51話 結末の後にもストーリーは続いてるわけで
「水城君や涼香には本当に敵わないな。いつの間にか、随分と俺もひねくれてしまったみたいだ」
「音野先輩ほどじゃないっすけど、俺もひねくれてますよ。でも世の中では普通が求められるみたいなんで、何とか真っ当に生きてますけど」
「……そうか」
音野先輩が独り言を言うように呟いた言葉に、俺も少し共感する。俺も、自分の嫌な所や過去の経験から生きづらくなってしまった。
でも今は信頼できる仲間がいて、自分を少し変えて……見ていた世界も少し変わってきた。
神様は頑張らない人には厳しいらしい。全く、困ったもんだ。
「じゃあ……俺たちはそろそろ帰るよ。いつまでいても邪魔だろうし、これからの事もあるし」
「わかりました。音野先輩……」
音野先輩は全てを理解している表情で、俺の顔の前に手をかざして俺の言葉を止める。変な事をするつもりもなさそうで、本当に反省している様子を察する事ができた。
「俺もそこまでバカじゃないし、心の中に隠れていた自分の気持ちもある。俺も真っ当に生きようとあがいてみるよ。過去の罪も清算して」
「……わかりました」
「俺としてもいい機会になった。後悔の気持ちもあるけど、今となってはある意味スッキリしているよ。じゃあ」
音野先輩はそう言うと、一緒に来ていた友達も強引に引き連れて帰っていった。
音野先輩が自分に溺れなかったら、こんな事にはならなかったのかもしれない。
俺の考える方向がもっと曲がっていたら、俺も今の音野先輩のようになっていたのかもしれない。
人生はボタンの掛け違い、ってか。ま、シャツとは違って、人生はリセットはできないけどな。
人生で戦うために10機ぐらいほしいけどね。キノコでもたくさん食べてみようかしら。
俺はそんな事を考えながら、音野先輩たちの背中を最後まで見送った。
――この経験を、自分に刻むように。
そして音野先輩達の背中が見えなくなると、一瞬にして脱力感に襲われる。ここのところ、色々と集中して頑張っていたツケが来たのだろう。
「本当に疲れた。けど、これで一件落着だな」
俺は改めて集まってくれたメンバーに感謝の気持ちを伝え、その場にしゃがみ込む。
何か終わった時の疲労感、マジできついっす。茜とか、どこからエネルギー補給してんだろ。
茜は人造人間か何かか?
「たっくんのバカ! わざわざそんな危ない事もしなくても……」
「涼香先輩が悲しまないで下さいよ。出来る事はやる、ぐらいの礼儀は俺にもありますから」
俺が涼香先輩に笑いながらそう話すと、涼香先輩はしゃがみ込んで俺を抱きしめてくる。
涼香先輩の予想外の行動に、俺は頭が真っ白になる。俺の辞書にこういう時の正解例は載っていません。
それに、何か他の皆からの視線もめちゃくちゃ感じるし! もう何も考えられないし!
「ちょちょ!? 涼香先輩!?」
「ごめんねたっくん。もう少しだけこうさせて」
「は、はい」
『もう少しだけ』と言われれば、俺もその言葉に従うしかなくなってしまう。疲れは吹っ飛んだが、これはまた別の意味で色々と大変というか何というか。
「よしっ、充電と感謝の気持ちを伝える事終了! たっくん、本当にありがとね」
「い、いえいえ。俺は体育祭の借りを返したまでですから」
「それにしては、おつりが多い気がするけどなぁ?」
「気のせいですよ。それに、ちょっとぐらい多く貰っておいても損はないですから」
涼香先輩には、進藤さんの件で色々と協力してもらった。体育祭の時の借りを、俺は返したまでにすぎないのだ。返報性の原理、ってやつ。
別に偉くなんかない。素晴らしいことでもない。《《当たり前》》の事だ。
「それで、拓海君はどこまで考えていたのですか?」
今度は、玲奈が俺の考えについて質問してくる。どうやら自分の考えている答えがあっているか、答え合わせをしたいらしい。
ただ、今回ばかりは玲奈のご期待に添える事はできないかもな。
「いやいや、今回の件についてはほとんどアドリブだよ」
「……というと?」
「話すとまぁ長くなるんだけど、何ていうかな。基本的に先輩たちの問題を知ってからは、その場その場でずっと考えてきたよ。音野先輩は強力な敵だったわけだし、臨機応変に対応する事が大切と思ってたから」
「じゃあ、まさか」
「いやね? もちろん、その場その場ではちゃんと考えてたよ? 他にもいくつか案は考えたし、非常事態になった時の事もちゃんと考えてた。その中で音野先輩の誘いに乗りながらの親睦会は、我ながら良い案だと思ってたんだけどなぁ。孝蔵さんにも色々と協力してもらっていたのに、ほんとすみません」
俺は玲奈に今回の件についての説明をしながら、色々と協力してもらっていた孝蔵さんに謝る。
音野先輩は一筋縄ではいかない、厄介な敵だった。俺の思い通りに動かない時もあったし、隙をついて攻撃するしか俺は思いつかなかった。ちょっとぐらい、その頭を分けて欲しいぐらいまである。
音野先輩を仕留める機会を常に狙っていて、それがちょっと早まって今日になっただけの事。
予定日とか早くなっちゃったりする時もあるでしょ? そういう事で、今回はどうか許していただけませんかね?
