求められても困るよ
伯爵ブンガロと家臣たちが着替えに行っている間に、俺は適当な店で適当に食い物を買っていた。それに同伴している侯爵令嬢クララは、俺をもの言いたげに見てくる。
「言っておくが、貧民では、ああいうふうに言って、お涙頂戴するのは、普通にあったからな」
「じゃあ、ロイド様の嘘なんですね」
「俺は嘘を入ってない。そういう話を聞いてる。だいたい、俺の母親は、俺が物心つく前に死んだからな。父親は、身の上を一切、話さなかった。元騎士という話は本当だったらしく、親父のことを知って、わざわざ会いに来る奴がいたんだ」
「貧民出の騎士といったら、わたくしが知っているだけでも、たった一人ですよ!! 帝国中で知らぬ者はいません!!!」
「父親は本物かもしれないが、母親は別かもな。元貴族令嬢が、貧民の生活に耐えられるわけがないだろう」
「あなた自身の身に着けたものはどうなのですか。貴族の教育をここまで身に着けているなんて」
「親父は、貴族相手に取引することが多かったんだ。貧民だって、色々といる。いつも這いつくばった汚い仕事しているばかりじゃない。雇われて、護衛だってしたよ。騙されないために、身に着けただけだ。お陰で、俺は今も騙されない。いいか、貧民ってのは、騙されて、搾取されるのが当然なんだ。そうならないために、俺は身に着けさせられたんだ。勘違いするなよ。俺はどこまでいっても貧民なんだ」
俺は厳しいことをクララに言ってやる。貴族に囲まれているから、俺を特別に見えてしまうのだろう。
クララはそれから黙り込んだ。わからなくなったんだろう。どれが本当か。
よくある手法だ。本当のことだけ言って、肝心な真実はあえて言わない。嘘をついていないのだから、俺は悪く言われることがない。
だいたい、俺は、帝国に捕縛された時に、父親の真実を知り、王都を出奔後に、母親の真実を知った。本当に、それまで、俺は父親の素性も、母親の素性も知らなかったのだ。だから、伯爵ブンガロに言ったことも、侯爵令嬢クララに話したことも本当なんだ。肝心な真実を話していないだけである。
こうやって、あえて、伯爵ブンガロを揺さぶってやる。ブンガロが次、どう出るのか、俺は待っていた。食事に何かされないように、そこら辺の出店の持ち帰りで揃え、薬を盛られる危険を回避しつつ、他の手段を警戒した。
適当な店の場所を貸し切りにした。食事の持ち込みに色々と言われたが、皇族への食事に万が一のことがった場合、店側が大変なことになる、と説明すれば、すぐに引き下がった。ほら、万が一、皇族に出した食事に不備があった場合、その店は本当の意味でなくなる。
そういう平和的な交渉をして、人通りも多いテラスで、そこら辺の持ち帰りの食事を広げて待っていると、身なりをそれなりにした伯爵ブンガロご一行様がやってきた。
皇族セキラはお忍びなので、席順は滅茶苦茶である。机の上に広げられる食事だって、それなりのものから、ゲテモノまで色々だ。何故か、ゲテモノは俺の前に集められた。食べるけど。
それぞれ席につけば、勝手に食事が始まる。伯爵ブンガロは、俺が平然とゲテモノを食べているのに、表情を強張らせる。もう、俺がどこの誰かなんて、どうでもよくなったな。
「ロイドは、よくもまあ、そんなものを食べるね」
「こういうのが、効率的に栄養とれるんだよ。よく、売れ残ったから、とタダでくれたな。作って売らなきゃいいだろう、て言ったら、これ、順番でやることが決まってんだってな。金にはならないが、観光だから、必要なんだって」
「君は、ここに来たのは初めてなんじゃ」
「俺は一時期、旅人をしていたから、帝国中、色々と回ってたんだ。ここにも、一か月くらいは滞在してたな」
「旅人って」
「貧民はよく入れ替わるというが、そういう意味もある。同じトコに居座っていられなくて、また、別のトコに移動するんだ。責任も何もないからな」
「それでは、家族は」
「俺は兄弟姉妹はいるが、それだけだ。あんたは?」
「私は………養女だが、一人いる」
知ってた!! 伯爵ブンガロのことは、色々と調べたんだ。結婚していないが、遠縁から優秀な養女を迎えている。
「ブンガロも、養子だな。何故、結婚して、子を為さない?」
皇族セキラは、あえて伯爵ブンガロの身の上の疑問点を口にする。
「いけませんか?」
「皇族では、許されないことだな」
羨ましそうに見るセキラ。ほら、皇族は血筋を残すことが重要なんだ。その血筋で、帝国最強の妖精憑きを支配するのだ。だから、結婚して、子を為さないといけない。
皇族の事情をなんとなく読んだブンガロは苦笑する。
「私は、子が為せないんです。だから、養女をとりました」
「病気か何かか?」
「そうですね」
言葉を濁すブンガロ。これには、おかしな物を誰もが感じただろう。やめてあげようよ、男性機能が不能だったら、可哀想だよ!!
