灰の花嫁 1
冬の街には霧雨が降っていた。石畳の上に滲んだガス灯の光をぼんやりと夜の世界を溶かしている。
花屋の仕事帰りに新聞を見に広場に立ち寄るのがミリアの日課だった。
『石炭供給に危機迫る!』
広場の掲示板に貼り出された新聞に大きな見出しが踊っている。読みたいと思える知らせではなかった。仕事の疲れが色濃いミリアの顔がさらに曇ってみせる。
技術革命の熱はこの街にも及び、炭鉱労働者の需要は日ごとに増していた。この街でもっとも必要とされている仕事で、最も危険な仕事。彼女の夫のカイもまた炭鉱で働いていた、腕のいい鉱夫だった。危険な坑道にも嫁のためだといって恐れず入って行った。家に帰れば、いつも真っ黒な手でミリアの頬に触れてきた。
いつも嫌だったのに、今ではそれすらも愛おしい。
同い年の青年で、穏やかな笑顔と逞しい背中を持ち、ミリアの父にまっすぐ頭を下げて求婚した男。日曜には彼女の手作りのスープを美味しそうに飲み、昼下がりに背中を丸めてうたた寝していた。
街で掘った石炭は工場に運ばれて昼も夜も煙を吐き、汽車に鉄路を走らせ、人々が豊かさを夢見るその裏で、炭鉱夫たちは日々命と引き換えに石炭を掘っていた。
そしてカイは一年前に亡くなった。炭鉱が崩れたのだ。いつも通り白い歯を見せて笑って家を出て、帰らなかった。
今でもずっと彼のことを忘れられないでいる。明日だってデートだというのに、きっとまたうまくいかないだろう。
周囲は「そろそろ幸せになってもいいじゃないか」と言う。まるで自分が幸せになりたくないと思っているかのように。
母だって懲りもせず、友人知人の息子を次々と紹介してくる。
だが心は揺れなかった。無理やりゆすっても、揺れるフリすらできなかった。
ふとした瞬間にカイのことを思い出す。
駅前の蒸気機関車の音。石炭を積んだ荷車。炭の匂い。木漏れ日。日曜の午後。
その全てに彼の声が、ぬくもりが、記憶が重なった。
新しい恋に目を向けようとすればするほど、彼の影が色濃くなる。微笑もうとするたびに、心が罪悪感で張り裂けそうになる。
ため息が出る。帰ってもどうせ眠れない。ひどい顔を見せるなら、いっそ約束を破ってしまいたい。
新聞から顔を背けようとしたとき、一枚の小さな貼り出しが目に入った。
『あなたに一本の幸せをお届けします』




