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1.「オマエみたいなゴミ、生むんじゃなかった。」 " I shouldn't have had you garbage."

Nolaノベル“覚醒する主人公”コンテスト受賞!!

Nolaエージェント2025年8月(あつい!)受賞!!


20Kページビュー突破!!!


●アイという人間が、愛を求めて足掻くバトルファンタジー悲喜劇です。

●オックスフォードで文学と哲学を学んでいたときに書いた、英語の詩をもとにした小説です。

今まで学んできた書物を昇華できていればうれしいです。

「うまれてきて、ごめんなさい。」


 ◇◆◇


  ある日、ある昼下がりのこと。

 

 パンドラ公国を治める、ミルヒシュトラーセ家の持つ邸宅で、陽炎(ようえん)陽炎(かげろう)億劫(おっくう)であった。彼はこの昼にミルヒシュトラーセ家の次期当主候補の1人と会うことが決まっていた。


 そう、()()()()()()其処(そこ)に彼の希望は存せず、故に億劫であった。親たちは陽炎(ようえん)家の次期当主とミルヒシュトラーセ家の次期当主()()とは幼い時分から交流をもち竹馬(ちくば)の友となるのが代々の伝統だ、などと(のたま)っている。


挿絵(By みてみん)


 しかし、その実、昨今(さっこん)彼らは単にどの候補がこの先実権を握ってもいいようにそれぞれの候補にいい顔をしておくという、日和見の方針を続けているだけだ。


 まだ(よわい)にして4歳のかげろうからすれば、姉に突然、

 

 「明日お姉さまのお友だちとその弟ちゃんに会いにいきましょう?」


挿絵(By みてみん)

 

 と言われて半ば強引に連れてこられてきただけである。かげろうからしてみれば、今日はせっかく1日敬愛する姉さまと2人でいられるはずが、とんだ邪魔が入ったものである。

 

 故に億劫だった。今すぐにでも帰りたかった。帰って遊びたかった。正面にある大きなステンドグラスを眺めながら独り待つことにも辟易(へきえき)してきた。もう後ろにある扉からでてってしまおうかな――と考え始めていた。その時2人を呼びに行っていた姉が姉の友人であろう1人だけを()して帰ってきた。


 ◇◆◇


 「――いやぁ、ごめんごめん。なかなかアイちゃんが捕まらなくてねー」

 

 姉が朗らかにいう。随分気の置けない友人のようだ。

 

 「人の弟を動物みたいに言うな。」

 

 姉の友人であろう、茶色いおさげ髪を二つ結びにして肩に垂らしている、生真面目そうな女の人がいう。


挿絵(By みてみん)

 

 「()()()()()()()()()()()4()()()からしたら、私たちみたいな()()()()()()()6()()は、恐ろしいのだろう。特にうちの弟は姉2人としかまだまともに話せんしな。」

 

 「えー!お父さん、お母さんとも?」

 「……ああ。お前なら知っているだろう?(うち)は――」

 

 そう言いかけて、かげろうを一瞥(いちべつ)したその人は、姉さまに催促(さいそく)した。

 

 「――そんなよしなし事よりも、今日はお前の弟を紹介してくれるんじゃなかったか?さんざん騒いでいただろう。」

 

 それを受けてお姉さまが待ってましたとばかりに、嬉々(きき)として語り始めた。

 

 「そう!そうそうそう!!遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にもみよ!これが!この私!不知火(しらぬい)陽炎(かげろう)連合の次期藩主不知火(ふちか)不知火(しらぬい)の弟にして~陽炎(ようえん)家の次期当主!陽炎(ようえん)陽炎(かげろう)くんでーす!!!かっこいい――!!拍手拍手!」

 

「「ながいし、うるさい」」

 

 お姉さんと一緒のことを言ってしまい、顔を合わせて笑い合う、雰囲気よりはこわくないひとかも。

 

 「えー。でもちゃんと伝わったでしょー?」

 

 「あぁ、お前がどれほどかげろうくんを好きかってことがな。……まぁいい、此方(こちら)も自己紹介だ。

 

 まず私がこのパンドラ公国を治める、ミルヒシュトラーセ家次期当主()()()1()()、シュヴェスター・エレクトラーヴナ(エレクトラの娘)・フォン・ミルヒシュトラーセ、フルネームは長くて覚えずらいから取り合えず、個人名がシュヴェスターとだけ覚えてくれたら。宜しく。」

 