別の疑問はあるけどな。何故、ブンガロを養子として引き取ったか、というところ。
ブンガロは、一応、伯爵家の血筋である。先代当主が、どこかの女との間に出来た隠し子だという。本来であれば、ブンガロは貴族の子どもとして育てられるが、成人したら、平民として生きるはずなのだ。だが、何故か、先代当主の娘がブンガロを養子にした。母親の違う、歳の離れた弟を養子にするのは、しかし、よくある話である。どうしても、男子を跡継ぎにしたかったのだろう。隠し子のままでは体裁が悪いので、あえて、娘の養子にして、正妻の娘からも了承を得た、という形にしたのだろう。正妻の娘、結婚はしたんだが、男子に恵まれなかった。
そういう裏事情を予想して、皆、これ以上、ブンガロの養子のことを問い詰めなかった。気の毒になったんだな。
「そうだ、良かったら、ロイド様、我が家の婿養子になりませんか?」
「ダメです!!」
ブンガロ、軽い提案なんだが、即、お嬢さんサリーが反応した。俺の隣りなので、サリーは俺の腕にしがみつく。
「ロイド様と結婚するのはわたくしです!!」
「ロイドには、ボクの護衛をしてもらうんだ!!」
「しないよ!!!」
どさくさに紛れて、皇族セキラまで、とんでもないことを言ってくるので、俺は全力で拒否してやる。
「どうして!? ボクの護衛になってくれれば、ボクは城から逃げられるのに!!」
「なんだそれは!?」
セキラ、とんでもない妄想を抱いているな。どうせ、俺が旅で帝国中回っていた、という話から、そんな妄想に発展したんだな。
「俺が護衛したって、お前は城にいるしかないんだよ。皇族はそれが普通だ」
一応、セキラの妄想を打ち砕いてやる。皇族の役割を思い出せ!!
「ううう、城に帰りたくないー」
人前だというのに、セキラ、とうとう、本性をさらけ出した。半泣きして、俺にしがみつくセキラに、伯爵ブンガロたちは驚いた。皇族としての威厳、台無しだ。
「じゃあ、これ、食べてみろ」
俺は皇族セキラの前に、ゲテモノを置いた。トカゲの丸焼きだ。
「こんなの、食べ物じゃないよ!!」
「昔は、普通に食べてたんだよ!! 昔は罠はって、捕ったんだ。今は、育てて、こうやって料理だよ。綺麗だぞ」
「本当なの!?」
「そういう仕事もした」
「っ!?」
全員、俺の過去にドン引きである。そういう仕事もやったんだ。
「楽だぞ。エサやるだけで、勝手に育つからな。仕事やって、帰ってきたらエサやりと掃除だ。失敗して死んだって、金貰えないだけだからな」
「まさか、こういうのと就寝をともにしてたんじゃ」
「そうだな。それなりの箱にいれて、いっぱい育ててた。共食いするから、箱ごとにわけてたんだよなー。いっぱいあったよ」
想像したのだろう。全員、ぞぞぞぞー、と鳥肌をたてて、身震いする。
「ほら、育てたやつだから、変なもの食べてないぞ。食べてみろ。こういうのが食べられないなら、外で暮らすなんて、諦めたほうがいい」
色々と気分悪くなった皇族セキラは、ゲテモノ料理を遠ざけた。
「ううう、なんて厳しいんだ、外は」
皇族セキラ以外は、俺を酷い大人な、みたいに見てきた。外に出るにしても、こんなゲテモノ食べないといけないような環境、平民だってないというのに。ちょっと考えれば、わかることだ。
しかし、皇族セキラは俺を側に置きたいというのだから、このゲテモノは乗り越えないといけないのだ。どうせ、セキラは俺について、帝国各地に行こうとしたのだろう。
俺がちょっと話を聞かせて、セキラは帝国中を旅で回りたいと考えたのだ。俺が平然と話しているから、楽しいと思ったのだろう。
俺の過去話を聞いて、伯爵ブンガロも驚いたり、ドン引きしたりしていたが、それから、羨ましそうに俺を見た。
「君は、自由だな」
「自由には、それなりに不自由もあるんだ。こういう生き物を育てる仕事をしてたのだって、雨風が凌げる部屋にタダで泊まれたからだ。こういう生き物は、夜でも煩いんだよ」
「そういうことを笑い話に出来るんだ。君は、素晴らしいよ。我が家も、君の争奪戦に、参戦しよう」
そう伯爵ブンガロがいうから、お嬢さんサリーは俺の腕にしがみつき、ブンガロを睨んだ。ブンガロ、勝負を受けるみたいに、サリーを笑顔で睨み返した。
次の日には、侯爵令嬢クララの婚約者ナッシュも合流である。ナッシュの実家は辺境にあるのだ。長期休暇中は、実家でお手伝いしているという。
適当に観光地を回って、待ち合わせの場所に行けば、細身の男が立っていた。
「ナッシュ様!!」
「………はぁあああああーーーーーー!!!」
俺は一瞬、思考停止するも、クララが叫んで駆けていくのを見て、ついつい、声をあげた。それは、他の面々もだ。
俺たちが知る男爵子息ナッシュは、ぶくぶく太っている。しかし、クララが腕を組んで、俺たちの元にきたナッシュは痩せて、顔も健康的に日に焼けて、精悍な美男子である。
「もう、また、痩せてしまって!!」
「痩せてって、おかしいだろう!!」
一か月も離れていないのに、こんなに痩せるのはおかしい。絶対に別人だよ!!
