記憶喪失なんて、そんな事
ザアアザア。
気絶していた。ズキズキとひどい痛みに目を覚ますと、土砂降りの中にいた。雨合羽から雨粒が滴り、それに自分自身の血液が混じっていく。
しばしぼんやりとしていると、頭から血を流し山の中で倒れていたのだと自覚する。
(私は)
自分が誰なのかも分からず、懐中電灯が視界に転がって明滅している。どうやら灯りはあれしかないようだった。
「いた、い…」
呟き、必死に身を起こすと目の前には何かを掘り起こした後がある。手には軍手。そうして。
入念な装備をした自分は、まさか、何かを?
唖然としていると──野生動物が現れ、牙を向き、 食らいつこうとしてきた。
「わ、わあああああっ?!」
暗闇に眼光と牙だけが浮かび上がっている。あれはどう見ても野生動物じゃない。化け物だ。
自分は咄嗟に避けて、転がる。
「いたた…」
唸り声と殺意がヒシヒシと伝わってくる。懐中電灯から離れてしまった。
「ああ…どうしよう…」
「があああッ!!」
びっくりし悲鳴をあげ、食われるのだと覚悟したものの…化け物は動きをピタリと止めた。
「アンタ、そんな奴じゃないだろう」
「私、を…?知っているの?」
化け物が冷静に話した。それだけで天と地がひっくり返るほどの出来事なのに。
「ハア?何言ってんだこいつ。まさか記憶喪失の芝居か?」
(記憶喪失…、そうか。私には記憶が無い)
「いや、本当…」
申し訳なさそうに言うと、輪郭が明瞭でない化け物からい気がしなくなった。
「は、ハア?!?」
そんな感じで始まりです。