久しぶりの王都
「あんたこそ、何者だよ!?」
王都に入って連れて行かれたのは、とんでもない豪邸である。そこにいるのは、立派な使用人たちに私設の騎士団と、質も規模もとんでもない。
叫んだ俺のことなんぞ無視して、男爵ナイツマイトは、豪邸の使用人に普通に馬の手綱を渡す。
「彼は、サリーの恩人だ。丁重に扱うように」
俺はさっさと馬を連れて離れて行こうとしたのに、男爵ナイツマイトに捕まった。ついでに、サリーにまでつかまったよ。
「お、俺、馬を厩舎に」
「ご一緒します!!」
「いやいや、お前は来るな。ていうか、離れろ!!」
「ご一緒します!!!」
ものすごい力だな。
長旅で疲れている気難しい気性の馬が、俺の肩を軽く噛んできやがった。もう、休みたいんだな。
結局、男爵ナイツマイトに命じられた使用人数人が、この馬の手綱を俺から奪った。馬、あんなに昼も夜も仲良くしたってのに、さっさと俺を見捨てたよ。寂しい。
「ご案内します、ロイドさま!!」
「いやいや、案内って、いらないから」
「あちらのお庭で、お茶会をするのですよ」
聞いちゃいないな!! サリーは我が家みたいに普通に庭のほうへと俺を引っ張っていく。
「いやいや、まずは、お前、この屋敷の主人に挨拶が先だろう」
「お兄様には、食事の席で会えますから」
「兄ぃいいいーーーーー!!!」
ということは、ここは、男爵マイツナイトの実家!?
いやいや、おかしいよ。マイツナイトは男爵位である。この豪邸は、見てわかるように、有力貴族だ。しかも、歴史が古そうだ。
逃げたいばかりなんだが、もう、周囲は囲まれている。俺がお嬢さんサリーに不埒なことをしないように、なんて監視がついたよ!! しないよ。むしろ、このまま逃げて消えたい!!!
ちょっとした離れがある庭に連れて来られた。いつでも小さな茶会が出来るように、机と椅子、なんと菓子まで用意されている。
「用意周到だな」
俺は椅子を引いて、サリーを座らせる。
普通にしただけだ。サリーも気にしない。だが、この豪邸の使用人たちは驚いている。俺、なんかまずいことした?
サリーは普通に座って、ニコニコと空席の向かいを見ている。
「お久しぶりです」
あ、何かいるんだな。
俺はある意味、正解なことをしたんだ。向かいの空席には、何かいるんだな。
サリーはうんうんと笑顔で頷いている。俺はサリーの後ろで護衛として立っている。そういうものなんだ。なのに、サリーは俺の腕をつかむのだ。
「そうです、この方と結婚します!!」
「しねぇよ!!」
「します!! わたくしの夫は、ロイド様と決まっています。ほら、喜んでいますよ」
「………」
誰が? 俺は残念ながら、見えない。
だけど、見える人が他にもいるのだろう。俺のことを憐憫をこめて見てきやがった。えー、妙な方法で外堀埋めるのはやめてぇー。
王都までの道中、サリーはともかくいなくなった。仕方なく、俺が見つけるのだが、いつもいうのだ。
「黒猫がこっち、と呼ぶのですよ」
この言い訳に、誰も叱ったりしない。何かあるのだろう。
そして、この豪邸の庭での見えない相手との茶会もまた、何かあるのだろう。
「サリー、やはりここにいたのか」
男爵マイツナイトに似た感じの男がやってきた。あれがサリーの兄か。見た感じ、優しそうだな。
「お兄様、お久しぶりです!!」
サリーは相手が身内だと、すぐに抱きついていく。
「こらこら、舞踏会に参加する淑女なんだ。もう、こんなことしてはいけない」
「いいではありませんか。わたくしとお兄様ですよ。そうそう、お兄様、紹介します。ロイド様です。わたくしと結婚する方です」
「しない!!」
すぐに俺は否定する。尻込みしていたら、どんどんとないような既成事実をでっちあげられちゃうよ!!