 そこでシュヴェスターさんがため息をつく、ほら、と言いながらやさしく自身の後ろに隠れていた(ずっと隠れてたのかこいつ、さっさと面通(めんどお)しをして帰らせてくれよ……。)おれより随分と上背(うわぜい)体格(たいかく)も小柄な子供をおれの前に押し出した――


挿絵(By みてみん)


 ◇◆◇

 

 ――その瞬間、――その刹那だった。おれが目を覚ましたのは――。

 

 おれがこの世に、彼のいるこの世界に――生まれ落ちたのは――。

 

 その子は(もうそいつとは呼べなかった、心の中でさえ)また引っ込み、シュヴェスターさんの後ろで彼女の服に硬くしがみつくように立っていた。その子の後ろにある大きなステンドグラスからの逆光で顔がよく見えない。


 彼の姿をはっきりとみたくて、彼がおれの世界に生きていることを確かめたくて、足を動かそうにもいうことをきかない。もう億劫なんかじゃない、これは(おそ)れだ。(しばら)くおれもその子も動けないでいると、シュヴェスターさんが呆れたように笑いながらその子の背をおす。

 

 ――どうかお隠れにならないで、貴方が確かに生きているということを教えてくれ。貴方の光明(こうみょう)をどうかおれの(まなこ)に。

 

 その子は押されるや(いな)や、今度は不知火しらぬい(おれの姉)の背中にもっと強く抱き着き、姿を完全に隠してしまった。しかし、おずおずと所在なさげに手を胸の前で握りしめながら、一歩こちらに近づいた。おれと彼を狭い暗黒世界に封じ込める岩戸(しらぬい)はもう何処にも存せず、ただ彼だけが其処(そこ)に在った。


 (うるし)のような腰まである黒髪、華奢(きゃしゃ)な肩、新雪の(ごと)く輝く白い肌、かなしいほどにうつくしい花の(かんばせ)、そして、美しく蒼空(そら)色だがそれでも確かに太陽の光を思わせる輝き帯び、はにかみをたたえたその(まなこ)。サファイアのようなその瞳。


 彼を認識したときの、広大無辺(こうだいむへん)の光明は、おれの全生涯を貫いた。色のないこれまでも、どうでもよかったこれからも、この刹那(せつな)に、最初から全てのものが自明だったかのように定義された。


 「……っは、はじめましてっ……わたくしの、なまえは、アイ・エレ……じゃなくて、えっと、アイ・ミルヒシュトラーセと申しますっ」

 

 鈴の音の声。続けて言う。

 

 「貴方様のような高貴な御方(おんかた)の御目にかかる光栄っ、きょ……恐悦至極(きょうえつしごく)にございますっ。わたくしのようなものが――」

 

 おれは叫んでいた。()()()()()()()()()()、彼がこれ以上自身を下げる物言いをすることが許せなかった。

 

 「もし、うつくしきおかた、花のように可憐な!尊き、貴方!この(やつがれ)と親交を結んでは頂けぬか!どうか!いや、生涯の信仰を貴方に――!」

 

 突然のおれの告白に彼が狼狽(ろうばい)し、びくりと跳ねシュヴェスター(かれのあね)の服にしがみ付くのを遠いことのように認識していた。だが止まれなかった。

 

 「――(やつがれ)は、おれは――!」

 

 さらに宣誓(せんせい)を続けようとしたが、お姉さま(じゃまもの)が割り込んでくる。その声で、彼以外の存在がこの世に在ることを思い出した。

 

「はーい、かげろうくん急にはしゃぎすぎー。アイちゃんがこわがってるでしょー。」

 

 (おそ)れ多くも彼の頭を撫でながら言った。

 

「いやはや驚いた……が、無理もないことか。」

 

 シュヴェスター(かれのあね)も突然のおれの豹変(ひょうへん)にいくらか面食らったらしい。だがこのような状況に慣れているようでもあった。

 

 「アイ(おまえ)もいい加減慣れろ。人々がお前の容姿を()めそやすたびに私に隠れるな。」

 

 そういって苦笑しながら、けれども愛おしそうに、(いま)だしがみついている彼のぬばたまの翠髪(すいはつ)に指をすべらせる。

 

 「まーまー、かげろうくんが大きな声だすからだよねー。」

 

 「お前が言うな。初めてこいつに会ったとき、天使だなんだのとうるさかっただろうが。」


挿絵(By みてみん)

 