「久しぶりの農作業は、やっぱり大変で、すぐに痩せちゃったんだよ」
「王都では太ってただろう!!」
「普通に食べてたからね」
「ナッシュ様、ものすごく食べるのですよ。せっかく太らせたのに」
クララ、太っているほうがいいんだな。ナッシュのお腹を撫でて残念そうな顔をする。
俺もついつい、ナッシュの腹とか腕とか触ってみる。
「うわ、かったっ!! 実家、何やってるの?」
「農作業だよー」
「辺境なのに!?」
「唯一、実りがあるトコなんだ。ほら、妖精の禁則地近くの」
「あー、あそこかー」
辺境には荒廃しているばかりではない。妖精の禁則地周辺は、妖精の祝福があるらしく、そこだけは緑豊かである。辺境の食糧庫、と呼ばれている。
「そこから、わざわざ来たのかー。辺境はだだ広いから、大変だっただろう」
「馬ならすぐだよ」
ナッシュ、どこかに馬を預けたんだな。観光地は人通りが多いから、馬での移動は危ないから。
そういう世間話をして、昼は何食べよう、という話題が出たところに、可愛らしい女の子が声をかけてきた。
「ロイド様でよろしいでしょうか」
「そうだが、あんたは?」
「わたくし、伯爵ブンガロの養女エリッサと申します」
俺の目から見ても、合格点の綺麗な礼をする伯爵令嬢エリッサ。早速、ブンガロ、刺客を送ってきたなー。
「昨日の今日で、あんたも大変だな。親に言われたからって、従わなくていいんだからな。適当にあしらっておけ」
「もちろん、わたくしの目で見極めてから、決めます」
エリッサ、上から目線だ。選ぶ側、という態度だ。確かに、普通はそうだよな。俺は貧民だから、選ばれる側だ。
「だったら、帰ってください。わたくしがロイド様と結婚します」
しかし、容赦ないサリーは、早速、エリッサを追い出しにかかる。
言い方が悪いな、エリッサ。そんな選ぶ側みたいなこと言ってるから、足元救われるんだ。エリッサ、サリーが前に出てきたから、驚いた。だが、すぐに笑顔で対抗する。
「確か、男爵家だとか」
「わたくしは男爵を継ぐことが決まっています。学校を卒業したら、すぐ、女男爵です」
「わたくしも伯爵を継ぐこととなっていますよ。お互い、頑張りましょう」
「でも、わたくしは、ロイド様と結婚出来れば、爵位、どうだっていいですけどね」
「はいはい、じゃあ、俺と一緒にゲテモノ食べような」
女の戦いを始めるエリッサとサリー。俺は容赦なく、適当な店で買ったゲテモノを差し出した。まず、これを食べられないと、俺の側にはいられないんだよ。
昨日に続き、今日もサリーはゲテモノを前に怯んだ。しかし、エリッサは俺が差し出したゲテモノを受け取り、食べた!!
「月に一度、こういうものを食べるようにしています。将来は、領主になるのですから」
勝ち誇ったように笑うエリッサ。いいけど、他の奴らがドン引きしてるよ。俺だって、こうやって堂々とされると、ドン引きしちゃうよ。伯爵の跡継ぎとしては合格だろうが、付き合う女としては不合格だな。
だけど、サリー、ここまでされて、負けられない、とばかりに、口にした。
「あ、まあまあ食べられますね」
サリーもまた、ドン引きされてるよ!!
