1.「オマエみたいなゴミ、生むんじゃなかった。」 " I shouldn't have had you garbage."
Nolaノベル“覚醒する主人公”コンテスト受賞!!
Nolaエージェント2025年8月(あつい!)受賞!!
20Kページビュー突破!!!
●アイという人間が、愛を求めて足掻くバトルファンタジー悲喜劇です。
●オックスフォードで文学と哲学を学んでいたときに書いた、英語の詩をもとにした小説です。
今まで学んできた書物を昇華できていればうれしいです。
「うまれてきて、ごめんなさい。」
◇◆◇
ある日、ある昼下がりのこと。
パンドラ公国を治める、ミルヒシュトラーセ家の持つ邸宅で、陽炎陽炎は億劫であった。彼はこの昼にミルヒシュトラーセ家の次期当主候補の1人と会うことが決まっていた。
そう、決まっていた。其処に彼の希望は存せず、故に億劫であった。親たちは陽炎家の次期当主とミルヒシュトラーセ家の次期当主候補とは幼い時分から交流をもち竹馬の友となるのが代々の伝統だ、などと宣っている。
しかし、その実、昨今彼らは単にどの候補がこの先実権を握ってもいいようにそれぞれの候補にいい顔をしておくという、日和見の方針を続けているだけだ。
まだ齢にして4歳のかげろうからすれば、姉に突然、
「明日お姉さまのお友だちとその弟ちゃんに会いにいきましょう?」
と言われて半ば強引に連れてこられてきただけである。かげろうからしてみれば、今日はせっかく1日敬愛する姉さまと2人でいられるはずが、とんだ邪魔が入ったものである。
故に億劫だった。今すぐにでも帰りたかった。帰って遊びたかった。正面にある大きなステンドグラスを眺めながら独り待つことにも辟易してきた。もう後ろにある扉からでてってしまおうかな――と考え始めていた。その時2人を呼びに行っていた姉が姉の友人であろう1人だけを具して帰ってきた。
◇◆◇
「――いやぁ、ごめんごめん。なかなかアイちゃんが捕まらなくてねー」
姉が朗らかにいう。随分気の置けない友人のようだ。
「人の弟を動物みたいに言うな。」
姉の友人であろう、茶色いおさげ髪を二つ結びにして肩に垂らしている、生真面目そうな女の人がいう。
「まだ性別も定まってない4さいからしたら、私たちみたいな成人一歩手前の6歳は、恐ろしいのだろう。特にうちの弟は姉2人としかまだまともに話せんしな。」
「えー!お父さん、お母さんとも?」
「……ああ。お前なら知っているだろう?家は――」
そう言いかけて、かげろうを一瞥したその人は、姉さまに催促した。
「――そんなよしなし事よりも、今日はお前の弟を紹介してくれるんじゃなかったか?さんざん騒いでいただろう。」
それを受けてお姉さまが待ってましたとばかりに、嬉々として語り始めた。
「そう!そうそうそう!!遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にもみよ!これが!この私!不知火陽炎連合の次期藩主不知火不知火の弟にして~陽炎家の次期当主!陽炎陽炎くんでーす!!!かっこいい――!!拍手拍手!」
「「ながいし、うるさい」」
お姉さんと一緒のことを言ってしまい、顔を合わせて笑い合う、雰囲気よりはこわくないひとかも。
「えー。でもちゃんと伝わったでしょー?」
「あぁ、お前がどれほどかげろうくんを好きかってことがな。……まぁいい、此方も自己紹介だ。
まず私がこのパンドラ公国を治める、ミルヒシュトラーセ家次期当主候補の1人、シュヴェスター・エレクトラーヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ、フルネームは長くて覚えずらいから取り合えず、個人名がシュヴェスターとだけ覚えてくれたら。宜しく。」
そこでシュヴェスターさんがため息をつく、ほら、と言いながらやさしく自身の後ろに隠れていた(ずっと隠れてたのかこいつ、さっさと面通しをして帰らせてくれよ……。)おれより随分と上背も体格も小柄な子供をおれの前に押し出した――
◇◆◇
――その瞬間、――その刹那だった。おれが目を覚ましたのは――。
おれがこの世に、彼のいるこの世界に――生まれ落ちたのは――。
その子は(もうそいつとは呼べなかった、心の中でさえ)また引っ込み、シュヴェスターさんの後ろで彼女の服に硬くしがみつくように立っていた。その子の後ろにある大きなステンドグラスからの逆光で顔がよく見えない。
