過去の亡霊再び
貴族にもいろいろとある。ほら、清廉潔白な奴だっていれば、後ろ暗いこといっぱいしてる奴だっている。
だいたい、清廉潔白な奴は、貧乏だったり、だけど、妙に人に好かれたりするんだよな。
逆に、後ろ暗いこといっぱいしてる奴って、金持ちで、妙に人がいい奴を側に置きたがる。
そういう傾向をいっぱい見ていた俺自身は、貧民だから、後ろ暗いこともいっぱいやったし、今も、小金稼ぎにやっていたりする。俺自身は、身の程をしっかりとわきまえて、路地裏でくすぶっていたいんだ。
なのに、ちょっと貴族の娘を助けたばかりに、俺はちょっと気難しい馬に乗って、貴族の馬車の護衛なんかやっている。おっかしーなー、俺の人生設計に、こういうのはないな。いや、過去にも、こんなことしなかったよ。護衛ったって、物陰とか人ごみに紛れてとか、そういうのだよ。こんな立派なナリで、日の当たる場所でやることじゃないな。
馬車の窓からは、可愛らしい令嬢が俺のことをきらっきらと目を輝かせて見上げている。
「ロイド様、疲れませんか? 一緒に馬車で休みましょう。ほら、席、空いています!!」
「そこ、男爵が座る席だよ!!」
ついつい、声を大にして叫んでしまう。お前、俺を殺す気か!?
年取って出来た末娘サリーのことを物凄く溺愛している男爵はというと、馬車を挟んで俺とは反対側に、これまた気難しい馬に乗って嘆いていた。きっと、逆の窓からは、男爵夫人アッシャーが慰めてるんだろうな。
馬車、まあまあの大きさであるが、しっかり鍛えた俺や男爵マイツナイトが座るには、ちょっと狭い。貴族の女は細いから、女二人なら、問題なく並んで座れるが、男はやっぱり一人が限界だな。かといって、俺がお嬢さんサリーの隣りに座ろうものなら、男爵マイツナイトが激怒するな。その場で、剣を突きつけられるよ。
女はませている。父親離れも早いものだ。齢十歳といえども、立派な女である。サリーは父親マイツナイトの嘆きなんて気にしない。俺だけを真っすぐ見上げてくる。その情熱、眩しいよ!!
どこが気に入ったのやら。俺は呆れるやら、何やら、いっぱいいっぱいである。
本当に気まぐれである。まあ、貧民として、平穏無事に過ごしたくて、誘拐途中の男爵令嬢サリーを助けたのだ。助けた当時、サリーが男爵令嬢だなんてわからなかった。ただ、身なりがしっかりしていたのだ。随分と金をかけた身なりに、後から大変になると読んだ俺は、サリーを助けたのだ。
その時、何が起こったのか、サリーに結婚を申し込まれた。あの時、さっさと逃げればよかったんだよな。逃げなかった俺も悪い。
結局、サリーを助けたから、という理由で食事に招待され、それから、情けでサリーの護衛を頼まれ、として、王都に連れて行かれて、また、大変なこととなったわけである。俺、何か悪いことしたか? いや、王都では、悪いことしちゃったな。昔、兄弟喧嘩の末、長兄を殺しかけたからな。
立派な舞踏会デビューしたというのに、サリーはどうしても俺と結婚したい、と自らの顔に酷い傷を作ったり、ともかく手がつけられない女である。さすがに俺はうんざりして、逃げようとしたのだが、サリーの兄に頭を下げられ、仕方なく、まだ、サリーの側で護衛をしている。
俺はサリーの顔をじっと見下ろす。サリー自身の手で傷つけられた顔は綺麗に治っている。俺が持っていた妖精の万能薬によって、顔の傷は綺麗に治った。だが、さすがに切り刻んだ髪までは元に戻せなかったな。どうにか、令嬢としては問題ないふうに整えてやったが、それでも、しばらくは、茶会とか、貴族の付き合いには出せない。
舞踏会でも、ちょっと騒ぎを起こしてしまったが、それ以前に、サリーの父親は特殊な存在だ。今でこそ男爵であるが、元は歴史ある侯爵家の当主だ。過去、身内の不祥事により、爵位を返上したのだが、皇帝の覚えが目出度かったということで、侯爵位を戻されたのだ。結果、サリーの兄が侯爵位を継ぎ、残った男爵はサリーの父マイツナイトが保持したままである。男爵といっても、妻アッシャーの持ち物である。その男爵位も、金で買ったという話だ。邪魔そうな男爵位、さっさと返上して、息子に老後の面倒をみてもらえばいいというのに、今だに現役とばかりに働くマイツナイト。