 「しょーがないでしょ!こんなにかわいい子()()()()()()()()()()でしょ!ほら!アイちゃん、こっちこっちー」

 

 「……は、はいぃ……。」

 

 「人の弟を犬猫みたいに扱うな。こいつは人間だ。動物や天使じゃない。」

 

 しらぬいがおいでおいでと手招(てまね)きすると、彼は素直にそれに従う。頭が冷えてきた。得心(とくしん)がいった。昔からおれのことを、かわいいかわいいと(うるさ)かった姉が、少し前の時分(じぶん)から、おれをかっこいいと形容(けいよう)するようになったのはこういうわけか。

 

 ――いや、そんなことより。

 

 彼をもう決してこわがらせないように、こんどはできるだけやさしい声色で。

 

 「あの、おどろかせてしまって、もうしわけない。(やつがれ)の名は陽炎陽炎(ようえんかげろう)。先ほどのお返事をいただければ――。」

 

 おおきなかわいらしいくりくりの瞳を見開いて、彼が(いだ)かれたまま答える。

 

 「……さきほどのおへんじ?……っ!」

 

 みるみる彼のやわらかそうな、朝のように白い(ほほ)(あかね)が射す。それをかわいいなと思って眺めていると。

 

 「さきほどの、とはつまり、わたくしとお、おともだちになってくださるということでしょうか?」

 

 おずおずと期待と不安が入り混じった声色で彼がいう。

 

 「はいっ!おれとともだちに!」

 

 ぱあぁ……と彼のかわいらしい(あもて)喜色(きしょく)で彩られる。かわいいって言いすぎてるな、おれ。言ってはないか。

 

 「はいっ!ようえんさま!わたくしのことは、あい、とお呼びください!」

 

 「いえ、ミルヒシュトラーセさま!貴方様の家格はこのパンドラ公国で至上のものです。だからどうかおれの、(やつがれ)のことは(ただ)の、陽炎(かげろう)とでもお呼びください。」

 

と、おれとミルヒシュトラーセさまが、お互いを(うやま)った()び方をしようと、わちゃわちゃとしていると、コホンっと咳払(せきばら)いの音がした。

 

「ところで……私もミルヒシュトラーセなのだが?」

 

 彼の姉がそっと彼を後ろから抱きすくめる。

 

「わたしも陽炎(ようえん)さんだよー」

 

 おれの姉がぎゅうぅっとおれに後ろから抱き着いてくる。

 

「お前の名字(みょうじ)不知火(ふちか)さんだろうが、まぁ何にせよ――」

「――家名だと誰のことかややこしいよー」

 

 おれたちの頭の上で姉たちが会話する。

 

「ああ、(はなはだ)だややこしいな。」

 

 不知火(おれの姉)シュヴェスター様(彼の姉)がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、それはもう空々(そらぞら)しくおれたちふたりの頭の上からことばをふらせる。

 

 おれはなかば捨鉢(すてばち)になって、()れでも、決して彼を怯えさせないように、その名を柔らかく、言った。

 

「……アイ様」

 

 ――彼と目を見合わせる、恥ずかしさからか(あかね)の差した顔――まんまるな蒼穹(そうきゅう)の瞳に、(あめ)(なみだ)を張らせながら――彼は言った――。

 

「かっかげろうさま……」


 彼の唇から与えられたその福音(ふくいん)がはじまりを告げる。1()()()()()()()()()()()()()なしえた人間への歓喜の調べが近づいてくる――。後ろのドアを()()(せわ)しなく叩いている音が聞こえる――。


 ◇◆◇


挿絵(By みてみん)

 

 そのあと(しばらく)く二人はこどもらしいおままごとや、たたかいごっこなど(かげろうはフリですらアイに攻撃できなかったが)の児戯(じぎ)(たわむ)れ、姉たちは座って紅茶を飲みながら微笑(ほほえ)ましそうに見守っていた。


 次第に子どもらしい遠慮のなさで、アイの陽炎(かげろう)に対する敬称もくだけてきた。学校からの帰り道、名前しか知らぬクラスメイトに当然の権利のように話しかけ、三叉路(さんさろ)で別れる時には、もう親友になっているような、子どもにしか持ち得ない無邪気な気安さが其処(そこ)にはあった。


「アイ様が大切に思っているものは何ですか?おれもそれを大切にすると誓いましょう。」

 