彼の姿をはっきりとみたくて、彼がおれの世界に生きていることを確かめたくて、足を動かそうにもいうことをきかない。もう億劫なんかじゃない、これは惧れだ。暫くおれもその子も動けないでいると、シュヴェスターさんが呆れたように笑いながらその子の背をおす。
――どうかお隠れにならないで、貴方が確かに生きているということを教えてくれ。貴方の光明をどうかおれの眼に。
その子は押されるや否や、今度は不知火しらぬいの背中にもっと強く抱き着き、姿を完全に隠してしまった。しかし、おずおずと所在なさげに手を胸の前で握りしめながら、一歩こちらに近づいた。おれと彼を狭い暗黒世界に封じ込める岩戸はもう何処にも存せず、ただ彼だけが其処に在った。
漆のような腰まである黒髪、華奢な肩、新雪の如く輝く白い肌、かなしいほどにうつくしい花の顔、そして、美しく蒼空色だがそれでも確かに太陽の光を思わせる輝き帯び、はにかみをたたえたその眼。サファイアのようなその瞳。
彼を認識したときの、広大無辺の光明は、おれの全生涯を貫いた。色のないこれまでも、どうでもよかったこれからも、この刹那に、最初から全てのものが自明だったかのように定義された。
「……っは、はじめましてっ……わたくしの、なまえは、アイ・エレ……じゃなくて、えっと、アイ・ミルヒシュトラーセと申しますっ」
鈴の音の声。続けて言う。
「貴方様のような高貴な御方の御目にかかる光栄っ、きょ……恐悦至極にございますっ。わたくしのようなものが――」
おれは叫んでいた。わたくしのようなもの、彼がこれ以上自身を下げる物言いをすることが許せなかった。
「もし、うつくしきおかた、花のように可憐な!尊き、貴方!この僕と親交を結んでは頂けぬか!どうか!いや、生涯の信仰を貴方に――!」
突然のおれの告白に彼が狼狽し、びくりと跳ねシュヴェスターの服にしがみ付くのを遠いことのように認識していた。だが止まれなかった。
「――僕は、おれは――!」
さらに宣誓を続けようとしたが、お姉さまが割り込んでくる。その声で、彼以外の存在がこの世に在ることを思い出した。
「はーい、かげろうくん急にはしゃぎすぎー。アイちゃんがこわがってるでしょー。」
惧れ多くも彼の頭を撫でながら言った。
「いやはや驚いた……が、無理もないことか。」
シュヴェスターも突然のおれの豹変にいくらか面食らったらしい。だがこのような状況に慣れているようでもあった。
「アイもいい加減慣れろ。人々がお前の容姿を誉めそやすたびに私に隠れるな。」
そういって苦笑しながら、けれども愛おしそうに、未だしがみついている彼のぬばたまの翠髪に指をすべらせる。
「まーまー、かげろうくんが大きな声だすからだよねー。」
「お前が言うな。初めてこいつに会ったとき、天使だなんだのとうるさかっただろうが。」
「しょーがないでしょ!こんなにかわいい子人間だとはおもえないでしょ!ほら!アイちゃん、こっちこっちー」
「……は、はいぃ……。」
「人の弟を犬猫みたいに扱うな。こいつは人間だ。動物や天使じゃない。」
しらぬいがおいでおいでと手招きすると、彼は素直にそれに従う。頭が冷えてきた。得心がいった。昔からおれのことを、かわいいかわいいと煩かった姉が、少し前の時分から、おれをかっこいいと形容するようになったのはこういうわけか。
――いや、そんなことより。
彼をもう決してこわがらせないように、こんどはできるだけやさしい声色で。
「あの、おどろかせてしまって、もうしわけない。僕の名は陽炎陽炎。先ほどのお返事をいただければ――。」
おおきなかわいらしいくりくりの瞳を見開いて、彼が抱かれたまま答える。
「……さきほどのおへんじ?……っ!」
みるみる彼のやわらかそうな、朝のように白い頬に茜が射す。それをかわいいなと思って眺めていると。
「さきほどの、とはつまり、わたくしとお、おともだちになってくださるということでしょうか?」
おずおずと期待と不安が入り混じった声色で彼がいう。
「はいっ!おれとともだちに!」
ぱあぁ……と彼のかわいらしい面が喜色で彩られる。かわいいって言いすぎてるな、おれ。言ってはないか。
「はいっ!ようえんさま!わたくしのことは、あい、とお呼びください!」