「重要なのは問題が解決する事だ。水城君には助けてもらった過去もあるし、気にする必要はない」
孝蔵さん、流石に優秀な経営者だけあるな。本当にありがてぇ。持つべきものは、頼れる大人なのかもしれません。いや間違いない。
「ありがとうございます。で、今日の事か。改めて音野先輩に呼ばれた時、心の中でもしかしてという気持ちが少しあった。リスクは減らす方が良いし、音野先輩の頭なら俺を超えてきても何もおかしくはない。それに絶好の機会だと思ったし、チャンスは逃したくはないからな」
俺は孝蔵さんに感謝の一言を述べた後、玲奈に今回の件についての説明を再開する。
この世界は思ったよりも汚いもので、一対一の真剣勝負といった事はなかなかない。
ならば、こっちが刺せる時に相手を刺すだけ。真剣勝負を望む佐々木小次郎もびっくりである。
「あ、それで拓海先輩のあのメッセージだったんですね」
先ほどから難しい顔で俺の話を聞いていた晴菜が、やっと理解したと言わんばかりに俺に話しかけてくる。何かちょっと自信ありげな様子なのが、少し可愛い。まぁ、皆さんもとっくにお分かりですよね?
「あぁ。位置情報アプリは万が一の時に有効だと思ってたからな。連絡がなければおかしいと思うだろうし、変な位置ならすぐに異変が分かる」
位置情報の共有とか誰が使うねん! と思っていた時期が俺にもありました。現代のテクノロジー、すごい。
音野先輩からのメッセージが来た時、位置情報の確認と状況を定期的に連絡する事を皆に伝えたのは、大成功だったってわけだな。
まぁ変な位置なら一発だし、何もない所で位置情報が変わらないのもおかしいと皆が思うだろうしね。それに同じ位置で止まれば、それはそれで場所を突き止められるからチャンスだし。
位置情報が変、連絡が途絶えたのなれば、何か起きた事をみんなが把握でき、逆に音野先輩を追い詰める事ができる。音野先輩が親睦会の件に勘付いたのは流石だったが、位置情報までは頭を回せなかったという事だ。
心配性だからこそ、リスク管理は徹底的に行う。いつもは自分の面倒くさい所だと思っていたけど、今回に限っては有効だったみたいだ。
「それに俺のスマホを取り上げれば、完全勝利だと思って油断するだろ? 音野先輩の性格上、そういう隙は生まれると思っていた」
音野先輩は能力はあるが、完璧で綺麗ではない。
これまでも脅迫や暴力などをちょいちょいとしてきたようだが、それは結構危ない橋を渡っている。
強い奴は自分が最強だと思い込み、自分を信じて疑わない。だからこそ、大きな隙が生まれちゃうってわけ。
自分を信じ込むのはよくないぜ。俺も昔によく学んだからな。
そして、人間はどうしても目の前の誘惑に飛びつきがちだ。長期的に考えればメリットが少ないのに、すぐに飛びついてしまうあたり、これまた人間も単純である。
だからこそ、わざわざ分かりやすく音野先輩たちの前でスマホを見せて取り上げさせたんだからな。
スマホを捨てるとか、俺のスマホをどうにかして利用する……みたいな事をされると難しかったが、音野先輩はそんな事はしないだろう。
そもそも俺に利用価値を見出してたし、スマホを捨てるといった変なリスクを冒す必要もない。音野先輩もなるべくはスマートな方法を求めていたみたいだし、俺を攻撃しすぎると逆に自分の首を絞めかねないからね。
何回も垂らした釣り針に、ようやく音野先輩がかかったってわけだ。音野先輩は勝ちを確信し、最後に思考する事を放棄した。そこが狙い目だった、って話だね。
「やっぱり……拓海君は凄いです」
「俺も色々と危なかったけどな? 音野先輩はまだ通じる相手だからよかったけど、通じない相手だったら終わってた。最悪の事態ってこともあったかもしれないし、運に恵まれただけだよ」
玲奈は俺をかなり褒めてくれるが、俺としてはそんな凄い事をした覚えはない。皆がいてこその俺の考えだったし、俺はただひねくれて考えてるにすぎない。
地頭が良い、とか創造力が豊か、とかそういう話でもない。俺はひねくれているから、物事を真正面に捉えられないだけだ。
「細かい事はいいじゃねぇか! 拓海のおかげで解決したんだからよ!」
「おぉそうだな。琉生はそういうキャラだもんな。安心する」
「水城君らしいというか、何というかだね本当に」
「進藤さんも色々と協力してもらってありがとう。進藤さんがいなきゃ、もっと危険で難しくなってたと思う」
「私も水城君に助けてもらったわけだし、私の出来る範囲で、だったけどね。水城君がこんなにも深く考えているとは想像以上だったけど」
「もっと難しくなれば、ちゃんと大人に任せようと思ってたよ。ま、今回は突っ走っちゃったけど」
音野先輩には色々と腹が立つところもあったし、涼香先輩の借りも返したかったからね。まぁ、何はともあれって感じだ。
「皆、本当にありがとう。琉生や誠一たちの他に、先輩や後輩のつながりまで増えて……俺もいつの間にか幸せ者になってる」
琉生たちのいつものグループはもちろん、晴菜や彩夏ちゃんといった可愛い後輩、岩田先輩や涼香先輩といった頼れる先輩、そして体育祭の件で関係ができた進藤さん。振り返れば、いつの間にか仲間がたくさん出来ていた。
そして俺は改めて集まった皆の顔を見ながら……ってあ。
「ごめん倉島。お前の存在、忘れてたわ」
「だろうな! なんかそんな気したわ! 俺だけ目線合わないし!」
「そもそも俺の名前を覚えるの遅かったし、これでチャラな。あとさ、倉島ってオチ要因に最適なんだよ。うん」
「何で俺がオチ担当なんだよ!」
何だかんだありますが、俺は今日もこうして楽しんで生きてます。
どうかこの楽しい日々が、ずっと続きますように――