「……あいがいちばんだいせつなもの……あいがいちばんすきなもの……それはおかあさまです!やさしくて、あたたかくて、あいを大切にしてくださるのです!あいはおかあさまがいちばんたいせつです!もちろんおとうさまも!おねえさまがたも!おにいさまも!それからそれから、いもうともです!」

 

「成程、母上様……エレクトラ様ですか、それとご家族……あい様はとてもご家族が好きなのですね。」

 

「はい!いちばんだいすきでっ、たいせつでっ」

 

「ふふっ……よく分かりましたとも。」

 

「もちろん、かげろうさま……かげろうもっ……!」

 

「アイ様――」


「よかったね〜お姉ちゃん?アイちゃんが好きだってさ〜。かげろうくんは最近照れて言ってくれないからな〜反抗期かなぁ?」

 

 しらぬいが思案するように言った。

 

「ふっ……羨ましいか?」

 

 シュヴェスターが勝ち誇ったように返す。

 

「わ〜うざーい。」

 

 「アイのやつ姉離れをしろと再三(さいさん)いっているというのにまったく……しょうがのないやつだ……。」

 

「……顔が呆れてる人の顔じゃないんだけど……それにしても、あいちゃんって……お母さんっ子なの?」

 

「ふっ……まぁ、お母様は素晴らしいからな……!何よりも第一に、お優しく――」

 

「こいつもか……」

 

 シュヴェスターが不変の真理であるかのように答え、不知火(しらぬい)が呆れ顔で言う。お経を読むようにすらすらと母を称えるシュヴェスター、しかし坊主の読経(どっきょう)はそれを介さぬ者には往々にして聞き流されるようで、しらぬいは友を無視し抜き足差し足で背後からアイに近づき、突然ばっと抱きしめた。

 

「きゃっ!」

 

「あいちゃーん!しらぬいさんはー?すき〜?」

 

「えっとあのっ」

 

「ほら〜、す〜?」

 

「……?……っ!……きぃー……す……きです。しらぬいさんもっ。」

 

「わ〜うれし~。」

 

「無理やり言わせたな……人の弟を脅すな。」

 

 シュヴェスターが呆れたように言う。

 

「シュヴェスターは最近いってくんないからな〜。知ってる?今じゃアイちゃんにべったりだけど、ちっちゃい頃はいってくれたんだよ〜?反抗期かなぁ〜?」

 

「誰が反抗期だ誰が」

 

「あねえさまのちいさいころ……」 


 ◇◆◇

  

 アイがミルヒシュトラーセ家別宅への、かげろうは陽炎(ようえん)家への、それぞれの帰路を歩みながら、それぞれの姉と手をつなぎながらこんなことを話した。夕日に照らされ、其処此処(そこここ)から夕餉(ゆうげ)の匂いが漂う、帰り道。

 

「アイ、今日はどうだった?(なか)ば強引に、お前にはじめての友を得させようとしてしまったが……なんだ……その……楽しかったか?」

 

 シュヴェスターが何時もの無表情で、でも少しおっかなびっくりという声色(こわいろ)(たず)ねたが、アイは姉の曇天(どんてん)を晴れ渡すように快活な声で答える。

 

 「はい!あいはとてもしあわせでした!おねえさまたちのおかげです!ありがとうございます!」

 

 「……そうか……。」


 姉はいつも通り、彼女を知らぬ他人が一瞥(いちべつ)すれば無感情な軍人だと評するであろう、表情に乏しく厳しい雰囲気を(かも)しているが、安堵(あんど)しているらしいことが弟には分かった。……それが弟を(おもんぱか)ってのことだとも。そして、こころがぽかぽかあたたかくなる。

 

 「ふふっ……おねえさま。」

 

 「あぁ……なんだ?」

 

 「うふふっ……おねえさまおねえさま!」

 

 「ふっ……なんだなんだ。」

 

 「あはっ!おーねーえーさーまー!」

 

 「ふふ……なーんーなーんーだー?」

 

 シュヴェスターがアイを抱きしめながら、長い黒髪をわしゃわしゃとなでまわす。アイがきゃーっ!といって逃げ出そうと、でもうれしそうにしている。今度はこしょこしょとくすぐられ始めたので、あははっと笑い出す。やわらかな夕日が、2人の帰路に仲睦(なかむつ)まじい影をながくのばす。


 シュヴェスターは下に向かって、アイは上に向かって伸ばした手が繋がれる。アイがつないだ手をゆらゆらと、かるくゆらしながら歩く、そのやわらかな感触から、シュヴェスターは弟の幸せを確かに感じていた。