サリーの兄は、俺を頭から足まで見て、値踏みする。やっぱり、貴族だな。そういう所はきちんとしている。
「サリー、あまり父上と母上を困らせてはいけないよ」
やんわりとサリーの兄は、サリーの戯言を諭した。
途端、その場の空気が悪くなる。俺は何か危険を感じて、反射でサリーを抱き寄せて、攻撃に備えた。
何も起きなかった。いや、起きなかったわけではない。攻撃がなかっただけだ。
茶会で空席となっていた椅子が倒れたのだ。
ただそれだけで、サリーの兄は真っ青になった。見える使用人たちもまた、真っ青になって動けなくなる。
サリーは慌てて席に戻った。
「もう、お兄様ったら、妹離れが出来ていませんね。心配いりません。わたくしとロイド様の結婚は絶対です。だって、わたくしの一目惚れですもの」
「勝手に決めるな。俺はそんなつもりはないっての」
気持ち悪いので、それを誤魔化すために、俺は倒れた椅子を立たせて、元に戻した。
椅子を元の位置に戻す時、重さを感じた。見えないが、誰かが座ったのだ。
「客人に無作法をしました。ち、父上からは、聞いています」
サリーの兄は、何故か俺に向かって頭を下げる。
「いや、あんたのいうことは正しい。お嬢さん、もっと立場とか身分とか考えろ。それ以前に、言っただろう。俺は、忘れられない男がいるって」
「男!?」
驚くサリーの兄。ついでに、見るからに空席である椅子がまた倒れる。
サリーの兄は俺をサリーから押し離して、サリーを席から引っ張り離した。
「こんな男はやめなさい。醜聞まみれになる」
同意だ。俺みたいな男を婿にしちゃいけない。身分もそうだが、男に想いを寄せるような旦那はダメだよ。
貴族は足の引っ張りあいである。ちょっと汚点が見えると、それを突いてくるのだ。サリーの汚点は、サリーの兄の汚点になる。
見るからに有力貴族の当主であるサリーの兄。その双肩には、家臣やら、領民やら、そういうものの責任があるのだ。
だが、お子様サリーにはそんなこと理解していないのだろう。サリーは兄の手を払って、俺にまだ抱きついてきた。
「おいおい、きちんと立場を理解しろ!! これから、舞踏会に初参加なんだろう」
「お父様は昔、幼女趣味と新聞に書き立てられていたではないですか!?」
「そ、それは」
サリーの兄は凍り付く。ついでに、使用人たちまで、顔をおおって、俺やサリーに目をあわせようとしない。本当なのかよ!!
いやいや、新聞に書き立てられたって、やっぱり、男爵マイツナイト、元はかなりの権力者だな。でないと、新聞で喧伝されないよ。
サリーの兄、すぐに冷静になって、使用人たちを睨んだりする。
「誰から聞いた、そんな話」
そうか、サリーには内緒にしてたんだな。つまりは、話したのは、口の軽い使用人とか家臣だな。
ところが、サリー、言ってしまったあとで、気まずい、みたいに表情を強張らせる。まあ、言ったあと、大変になるよな、情報源が。
「サリー、誰から聞いたんだ」
兄といえども、有力貴族の当主である。声を低くして、厳しい表情で、再度質問する。
サリーは肩を落として、俺の腕にしがみついたまま、仕方なく、口を開いた。
「ここのお茶会で、内緒よ、と教えてもらったの。ごめんなさい、内緒なのに、言ってしまって」
「っ!?」
恐怖に表情を引きつらせるサリーの兄は、空席のはずの席を見た。
一体、何がいるのかなー? 俺は目を細めたりして見てみるが、見えない。俺は、ただの人だからなー。
「そうか、それは、仕方がないな」
情報源が、見えない何かと知ったサリーの兄は、どうすることもできない。
