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 鞄に手を伸ばした。

 掴んだ。




 ──浴槽から腕が伸びて、逆に掴まれた。




「あああ゛!!! じにだくながっだのォにいいい!!!!!!!!」

 男性の悲痛な叫びと口から赤黒い液体を垂れ流し続ける不気味な物体が現れた。


「ひっ?!」

「じにだくながっだのォにいいい!! ゛!!! じにだくながっだのォにいいい!!! おがーざん!!」

「な、な──」


 後ずさろうにもぬめりけのある手が放してくれない。目も鼻もない、口のようなモノがある物体は恨みがましく叫びを上げている。


「鞄をちょうだい! 日本に帰りたいの!」

「だから言ったろ!!」

 キヒがやってきて、羽交い締めにしようとする。「はなして! 鞄だけでも!」

「ミイラは釣り餌だったんだ。アレは人じゃねえ!」

「でも」


 ザバリと浴槽から鞄を片手でもぎ取ると、喚き散らす化け物にとびっきりの蹴りをかましてやった。さすがは暗殺者の体力。

 化け物は痛々しい音を立てて壁に頭を打ち付けた。

「あ、あー……、忘れてたわ。コイツが回復する前に早く帰るぞ!」


「あ、う、うん!」

 二人で団地の廊下を駆ける。シミだらけのコンクリートが耳触りな音を響かせ、行き止まりにあの鳥居のマークが見えた。

「飛び込めっ!」

 なりふり構わずシハは壁にぶつかる覚悟で地面を蹴る。風が耳を撫で──あの牧歌的な世界へ戻ってきていた。





「鞄……良かった……これで」

 鞄は夢幻じゃなかった。赤黒い液体に塗れてはいるが、実物である。


「悪趣味なモン持ち込むなよ」

「さっき、名刺も手に入れたの。私が帰る世界が実際にあるんだって証明になる」


「はー、で、名刺は?」

 慌ててポケットから出すと、彼に突きつけた。「なんて読むんだ?」

「えっと、株式会社……そこはいっか。佐屋 次郎。東京都の会社に務めていたみたい……」


 ふーむ、と半信半疑でキヒは名刺を眺め回している。これはとてつもない物証なのに。

「確かに苗字持ちは珍しいな。それに東京都、ってのも精神疾患を発症した人たちの特徴に合致するし」


「……免許証とかないかな?!」

「なんだそれは」


 鞄を壊さないように漁り、財布らしき物体を見つけた。ジッパーを開けると小銭と紙幣が入っている。そうしてカードも。

 その中から免許証を探り当てると、嫌な記憶が蘇った。


(この人──ツーリングの途中でぼんやり立ってて、声かけたかも)


 スーツ姿で山の国道にいるものだから、ギョッとして声をかけた。彼は痩せこけ今にもガード下に飛び降りそうな雰囲気をまとっていたのだ。

「大丈夫です。自然を満喫したら帰りますので」

 そう言われて、頷くしかなかった。


「じゃあ……この人もあの山で」

浴槽内にアイテムはなぜか鉄板…

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