違う常識
「記憶喪失なんてそんな!ふざけた事言ってんじゃねぇぞ!オルァ!」
「だからホントだって!私、誰だか知らないし!何で殺人現場みたいな所にいたのかも知らないし!」
流血する頭を抑えながら、体にむち打ち車道を探す。自分がどうやってこの土地に来たのか知らないが、多摩周辺だというのは分かった。
根拠はない。多摩周辺だと、化け物が言ったからだ。
「そりゃぁお前が殺人したからだ」
低いトーンで言われ、心臓が脈打つ。殺人。それは記憶を失っても犯罪だと分かる。
「何で…そんなに嫌いな人がいたの?それとも、」
「さっきから能天気な発言しかしねえな。…本当に記憶喪失に?いや、…」
声と目しか判別できぬ"化け物"は少し考え込む。
「お前、呪詛返しとか覚えてるか?」
「…な、何それ?じゅ…」
「あー、分かった分かった。演技じゃないよーだな」
国道はコッチだ、と手の平返しで彼は案内に回る。最初のように噛みちぎられなくて良かったと、"記憶喪失の自分"は安堵する。
「あれ?」
フラリ、と体の力が抜けてそのまま倒れ込んだ。痛みよりも雨の冷たさに凍える。
「死ぬのかぁ?」
「え──」
「やっとくたばるンだな!アハハっ!こりゃおめでてえな!夜にはばかる大悪党の最期を見れるなんてよ!」
ケラケラ笑う化け物に必死に手を伸ばした。黒い。夜闇が重たい。ズッシリとのしかかってくる。
「死にたくない」
「死にたくない?はあぁ?その言葉をお前は何度も踏みにじってきたんだ。まーいいや、遺言くらいは聞いてやる」
見下され、彼はよほど憎いのだと寂しくなった。
「寂しい、悔しい、私は誰だか、分からないまま、死ぬ、の」
薄れゆく意識の中、記憶喪失になる前の己を呪う。
「呪うよ、自分を、こんな思いをさせた自分を──」
目を覚ました。まただ。
もしかしたら既に死んでいて、地獄で大罪人として罰を受け、苦しみを繰り返されているのかと思った。
しかし柔らかな陽射しが薄暗い空間を照らしている。あの凍てつく土砂降りは消えていた。
「ゆ、め?」
掠れた声で生きているのを悟る。変な夢を見ていた?
「コイツが世界中、いや、世の神から嫌われる悪党か」
「世界中は言い過ぎだろ」
あの化け物の声がして、身をすくめる。
(死んだはずじゃないの?傷は?なくなってるし…どういう状況?)
頭の傷を確かめてもそれらしき痛みすらない。
(治療してくれた?でも傷口すらないし…なにこれ?)
化け物の外見が、まだ上手く形容できない生物なんですが次の話でがんばります。