プロローグ さよならははじまりから
ピ・・・・・ピ・・・・・ピ・・・・・
あたたかな春の陽射しが降りそそぎ、柔らかな空気に包まれた部屋
少しだけ開かれた窓からは、眠気を誘うような優しい風が吹いて、どこからか甘い香りも運んできて
そんな穏やかで心地の良い部屋に、不似合いな規則正しい機械音が響く。
体内にある魔力残量を測る装置
機器の示す色は『黄色』
危篤状態であることを示しているが、だがそれも、瀕死を示す『赤』にいつ変わってもおかしくはない
そんな、極限状態にいるのは一人の女性。
艶のない白っぽい金色の髪がベッドへ広がり、こけた頬や痩せ細った手足は見る者の心を締め付け、痛ましい気持ちにさせるのに、眠る顔はひどく穏やかで
付けられた機器が、微かに上下する胸が、まだ彼女が生きていると、そう証明していて
それが一層、ここにいる者の心を抉る。
「あと・・・・・どれくらい?」
「解りませんわ。ですが、明日を迎えることは、難しいかと」
機器を見ながら淡々と答える女性医師リーリアは、ベッドに横たわる女性の主治医。
この状態になってから、いや、なる前から、リーリアは彼女から話を聞いていたらしく、動じる気配はない。
「間に合うかな?」
「なんとも言えませんわ」
ベッドサイドに腰掛けるのは、ベッドに横たわる女性と同じ白っぽい金色の髪と、湖のような瞳の色の中性的な顔立ちの男性。
そっと眠る女性の頬に手を伸ばし、その冷たさに瞳を揺らして唇を噛む。
男性の名はアランディール・フォーレスト
この国の王子だ。
「ごめん。少し外の空気、吸ってくる」
耐えられずに窓から外に出て、木陰に置かれたベンチへ腰掛ける。
春の陽気な陽射しを樹々が遮り、ゆったりと寛げるように設計されたベンチは、座るとひんやりとして
あまり外へ出ることのない彼女のために造られた花壇では、国内外から取り寄せた、柔らかな色の花々が植えられて、大きく膨らんだ蕾が開花のときを待っていた。
かさっ
小さな音を立てて、アランは自身に宛てられた手紙を開く。
『アランへ』
そう書き出された手紙は、見慣れた筆跡で書かれてはいるものの、その筆圧は弱く紙の上を滑るように書かれていた。
「っ!」
手紙を読み返したアランは、くしゃりと握りしめて、懸命に泣くのを堪える。
この手紙を受け取ったのは、起きて身支度を済ませたころ。
珍しく朝から私室を訪れたメイド長に、彼女の状態を知らされると同時に、1冊の日記と共に渡された。
日記と言っても、アランには読むことができない
見慣れない、この国、いや、この世界以外の文字で書かれたそれは、いつかそう遠くない未来に、この国を訪れるであろう者に向けられたもので、アランはただ託されただけだ。
ぱらりと捲っても、内容は解らない。
ぎゅっと日記を握りしめて、書かれているであろう内容に想いを馳せる。
「・・・・・ばか」
小さく呟くと、先ほどの部屋へと視線を向ける。
リーリアが機器の前に座っていることから、状態は一定を保っているのだと、そう考えて
ベンチへ深く腰掛けて、背を預けて、目を瞑る。
(・・・こんなこと・・・だれも・・・)
望んでいない
そう考えて、「違う」と
ほかでもない、彼女がそれを望んでいるのだと
そう突きつけられて
受け入れることのできない現実に、胸が締め付けられ
やるせない気持ちで、そっと息を吐き
静かに目を開けて、また日記をぱらりと捲って
日付だけは、この国の文字で書かれているので、いつから書かれたものなのか、思い出す。
最初の日付は、『セフィリスト歴×××年××月××日』
今から2年前
アランにとっても忘れることのできない
彼女とわかれた日、だった。
初春のお慶び申し上げます
新年がみなさまにとって 素晴らしい一年でありますよう 心からお祈りいたします
この物語に興味を持ってくださり、また、最後までお読みくださり、ありがとうございます。
ゆっくりのんびりの更新ですが、次話もお楽しみいただけると幸いです。