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呪いの支配者  作者: 春香秋灯
妖精の目を持つ男
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男爵からのお願い

「まずは、仕事だ。サリーは舞踏会に参加することとなっている。その護衛についてほしい」

「護衛だけでいいんだよな? エスコートはしなくていいんだよな!?」

「サリーにとって、今回が初の舞踏会だ。初のエスコートは私のものだ!!」

 良かったね。男爵マイツナイトが熱弁するから、俺だけでなく、騎士たち、使用人たちがぱちぱちと手を叩いた。娘を持つ父親の夢だよね、そういうの。

「えー、ロイド様がいい!!」

「っ!?」

 そこをぶち壊してくれるのは、お嬢さんサリーである。空気読めよ!! マイツナイト、絶望して、男爵夫人アッシャーに泣きついちゃってるよ。

「昔は、お父様と結婚する、と言ってくれたのにぃ」

「将来は、あなたのような男性と結婚したい、と話してもいましたね」

「それが、あれか」

 俺を見て、落ち込む男爵マイツナイト。悪かったな、俺で!! 俺だって、こんなガキ、お断りだよ!!

 なんて、口がさけても言ってはいけない。もう、空気だけで、殺気だっている。俺は迂闊に口を開かないことを学んだ。沈黙は大事だ。

「そうだ、俺の武器、いい加減、返せよ。腰が軽くて、居心地悪いんだよ」

 寝る時もないから、安眠出来ないんだよなー。

 俺が今更ながら要求するので、男爵マイツナイトは驚いた。

「てっきり、戻っているものと思っていた」

「返してぇ!!」

 返してることにされているよ!! 言っておいてよかった。このまま、丸腰で放り出されるところだったよ。

 言われて、やっと、俺の愛剣が戻ってきた。俺が持つには、随分といい感じの剣なんだよな。手入れだけはしっかりしてる。

 それを受け取ったけど、俺はすぐに投げ捨てた。

「俺の剣じゃない!!」

「手違いか?」

「中身が違う。入れ替えられた」

 悪意を感じる。あえて、鞘だけそのままにして、肝心の剣をすり替えたのだ。

 握ればわかる。試しに抜いて、俺はそれで適当な椅子に斬りつけた。簡単に変形する。

「こんな鈍らじゃない!! 俺の剣は、俺の兄貴からの贈り物だ。返してくれ」

 大事な大事な愛剣だ。俺の形相が変わったので、男爵マイツナイトも慌てた。

「すぐに探そう。だから、落ち着いてくれ」

「落ち着けだと? 俺はこれまで、十分、大人しくしていた。それなのに、俺の剣をすり替えるなんて、とんだ行儀の悪い使用人を雇ってるな!? 俺の知ってる貴族は、そんな手癖の悪い使用人の両手を斬り落とすぞ!!」