 

 今日はここで、「友もできたことだしはやく姉離れしろ」という魂胆(こんたん)だったが、どうにもその言葉が舌のうえで居座って出てゆかない、うそが嫌いで、思ってもいないことを言うのは苦手だからだろうか、それともほんとうに離れがたいと感じているのはアイのほうではなく――

 

 美しくやわらかな(ほほ)を紅潮させながら、興奮冷めやらぬ様子で今にも走りださんばかりなのに、姉の左手を決して離そうとはしない弟が、とてもいじらしかった……いとおしかった――。


 ◇◆◇ 

 

 ――かげろうが姉とつないでいた手を離し、祈るように自らの両の手を組み合わせて、叫ぶ。

 

 「おれは果報者(かほうもの)です!まさかあのように尊き御方(おほんかた)がこの世に存するとは!あの()()()()()()()()()()()()()()!あぁ、感謝しますよ。お姉さま!」 

 

 ()()()()にでもなったように、そうまくしたてる。離れた手のひらの体温から、お姉さまお姉さまと自分にべったりだった弟の、姉離れを感じて一抹の寂しさをしらぬいは感じていた。


 「んん~、かげろうくんにはあいちゃんはすこし魅力的すぎたかな~。」


 弟の()()を目の当たりにして、しらぬいは独りごちる。


 「なにを仰います!おれはアイ様と邂逅(かいこう)した瞬間に目を覚ましたのです!これまでの()()おれは眠っていたのです。今なら世界が見える!太陽(あいさま)の光明に()って!おれは世界を見たのです!おれの全生涯を貫くアイ様の光明を!」


 「そうだね、ズバリ言い当ててあげようか?……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を受けて、今まで()()()()()()()()()、かげろうくんの()()()()()()()()、光をその瞳に取り戻した。といったところでしょう?

 (でもかげろうくんはむしろ、アイちゃんに逢ったせいで盲目(もうもく)になっちゃったみたいだけど。)」


 「そう!まさに!よくお分かりですね?お姉さま!」


 「そりゃあねぇ~、私も初めてアイちゃんに会ったとき、似たような感覚に()()()からね。」

 

 ――ただ、私は既に()()()()()()()()し、()()()()()()()()6()()だし、自己同一性(アイデンティティ)もある程度確立してた。

 

 ――でも、()()()()()()()()、これは、すこし、()()()()な――。樹木の年輪(ねんりん)の内側に巻き込まれたその信仰は、必要な時に取り除くことができるんだろうか?

 

 ――何にも興味を示さないかげろうくんの世界が少しでも広がればとか、不知火(しらぬい)陽炎(かげろう)連合とパンドラ利権を一手に牛耳(ぎゅうじ)るミルヒシュトラーセ家とのパイプを作っておければとか、いろいろと思惑はあったけど……。


  「……すこし(はや)ったかなぁ」


 ◇◆◇


 ――「なんにせよ、友ができてよかったな、アイ?」

 ――「まぁでも、アイちゃんとおともだちになれてよかったね?かげろうくん。」

 

 「はい、はじめてのおともだちです!あいはうれしいです!」

 「いえ、アイ様がおれを(とも)としてくださったのです。」

  

――こうやってあいに、かげろうさまのようにすてきな、

 ――はじめての()()()()ができました!


 ――こうしておれは彼を()()するに至り、

 ――彼はおれを()としたのであった。

  

 ◇◆◇  

  

「こんばんは、シュヴェスター。」


仲睦(なかむつ)まじく歩いていたアイとシュヴェスター(姉弟)に、別宅のほうから歩いてきた者が声をかける。その挨拶で、もう随分と夜が更けってあたりが暗い夜の(とばり)に閉ざされていることに、アイだけが気づいた。アイにはそのひとが夜を引き連れて歩いてくるように感ぜられた、その者の前には辛うじて道が見えるが、後ろには昼の残穢(ざんえ)さえないようだった。


挿絵(By みてみん)


 その者を認めた刹那、姉弟は弾かれたように、駆け寄った。姉はその大きな歩幅で早々と、弟はそのちいさなあしで、しかし懸命に、うれしそうに。

 

 「「……!おかあさまっ!」」


 その女の名は、エレクトラ・アガメムノーンナ・フォン・ミルヒシュトラーセ。当代のミルヒシュトラーセ家当主にして、パンドラの大地を治める者。そして、シュヴェスターとアイが、()()()()()()()()()()()()()()()()でもあった。


