でかいイタチと、不可思議な世界
「…。あの人、…起きたんだけど」
廃屋の襖から少女らしき人が恐る恐るこちらを覗いていた。
「うぎゃあっ?!」
「うるさっ。じいちゃん、記憶喪失の人起きた」
ドタバタと板の間を走っていく。夏の匂いがする。今は夏だったのか…そんな感想を抱き、この知識は一体どこから来ているのか、と不安になる。
「どれ」
じいちゃん、と呼ばれた人物は巨大なイタチだった。
「ぎゃああっ?イタチ!?でかっ!!」
「何を言っている?私のような輩は沢山いるぞ」
イタチは野山にいるごく普通の姿かたちをしている。変わっているのは左目を失っているが、毛艶もよく──何よりヒグマより大きかった点だ。
(う、嘘でしょ?)
「ううむ」
目つきは悪いが敵意はないらしく、見定めているみたいだ。
(イタチって…こんなでかかったっけ?もっと小さくて…しかも喋らないし…)
「おいおい。コイツ、マジで血蠱蝸なのかあ?不安になってきたわ」
尖った耳を持つ形容しがたい半人半獣の、あの声の主が腕を組んで浮かんでいた。足元が幽霊画のように不確かで、まさに化け物といった印象がある。
「チャラ?何それ?それが私の名前?」
「いやぁ、どうなんだ?めんどくさいから、俺たちで名前付けてやろうぜ」
"じいちゃん"は渋るが、襖から這い出た少女が「シハ」と口走った。
「ににんがし、しは」
「はいはい。もう九九を覚えたんだな。そうだな、シハにしよう」
「ええ〜っ。雑じゃん…」
イタチに褒められた少女はほのかに嬉しそうにしている。どうやらじいちゃんを慕っているようだ。
(いいなぁ…)
「ジジイ。左衛子の登校時間じゃないか?」
「そうだった。左衛子。早くランドセルをしょいなさい」
さえこ、と呼ばれた少女は頷くとどこかへ行ってしまう。何がなにやら。
「改めてシハ。お前さんは山の神にえらく気に入られたようでね。手放したくはないようだ」
「山の神?まさか、この人?」
じいちゃんの横にいる真っ黒な獣を指さすと、いきなり大爆笑された。
「俺が〜〜~っ?!ウヒャヒャヒャ!!そりゃぁ良い!!ぎh」
「コイツは雑魚。山の神はこの地域の頂きにおわす美しい女神さまさ」
ぶっ叩かれた"雑魚"に呆れていると、イタチはあくびをする。
「私は寝る。おかげで満身創痍だ。後はキヒ、お前に任せるよ」
「ガチかよ」
ぶたれた箇所を手でおおっていたキヒがポカンとした。