こういう特殊な血筋である。サリーも舞踏会に出たということで、きっと、茶会の招待状がいっぱい来てるだろうな。サリー、行動は過激であるが、立派な血筋だ。貴族の女は結婚が仕事みたいなものだ。それなりの年齢になれば、俺のことなんか忘れて、貴族の義務というものを全うするだろう。
俺はもう、気長にサリーが飽きるのを待つことに決めた。だから、大人しく護衛についている。ほら、ちょっとした火傷みたいなものだよ。俺みたいな男、物珍しいから。
会話なくても、サリーは俺のことを眺めている。そういう平和な光景を俺も眺めつつ、溜息をついた。
「またか」
本日、二つ目の団体様だな。俺が剣を抜き放つと、他の護衛たちも慌てて剣を構えた。
街からそれなりに離れて、ちょっと隠れる場所が多くなってきたな、という頃に出てくるのが、野党だったりするのだ。
そして、行く先で、それはそれは汚い恰好をした男どもが飛び出して、手入れの行き届いていない武器を構えた。
「動く……」
そんな前口上なんか聞いてやらないのが俺である。さっさと乗っていた馬で、叫ぶ男を踏みつけてやる。
それを合図に左右からも汚い恰好の男どもが飛び出してきたが、訓練をされた騎士たちの敵ではない。
あっという間に、汚い恰好をした男たちの死屍累々が積み重なることとなった。生き残っているのは、俺が馬で踏みつけた男のみである。その男も、馬に踏まれたのだから、脇腹に穴があいて、虫の息である。
「また、情報を持っていそうな奴の息の根を」
「すんません」
男爵マイツナイトに俺は叱られる。えー、護衛なんだから、守ればいいだけじゃん。向かってくる敵なんて、全部、殺せばいいのに。
心の中で思っていて、口には出さない。こう言って、マイツナイトに拳骨を食らわされた。
「相手が貴族ならば、貴族でなくせるだろう!!」
さすが貴族様、えぐいこと考えているな。その日暮らしの貧民では、そんなこと、考えもしないよ。まずは、命大事に、だよ。
貴族同士の足の引っ張りあいなんかどうだっていいから、叱られても、やっぱり殺しちゃうのだ。
虫の息の男を見下ろす。何か必死に訴えているなー。命乞いをしたいのか、何か願いを託したいか、叫びたいだけか、どれかだ。
「悪いな。俺自身で手一杯なんだよ」
俺は容赦なく、その男にトドメをさした。
こんな襲撃を何度も受けて、どうにか男爵の邸宅に戻った。
「これまでで、一番、収穫のない移動だな」
何故か、男爵マイツナイトから俺が睨まれる。俺は悪くない。きちんと護衛したじゃん。
俺は気難しい馬と無言の会話を交わして、そのまま厩舎に逃げ込もうとした。
「ロイド様、お庭でお茶を飲みましょう!!」
「こら、馬の側で大きな声を出すんじゃない」
遅かった。サリーの声で機嫌を悪くした馬は、俺の肩をがぶっと噛んできた。痛い程度だけどね。昔、気性の荒い馬に噛まれた所だよ。古傷が痛む。
「もう、ロイド様を噛んではいけません!!」
「お願いだから、ちょっと距離とろうか」
馬はサリーにまで攻撃しそうだ。俺はサリーを離そうとした。
結果、俺から離れたのは、機嫌が悪くなった馬である。使用人が俺の手から馬の手綱を奪っていったんだ。あー、それ、俺の仕事なのにー。
「ロイド様、美味しいお菓子もありますよ」
「まずは、旅の汚れをとってきなさい」
だが、俺だって、ただ振り回されているばかりではない。戻ってきたんだから、男爵令嬢も身なり、しっかりとしようね。
「ロイド様も、綺麗になりましょう。そうだ。新しい服を作りましょう!!」
「いらないよ!! そんなのことよりも、着てた服、返せよ!!! あれも、大事なんだよ!!!」
サリー、止めないと、どんどんと俺を囲ってくるよ。ただの貴族令嬢のくせに、妖精憑きばりに、俺を囲もうとするな、この子!?
