シスツィーア ② ~新しい日常 ②~
それだけではなくて・・・・・・・・・・・
「アランに魔力を還したことによって、魔力に変調が出てくるはずだから」と、魔力の状態観察を兼ねて魔力生成のために教師が付けられることにも
「君の魔力生成にも役に立つはずだ」
「あの、わたし一人でできます」
たしかに魔力に変調は現れるだろうけれど、マーシャル邸では大きく崩れることもなく大丈夫だったのだ
(魔力生成はできているんですもの)
エリック・マーシャルだって「魔力を受け取るのと同時に、生成もしているのだろう」って言っていたし、そうでなければマーシャル邸で変調が出ていたはず
(改めて教師を付ける必要なんてないわ)
やっと断る口実を見つけられたと、ほっとしたけれど
「あのときとは状況が違う。それに、問題なければ解任すれば良いだけだろう?」
真剣な顔のレオリード殿下にそう言われては、それ以上はなにも言えず
状況を知っている人たちでなければいけないからと、魔道術師団長が先生をしてくれることに
「あの、魔道術士団長はお忙しいですし・・・・・・それに、こういったことは神殿の管轄では?」
『魔力』が上手く生成できない子どもたちは神殿に預けられて、神官さまたちに教えられながら練習をするのだから、わたしのことだって神殿の役目のはず
(レザ司祭さまたちは状況も知っているし、きっと引き受けてくださるわ)
魔力の状態観察だって神官さまたちのお仕事にあるし、なにより昔から知っている人なら、余計な気を使う必要だってない
ほんの少しだけ心が軽くなるけれど
「ああ・・・・・・だが、レザ司祭たちはアランの」
「あ・・・・・・」
申し訳なさそうにレオリード殿下に言われて、軽くなった心がズンと重くなる
(そうよ、アランは・・・・・・・・)
魔力の扱いを教わる必要があるのは、アランだって同じこと
アランはこれからしばらくのあいだ神殿で暮らして、『女神の祝福』の扱いを学ぶことになっている。
(忘れていたわ)
アランから聞いていたのに、すっかり頭から抜けていた
肩を落としたわたしを、レオリード殿下が気遣うように
「総長は快く承諾してくれた。それに、オルレンもレザ司祭と協力しながら君を助ける」
「オルレンさまが?」
「ああ。これを機に魔力のことを深く学ぶのだと張り切っていた」
オルレンさまにまで迷惑を掛けることに恐縮してしまうけれど、魔術科に進学したオルレンさまにとっても勉強になるのだと言われては、断ることもできなくて
(迷惑かけてばかりね)
「万が一に備えて」と、わたし専用の魔力生成の補助の魔道具や、学園を退学しても礼儀作法や座学だけでも学べるようにと講師も手配されていて
魔力生成のための講義は二日に一度、午前中に一時間程度
そのあとは学問を教えてもらって、魔力生成のない日は代わりに礼儀作法の授業
学園と同じように、週に二日は休息日
昼食後は完全な自由時間
ただし、当分の間は毎日医師の診察を受けること
そんな、わたしの体調を優先したスケジュールが組まれていた
自由時間に関しても、出歩くつもりはなかったけど
「部屋に閉じこもりっぱなしは、身体にも良くない」
レオリード殿下に言われて、たしかに今までもお散歩はさせてもらっていたから続けることに
これまでとは違って、王宮内だけでなく王城の敷地内なら好きに散策して良いと王族用の図書館の利用まで許可されて
そうなればメイドや護衛騎士だけでなく高位貴族の方々ともすれ違うこともでてくるからか、ドレスや装飾品も用意されていた
「あの、こんな・・・・・いただけません」
用意されていたのは、クローゼットいっぱいの見るからに高級な品々
夜会用とは違って煌びやかさはないけれど、それでも十分華やかなドレスはこれまで着たことがないし、そもそもドレスの数も多すぎる
(せっかく用意してくださったけれど、こんなのもらえない!)
これまで着ていた服は、アランの側近として勤めていたときに着ていたものや、借りたものだって王宮内にあったものだと聞いている。
それに、メイドたちが着る服に似たものだったから気にせずにいられた。
だけど、これは
(わたしはあくまでも、一時的にお世話になるだけなのに・・・・・・・)
わたしが本気で困っているのが伝わったのか、キーサさんが安心させるように
「シスツィーアさまはここでお暮しになるんですもの。これくらいは普通ですわ」
「ですが!」
「王宮の品位を保つためにも、これくらいは必要です」
いつまでもみすぼらしい恰好をしていては、陛下たちに迷惑がかかる
暗にそう言われて、泣きたくなって
せめて、数を減らして欲しかったけれど
「日中のお召し替えがなくても、これでも最低数ですよ」
お洗濯するにしても、乾かすのも今までの洋服より時間がかかる
それは理解できたから諦めて受け入れるしかなかったけれど、「季節が変わったら、また作る」と言われて
申し訳なくて、また気分が重くなってしまった。
そんなふうにはじまった、新しい日常
お食事はレオリード殿下方と同じもの
お茶の時間には、パティシエさんが作ってくれたバターやクリーム、新鮮な果物たっぷりのお菓子
「今日のお茶菓子はなにに致しましょう?」と毎日リクエストを聞かれて、お任せしていたけれど
「料理人たちのためにも、ときどきはご希望をおっしゃってください」と言われて、恐縮しながら時々お願いすること
それに、少しでもメイドたちと仲良くなりたくて、お茶の時間だけはメイドたちも一緒に食べてもらうことに
サラは社交的で色々なことを知っていて、ルリも幼い弟妹がいるからか話上手で、賑やかで
さすがにお風呂は恥ずかしくて一人で入りたかったから、メイド長やキーサに頼んで、お風呂上りに髪と肌のお手入れをしてもらうことを条件に、一人で入れることになった。
メイドさんが浴室の前で待ってるから長湯はしにくいけど、毎日変わる入浴剤の香りを思い切り吸い込んで、ゆっくり足を延ばして、肩の力を抜いて
一人で過ごせる貴重な時間
あとは、寝るときも部屋の外には護衛のために騎士の方がいらっしゃる
静かにしていてもちょっとした音にも気づくから、なんだか落ち着かないし、メイドは寝るときは下がってくれるけど、日中はほとんど一緒の部屋にいて、わたしが何もしなくても良いように気を配って先回りしてやってくれて
王宮は空調管理もされてるから、お部屋のなかは快適にすごせて
わたしの希望は(あんまりないけど)、だいたいは許可されて
感覚の違いがあるから大丈夫なのか迷うことはあるけれど、本当に無理な時はメイド長やキーサから説明があると思うし、王宮で過ごすための作法やしきたりもあるけど、キーサたちがフォローしてくれるし、ここで生活する以上慣れるのは当たり前だから、みんなの迷惑にならないように率先して覚えて
面会に来る人もいないし、レオリード殿下方と時々お茶をするくらいで、煩わしいことはなにもない。
今までの生活とは、何もかもが違う
自分のことだけ考えて
自分のために、時間を使う
想像していた通り、肩身が狭くて窮屈で、気疲れのする
だけど、なにものにも煩わされることのない、穏やかで、そしてゆっくりと時間が流れる贅沢な
そんな毎日が、今のわたしの日常。
最後までお読みいただき、ありがとうございます
次話は1月19日投稿予定です。
お楽しみいただけると幸いです。