彼女のために ➀
「シスツィーアさまの体調ですが、少しよろしくないように見受けられます」
レオリードがキーサから報告を受けたのは、マーディア領へ視察に向かうアランたちが、城を発った数時間後の夕刻のこと
(まさか、アランが離れたからか!?)
すぐに思い当たるのは、シスツィーアとアランの物理的な距離が離れたこと
さぁーと、レオリードの身体から血の気が引く
焦りに支配されるように途中だった執務を放り出し、レオリードはそのまま部屋を飛び出そうとしたが
「お待ちください!」
厳しいキーサの声が部屋に響く
ビクッとレオリードの身体がすくみ、立ち止まるとキーサを振り返る
視界の端では同じようにキアルも固まっており
「まずは、少し落ち着かれませ」
キーサに座るよう手で示され、レオリードは「あ、ああ」と頷きながら、近くにあった側近用の椅子へと座る。
キーサは細めていた目を緩め
「お茶の時間に気付いたサラが尋ねたところ、「初夏の気候で疲れたのかもしれない」と頷かれたそうです」
先ほどとは打って変わって柔らかなキーサの声音に、レオリードはほんの少し理性を取り戻す
「そう、なのか」
「午前中はいつもとお変わりありませんでした。また、お茶の時間はお庭でお過ごしでしたので、まだ雨も上がったばかりですし、そのようなこともあり得るかと」
お茶の時間を共にするのは歳の近い者が良いだろうと、そして若い者たちが話しやすいようにキーサが同席することは少ない。だから、キーサもルリから報告があるまで、シスツィーアのことに気が付かなかったそうだ。
「まあ、たしかに外はちょっとダルいよな。空気が重いって言うか」
湿り気のある空気がまとわりつくような、すっきりしない気候は、キアルであっても身体が重く感じるのだろう。
(たしかに、見送りのときにオレもそう感じた)
シグルドたちと出発前に言葉を交わした際、たしかに少し蒸すと言うか、じとっとする空気だったと思い出す。
(関係ないのか?)
ゆるゆると、レオリードの肩から力が抜けていく
(気を抜くことはできない)
だが、心から焦りは消えていく
「ええ。お茶やお菓子は召し上がったと聞いておりますので、ひとまずは様子見でよろしいかと」
「だな。シスツィーア嬢、今はどうしてる?」
「お夕食を召し上がったあとは、早々にお休みになると伺っております」
「じゃ、とりあえず、今日はこのまま休んでもらって、レオンは明日会いに行けよ。キーサもそれなら良いよな?」
「はい。それと、魔道術師団長も陛下とともに視察に向かわれたと聞き及んでおりますが」
「ああ。アランに同行すると・・・・・・ああ、彼女に説明しなければ」
今回の視察に『女神像』の異変を調べることが含まれているからと、急遽、魔道術師団長も同行することになった。だが、騎士団長はともかく魔道術師団長の同行はアラン同様機密扱い。『女神像』の異変が意図的だったときのことを考慮して、秘密裏に確認するためだ。
「魔道術師団長は、彼女になんと?」
「本日朝から来られましたが「陛下不在の折はなにかと忙しなく、来れるかわからない」と言っておられました」
「投げたな」
苦笑混じりのキーサに、キアルが呆れながら肩を竦める。
魔道術師団長のパーヴィス・リドファルドは隠し事が苦手なのか、レオリードが知る限りこういったときは適当にしか誤魔化さない、いや誤魔化せないのだ。
「あれで良く『魔道術師団長』が務まってるよなー」
適当にあしらうくらいはできるが嘘や誤魔化しが苦手なのは、たしかに『長』のつく者としては致命的かもしれない。
だが、裏表のない分、信用が置けるとも言えるし、レオリードは彼のそういったところが嫌いではない。
もっとも、こういった彼の隠れた性格もシスツィーアがいなければ知ることもなかっただろう。
レオリードの心に複雑な思いが沸き上がるが、ゆっくりと蓋を閉め
「下手なことを言って、心配をかけるより良いだろう」
レオリードが一番に考えるのは、シスツィーアの平穏
(彼女の心を乱すことはしたくない)
だから、魔道術師団長の誤魔化し方に異論はないが、キーサはそうではないらしく不満そうな雰囲気を醸し出している。
「シスツィーアさまも「わたしのことは気にしないでください」と仰ってましたが、そう言うわけには参りません。レオリード殿下、レザ侯爵令息のお姿が見えませんが」
「オルレンは、もう少ししたら来るはずだ」
レオリードの友人で側近でもあるオルレン・レザ。いまこの場にいておかしくないのだが、オルレンは学園卒業後、魔術科へ進学しており、いまは授業を優先して王城へは毎日来ることはない。
それでも、魔道術師団長の不在時にはシスツィーアの講師を勤めることになっているし、昨日正式に魔道術師団長が視察に向かうとレオリードが知らされたときにも同席していた。
「魔道術師団長がご不在のあいだ、シスツィーアさまのところへはいらしてくださるのでしょうか?」
「ああ。その辺りの話し合いは済んでいるはずだ」
レオリードの言葉にキーサがほっとし、すぐにやって来たオルレンからも
「ご安心ください。総長との打ち合わせは滞りなく終わっております」
にこりと微笑まれて、レオリードも安心した
はず、だった
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