「いえ、ミルヒシュトラーセさま!貴方様の家格はこのパンドラ公国で至上のものです。だからどうかおれの、僕のことは唯の、陽炎とでもお呼びください。」
と、おれとミルヒシュトラーセさまが、お互いを敬った呼び方をしようと、わちゃわちゃとしていると、コホンっと咳払いの音がした。
「ところで……私もミルヒシュトラーセなのだが?」
彼の姉がそっと彼を後ろから抱きすくめる。
「わたしも陽炎さんだよー」
おれの姉がぎゅうぅっとおれに後ろから抱き着いてくる。
「お前の名字は不知火さんだろうが、まぁ何にせよ――」
「――家名だと誰のことかややこしいよー」
おれたちの頭の上で姉たちが会話する。
「ああ、甚だややこしいな。」
不知火とシュヴェスター様がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、それはもう空々しくおれたちふたりの頭の上からことばをふらせる。
おれはなかば捨鉢になって、其れでも、決して彼を怯えさせないように、その名を柔らかく、言った。
「……アイ様」
――彼と目を見合わせる、恥ずかしさからか茜の差した顔――まんまるな蒼穹の瞳に、天の泪を張らせながら――彼は言った――。
「かっかげろうさま……」
彼の唇から与えられたその福音がはじまりを告げる。1人の友をつくるという偉業なしえた人間への歓喜の調べが近づいてくる――。後ろのドアを運命が忙しなく叩いている音が聞こえる――。
◇◆◇
そのあと暫く二人はこどもらしいおままごとや、たたかいごっこなど(かげろうはフリですらアイに攻撃できなかったが)の児戯に戯れ、姉たちは座って紅茶を飲みながら微笑ましそうに見守っていた。
次第に子どもらしい遠慮のなさで、アイの陽炎に対する敬称もくだけてきた。学校からの帰り道、名前しか知らぬクラスメイトに当然の権利のように話しかけ、三叉路で別れる時には、もう親友になっているような、子どもにしか持ち得ない無邪気な気安さが其処にはあった。
「アイ様が大切に思っているものは何ですか?おれもそれを大切にすると誓いましょう。」
「……あいがいちばんだいせつなもの……あいがいちばんすきなもの……それはおかあさまです!やさしくて、あたたかくて、あいを大切にしてくださるのです!あいはおかあさまがいちばんたいせつです!もちろんおとうさまも!おねえさまがたも!おにいさまも!それからそれから、いもうともです!」
「成程、母上様……エレクトラ様ですか、それとご家族……あい様はとてもご家族が好きなのですね。」
「はい!いちばんだいすきでっ、たいせつでっ」
「ふふっ……よく分かりましたとも。」
「もちろん、かげろうさま……かげろうもっ……!」
「アイ様――」
「よかったね〜お姉ちゃん?アイちゃんが好きだってさ〜。かげろうくんは最近照れて言ってくれないからな〜反抗期かなぁ?」
しらぬいが思案するように言った。
「ふっ……羨ましいか?」
シュヴェスターが勝ち誇ったように返す。
「わ〜うざーい。」
「アイのやつ姉離れをしろと再三いっているというのにまったく……しょうがのないやつだ……。」
「……顔が呆れてる人の顔じゃないんだけど……それにしても、あいちゃんって……お母さんっ子なの?」
「ふっ……まぁ、お母様は素晴らしいからな……!何よりも第一に、お優しく――」
「こいつもか……」
シュヴェスターが不変の真理であるかのように答え、不知火が呆れ顔で言う。お経を読むようにすらすらと母を称えるシュヴェスター、しかし坊主の読経はそれを介さぬ者には往々にして聞き流されるようで、しらぬいは友を無視し抜き足差し足で背後からアイに近づき、突然ばっと抱きしめた。
「きゃっ!」
「あいちゃーん!しらぬいさんはー?すき〜?」
「えっとあのっ」
「ほら〜、す〜?」
「……?……っ!……きぃー……す……きです。しらぬいさんもっ。」
「わ〜うれし~。」
「無理やり言わせたな……人の弟を脅すな。」
シュヴェスターが呆れたように言う。
「シュヴェスターは最近いってくんないからな〜。知ってる?今じゃアイちゃんにべったりだけど、ちっちゃい頃はいってくれたんだよ〜?反抗期かなぁ〜?」
「誰が反抗期だ誰が」
「あねえさまのちいさいころ……」
◇◆◇
アイがミルヒシュトラーセ家別宅への、かげろうは陽炎家への、それぞれの帰路を歩みながら、それぞれの姉と手をつなぎながらこんなことを話した。夕日に照らされ、其処此処から夕餉の匂いが漂う、帰り道。
