53話 涼香先輩とお話し
俺は涼香先輩に誘われ、涼香先輩と二人で外に出た。二人きりという事を意識すると、少し緊張してしまって落ち着かない。
「涼香先輩、どうしたんですか?」
「改めてさ、たっくんにはお礼を言いたいなって思って」
「全然気にしなくていいですって。俺は体育祭の借りを返しただけですから」
涼香先輩は今回の事で俺に感謝の気持ちをまた伝えてくるが、俺にとっては当たり前の事をしただけ。逆に気にしないでほしいまである。
確かに今回の件も、結構センシティブな内容ではあった。進藤さんは家族、そして涼香先輩は恋愛……。
許嫁や憧れの先輩などは、魅力的に映るような要素かもしれない。だけど、現実は物語のようにきれいではない。不都合な事も起きるのが、俺たちが生きている人生というものだ。
「たっくんって優しいよね」
「優しくなんかないですよ。ただ俺が大切にしたいと思う人には、笑っていてほしいだけです」
「もう。その気持ちを一般的に優しいって言うんだよ」
うーむ、俺にはしっくりこない。
真面目だね、とか大人だね、とか優しいね、とか。これまでも何回か色々な人に褒められたことがある。
ただ俺には全て当たり前の事で、なぜ褒められているかがいまいち理解できていなかった。逆にできていない人を不思議に思い、軽蔑していたぐらいだ。
「それを言うなら涼香先輩も優しいじゃないですか」
「うーん、何て言うのかなぁ。たっくんの根本的な考えというか軸というか……それが私は好きなんだと思う。素敵だと思うよ」
涼香先輩は少し笑いながらも優しい表情で、俺の顔を見つめてくる。そんなにストレートに褒められると、流石に俺も誤魔化せない。
もう! 簡単に好きとか言っちゃダメですよ! 勘違いしますよ!
「でも後悔している気持ちもあります。これでよかったのかなって」
「それはやり方とかそういう話?」
「そうですね。涼香先輩のプライベートな事に俺が入り込んでよかったのかとか、音野先輩をもっとうまく改心させる事ができたんじゃないかとか」
「たっくんはさ、ちょっと気にしすぎだよ。大丈夫大丈夫。少なくとも私は嬉しかったよ」
「ならよかったです」
「もしかしたら、私が何も知らないままで音野先輩と上手く付き合えている……みたいな世界もあったかもしれない。知らぬが仏、ってやつでね。けどさ、それは本質的に幸せじゃないじゃん? まぁ、全てがわかって解決した今だから言える事だけどさ」
人生は常に何かを選択していくものだ。それが間違いだとか最適解だとか……テストのように答え合わせはできない。
常に完璧を追い求めてしまう俺にとっては、色々と気にしてしまう事ばかり。あ~もっと楽な考え方できる人間になりてぇ。
まぁでも。
涼香先輩が嬉しそうに笑っているなら……今回は良いか。
「私はもう吹っ切れたしね。音野先輩の気持ちもとっくに消えたし」
「本当ですか?」
「マジマジ。それに今はさ……たっくんがいるでしょ?」
「やめてくださいよ。俺はそんな大きい人間じゃないっす」
「私からしてみれば、立派で頼りがいのある素敵なヒーローだったよ。だから……ありがとう。そしてこれからもよろしくねっ!」
前に進藤さんと話した事を思い出す。
あの時も色々あったし、進藤さんと協力関係になった事で『本当の自分』についても触れる事もあった。
前の進藤さんの時も今回の涼香先輩もそうだ。
俺の事を見透かした上で……肯定する。
でもその優しさが、チクりと俺の胸に刺さる。
もちろん、嬉しい気持ちもある。
でも心の中で……本当の自分が邪魔をする。俺の事を否定し、罵る。俺を縛り付ける。
やっぱり、俺って色々とねじれちゃってるよなぁ。もう体操のG難度ぐらいねじれちゃってるよ、てか、あれはねじれじゃなくてひねりか。
「それに、たっくんのその潜在的な思考力? はすごいと思ったよ。勉強とはまた違う考え方というか」
「この世の中、何事もズルい考え方をした方がお得なんですよ。強敵なら、真正面から戦わないで違うところから攻めればいいんです」
「おぉ! 何かかっこいいね!」
この考え方も本当の自分がいるからこそなんだろうな。つくづくひねくれている奴である。ま、この点については役に立つこともあるので一概には否定できないけど。
でも俺は琉生とか茜みたいなザ・陽キャみたいな感じに憧れるんだよなぁ。変われるなら変わって欲しいぐらいだ。
「私もまた一からだなぁ」
涼香先輩が青空を見ながらボソッと呟く。
「急に関係が壊れるのって、本当に辛いですよね」
「だねぇ。その言い方、たっくんも昔に何かあった?」
「まぁ色々と。その時はだいぶきつかったです」
俺の場合は恋愛関係じゃなく、中学の苦い思い出だけどな。
嫌いな奴からの攻撃はまだ耐えられた。だけど徐々に敵が増えていき、信頼していた奴にまで裏切られた時は、かなりキツかったものがある。
関係を築くのには長い時間がかかるが、壊れる時は一瞬。そのギャップが、更に俺を苦しめていたのかもしれない。
「でも私は大丈夫。新しい仲間がいるからね。それに……」
「それに?」
「まだここからは内緒。とりあえず、色々と様子見って感じかな?」
「は、はぁ」
様子見? 俺らとの新しい関係に徐々に慣れていくという事だろうか?
そしてそんな風に俺が涼香先輩の言葉について考えていると、買い物に行っていた茜たちが帰ってきた。
茜は車から降りるなり、俺と涼香先輩を見てニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
「おやおや~? 私たちがいない間に抜け駆けですか~?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。ちょっと今回の件で話してただけだ!」
「本当かなぁ~? それにしては随分と良い雰囲気のような~?」
「あぁうるせぇ! ほら、さっさと部屋に戻るぞ! 買ってきたやつ持ってやるから」
「……ほんと、兄貴のそういうところは罪ですなぁ。有罪!」
「何で!?」
何で少し優しくしただけで俺が逮捕されるんだよ。世界が色々と壊れちゃってるじゃねぇか。法に従え。
「ほら、涼香先輩も部屋に戻りましょう」
「そうだね! じゃあ最後に……たっくんに一つアドバイス」
茜たちが先に家に入り、俺と涼香先輩も入ろうとしたところで涼香先輩が立ち止まる。
「今もカッコイイけど、自信を持つともっとカッコよくなると思うよ?」
「……うす」
「じゃあ、私たちも早く戻ろうか」
はぁ。本当に厄介だ。
俺の身の回りの奴らは、優しい奴ばかりなんだから――




