3-①.信者と心者 The Believer und Die Herzer
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――太陽が憎い。明るさが嫌い。木漏れ日がこわい。陽だまりが嫌い。
◇◆◇
あいは生まれてこのかた太陽に追い詰められてきました。太陽はいつも私とその他の全ての人々との差を浮き彫りにするのです。
私だけが普通の人々のように生きていけないということを。普通の人が誰に教えられずともわかることを、私だけが知らないということを。
そして何より、私が、私だけが、家族の誰とも髪の色も顔の形も似通っていないということを。太陽の光で際立つ黒い髪と自分の顔が嫌いだった。
私だって、みんなと一緒に。私だって、闇の中でまどろんでいたいのに。だのに太陽の眩しさはすべてを暴いて去っていく。その場に留まりさえしない。ただ私の醜さを白日の下に晒し消えていく。穢れた私だけを残して。清廉な人々の只中に置き去りにしていく。
だけど、ほんとは嫌いなんじゃない。ただ、ただ、こわいのです。恐ろしいのです。幸福が。しあわせが。“ほんとうのさいわい”が。夜の闇の中では私を抱きしめてくれるそれが。それが太陽の下では私のそばにはいてくれないと知っているから。刹那のうちに逃げ去ってしまうと知っているから。ただ独りの私を残して。
幸福を恐れる人間もいるのです。しあわせに首を絞められる人間もいるのです。真綿で窒息してしまうのです。その軽やかな重さに溺死してしまうことがあるのです。
◇◆◇
――私は太陽がこわい。明るさがこわい。木漏れ日がこわい。陽だまりががこわい。――他人がこわい。そしてなによりも、人間が――。
◇◆◇
シュベスターはときどき、アイにWhite Lieを吐くことがあった。White Lieというのは地獄の言葉で、直訳すると白い嘘だが、意味としてはやさしい嘘である。ある人をのことを思って、その人のために吐く嘘のことを言う。
真実はいつも人を傷つける。シュベスターはアイが真実によって傷つけられそうなときは、決まってWhite Lieをついた。いつも真実によってではなく、嘘によって弟を守ろうとしたのである。
例えば、家族の中でアイだけがクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントを貰えなかったとき。いつもエレクトラはアイとエゴペー以外にプレゼントを用意して、お祝いもする。そしてオイディプスは娘達だけにプレゼントをあげる。だからアイだけが毎年プレゼントを貰えないのである。
アイ自身はこれを自分だけが両親にとって“いい子”ではないからだと考えていた。いつの頃からか、シュベスターがプレゼントを用意して、これはお母さまからだと嘘をついて、アイに渡すようになった。
アイはそれが嘘だと最初は分からなかったが、自分の誕生日に毎年母の機嫌が悪くなり、父と喧嘩をする声に耳を塞いでいるうちに、真実に気づいた。その白い嘘の後ろの黒い真実をみたときは、初めて自分だけプレゼントを貰えなかったときよりも深く心を抉られたが、決してシュベスターを恨むことはなかった。むしろ、姉の愛を感じそれを慈しむようになった。だからアイはずっと騙されたふりをしている。
◇◆◇
あいが4さいになって少し経ったころ、シュベスターがエレクトラに言われて戦う術を教えることになった。
「あい、今日はお母様に言われてお前に戦い方を教えることになった。まぁ戦い方といっても身体を使ったものというよりは、心を使ったもの……心のことだ。」
「Herz……心ですか?」
「あぁ、地獄語で心という意味がある。この文学界には感情をコントロールする術がある。コントロールするといっても精神的に、怒りを抑える、かなしみを受け入れる、といった類のものではない。物理的に感情を操るのだ。」
「物理的に……感情とはその元来、形而上のものですよね……?」
「うん、その認識で間違いない、感情とは精神的なものだ。だが我々はそれを形而下に、つまり物質世界に引きずり下ろす術がある。」
「それが……心。つまりあいたちは、みんな唯物論的な世界観の下で生きているということですか?」
