイツ…キショッ…」
「いやいや!私はまともに」
珍しい、なんて、それよりも化け物と暮らしているなぞファンタジーの世界ではないか。気色悪いのはそっちだ。
しかしキヒによれば捨て子はたくさんいるという。人の子もそうでない間の子も、ある条件を満たせばああして家族として学費も免除される。
「まあ、ジジイは特別扱いだな。強いし、何よりも地元に信頼されてるから」
「…ふうん」
「シハ。お前、ゴッソリ世間一般の常識が抜けてんな」
はあ、とため息をつき、彼は外に出てみな、と促した。シハは板の間の砂利の感触におっかなびっくりしながらも眩い光に目を細めて、開いた。
「…神社だ」
眠っていた場所は鬱蒼とした神社だった。社務所と手水舎。そうして鳥居もある。
だが異常なのは宙を舞う、美しい鯉と透けたメダカ。遠くでは何やらくるくると毛糸玉に似た物体が光りながら転がっていく。
(私が知っている世界と全然ちがう。魔法の世界みたい)
感嘆していると、化け物が鼻で笑う。
「神社は分かるのか。皮肉なもんだな」
「え?だって鳥居があるし」
「とりい?何だそれ。あれはシュライン・ゲートだ」
「し、しゅ…?ゲート?!なぜ英語ぉ…?そ、そうなんだ」
「許可した者しか入れない。ジジイはここに住んでるし、まー、外の人とかは弾かれんじゃないの?」
ゲートは確かに紙垂がピカピカとオーロラの如く光って、シャボン玉の膜を揺らしている。あれが役割を果たしているのか?
「お前は日本の神々から指名手配されてんだぜ」
「ええっ…って何も驚けなくなってきたわ」
──改めてシハ。お前さんは山の神にえらく気に入られたようでね。手放したくはないようだ。
じいちゃんの言葉を反芻する。山の神とは実在する人物を指すのか、抽象的なものなのか。
「キヒは山の神さまと会った事ある?」
「ない」
「山の神さまは私が憎くないの?」
「さあ。俺も神さまのこたあ、分からねえよ」




