11話 生きるのって難しい
野球部に来ていた俺たちは、主に彩夏ちゃんの事について茜と話していた。
「実際に茜ってめちゃくちゃモテるからなぁ。誠一もそう思うだろ?」
「そうだね。というか僕の周りの皆が強すぎるというか」
「誠一も知らないだけで女子からの人気は一定数あると思うぞ?」
「いやいや。それなら拓海の方が人気あるでしょ」
「いやいやいや」
誠一も一年生の最初に孤立していた過去があるからか、俺と同じでネガティブ思考である。琉生や茜はポジティブ思考で、松家さんは……謎だな。何か全てを掌握してそうで怖い。
ただ実際、誠一は優等生タイプで性格も良い事から結構人気はある、と俺は思っている。あくまで噂とか他の人の反応を見ての自分の考えだが、密かに女子からの人気が上昇している気がするんだよなぁ。
てか、それに比べて俺の魅力なさすぎね?
勉強も運動も容姿も芸術的センスも壊滅的だよ? 本当に生きるの向いてないなぁ。
「あれれ。兄貴は私がモテてたら不満ですかぁ? 嫉妬しちゃって可愛いねぇ」
「……別に嫉妬してねぇよ。可愛いって言うな」
茜は俺を弄る事ができてご満悦なのか、部活の予定を書くために使っていたマジックを俺の頬にグイグイっと押し付けてくる。
あぁ……グイグイと来られるのは少し苦手だ。ちょっと女の子のいい匂いもするし……。
って、おい勘違いするなよ! 不可抗力だからな! 役得とか思ってないからな!
「あ、あのお二人って、もしかして付き合ってたりしますか?」
俺が茜にグイグイとマジックを押し付けられていると、その様子を見た彩夏ちゃんが俺たちに質問を投げかけてきた。
彩夏ちゃんがそう思うのも仕方がない。茜の距離感の近さは、傍から見ていたとしたら絶対に勘違いする近さだと思う。さっきも不思議そうな表情で俺たちを見ていたしな。
というか実際、野球部の部員たちとも距離感もめちゃくちゃ近いわけだし、そりゃあイケメンかつ野球部で活躍している館山と付き合っているという噂も出てくるわけだ。
「俺と茜ってそんな仲良く見える? まぁ仲が良いは仲が良いんだろうけど、茜って基本は誰にでもこんな感じだぞ」
「ひどい! 兄貴に捨てられた!」
「捨ててねぇわ! 実際の話、茜って誰とでも明るく接してるじゃねぇか!」
「でも兄貴は特別だよ? 面白くて何か安心感もあるし、ふざけても許してくれるし」
「許してるわけでもないんだけどな……? 兄貴っていう呼び方もいつの間にか定着しちゃってたし」
安心感って何よ安心感って。ベテランのお笑いコンビじゃないんだから。
それに……
――何で俺なんだよ
そう強く言いたくなってしまったが、この気持ちを言うのは流石にやばいと思って自重する。
「いいじゃん! 兄貴って一心同体な感じするし!」
「兄貴で一心同体な感じがしてたら、それはもう家族なのよ。危ない所までいっちゃってんのよ」
「おっ、今日もいいツッコミだねぇ。やっぱり安心できるなぁ」
「俺にパスしたら、何か面白くなるでしょの考え方やめて? それはもうハラスメントだよ。ツッコミハラスメントだよ?」
「こりゃあ、私もピン芸を磨くしかないねぇ。任せてよ兄貴。私はさらなる高みへ行くから」
いやもうさ、これ何の話? 急に俺たちのお笑いドキュメンタリー始まった?
あーほら……彩夏ちゃんも何が何だか分からなくなって、めちゃくちゃ困惑してるじゃん。
大丈夫だよ彩夏ちゃん。俺も全然分かってないから。引退したソシャゲを復帰して久しぶりにやった時ぐらい、全然分からない。
復帰したら復帰したで、プレイしてた時と環境が全然違って結局やめちゃうんだよね。
でもこう考えてみると、古い価値観に固執しちゃう気持ちもよく分かるなぁ。過去は何かと美化されがちだからね。まぁ俺は過去が良いとは全く思わないんだけど!
「彩夏が困るのも無理はないよ。僕の時もこんな感じだったわけだし」
誠一が、困っている妹の彩夏ちゃんにフォローを入れる。
確かに俺も誠一も今は慣れたけど、最初に出会った頃の茜の衝撃は物凄かった。
スクールカーストやら性別やらまだ何かとしがらみがある学校生活の中で、そんなの関係ないと言わんばかりに突き進んできた茜は、どこか光り輝いて見えた。
人間は誰しも裏表があるというのが俺の考えだが、茜の場合は純粋で裏表がない人のように見えてしまう。琉生にしてもそうだが、これがいわゆる『本物の陽キャ』なんだろうか。
「兄貴が外向型になったらもっと面白くなると思うんだけどなぁ。兄貴も明るい人に見えて、本当は結構奥手じゃん?」
「……茜って、意外と人を見る目があるというかなんというか」
「兄貴ひどくない!? 私、人を見る目は結構自信あるよ。だから琉生や兄貴たちとよく絡んでるのに」
茜は人と接することが多いからこそ、人を見る目があるのだろうか。俺の隠している本音や弱さも全てバレているのではないかと思うと、かなり怖い。
まぁ……そこら辺はまだ大丈夫か。
本当の弱い俺を知っていたら、茜はこんな俺なんかに絡んでこないはずだし。お主の人を見る目もまだまだよのぉ。
「まぁ兄貴の話は一旦置いといて。彩夏ちゃんもさ、ゆっくりと進んでいけばいいと思うよ。いつか良いなぁって思う人と絶対出会うからっ!」
「そ、そうなんですかね?」
「うん! それに困ったら家族とかもそうだし、兄貴も何だかんだで力になってくれると思うから、雑に使ってあげて」
「おぉおい! 勝手に俺を雑用係として扱うな!」
もう……せっかくの良い話が台無しだよ!