 まず、こんなことをしたら、命がないがない。斬り落とすなんて、優しいのだ。

 疑われたのは、管理していた使用人たちである。俺の怒りに、使用人たちは、しかし、これっぽっちも動じない。どうせ、俺は貧民だから、と下に見ているのだろう。

 もう、俺はここから出ていくつもりだった。俺の愛剣はどこにあるのか、わかっている。さっさと奪い返して、この家から出ていこうと動き出した。

 動き出したのは、俺だけではない。お嬢さんサリーも動き出したのだ。サリーは、護衛で立っている騎士の一人の前に立った。

「ロイド様の剣を返してください」

「お嬢様、何を」

「黒い子猫が、これだと言っています。返してください」

「お嬢様、あんな貧民が持つ剣を我々が欲しがるはずがないでしょう」

「だったら、返してください。ロイド様のものです」

 サリーの周囲だけ、空気が淀んできた。この感覚には、覚えがある。

 慌てて、俺は騎士とサリーの間に入った。

「お前、俺の剣をとるなんて、どういうつもりだ!?」

「言いがかりを」

「だったら、力づくだ。表に出ろ。腕っぷしでお前の実力を証明して、その剣に相応しいと示すんだな」

「とんだ言いがかりだが、いいだろう。叩きのめしてやる!!」

 俺に対して、色々と溜まっていたのだろう。騎士たちは全て、俺を叩きのめすつもりで、剣に手をかけていた。

 だが、俺はお行儀よくないんだよな。表に出ろ、なんていっておきながら、後ろから蹴ってやるのだ。

「貴様、卑怯な」

「うるせぇ!! 俺の剣盗っといて、卑怯もくそもあるか!? 俺に背中見せたお前らが悪いんだよ」

「この、貧民が!!」

 あっという間に、乱闘騒ぎである。騎士たちは剣を抜き放つも、俺は丸腰である。ほら、偽物は使えなくしたから、さっさと投げ捨てた。

 サリーはというと、俺から離れないから、さっさとサリーの父マイツナイトが引きはがしていた。止めるつもりはないんだな。

 多勢に無勢だが、俺は向かってくる攻撃を避けつつ、俺の愛剣を持っている奴とさっさと距離をつめていく。

「それを持つには、お前じゃ力不足だな」

 大した腕前ではない。ただ、力まかせに振り回しているから、すぐに軌道が読めてしまう。足の動きも酷いものだ。すぐに俺は足もとを蹴とばして、俺の愛剣を取り返す。

「戦闘中に、簡単に武器を手放すなんて、腑抜けめ」

「貴様っ」

 俺は容赦なく、俺の愛剣を盗んだ騎士の腕を力いっぱい踏みしめて折ってやる。

「これで、もう、騎士としては役立たずだな。手癖が悪かったが、斬り落とすのは勘弁してやる」

 俺って、優しいな。

 そうしている間にも、他の騎士から攻撃を受ける。それまでは防戦のみだったが、愛剣が戻ったから、攻撃に変える。

 全てを動けなくなるように切り伏せて、踏みつけて、骨を折ってやって、としていれば、すっかり阿鼻叫喚の図となっていた。

「良かったな、俺は優しくて。俺の兄貴だったら、全部殺してたぞ。兄貴は言ってた。敵の黒幕なんかどうだっていい。向かってくる敵全てを殺せば、そのうち、いなくなる、と」

 実際、そうだった。親父も兄貴も、向かってくる敵を全て殺して、最後、その勢力を失わせたのだ。いちいち、調べるなんて回りくどいことするのは、小物がすることだ。

 俺が愛剣を鞘におさめると、男爵マイツナイトの腕から離れたサリーが抱きついてきた。

「ロイド様、素敵です!!」

「いちいち、抱きつくな!!」

「結婚するから、いいではないですか」

「結婚しない!!」

「します。そう、黒猫が祝福しています」

「それ以前に離れろ。女がむやみやたらと、男に抱きつくな」

「ロイド様は特別です」

「離れてぇ!!」

 こんな騒ぎとなっている間、嫉妬で男爵マイツナイトが剣を抜き放ってやがる。俺が危ない!!

 ところが、マイツナイトは剣を振るったのは、手癖の悪い騎士だ。一撃のもと、息の根をとめたのだ。

「だ、旦那様、何故」

 使用人の一人が、信じられない、とでもいうように、男爵マイツナイトの行いに疑問を呟く。

「相手が貧民といえども、客人の荷物に手を出すような者は、主人の荷物にも手をだす。そんな者を側に置くほど、私は愚か者ではない」

「しかし、この男と、彼らとでは、身分が」

「それで、盗っていいというのか? 聞いただろう。身内から贈られた大事な物だと。彼は、我が家の物を盗んだか? 傍若無人な態度で迷惑をかけたか? 物一つ、壊していない。この男は平民だが、盗人のような真似事をした。それは、相手が貧民だから許されることなのか? 気に入らないのなら、皆、辞めればいい。こちらも、客人に無体な態度をとり、客人の荷物を盗むことを許すような者たちを雇いたいとは思わない」