身近に妖精憑きがいるから、サリーを妖精憑きと勘違いしそうになる。幸い、ただの人なので、サリー自身でやるわけではない。貴族だから、金と権力だ。
妖精憑きだと、自らで全て、行うんだよ。口に入る食べ物から、身に着けている服、体についた汚れ一つも妖精憑きが管理する。それが妖精憑きの通常運転なのだ。気に入った存在には、妖精憑きは尽くし、何もかも捧げるのだ。そうして、内も外も囲うのだ。
俺もある意味、囲われていたんだ。次兄が妖精憑きだ。家族だからと、口に入るものから、身に着ける服まで、全て、次兄が手がけていた。次兄は仕方なく、と口では言っているが、家族のために、そこまでするのは異常なんだ。生まれ育った王都の貧民街を追い出されて、なんとなく生活して、俺も気づく。そして、密かに泣いた。
俺の叫びに、使用人たちが気まずい、みたいに顔を背ける。そうだよ、お前らが取り上げた、あの汚い服は、次兄のお手製だ。大事な服なんだ。
「もう、あの服は諦めなさい。あまりに傷みが酷くて、とても着れたものじゃない」
仕方なく、男爵マイツナイトが間に入ってきた。そして、俺が着ている服をじっと見る。
「貴様が着ている服だって、いい素材だぞ。私のお古だがな」
「ボロボロでもいいから、返してくれ。大事な服だ。持っていたい」
「わかったから、大人しく、私の古い服を着ていなさい」
「いや、普通の平民様が着るような服を買ってくる。ほら、護衛の金、いますぐよこせ」
いつまでも囲われてたまるものか。衣食住を囲われて、そのまま、有耶無耶にされてはたまったものではない。
手を出して、護衛の報酬を男爵マイツナイトに要求してやる。このまま、金持って、とんずらするのもいいな、なんて考えた。よし、買い物行くと言って、そのまま消えよう。
貧民相手といえども、きちんと報酬を用意させていた男爵マイツナイトが手をあげると、執事が金が入った袋を持ってくる。
「ちょっと、多くない?」
予想とは違う。
「きちんと契約書を交わした金額だ」
「あれ、冗談かと思っていた」
恐る恐ると受け取る俺。このまま、泥棒として切り殺されないだろうか、と周囲を警戒する。実際、そういうこと、あったんだ。返り討ちにしてやったけど。
「私の古い服はそのまま着ていればいい。本当に、私と同じだな。背丈から、体格まで。驚いた。私服、買う必要はない」
「イヤだよ!!」
「動きやすいだろう」
「………」
否定できない。男爵マイツナイトの私服は、盗賊の奇襲を受けた時も、とても動きやすい作りをしていた。お陰で、防具をつけていない俺と男爵マイツナイトが狙われたんだけどな。
「囮役をやってくれたんだ。今後も頼む」
俺の企みは全て、マイツナイトに読まれていた。本当に、この男には気を付けよう。
俺が当然のように報酬を受け取るのを男爵家の私設騎士団は睨んでいたが、マイツナイトの話を聞いて、気まずく目を反らす。騎士たちは皆、きっちり防具を身に着けてである。盗賊とかは、絶対に騎士たちを狙わない。
「今後も頼むって、そんなつもりでやってたわけじゃない。あんな防具、つけてたら、動きが鈍くなる。気にしすぎだ」
一応、否定しておく。囮役になりたくてなったわけではない。動きを身軽にするためである。貧民だから、防具をつけての訓練なんかしない。逆に、防具は邪魔なだけだ。
結局、逃げれなかった俺は、与えられた部屋に戻ることとなった。そうしないと、お嬢さんサリーが男爵家の屋敷に入ろうとしないからだ。俺は仕方なく、サリーを部屋までエスコートして、やっと、自由になった。
俺は結局、護衛を継続中である。屋敷の中でも、サリーの私室の隣りだ。
受け取った報酬を適当な場所に放り出す。このままなくなったって、俺は困らない。貧民なんだ、こんな金の使い道、思いつかない。平民だって、ちょっといい服を買うか、ちょっといい食事をするか、である。それでも、全然、減らないのだ。
しばらく、周囲を警戒して、俺は片目に装着した妖精の目を発動させた。ほら、与えられた部屋に何をされているかわからないから。
妖精の目とは、ただの人の妖精憑きの力を与える、帝国が作り出した魔道具だ。元々は、力の足りない妖精憑きにつけることで、妖精憑きの力を底上げするための魔道具なのだが、ただの人にも使えるのだ。
ただし、才能がないと、妖精の目の力に耐えられず、廃人となる。
妖精憑きというものは、生まれながらの才能の化け物である。その才能は、妖精から与えられる情報を処理するためのものだ。そんな情報を処理する能力をただの人は持っていない。だから、才能のないただの人は、妖精から与えられる情報を処理できず、廃人となるのだ。