「すまない。アイ……私はお前ほど地獄学問に明るくないんだ。唯物論とはなんだ?」
子供がたまに親に頼られると喜び勇んで役に立とうとするように、子供らしい無邪気さと少しの得意気を含んで、一所懸命に説明した。自分にも人の役に立てるところはある、存在する価値があると確かめるように。
「えぇっと……唯物論というのは、物質こそが世界を構成する根源的なものとみなす哲学上の立場です。心の実在を否定するもしくは、物質によって心が生み出されたものだと考えます。
その対となるのが唯心論です。えっと、えっと、こちらは世界の本質や根源を心と捉えます。物質的なものは仮のものと見なし、心を至上原理とします。」
「なるほど……ふむ……面白いな……。だがアイ、私が思うに、心を使うものたち……心者のほとんどはそのようなことは気にしていない。心者はただ心を使うのだ。そこに疑問や意思は必要ない。ただ、使うんだ。……そうだな、道具のようなもだと思ってもらってかまわない。」
「こころが……道具……?……。」
「そのほうがこれから教えることがやりやすいだろう。まず第一に感情を具現化する。こうやって――」
シュベスターの掌がきらきらと光り輝き、その上にローズピンク色をした結晶が現れる。
「わぁあ……!」
「これは私の感情を顕現させたものだ。このように感情を現して、感情を表すことができる。これは今、私の中にある幸福感を結晶化したものだ。」
「……?……おねえさまは今しあわせを感じていらっしゃるのですか?」
「ぐっ……そ、そうだ。」
今感じている幸福の理由そのものからの問いに、シュベスターはすこし照れたように返す。
「その時に感じている感情しか具現化させられないのですか?」
「いや……強者や技巧に富んだものは、何十年も前の感情を引き出して戦うこともできる。訓練すれば形も様々に変化させられるし、一度に大量の感情を使役することもできるようになる。早速お前にもやってもらおうと思うのだが……いいか?」
「なるほど……。やってみたいです!」
「……意外だな。お前は普段から言葉を大切にしているし、先ほどの話からも心や精神というものに敬意を払っているように見える……いいのか?」
姉がアイを慮ったように言う。
「たしかにあいは地獄本の影響で、言葉やこころというものが好きです。言の葉を愛しています。崇拝しているといってもいいです。この世界は『はじめに言葉ありき』という言語決定論の立場を取っています。
しかしながら、どうしても言葉では表せないものがこの世には存するのです。確かに存するのです。それは形のないものたちです。目に見えないものです。思想、精神、感情もそうです。ことばを信奉しているあいですら、御言葉如きでは語れないものの存在を確かに感じるのです。
だからこころなどといった、言葉以外のものたち……言葉以上のものたちには、より一層敬意を表したくなるのです。彼らに対して敬意を払いすぎるということがあるでしょうか?……いいえ、ありえません。」
「ふむ、それを聞いて尚一層不思議に思われるのだが……心は、お前が信奉する目に見えない形而上のものを、ある種強引に物質世界にひきずり下ろすことを含む。いやむしろそれこそが心だ。言葉の信者であるとすらいえる、お前の主義に反することだ……なのになぜ二つ返事で引き受ける。」
「それがおかあさまの言いつけだからです。先ほどおねえさまは、おかあさまに言われてあいに戦い方を教えてくださるとおっしゃいました。
ならばあいの主張など唾棄すべきです。そこに何の疑問をさしはさむことがありましょう。おかあさまの意思とあれば、あいは頭を使う必要はありません。思考を差し挟むべきではありません。それがどんな命令であっても、ただ盲目的にそれを遂行するのみです。」
シュベスターは少しの恐怖を感じた。あいと同等かそれ以上にエレクトラを敬愛するシュベスターが、である。
これではまるであいは言葉の信者というよりはむしろ――と、ここまで考えてシュベスターはそれでなにも問題がないことに思い至った。
「そうか、いい心がけだな。まぁお母様の言うことに間違いはないし、それでいいか。……では早速やってみるか。」
「はい!」