49話 予想外
作戦会議の次の日であり、作戦決行日の前日。俺は音野先輩に呼ばれ、市内の駅の方に向かっていた。
おそらくだが、明日の事について色々と話したい事があるのだろう。一応は皆に軽い連絡をしておいたので大丈夫だとは思っているが、音野先輩と会うのは少し怖い。
そして俺が電車に乗って駅に着くと、音野先輩たちが改札の近くで待っているところが見えた。音野先輩の友達は三人なので、相手は計四人となる。
「あっ、水城君。よかったよかった。今日は明日の事についてちょっと話したくてね。話す内容もあれだし、人目がつかない所に移動しようか」
「わ、わかりました」
俺は音野先輩の言葉を受け、音野先輩たちと一緒に人目がつかない場所に移動する。
確かに話す内容もあれだし、人前で話すような事でもない。人があまりいないところで話すのが得策だろう。
ただ……その考えは甘かった。
音野先輩は人目がつかない場所に移動するなり、すぐに口を開く。
「さてさて。まずは水城君に一つ聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「な、何ですか?」
「君、俺の知らないところで色々とやってるでしょ?」
音野先輩はそう言いながら、俺の腹を一発殴る。
音野先輩はまだ手加減をしていると思うが、これでもかなり痛い。思わず、『ウッ』という声が漏れてしまう。
「な、何でそれを」
「俺が涼香と久しぶりに会った時を考えたのさ。あの時の涼香はかなり怒っていて、俺にまた連絡するとも言っていた。ただ……ここ最近は涼香から何も連絡がなく、こちらから送っても既読すらつかない」
玉島先輩には音野先輩と連絡をしないように、とお願いをしていた。音野先輩がどこから攻撃してくるかは分からないし、少しでも危険性を減らすための作戦だった。
まさかその作戦が裏目に出るとは……。
「涼香の態度から俺はそこで違和感を覚えた。そして水城君たちと会った時、何かが繋がったんだよね。君が体育祭の時で何かと話題になっていたのは、俺も少し知ってるし」
「俺たちがす、涼香先輩に協力している事を、そこで気づいたんですね」
「確証は持てなかったけど、君たちの様子を見るとおそらくそうだろう、ってね。やけに準備がいいというか、完璧な対応というか。俺と二人で話しても、水城君はあんまり動揺していなかったしね?」
あの時から、音野先輩は何も知らないような素振りを見せながら色々と考えていた、って事か。
何もかも音野先輩の手のひらの上で俺たちは動いでいたってわけかよ!
音野先輩は想像の何倍も……厄介で強力な敵だった。
結局は俺たちも有利な面しか見ていなくて、自分達が完璧だと思い込んでいた。完全に俺の負けだ。音野先輩の能力は本当に優れている。
「どうせ親睦会で何かを考えていたんだろう? それぐらいは俺も分かるさ」
「……それで今日は俺をボコろうというわけですか?」
「君はそんなに頭が悪くないだろう。拓海君の発想力や創造力みたいな頭の能力は良いものを持っていると俺は思っている。だから、改めて取引をしよう」
「改めて、ですか?」
「俺と一緒に楽しい事はしたくないかい? お互いの全てを出して話そうじゃないか。拓海君は何も気にする必要はない。楽しい方、そして期待値の高い方につくのは正しい行動だからね」
ここで音野先輩の誘いに乗れば、俺はある意味幸せな人生を送る事ができるかもしれない。
それに音野先輩に殴られるような心配もなければ、俺だけが得するような立ち位置に行く事ができるかもしれない。
でもそれは……汚くて偽の幸せだ。いや、これを幸せというのも気持ちが悪い。ただのまがい物だ。
「もし俺が音野先輩の誘いを断れば、どうなるんですか?」
「それはまぁ……仕方がないけどボコボコにするしかないね。反抗できなくなるぐらいに」
「なるほど。でもいいんですか? 俺がどうにかして告発すれば、音野先輩は重い罰を受ける事になりますよ。もうバレているようなものですし」
「そうなんだよねぇ。だから俺としても、この条件をのんでほしいんだけどさ。悪い提案じゃないでしょ?」
「そう、ですね」
「屈服させる手はスマートじゃないしね。でもまぁ……それ相応の覚悟はしておいた方がいいよ? ここには俺の友達もいるし、人も通らない。それに俺は何かと上手くやるからね。拓海君に耐えられるかな?」
音野先輩にそこまで言われてしまうと、俺が出す答えは自ずと決まってしまう。この場の空気は音野先輩が完全に掌握しているわけで、俺一人でどうこう出来る問題ではない。
「……俺が音野先輩の条件をのむしかない、ってことですね」
「そうだね。ただ君は賢いから、少しばかり教育が必要かもしれないね?」
音野先輩はそう言って、今度は俺の肩を殴ってくる。めちゃくちゃ痛い。
そんな中、俺はポケットからスマートフォンを取り出して琉生たちに連絡しようとする。しかし、音野先輩にあと一歩のところで取り上げられてしまう。
「残念だったね? まぁこれは教育が終わるまで、俺が預かっておこうかな」
そこからも,俺は音野先輩たちにじわじわと殴られ続けた。何分経ったかは分からないが、音野先輩たちは痛がる俺を見てずっと楽しそうに笑っていた。ゲーム感覚で楽しんでいるのだろう。
まだ俺を本気で痛めつけるつもりがなさそうなのは助かるが……その態度もいつまで続くかは分からない。
「どうしたらいいか、もう分かったんじゃないかな。ここで俺に服従する事を誓えば、あと少しで解放してあげるよ? 裏切ったりしないように、ちゃんと教育してあげるから」
「……俺はお前が嫌いだ」
「うん?」
「元々のスペックがいいから、とか自分が力をつけたから、とかで暴力的に行動する奴は大嫌いだ。楽しい事がたくさんできる……ってふざけんな。俺たちはな、大変な人生を頑張って過ごしてんだよっ! お前だけ楽してんじゃねぇ!」
俺は音野先輩に向けて、ゆっくりと言葉をぶつけていく。
確かにこの状況は辛いし、音野先輩の方につくと楽だとは思う。ただ俺は絶対にそんな事はしたくない。
「それが拓海君の言いたい事?」
「そうだよ。俺はお前みたいな奴が大嫌いだ。言いたい事もたくさんある。生きづらい人生なのはわかるけどな、逃げずに頑張って生きるべきだろ! 能力あるやつが変に逃げてんじゃねぇよ!」
「ふーん。拓海君となら、わかり合えると思ったんだけどなぁ。残念だよ」
「あいにく、俺は人間でいたいんで。悪の道に染まる予定はないっす」
今の俺には多くの仲間がいるし、この幸せな時間をいつまでも過ごしていたい。
もちろん、人生において辛い時もこれから多いだろう。俺はだいだい辛い状況から逃げてきたし、人生から逃げたいと思う時が今もある。
でも俺を見てくれる人がいて、楽しい事があって。そして一回きりの人生なんだから、できるなら充実した人生を過ごしたい。
俺は不器用な人間として、この人生に抗っていきたいんだ。
「そっか。なら、もっと痛めつけて分からせないとね?」
音野先輩はそう言いながら拳を振りかざす。俺は思いっきり殴られる事を覚悟して、目をつむってグッと身体に力を入れる。
「待て!」
そうして殴られる寸前……という所で大きな声が聞こえてきて、音野先輩がピタッと止まる。その声は俺がよく知っている声だった。
「信じてたぜ、琉生」
「待たせたな。でももう大丈夫だ。他の皆も連れてきたから安心してくれ」
この物語もいよいよクライマックスへ——