だが、俺は妖精の目を制御出来る体質だ。普段は、妖精の目は休止しているため、俺は妖精からの情報を受け取ることはない、ただの人として過ごしている。俺は妖精憑きの力を必要だと思う時に、妖精の目を発動させていた。お陰で、俺の負担は最低限である。
ただし、妖精の目を休止していると、俺の片目は何も見えない。妖精の目を発動させている時は、きちんと目としても動いているのだが、休止させると、ついでに目としても使えなくなるので、片目が不自由になるのだ。
妖精の目を発動させると、俺の視界は野良の妖精を視認する。野良の妖精たちは、部屋には数えるほどしかいなかったというのに、俺の妖精の目が発動したとわかるなり、外からどんどんと部屋にやってくる。
『ロイド、来たのね!!』
『お話、聞いて!!』
『やだ、血の臭いがするわ』
『また、無茶して。俺たちを使えば、怪我することなんかないのにな』
どっと俺に話しかけてくる野良の妖精たち。
「もう、煩いな!! そういう話は夜にしろ、夜。寝てる時に、いっぱい聞いてやる。そんなことよりも、この部屋は大丈夫なのか? 俺を陥れるような物、ないよな」
野良の妖精たちは話したいばかりだが、俺が知りたいのは、そういうことではない。
王都の侯爵家に行った時も、色々とやられたんだ。俺が与えられたのは屋敷の離れである。そこには、ないはずの毒の瓶があった。もちろん、野良の妖精たちにお願いして、元の持ち主に返したよ。見覚えのない貴重品もそうだ。全て、野良の妖精たちが、元の持ち主に返してもらった。その後、妖精の復讐を受けていたが、俺は知らん。陥れようとしたんだから、陥れられる覚悟を持たなければならない。
部屋で過ごしていた野良の妖精たちが、我先に、と俺の元にやってくる。
『まだ、何もされていないよ!』
『ほら、ロイドの部屋、どこか決まっていなかったから』
『きちんと監視しておくね』
『何かしよう、て悪だくみしてる奴がいるよ!!』
『僕たちが、悪戯してあげるよ』
ついでに、まだ起こってもいない悪だくみの密告である。本当に、油断も隙もないな!!
男爵にいる使用人たち、家臣たち、騎士たちだけではない。目に見えない野良の妖精たちは、油断すると、恥ずかしいとこまで見られちゃうんだよ。
俺の体質は、夜、寝ている間はなくなる。寝ていると、妖精の目が勝手に動き出すのだ。俺は半分、寝ていながら、野良の妖精たちの話を朝まで聞くこととなるのだ。妖精たちはおしゃべりだ。ともかく聞いてもらうだけで満足する。お陰で、俺は色々と知っている。
「しばらくは、何もしなくていい」
『まあ、ロイドったら、優しいのね』
「なんでアンタはいるんだよ!?」
野良の妖精の中に、俺の中では思い出深い女の幽霊が混ざった。
見た目は、次兄によく似ている。にこにこと笑って、俺の側に抱きつくようにぴったりとくっついてきた。
「天に上ったんじゃないのかよ、お袋!!」
そう、侯爵家の庭から追い出したはずの母サツキの幽霊が、俺にくっついているのだ。
『出て行ったじゃない』
「そうだけど!!」
確かにそうだ。俺は侯爵家の邸宅から出て行け、と言った。
『その妖精の目の使い心地はどう? ちょっと壊れていたから、直してあげたの』
「余計なことするなよ!! 馴れるのに、大変だったんだからな」
本当に、女って、怖いよ。
侯爵家の邸宅から追い出した幽霊サツキは、何を思ったのか、俺に憑いてきたのだ。しかも、サツキの姿、男爵令嬢サリーすら見えないという。だから、サツキの霊が地上に居座っていると知っているのは、俺だけだ。
死んだ後、散々、俺たち家族のことを振り返らなかった母サツキ。なのに、俺に会って、色々と心配になって、側についてきたのだ。
その心配事が、俺が装着している妖精の目である。
母サツキは、俺の真正面に立って、俺の妖精の目のほうをじっと見る。
「ちょっと、近い」
次兄に似ているから、心臓に悪い。
『片目が見えない状態で生活していたなんて、危ないことをしていたのよ!! 一歩間違えれば、残った目が失明したかもしれないのだから』
「だからって、急に見えるようになったから、大変だったんだぞ!!」
俺も知らなかったことだが、俺が装着している妖精の目はちょっと壊れていたのだ。
本来、妖精の目が休止させていても、普通の目として機能するようになっているのだ。だが、そこの所に不具合があったせいで、妖精の目を休止させた時、俺は片目が見えなくなっていた。
母サツキは、本当にとんでもない女だ。妖精の目を直すために、筆頭魔法使いハガルを頼ったのだ。