「サリー、他には、どんな話を聞いてる?」
恐る恐る、とサリーの兄は内緒話を聞き出そうとする。しかし、サリーはそっぽ向いてしまう。
「内緒なんです。教えません」
「お前な、内緒だというなら、墓場まで持っていけよ」
さすがに俺も口を出す。そういう情報は、サリーみたいな感情を制御出来ない子どもが持っていていいものではない。
「でも、ロイド様には教えていいって、許可がおりました」
「いらねぇよ!!」
外堀埋めるのやめてぇ!! 俺は必死になってサリーを腕から剥がそうとしたが、これがまた、びくともしない。日に日に、手ごわくなってくるな。
「ちょっと、あんた、サリーに用があるんだろう!! そうだ、男爵が呼んでるんじゃないか?」
「そ、そう、父上がお呼びだ。さあ、行こう」
「お茶会が終わっていません。終わってから行きます」
「もう、ぶち壊しだ。さっさと行け」
俺は椅子に戻ろうとするサリーを無理矢理、立たせる。
膨れるサリー。だけど、この見えない相手が何か言ったようだ。サリーはすぐに笑顔になる。
「ロイド様、今日は、そこの離れでお休みくださいね」
「さ、サリー、そこは」
「ロイド様は許されます」
「いやいや、ダメだろう。俺はお前の護衛として雇われてるんだから」
そこは仕事優先である。疲れてないし。
なのに、サリーは非力ながらも、俺を押し離した。
「今日はお休みです。お父様とお兄様が側にいるのですから、不埒なことをするような人はいません」
「まあ、いいけどな」
離れをちらっと見る。とても、俺みたいな貧民がゆっくり休むようなトコじゃないけどな。まあ、人の気配一つしないから、久しぶりにゆっくり休めそうだけど。
一晩立てば、すぐ舞踏会の準備となる。俺がやることはないなー、なんてのんびりと惰眠をむさぼっていたというのに、男爵マイツナイトに叩き起こされた。
「貴様も行くんだ」
「貧民なんだけど」
「途中までの護衛だ」
「………何かあった?」
ちょっと、男爵マイツナイトが持つ空気が柔らかい感じがする。
この豪邸に来るまでは、警戒心いっぱいで、俺のことを見ていた。なのに、今日の男爵は、もの言いたげに俺を見てくるのだ。
「居心地悪くて、気持ち悪いんだけど」
「貴様、どうして口が悪いんだ!! 私はただ、心を入れ替えてだな」
「いやいや、入れ替える以前だろう。あんたは貴族で、俺は貧民だ。しかも、あんた、元はかなり力のある有力貴族だろう。そこに、入れ替える要素なんてないよ」
身分違い過ぎだ。俺は呆れるしかない。
「今、貴様のことを洗い直している。もし、貴様の正体が、サリーのいう通りならば、私も考えねばならん」
「俺はこの仕事が終わったら、出ていくからな!!」
「居心地が悪いか?」
「そりゃ、まあ」
あの豪邸の離れで休んでいる俺は、床で寝ていた。しかも、隠れてである。離れといえども、調度品も立派である。居心地悪いに決まっている。
いつも綺麗に掃除されているのだろう。寝転がっていても、塵一つ見当たらないから、俺自身は綺麗なものだ。
「舞踏会が終わったら、話したい」
「俺は話したくない。これ以上、あのお嬢さんにも、あんたにも、関わりたくない」
「大事な話だ」
「知るか!! あんたはもっとお嬢さんを厳しく教育しろ。一目惚れだから、と貧民を婿にしようなんて、許しちゃいけないだろう」
「逃げるなよ」
「………」
相手が負けず嫌いだったら、逃げないだろうな。だが、俺は平気で逃げるんだよな。
一晩で、この離れの周囲も賑やかになった。監視がついているな。サリー、一体、どんな話をしたんだ?
