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キュートアグレッション

作者: 明智光秀


 勤務を終えて充分なほどに疲弊しきった私は、家へ帰ってすぐ、いつものように飼っていたダックスフントのモカに癒やしを求めた。


何でも、私が仕事に出かけて留守にしている間は、世話のする者は誰一人としていないので、夜遅くに帰った頃には、モカはすっかり腹を空かせて、私へ一直線に向かって飛びつくのだった。


その後方には、左右に揺れる一束の毛束が見える。


主人の帰宅を喜ぶのを隠しきれず、身体が素直に感情を表している、そんな可憐なペットの姿を見るに、私の心はたまらかく愛おしいという純白な気持ちで満たされる。


と同時に、その感情の延長線にある、逸脱した感が不純にも沸いてくるのは最近のことではない。


私はその感を、まるで人道に反したような、いやにおぞましいものだと考えるところが寸分あっても、また反対にそれを否定するだけの道理も持ち合わせていなかった。


そんな行き場の失った不純物を含んでいたのは、紛れもない事実であるが、何も私はそういった怪奇趣味というのでも、これといってない訳である。


それよりも、相乗効果を目論んで、高みが飴と鞭を与えるように、教育に賛美と叱咤激励を施すように、必ずしも相対するものが反する力を生じないことに、この現象も準じるとそう考えたのだった。


その時、私はこれを、愛ゆえの悪徳感情のようなものだと解釈した。


そのため、私はその本能に従って小気味悪い意地悪を、一種の愛情表現としてしてやるのだった。


やさしくモカを撫でてから、私はキッチンへ向かい、ドックフードの袋を手にする。


しかしすぐにはやらない。


敢えて餌を与える素振りを見せ、モカがもどかしそうに前足を高速回転させてねだってから、ようやく与えてやる。


やっとの思いでその空腹を満たせた飼い犬は、勢いよく餌に食らいつくや否や、満足そうにしていた。


そんな事をずっと続けている。


他にも、モカの従順な甘えを敢えて足蹴にしたり、撫でてる途中にわざと撫でる力を強くしてやったりと、"私の中の小悪魔的な衝動'に駆られ、

愛情にsadism(サディズム)の生じた行為は例には及ばない。


次に私は、可愛らしいペットの姿を見届けた後、リビングへ向かう。


そして、今しがた泣きごとに精を出している赤ん坊をあやす。


子どもはまだ生後間もないので、生かすためにも離乳の時期は、当分先の話である。


それについてはさておき、

私は先に"私以外に世話する者はない'と述べたが、それは文字通りのもので、この家に人間は、私とあの赤子しかいないのである。


というのも、前までいた年下の彼は、何も言わず私を置いてここを出ていってしまったのだ。


私に何やら不満でもあったのか、はたまた彼の中で何か魔が差しでもしたのか。


私はすぐに連絡を取ったが、音信不通で連絡手段も絶たれた今となると、

もはやその真意を聞く術は無い。


兎にも角にも、私は幼い赤子を押し付けられ、孤独に陥ってしまったのだった。


今では、その孤独を埋めるためにペットの犬を飼っている。


前のペットは、飼い主の言うことを聞かない我儘なペットだった。


そんなペットはいらないし、もういない。


首輪は持ち合わせがあり、果たしてモカのサイズに合うか不安だったが、それは杞憂だったらしい。


まぁ別にサイズが合うかなんて、些細な問題に過ぎない。


だって、首輪は私の所有下にある事を表すための飾りに過ぎないのだから。


それに、これといって散歩をさせてやる訳でもない。







ーーー


という訳で、今日も勤務を終えて充分なほどに疲弊しきった私は、家へ帰ってすぐ、飼っていたダックスフントのモカに癒やしを求めた。


しかしこの言い回しの転用は些か不適切に思える。



何故と言えば、今日は明らかに、いつもと相違していたからである。


それは、帰宅時にいつも玄関にいるモカがいない事。



そして、すぐに耳に入る鳴き声と泣き声。その変容が物語っていたのは、愛しき飼い犬のモカが、空腹から生ずる紛らわしゆえの狂行か、私の子どもに噛み付いていた事だった。



私はすぐに狂犬と化したモカから娘を引き離した。






私はそれを見ても、娘に対して例のいやしい感情は、とうに湧いてこなかった。


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