 冷たく言い放つ男爵マイツナイト。正論だな。

 こんな大変なこととなってしまったが、男爵マイツナイトは、剣をおさめると、俺に深く頭を下げた。

「すまなかった」

「頭下げるなって。あんたは貴族で俺は貧民だ。あんたは貧民を使う側だ。謝るのは、別の奴らにやらせろ。あんたは二度と、俺に頭を下げるな」

「………そうか」

 何か悟りを開いたように笑うマイツナイト。間違ったことを言ったような気がする。

 サリーはくっついたままだが、俺は力づくで離して、適当な椅子に座らせた。

「お前は大人しくしてろ」

「出ていきませんよね?」

「………」

 無言を貫く。女は妙な所で勘がいいからな。サリーはその勘とかそういうものが、ものすごく強いのだろう。

 サリーは大人しく座っているが、俺の手をつかんで離さない。

「ずっと側にいてください」

「ずっとは無理だ。俺は貧民だ。それ以前に、俺は………忘れられない男がいる」

「男? 女ではなく?」

「そう、男だ」

 これは、ある意味、捨て身であった。本当のことだけど、あえて、口にすることではない。しかし、これで、サリーを諦めさせられる。

「ま、まさか、お前、男が好きなのか!?」

 身の危険とばかりに、男爵マイツナイトが距離をとる。

「俺だって選ぶよ!! 誰が、あんたみたいなガタイのいい男を相手にするか」

 忘れられない男だが、見た目がこう、男じゃないんだよな。本人前にしていうと、殴られるし、蹴られるし、口もきいてもらえなくなるけど。

 正確には、俺は男が好きなわけではない。側に、とんでもない人狂いをさせる存在がいて、それの性別が男だっただけである。

 さすがに、男に想いを残すような俺だ。男爵夫人アッシャーまで、サリーを引き離そうとする。うん、普通、そうだよね。

 しかし、サリーはやっぱりおかしい子なんだよ。俺の腕にしがみついて、さらに離れない。

「絶対に諦めません!! ロイド様、試してみましょう。どうせ、女を相手に閨事した経験がないのでしょう」

「そんなこと、女の子が言っちゃだめ!!」

 絶対に教育の年齢間違ってるよ!! アッシャーが慌ててサリーの口を塞いだけど、遅すぎだ。







 結局、舞踏会の護衛を引き受けることとなった。もう、有耶無耶にしづらいんだよな。暴れちゃったし。

 さすがに、俺は男爵マイツナイトの部屋とは別の部屋を与えられた。ほら、男に想いを残すような俺、危険だろう。しないけど。

 そんな俺だから、女側は安全、なんて、思い込んでいる。物珍しい、みたいに見られたよ。そして、男側が、なーんなチラチラ俺を見るんだよな。やらないよ!!

 居心地悪い状況となったけど、仕事は仕事なので、俺はマイツナイトと距離をとりつつ、詳細を聞くことにした。これ、受ける前にすることなんだけど、貴族の舞踏会なんて決まりきった話なので、受けた後で聞くこととなったのだ。

「まずは、王都まで移動することとなっている」

「ちょっと待て。わざわざ、王都にまで行って舞踏会に参加するのか!?」

「通例だよ。十年に一度、貴族は王都の城に集まる義務がある。そこに、サリーも参加することとなった」

「王都は、まずい」

「? 王都の貧民街出身だろう?」

「追い出されたって言っただろう!!」

 そう、俺は王都の貧民街には生涯、立ち寄ることも許されないのだ。支配者が代わっても、立ち寄ることはないな。

 マイツナイト、俺の口を軽くするために、と酒まで持ち出してきた。いい酒だから、ありがたくいただくけど。

「どんな悪さをしたんだ?」

「調べればいいだろう。叩けば埃がいっぱいだ」

「調べたが、出てこなかった。まず、ロイドなんて貧民、いっぱいいる」

 やっぱり調べたかー。出て来ないということは、相変わらずだな。

 そりゃ、出てこない。そこら辺の貧民の前には出ないのだ。普段から、隠された存在なのは、別に、二番目の兄だけではない。表立っているのは、長兄だ。だが、俺は手足のように動いていただけである。名前のない斥候と同じだ。だから、長兄の弟がいるな、という程度である。

 貧民の厄介なところは、身分証がないということだ。帝国は、紙切れみたいな身分証によって、身分が保障されているのだ。それがないのが貧民だ。名前と出身地だけ聞いても、世の中には、ロイド、なんて名前は溢れているのだ。調べたって、すぐに行き詰まる。

 俺は嘘は言っていない。マイツナイトだって、嘘と本当をどうにか仕分けて、なんて無駄なことをしたのだ。全て本当だなんて、思ってもいないのだろう。

 それ以前に、王都の貧民街は、数度、粛清があった。内部分裂もあったが、王都の貧民街の支配者が皇帝襲撃を失敗した煽りで、王都の貧民街は帝国に取り調べられた。そのため、住人のほとんどは入れ替わった。

 だから、マイツナイトは困ったので、俺の口から聞き出そうとしている。側に置くには、お嬢さんサリーの好意だけでは、心もとないよな。

「そんなに不安なら、さっさと俺を追い出せばいいだろう」

「だが、私の勘では、貴様は信用できる、と出ている」

「手癖の悪い騎士を雇っていてか?」

「仕方なくだ。後ろ暗いこと生業としているんだ。私兵が必要だ。その中には、出来の悪い奴だって混ざってくる」

「金で買った男爵だもんな」

「貴様も、身分が欲しいか?」

「欲しかったら、どうにか出来る。いらないから、貧民なんだよ」

 貴族の知り合いは別にいる。そこの貴族のトコに行けば、喜んで、身分をくれるだろう。しないけど。

「腕っぷしはある。作法は完璧ときている。まさか、ダンスも出来るとはな」

「兄貴が本当に容赦がないんだよ」

 いらないのに、貴族の作法やらダンスやらと一通り、俺に教え込んだのだ。お陰で、今、お嬢さんサリーのダンスの練習相手にされてるよ。

 確かに、身に着けておいて、役に立つ時があるな。今がそうだ。

「まあ、俺が王都に行ったって、何も言われないだろう。挨拶もしないしな」

「身内がいるのにか?」

「もう、そういう歳じゃないって。いつまでもベタベタくっついてたら、恥ずかしいだろう。だから、出てったんだよ。追い出されたけど、俺が出ていきたかったというのもある」