「サリーお嬢さん、無理するなよ」
「よく、誘拐とかされた時に、酷い食事を出されました。人を誘拐するような輩の食生活って、似たり寄ったりなんですよね。それに比べれば、確かに、食べられますね」
幼い頃から、危険な目にあっているサリーは、違う意味で経験豊富だった。口にして、まだまだマシ、と悟ったのである。とんでもない悟りの境地だな!!
サリーが無表情で食べているのを見て、エリッサは悔しそうに顔を歪めた。こんな底辺の戦いで悔しがらないでー。
「ボクの食べる!!」
そこに皇族セキラまで参戦である。頑張って、食べた!!
「た、食べたよ。これで、ロイド、ボクの護衛をずっとしてくれるね」
「しないよ!! 皇族様の護衛は、学校卒業までだよ!!!」
「食べたのに!!」
「いくら貧民でも、そんな安い扱いやめてぇ!!」
とんでもない扱いされて、さすがに俺も苦情を出した。こんなゲテモノ食べたくらいで、俺の今後が決められるって、どんだけ安いんだよ!!
こんなふうにして、伯爵令嬢エリッサちゃんが参戦である。よく、エリッサはお忍びで行動しているのだろう。ちょっと離れた所に護衛がいた。馴れてるな。
「よくもまあ、エリッサお嬢さんも、ここに来たなー」
いくら護衛がいるといえども、まだまだお子様である。貴族の子どもとして、お忍びで行動するような年頃ではない。
「これでも、来年には、貴族の学校に通います。王都の貴族の学校に通います。首席になりますから、生徒会役員としても、ご一緒出来ますね」
もう決定事項なんだー。エリッサ、よほど、自信があるんだな。
辺境を領地としている伯爵家がわざわざ王都の貴族の学校に通うのは、それなりに権力闘争に参戦する家なんだろう。実際、伯爵ブンガロは、筆頭魔法使いハガルからは、仕事が出来る、という評価である。王都でも、伯爵家は、それなりの権力を持っているのだろう。
サリーは見るからにイヤそうな顔をする。来年、万が一、エリッサが首席で入学すると、生徒会役員として世話をするのは、二年になったサリーと俺と皇族セキラだ。どうしても、関わらないといけない。
「お義父様から聞きました。ロイド様は、とても優秀なんですってね。ですが、家のことは、わたくしにお任せください。ロイド様は、好きなことをしていていいですよ」
「ロイド様、領地運営はわたくしに任せてください!!」
エリッサだけでなく、サリーまで、まだ決まってもいない未来のことを話す。幸い、エリッサは淑女らしく、俺とは距離をとっている。エリッサは、父親に言われたから、そうしているに過ぎない。ほら、俺はまだ、お試しの段階だから。
「もう、我慢ならない!! 貴様、お嬢様がいながら、他の女を侍らせて、何様のつもりだ!!!」
とうとう、忠誠心が高いのか、それとも、エリッサちゃんに邪な想いを持っているのか、若い護衛が俺の前に出てきた。
だが、俺は前口上なんて無視だ。容赦なく、若い護衛を鞘つきの剣で叩きのめした。
「き、貴様、何を」
「皇族の前に武器を持ったまま立つ無礼をしたからだろう。知らないのなら許されるが、お前は皇族がいることを知ってるから、許されない」
俺は容赦なく、若い護衛を蹴とばした。途端、隠れていた護衛が殺気立つ。
「ロイド、やっぱり一生、ボクの護衛してよ!!」
「やらない!!」
また、どさくさに紛れて言ってくる皇族セキラを俺はしっかり拒否しておく。こういうの、しっかり拒否しておかないと、後で揉めるんだよ。言った、言わなかったって。
皇族がいるので、護衛は殺気立つが、隠れたままで耐えた。
「我が家の護衛が、大変失礼しました」
エリッサは、倒れたままの若い護衛の横に膝をついて、皇族セキラに謝罪する。若い護衛に手を貸さないところは、よくわかっているな。順序を間違えると、皇族を後回しにした、と責められるからな。
「お忍びであるから、許そう。以後、気を付けるように」
「ありがとうございます」
きちんと許しを得てから、エリッサは若い護衛を立たせようと、腕を引っ張った。だが、ちょっと俺、やりすぎたから、若い護衛、立つに立てない。
仕方がないので、俺が若い護衛の体を持ち上げて、立たせた。
「ほっそいなー!!」
「うるさい!!」
護衛といっても、まだまだガキだな。顔を真っ赤にして、若い護衛は俺の腕を払った。