「アイ、今日はどうだった?半ば強引に、お前にはじめての友を得させようとしてしまったが……なんだ……その……楽しかったか?」
シュヴェスターが何時もの無表情で、でも少しおっかなびっくりという声色で尋ねたが、アイは姉の曇天を晴れ渡すように快活な声で答える。
「はい!あいはとてもしあわせでした!おねえさまたちのおかげです!ありがとうございます!」
「……そうか……。」
姉はいつも通り、彼女を知らぬ他人が一瞥すれば無感情な軍人だと評するであろう、表情に乏しく厳しい雰囲気を醸しているが、安堵しているらしいことが弟には分かった。……それが弟を慮ってのことだとも。そして、こころがぽかぽかあたたかくなる。
「ふふっ……おねえさま。」
「あぁ……なんだ?」
「うふふっ……おねえさまおねえさま!」
「ふっ……なんだなんだ。」
「あはっ!おーねーえーさーまー!」
「ふふ……なーんーなーんーだー?」
シュヴェスターがアイを抱きしめながら、長い黒髪をわしゃわしゃとなでまわす。アイがきゃーっ!といって逃げ出そうと、でもうれしそうにしている。今度はこしょこしょとくすぐられ始めたので、あははっと笑い出す。やわらかな夕日が、2人の帰路に仲睦まじい影をながくのばす。
シュヴェスターは下に向かって、アイは上に向かって伸ばした手が繋がれる。アイがつないだ手をゆらゆらと、かるくゆらしながら歩く、そのやわらかな感触から、シュヴェスターは弟の幸せを確かに感じていた。
今日はここで、「友もできたことだしはやく姉離れしろ」という魂胆だったが、どうにもその言葉が舌のうえで居座って出てゆかない、うそが嫌いで、思ってもいないことを言うのは苦手だからだろうか、それともほんとうに離れがたいと感じているのはアイのほうではなく――
美しくやわらかな頬を紅潮させながら、興奮冷めやらぬ様子で今にも走りださんばかりなのに、姉の左手を決して離そうとはしない弟が、とてもいじらしかった……いとおしかった――。
◇◆◇
――かげろうが姉とつないでいた手を離し、祈るように自らの両の手を組み合わせて、叫ぶ。
「おれは果報者です!まさかあのように尊き御方がこの世に存するとは!あのうつくしさ!この世のもではない!あぁ、感謝しますよ。お姉さま!」
神がかりにでもなったように、そうまくしたてる。離れた手のひらの体温から、お姉さまお姉さまと自分にべったりだった弟の、姉離れを感じて一抹の寂しさをしらぬいは感じていた。
「んん~、かげろうくんにはあいちゃんはすこし魅力的すぎたかな~。」
弟の回心を目の当たりにして、しらぬいは独りごちる。
「なにを仰います!おれはアイ様と邂逅した瞬間に目を覚ましたのです!これまでの時分おれは眠っていたのです。今なら世界が見える!太陽の光明に依って!おれは世界を見たのです!おれの全生涯を貫くアイ様の光明を!」
「そうだね、ズバリ言い当ててあげようか?……雷に打たれ地面に投げ出されたような衝撃を受けて、今まで盲いた目をしていた、かげろうくんの眼から鱗が落ちて、光をその瞳に取り戻した。といったところでしょう?
(でもかげろうくんはむしろ、アイちゃんに逢ったせいで盲目になっちゃったみたいだけど。)」
「そう!まさに!よくお分かりですね?お姉さま!」
「そりゃあねぇ~、私も初めてアイちゃんに会ったとき、似たような感覚に陥ったからね。」
――ただ、私は既に性別も決まってたし、もうすぐ成人する6歳だし、自己同一性もある程度確立してた。
――でも、かげろくんは違う、これは、すこし、あやういな――。樹木の年輪の内側に巻き込まれたその信仰は、必要な時に取り除くことができるんだろうか?
――何にも興味を示さないかげろうくんの世界が少しでも広がればとか、不知火陽炎連合とパンドラ利権を一手に牛耳るミルヒシュトラーセ家とのパイプを作っておければとか、いろいろと思惑はあったけど……。
「……すこし逸ったかなぁ」
◇◆◇
――「なんにせよ、友ができてよかったな、アイ?」
――「まぁでも、アイちゃんとおともだちになれてよかったね?かげろうくん。」
「はい、はじめてのおともだちです!あいはうれしいです!」
「いえ、アイ様がおれを供としてくださったのです。」
――こうやってあいに、かげろうさまのようにすてきな、
――はじめてのお友だちができました!