監視を巻くのは簡単なんだ。が、サリーはそうではない。サリーの世界は見え方が違うのだろう。どこにいても、俺を見つけるのだ。
一晩で、俺の扱いはすっかりは変わっていた。厄介なのは変わらないけど。
俺が遅い朝食をとっている間に、貴族の皆さんの準備が終了である。俺は、ほら、護衛だから、普通の恰好でいいんだよ。
「ロイド様、馬車ではご一緒してください」
「断る!!」
サリーの兄弟姉妹とかを見て、俺は全身で拒否した。
「城までご一緒してください」
「城には入れないぞ」
まず、貧民だから、入れないんだよな。
明らかに、身分証で俺は城門辺りで排除されるのは目に見えているのだ。だから、俺を護衛として連れて行けないっての。
サリーが動かないので、仕方なく、また、俺はサリーを抱き上げ、無理矢理、馬車に乗せた。
「大人しく行ってこい。これも貴族の義務だ」
「ロイド様もご一緒してください」
「途中までな」
一応、護衛だから、仕方なく、馬に騎乗して、馬車についていくこととなる。それで、サリーはどうにか我慢した。
馬車についた家紋と見て、俺は溜息しか出ない。
男爵マイツナイトの実家は、侯爵である。しかも、かなり曰くありの侯爵家だ。それなりに詳しいヤツならば、この侯爵家には手を出したりしない。
この侯爵家、一度は爵位を返上したのである。侯爵ではなく、侯爵の両親と弟が、犯罪を侵したのだ。その責任をとって、侯爵は帝国に爵位を返上した。ところが、この豪邸と爵位を受け取った貴族は、とんでもない犯罪を侵してしまう。それを表沙汰にしたのが、爵位返上をして、妻の男爵家に婿入りしたマイツナイトである。マイツナイトは犯罪を帝国に訴えた功績で、また、この豪邸と侯爵位を取り戻したのだ。
俺は侯爵の名前は知らないが、この家紋は知っている。この侯爵家の血筋には、時々、神がかった力をもつ者が誕生するという。貴族は足の引っ張りあいが通常だが、この侯爵家には、それが通じないのだ。迂闊に手を出せば、大変になるのだ。
だから、俺は大人しく護衛になっている。それでも、隙さえ見つければ、逃げてやる。
そうして、大人しく城門まで護衛してやった。そこからは、身分証がないから、俺はさっさと追い出されると思っていたのだ。
「げ、ロイド」
身分証確認をしている最中、俺を呼ぶ奴が城内側にいた。もう、無視すればいいのにぃ。
「どうして、見つけちゃうかな、メッサ!!」
もう、叫ぶしかない。知り合い、いたよ!!
「副団長、知り合いですか?」
身分証確認していた兵士がそんなことメッサにいう。
「え、あ、うん、そうだね」
腹芸出来ないから、気まずい、みたいに目を反らして頷くメッサ。本当に、無視してくれよ、このヘタレ!!
「知り合いなのか?」
馬車から降りた男爵マイツナイトがきいてくる。
「兄貴の知り合いだよ」
「彼は、辺境の平民出の騎士だが、どういう関係だ?」
「えーと、言えない」
副団長にまで上り詰めたメッサの輝かしい未来のために、俺は沈黙する。
とても言えない。メッサ、騎士になったばかりの頃、軍部の命令で、王都の貧民街に潜入調査の任務についていたなんて、言えない。
メッサ、本当に気の毒で、すーぐ、兄貴に正体がバレて、そのまま、いいように使われてたんだよな。
結局、メッサ、王都の貧民街の支配者が皇帝襲撃をするちょっと前に、貧民街を追い出されたんだけどな。そのお陰で、メッサ、無事に騎士に戻れたのだ。
あのまま、皇帝襲撃時に貧民街にいたら、メッサは騎士に戻れなかっただろう。ほら、騎士といえども、メッサは生まれも育ちも貧乏平民である。切り捨てられる存在だ。
生涯、貧民街との繋がりなんて黙っていなきゃいけないってのに、メッサ、俺を見つけちゃって、声かけちゃうから、大変なことになっちゃうだろう!!
呆れる俺。この後、メッサがどうするか、俺はただ、見ているだけだ。メッサの失態だ。俺は知らん。
「ロイド、こっちに来てくれ」
「なんで?」
「いいから、来いって」
どうしても聞かれたくないのだろう。俺を無理矢理、城の内部に引っ張り込みやがった。逃げる機会が!!!
「ハガル様がお呼びだ」
「えー」
俺にだけ聞こえるような小声で囁くメッサ。お前も、どこまで行っても、不幸背負ってるなー。
俺がどこの誰で、どういう立場なのか、興味津々と見てくる男爵家と侯爵家。だけど、俺は心底、面倒臭そうに溜息をつくしかない。
「逃げたい」
心底、そう思う。