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魔女は一本の幸せ屋  作者: キオ


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灰の花嫁 6

 翌日、『エイヴァリーの花束屋』の扉が叩かれた。包装をしていたら気付けないようなとても控えめな音だった。


 花屋の忙しさは開店から昼までがピークになる。根を失った花の美しさは長くない。誰かに贈る花も、どこかに添える花も、花弁が生きた朝のうちに買っていく人が多い。


 昨日、頃合いを見て店に呼びに来る、と幸せ屋は言った。


 エプロンを解き、「ちょっと待って」と言って扉を開けた。しかし出迎えたのは幸せ屋ではなかった。いや、玄関先には人っ子ひとりも見当たらなかった。


「なぁん」


 代わりに一匹の黒猫が行儀良く座っていた。


 彼、もしくは彼女かもしれないが、なんとなくミリアはその黒猫が女の子な気がした。


 ミリアは膝を折って彼女に目線を近づけた。黒猫はじぃっとミリアを見つめる。何かを見定めるような張り詰めた視線だった。


 黒猫にあまりいい噂は聞かない。悪運を連れてくるとか、魔女の使いとか。

 思い当たる節のない心当たりを探すミリアだったが、見つけるには及ばなかった。


 やがて黒猫は尾を立たせ、ミリアにすり寄ってきた。顔を上げて撫でるよう催促してくるので、触ってあげるとゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らした。


 喉元、お腹まで撫でられてようやく、黒猫は急に思い出したようにピンと耳を立てて玄関先まで走っていった。


 通りに出て、ミリアを振り返ってくる。

 ついて来るのを待っているようだった。


「もしかして、幸せ屋の使い魔さん?」


 その名前を言うと、途端に黒猫は嫌そうな顔をした。少なくとも、ただの偶然で懐かれているわけではないらしい。


 ミリアはエプロンを脱ぎ、その後を追った。




 黒猫に招かれたのは、苔むした修道院の裏庭だった。草花は散り、土はまだ少し湿っていた。修道院の影が裏庭をちょうど半分に日向と日陰に色分けし、皆暖かさを求めて日向の下に集まっていた。


「こんにちは、ミリアさん」


 そこには幸せ屋と、


「みんなでお待ちしてましたよ」


 たくさんの猫がいた。


 三毛猫、茶トラ猫、黒猫。大きなもの、小さなもの、まだ耳も立たぬ子猫まで。見つかるや否やミリアの足元に集まって、喉を鳴らしながら身体を擦り寄せてくる。毛並みは柔らかく、太陽の匂いがした。


「ちょっと……待って、待ってってば」


「甘い花の匂いがするミリアさんは大人気みたいですね」


 煉瓦の壁で行き止まりになっている裏庭に逃げ場はなかった。最初は戸惑いを見せるミリアだったが、彼らに悪意がないことはすぐに気付いたようで、肩に飛び乗られたり、ワンピースに飛びつかれたり、揉みくちゃにされたりするのを半ば諦めるように受け入れた。


 一方、裏庭の出入り口ではさっきの黒猫が遠くからミリアを眺めていた。


 濡れた土の上に倒れ込むミリアを見て、それから、誰一人相手がいなくなった幸せ屋を見る。


「お使い、ご苦労さまでした」


 そう微笑まれると、黒猫はぷいとそっぽを向いた。

 そしてまたミリアに撫でられに走っていった。


 しばらくして、座るミリアの周りにはそれぞれ猫たちが居場所を見つけ身体を丸くしていた。

 今は三毛の子供を撫でるミリアの横で、寂しそうに幸せ屋は一人で座っている。


「これもあなたの魔法の力なの?」


「どうでしょう。偶然の偶然かもしれませんし、偶然じゃない偶然かもしれません。そればかりはわたしにも分からないんです」


「その頬の傷は?」


「先ほど黒猫さんに引っかかれてしまいまして。わたしはどうも、猫には好かれない体質のようです」


 好む好まないの程度ではないくらいの猫たちの態度ではあるが、果たして、誰も知り得る真実ではない。


 隣の灰色の猫が大きなあくびをした。するとつられるように何匹かの猫もあくびで大きく口を開けた。


「ふふっ、猫も伝染るのね」


 ミリアの横で、幸せ屋は静かに微笑む。


「アニマルセラピー、と呼ばれる療法があるみたいです。動物と触れ合うことで気が落ち着いたり、心の負担が減ったりするとか。それにしても、ずいぶん慣れていますね。猫がお好きだったんですか?」


「そんなことないわ。動物と関わったことなんてなかったくらい。街で犬や猫とすれ違うことはあったけど、誰も遠くから様子を窺ってくるだけで近づいてはこなかったわ」


 四六時中自分が辛気臭い顔をしているからだろうと思っていたし、近づいて嫌そうな顔をされて、答えを知るのはもっと嫌だったから、無意識に遠ざけていたのだと思う。


「でも、こうも気を許されちゃうとそんなこと思えなくなっちゃった。心から信頼されてるってわかるの。どうしてかは分からないけど……なんだか言ってて恥ずかしいわね」


「動物とはそういう生き物です。裏表がなく、それゆえに優しさには優しさで返してくれます。ミリアさんは優しい人ですから、みんな信じられるんです」


 そう、とミリアは呟いた。

 それから猫を代わり代わり撫で、少し眠り、遊び回って夕暮れを迎えた。

 猫はそれぞれ寝床に散り、ミリアが花屋に戻ると、黒猫が毛繕いをして待っていた。


「なぁん」


「ごめんね。家でもお店でも君は飼えないわ」


「なん……」


「だからまた明日も、今日と同じ時間にいらっしゃい。一緒に休憩しましょう」

 

 

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