2-②.てをあげたのに、どうしてだきしめてくれないんだろう? Братья Карамазовы Млечный путь
「別にいーじゃぁねーか、ブランコでもよ」
「私はブランコじゃない!ブラコンだ!」
シュヴェスターが胸に手を当て高らかに宣言する。
「いや、ブラコンでもな――」
「おっアイ、どーしたんだ?」
ゲアーターがニヤニヤしながら白々しく宣う。
「その手には乗らんぞ!貴様らはまったく!」
「お……おねえさま……?」
「…………。」
ギギギと振り返ると怯えたアイが胸の前で手をぎゅうっとにぎって立っている。
「ア……アイ」
「おねえさま!……お怒りですか?……どうかなされましたか……?」
後ろで膝を叩いて大笑いしている奴らに、必ず思い知らせてやると心に決めながら、シュヴェスターは答える。
「いや、なんでもない、いたって冷静だ私は、いたく落ち着いている、心が凪いでいる、完全に、ああ――」
「――ぶらこん?ってなんですか?ブランコのおともだちですか?」
アイが無邪気に疑問を口にする。
「「ぶふぉっ」」
お互いの身体を叩きあいながらゲアーターとエゴぺーが笑い転げる。
「ブラコン……というのはだな……」
シュヴェスターが答えに窮していると、エゴぺーが助け舟?を出す。
「ブラザー・コンプレックス、男の子の兄弟のことが大好きでたまらない人って意味よ~」
「おまっ、だ、黙れ!」
妹が姉の口を両手で塞ぎにかかる。
「……なるほど……そういうことですか!」
アイが得心がいったような顔になる。
「あ……アイ……?」
おっかなびっくりといった様相でシュヴェスターが尋ねる。
「つまりおねえさまはゲアーターお兄様の事が大好きということですね!」
すてきです!と幸せそなアイ、そしてまた吹き出す兄と姉。
「ちが、違うぞ!お前は勘違いしている!」
「でも……じゃあ、どういう……?」
「私はオマ、お前のことが……くっ。あぁ、そうだ……ワタシはゲアーターのコトがダイスキナンダ…………おえっ」
「ぷぷっ、そうだな、愛しい妹よ!オニイサマもスキだぞ!……ぷっ」
「貴様ぁ……いつかぶっ飛ばしてやる……」
「わぁー!なかよしさんですね!」
コホンっとシュヴェスターが大仰に咳払いをし、話題を変えることで、致命傷を避けようとする。
「こんなよしなし事より、アイ……聞いたぞ、ゲアーターとエゴペーと遊んだそうだな……」
「??……はい!」
「どうだった?」
「すっごくたのしかったです!」
「だろうな……こいつら散々自慢してきやがったからな……」
「……???」
「アイ……どうだ……その……わたしも……今は時間があるのだが……」
「????……そうなんですか……?」
「つまり、私は今暇で……お前も暇……暇だよな……?」
「はい……ひまですけど……??」
「「……」」
ぶふぉっと失笑する声が後ろから2つ聞こえた。
「笑いすぎて……しっ……死ぬぅ……」
「助けてぇ……もう……い、いじめないで〜」
コイツラァ……。
「つまりだな……わたしと」
「おねえさまと?」
「おまえで」
「あいで?」
「あそ……何かしようと、思って……だな。」
自分とアイをぎこちなく指差してシュヴェスターが話す。パアァッとアイの表情が日が指したように色づく。
「あいとあそんでくださるのですか!」
「うっ……あ……ああそうだな」
その輝きに胸を押さえながら姉が答える。
「もしかして、おにいさまもエゴおねえさまも!?」
「え……い……いやコイツラはやることがあって」
「そうなんですか……」
しゅんとアイがちいさくなる。
「わ……わたしだけでは不満か……?」
ショックを受けたようにシュヴェスターがかすれた声で言う。
「い、いえ、まさか!うれしいです!」
「そうだよなそうだよな!」
シュヴェスターが勝ち誇ったように姉と兄を振り返った。しかし其処にはもう2人の姿はなかった。
「お兄様もバカみてぇに暇だそ!」
「お姉様もアホみたいに暇よ〜」
「わぁーい!」
アイが喜んでいる、喜んでいる……が。
「き、貴様らァ〜そこになおれ!」
「おねえさま!?」
「こわいぞ、おねえさま」
「きゃ〜おねーさまこわ〜い」
「お前らの姉になったつもりはない!」
ワァー!っと兄と姉が逃げ、手を引かれたアイも一緒に駆けていく。
「まて!アイは置いていけーー!!」
ワァー!ワァー!
継母に疎まれ、父に厳しく扱われても、使用人から軽んじられていても。
――忌み子であっても、アイにはやさしいきょうだいがいた。
そう、いたのだ、今となってはもう……。
◇◆◇
――わたくしはいつもいちばん後ろを歩く。世界でいちばんうつくしいものがみたいから――
家族で用事に出かけたとき、遊びで出かけたとき、ピクニックに行った帰り道。夕焼けに照らされたいつもの小道を、歩いて帰っているとき。私は必ずいちばん後ろを歩く。
先頭はいつも、おかあさまだ。自身がこの世界には必要であるという自信に満ちた足取りで、確かに大地を踏みしめ歩いていく。よくシュヴェスターと手をつなぎ談笑しながら歩いている。
その次はゲアーターお兄さま。頭の後ろで手を組み、小石を蹴りながら気ままに歩いている。不安などこの世のどこにも存じてないといった様子で。
そして、最後におとうさまとエゴペーお姉さま。おとうさまは、わが娘への愛情が身体の外に出ていくことを引き留められない様子で、いつもおねえさまがたを愛で、愛し、愛を囁いている。エゴペーお姉さまがそれに応えて、幸せそうに風の中を2人で歩いている。
あいは、いつもいちばんうしろ。夕凪の中をただ独り歩いている。けっしてはぐれないように、でもけっしてみんなの間に入らぬように。長く伸びたみんなの影さえも決して踏み犯してしまわぬように。磁石の様につかずはなれず追いかける。いちばんちいさい歩幅で、いちばんたくさんの足跡で。だってみられるから。夕焼けがてらして、きらきらとみえるから。
――この世界でいちばんうつくしいものが。しあわせなかぞくがそこにはある。みんなを愛する母、実直な妹、朗らかな兄、温和な姉、そして慈愛の父。しあわせなかぞくがここにはいる――
だからあいはその愛と幸せに満ち満ちた5人家族に決して立ち入らぬよう、いちばんいしろをちいさく歩く。だって、そこに不純物は必要ない。そこに穢れは必要ない。弟などいらない。
こわしたくない、よごしたくない、かなしませくない。たといその中のひとりになれなくとも、みているだけでしあわせだから。この世でもっともとうといものを。この世でもっともうつくしいひとたちを。夕日がそれを輝かせるその、永遠の瞬間を。太陽が照らしだすその、けしきを。だから。だから。
――だから、あいはいつもいちばん後ろを歩く。世界でいちばんうつくしいものがみたいから――