――こうしておれは彼を信仰するに至り、
――彼はおれを供としたのであった。
◇◆◇
「こんばんは、シュヴェスター。」
仲睦まじく歩いていたアイとシュヴェスターに、別宅のほうから歩いてきた者が声をかける。その挨拶で、もう随分と夜が更けってあたりが暗い夜の帷に閉ざされていることに、アイだけが気づいた。アイにはそのひとが夜を引き連れて歩いてくるように感ぜられた、その者の前には辛うじて道が見えるが、後ろには昼の残穢さえないようだった。
その者を認めた刹那、姉弟は弾かれたように、駆け寄った。姉はその大きな歩幅で早々と、弟はそのちいさなあしで、しかし懸命に、うれしそうに。
「「……!おかあさまっ!」」
その女の名は、エレクトラ・アガメムノーンナ・フォン・ミルヒシュトラーセ。当代のミルヒシュトラーセ家当主にして、パンドラの大地を治める者。そして、シュヴェスターとアイが、この世に存する何よりも愛する母親でもあった。
「シュヴェスター、いつもアイの御守りをありがとうね、もう暗いから一緒に本宅に帰ろう?手を繋いでさ、ほら。」
そう言って娘に手を差し伸べる。それにこたえ、シュヴェスターは先ほどまでアイと繋いでいた手を解き、しっかりと離さぬように母と結ぶ。エレクトラのシュベスターへの声はとてもやさしく、あたたかい声色とやわらかい表情から、慈愛に満ちた心根であることが伺える。アイはできるだけおかあさまのそばにいたくて、かけよったが、どうしてよいかわからずもじもじしていた。すると――。
「……アイ、癪に障るからその気色のわりぃ髪と面二度とみせんなつったよな?あぁ?」
アイの全存在を切り裂く、つめたい刃のような声がした。アイは慌ててあやまる。
「ご、ごめんなさっ――もっもうしわけありません!このように穢れた身を御身の前に晒し、お目を汚してしまい――」
「黙れ、耳障りな声で騒ぐな、気持ちわりぃ。さっさと仮面をつけて外套をかぶって、そのきたねぇ姿を隠せ、眼が腐る。」
「は、はい!……ただいま!」
アイが泣きそうになりながら、しかし決して泣いてより気分を害することがないように、必死に涙を堪えながら答える。
「きめぇからしゃべんなつってんだろ、見た目だけじゃなく頭まで悪いとくらぁ終わってんなぁ、お前みたいまゴミ、生きてる――」
「――お母様!」
シュヴェスターが弟に助け舟を出すように話に割って入った。
「お母様、もうあたりの闇も深くなって参りました。本宅にいち早く戻ってお父様やお兄様たちと夕餉といたしましょう。」
「……ああ、そうだな、さっさと帰るとするか、あまり家族を待たせるもんじゃないしな。」
◇◆◇
母と姉は手を繋ぎながら、家路についた。アイは仮面をしっかりつけ、華奢な体躯にはとても大きく膝の下まで隠れる外套の、フードを深くかぶり、できるだけその汚らしい身体を隠そうとする。そしてフードの端をそのちいさな両の手でぎゅっと握りながら、独りで下を向き、別宅への帰路についた。
真っ直ぐな一本道の上、弟は夜の闇の方に、母と姉は家の光の方へ、反対方向に歩き始め、少しずつ距離が離れる。
それでも、だいすきなおかあさまのこえをすこしでもきけたならと、みみをすませていたあいには、きこえた。きこえてしまった。
おかあさまがはきすてるようにいったその、おかあさまのこころがこもったその、だいすきなおかあさまからあいにむけられたその、ことばが――。
「オマエみたいなゴミ、生むんじゃなかった。」
◇◆◇
――アイの死の報を聞いた人々は、親しい人の死や重篤な病気を知ったときの、ある普遍的で奇妙な感覚に陥っていた。つまり、死んだり病気になったのが、自分ではなくてよかったという安堵である――
――此れは、アイが夢をかなえて、あいが死に至るまでの物語だ。
◇◆◇
アイは俯いた。
そして“自らが穢した大地”に向けて、
……“自分にとっての世界の全て”への言葉を溢した――
「うまれてきて、ごめんなさい。」
評価の星(★★★★★)や感想を下されば、泣いて喜びます(T_T)
もし良かったらぜひっ!m(_ _)m
※Xではキャラの日常やIFのイラストを毎日複数回投稿しています。
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