茜は俺を便利屋で万能な奴だと勘違いしていないか? 俺は不器用で何にもできないぞ?
彩夏ちゃんの事もあるし、一応は頑張るけどね! 一応は!
「ごめんって兄貴。本当は頼れるスーパーマンだもんね」
「いや……それはそれで何か違う気がするんだけど?」
「もう謙遜しちゃって。彩夏ちゃんは兄貴についてどう思う?」
「い、いい人だとは思いますよ」
「……彩夏ちゃんもそんな気遣わなくていいよ?」
茜に話を振られた彩夏ちゃんは、少し困りながらも俺を傷つけることなく、当たり障りのないような優しい事を言ってくれる。
彩夏ちゃん優しい……天使……。
「兄貴も卑屈になりすぎなんだよ。それに彩夏ちゃんとも相性良さそうじゃん」
「それはまぁ、俺と誠一が仲良いってのもあるんじゃない?」
「それもあるとは思うけどさ。色々と考えることができて、思いやりが人一倍ある拓海だからこそ……傍に人が集まるんだと私は思ってるよ」
あぁやっぱり苦手だ。
いつもはふざけてあだ名とかで呼ぶ癖に、こういう時にはちゃんと俺の名前を言うんだから。
茜はジッと俺の顔を見つめ、静かに俺の言葉を待っている。その様子はまるで獲物を取り逃がさないようにと集中する猛獣のようだ。俺を取り逃がすつもりはないらしい。
「……今はそのありがたい言葉を素直に受け取っておく」
「それならよし!」
俺の言葉を聞いた後、茜は満足そうな様子でグットサインを俺に示しながらそう言った。
茜の屈託ない笑顔はとても綺麗で、俺は思わずドキッとしてしまう。
「じゃあこうして目的も達成したわけだし、長時間いても迷惑になるからそろそろ帰ろうか。彩夏も大丈夫?」
「う、うん。かなり安心できた」
一通りの会話の流れが終わった後、誠一が俺たちにそろそろ帰ろうかと提案する。茜ともある程度話したし、野球部の邪魔にならないようにするためにもちょうどいいタイミングだと俺も思う。
「もう帰っちゃうの! 寂しいよ兄貴ぃ~!」
「茜とは常に教室で会ってるじゃねぇか。ほらほら、茜も部活頑張って」
「そーれもそうだね。じゃ、はやく帰って」
「いや急に冷たっ! 急速冷凍?」
「あははははっ! やっぱり兄貴のツッコミ好きだなぁ。それじゃ皆、また学校でね。彩夏ちゃんもいつでも!」
こうして彩夏ちゃんの学校見学は無事に終了。琉生や松家さん、茜たちともつながる事ができた事もあって大成功と言えるだろう。
「拓海、今日はありがとね。僕としても凄い不安だったけど、上手くいったと思うよ」
「全然いいよ。誠一としても思う事があっただろうし、難しい問題だからな」
俺たちは今日の事を振り返りながら、グラウンドから正門に向かう。
グラウンドにある門からも帰る事は出来るのだが、電車通学の俺たちには少し遠回りになるので正門から出て駅に向かう方が良いんだよな。
「おい。何しに来てたんだよ」
うわっ、最悪だ。
正門に向けて歩いていたら、ちょうど休憩していた野球部の館山と出くわしてしまった。さっき見た時は外周とかしていたから、今日は大丈夫と思ったんだけどな。
「誠一の妹が来てたから、学校見学みたいなもん。邪魔したな」
「ふーん。茜と話してたのが少し見えたから、何しに来たのかと思ったぜ」
館山はそう言いながら、少し不機嫌そうな様子で野球部のベンチの方に向かっていった。
全く……顔はいいのにもったいない。俺だけが嫌われている可能性もあるけど、ああいう奴は俺も嫌いだ。
「さっきの話しかけてきた奴、彩夏ちゃんはどう思った?」
「こ、怖い人だなって」
「だよなぁ。あんな怖い奴は、さっきの俺のように適当に接すればいいからね」
今日はつくづく館山に感謝する日にしよう。彩夏ちゃんに良い例を見せる事もできたし、よかったよかった。
「拓海は特に嫌われてるよね。僕も好きじゃないけど」
「ほんとだよ。茜の事が好きなら、さっさと告白すればいいのに。野球部のエースとマネージャー……いい関係じゃねぇか」
「それにしても、さっきの拓海の攻撃の避け方は流石だね」
「だろ? 逃げる事や避ける事は得意なのよ」
俺の中学時代の経験もあって、嫌がらせに対しては色々と耐性が付いた。相手が楽しもうとするのなら、俺は相手が求めていない反応をすればいいだけの事。それで手を出してきたら、こっちの勝ちだ。
「拓海は逃げ足だけ速いからね。スタミナはないけど」
「やかましい。夢を見せられたら最高じゃねぇか。競馬とかでも逃げはロマンだろ?」
「高校生がする話……ではないけど、正直分かる」
そんな俺と誠一の会話を、彩夏ちゃんは時々参加しながらも静かに聞いていた。
俺たちの会話を聞いていた彩夏ちゃんは、どこか心を開いて笑ってくれていたような気がした――