 「シュヴェスター、いつもアイの御守(おも)りをありがとうね、もう暗いから一緒に本宅に帰ろう?手を繋いでさ、ほら。」


 そう言って娘に手を差し伸べる。それにこたえ、シュヴェスターは先ほどまでアイと繋いでいた手を解き、しっかりと離さぬように母と結ぶ。エレクトラのシュベスター(自身の娘)への声はとてもやさしく、あたたかい声色とやわらかい表情から、慈愛に満ちた心根であることが伺える。アイはできるだけおかあさまのそばにいたくて、かけよったが、どうしてよいかわからずもじもじしていた。すると――。


「……アイ(テメェ)(しゃく)(さわ)るからその気色のわりぃ髪と(ツラァ)二度とみせんなつったよな?あぁ?」


 アイの全存在を切り裂く、つめたい刃のような声がした。アイは慌ててあやまる。


 「ご、ごめんなさっ――もっもうしわけありません!このように(けが)れた身を御身の前に晒し、お目を汚してしまい――」

 

 「黙れ、耳障(みみざわ)りな声で騒ぐな、気持ちわりぃ。さっさと仮面をつけて外套(がいとう)をかぶって、そのきたねぇ姿を隠せ、眼が腐る。」

 

 「は、はい!……ただいま!」

 

 アイが泣きそうになりながら、しかし決して泣いてより気分を害することがないように、必死に涙を(こら)えながら答える。

 

 「きめぇからしゃべんなつってんだろ、見た目だけじゃなく頭まで悪いとくらぁ終わってんなぁ、お前みたいまゴミ、生きてる――」

 

  「――お母様!」

 

 シュヴェスター(あね)が弟に助け舟を出すように話に割って入った。

 

 「お母様、もうあたりの闇も深くなって参りました。本宅にいち早く戻ってお父様やお兄様たちと夕餉(ゆうげ)といたしましょう。」

 

 「……ああ、そうだな、さっさと帰るとするか、あまり()()を待たせるもんじゃないしな。」


 ◇◆◇


 母と姉は手を繋ぎながら、()()についた。アイは仮面をしっかりつけ、華奢な体躯にはとても大きく膝の下まで隠れる外套の、フードを深くかぶり、できるだけその(きた)らしい身体を隠そうとする。そしてフードの端をそのちいさな両の手でぎゅっと握りながら、独りで下を向き、別宅への()()についた。


 真っ直ぐな一本道の上、弟は夜の闇の方に、母と姉は家の光の方へ、反対方向に歩き始め、少しずつ距離が離れる。

 

 それでも、だいすきなおかあさまのこえをすこしでもきけたならと、みみをすませていたあいには、きこえた。きこえてしまった。


  おかあさまがはきすてるようにいったその、おかあさまのこころがこもったその、だいすきなおかあさまからあいにむけられたその、ことばが――。

 

 「オマエみたいなゴミ、生むんじゃなかった。」


 ◇◆◇


挿絵(By みてみん)

 

 ――アイの死の報を聞いた人々は、親しい人の死や重篤(じゅうとく)な病気を知ったときの、ある普遍(ふへん)的で奇妙な感覚に陥っていた。つまり、死んだり病気になったのが、()()()()()()()()()()()という安堵(あんど)である――


  ――()れは、アイが夢をかなえて、あいが死に至るまでの物語だ。


 ◇◆◇


 アイは(うつむ)いた。

 

 そして“自らが(けが)した大地”に向けて、

  

 ……“自分にとっての世界の全て(ははおや)”への言葉を(こぼ)した――


「うまれてきて、ごめんなさい。」

評価の星(★★★★★)や感想を下されば、泣いて喜びます(T_T)

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※Xではキャラの日常やIFのイラストを毎日複数回投稿しています。

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― 新着の感想 ―
あらすじを読んで「悲壮な物語になるのかな」と身構えつつ第一話を拝読しました。 しかし道中は軽快で和やかな会話が続き、杞憂だったかな……と警戒を解いたところで、最後に思いきり刺されました!笑 あの結末…
 アイと陽炎の明るさと反する闇が特徴的ですね。
拝読いたしました! 陽炎とアイの初めての出会いから友情が育まれる過程が丁寧に描かれ、子どもらしい無邪気さと姉たちの優しさが温かく伝わります。「うまれてきて、ごめんなさい。」のリフレインに切なさを感じま…
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