「………そうか」

「あんたもさ、もっと優秀な跡継ぎを養子にでも立てろよ。どうせ、金で買った男爵なんからさ」

 まず、血筋いらないだろう。心底、そう思う。

「そこは帝国では許されないことだ。血筋は絶対だ。血筋が絶えた場合は、爵位は帝国に戻されることとなっている」

「えー、貴族って、面倒臭いなー。貴族の身分、貰わなくてよかった」

「なる話があったのか?」

「母親のとこが浮いてるからどうだ? なんて言われた。断ったけどな」

「どこなんだ? 爵位ぐらい教えてくれてもいいだろう」

「あんただって、隠してることあるだろう」

「………」

「話せるようになったら、考えてやるよ」

 この男爵だって、入り婿だ。入り婿になる前は、どこかの貴族であろう。そういうものだ。

 俺には、情報を探す術はない。だから、男爵マイツナイトが、元はどこの貴族なのか、わからない。

 だけど、男爵ではないな。身に着けたものは、もっと上の爵位だ。

 貴族もぴんきりだ。立派なのがいれば、ダメダメなのだっていっぱいだ。だが、マイツナイトは男爵や子爵でおさまるような身のこなしではない。








 本当に、俺、何やってんだか。

 ちょっと前まで、気ままにその日暮らししてたってのに、現在は、男爵マイツナイトのお古の服着て、まあまあ使い勝手のいい馬に乗って、馬車と並走している。

 馬車に乗っているのは、もちろん、男爵令嬢サリーと男爵夫人アッシャーである。男爵はというと、俺と同じく馬に乗って、並走しているんだな。あんた、大人しく馬車に乗ってろよ。

 最初、そういう話だったんだ。家族団らんの旅になるんだなー、なんて俺は生暖かい目で眺めていた。

 どこにいても、令嬢サリーは俺を見つける。すーぐーにー、抱きついてくるんだ。

 俺が馬と無言の会話なんかしてる時だから、馬がちょっと興奮した。

「お前、いきなりはやめろ!! 馬に蹴られるぞ」

「ロイド様、一緒に馬車に乗りましょう!!」

「いや、護衛は馬だから」

 あの密閉空間はちょっと苦手だから、俺は完全、拒否である。護衛を言い訳に、俺はさっさと馬に乗った。

 何か不満そうなサリー。仕方なく、俺は一度馬から降りて、サリーを軽く抱き上げて、馬に乗せて移動である。

「ほら、大人しく馬車に乗ってろ」

 そして、わざわざ馬車に押し込んでやる。もう、出てくるなよ。

 厄介払いしたというのに、サリー、ちょっと感動している。

「す、すごいです、ロイド様!! あんな高い所にわたくしを持ち上げて、馬も手足のように動かして、かっこいいです!!」

「俺は、まあ、兄貴が厳しいからな」

 全て、兄からの教育だ。間違ってはいない。

 初めて乗る馬だから、ちょっと癖があるけど、いい馬である。癖があるから、操りにくいが、いい馬なのには確かである。ちょっと俺と無言の会話しただけで、馬のほうが、俺に懐いてきた。やっぱ、無言の会話は大事だな。

 大したことではない、と言っている側で、男爵ナイツマイトが悔しそうに俺を睨んできた。

「我が家の暴れ馬を随分と上手に乗りこなしているな」

「暴れ馬って、可愛いじゃないか。もっとすごいのに乗ったことがあるぞ。ほら、ここに傷があるだろう。撫で方が気に入らないと、噛まれて、痕が残った」

 俺は肩をわざわざむき出しにして、馬に噛まれた痕を見せてやった。

「あいつに比べれば、可愛いな、お前。噛まないからな」

「私も馬で行く!!」

 そうして、男爵マイツナイトは、これまた手がかかる暴れ馬に乗って、今にいたるのだ。

 男爵が馬に騎乗しているから、他の騎士や使用人たちは居心地悪そうである。何より、サリーとサリーの母アッシャーが乗る馬車の護衛を男爵マイツナイト自らがやってるって、おかしいよな?

「あんたさー、仕事とっちゃダメだろう」

 さすがに俺からマイツナイトに苦言する。

「見ていろ。盗賊の首の数、負けることはない」

「盗賊出る前提で移動するなよ!?」

「どうせ、待ち構えているだろう」

「………」

 どんだけ、恨み買ってるんだよ、この人!!

 貴族なので、定期的な行事は表立っている。十年に一度の舞踏会は、かなり大がかりなものなので、帝国中が賑やかになるのだ。

 何せ、末端から有力貴族まで、王都に向かって大移動するのである。金と力がある貴族は自力だが、ジリ貧の貴族なんかは、帝国から支援を受けられる、という手厚さだ。逆に言えば、絶対に欠席が許されないのだ。

「なあ、サリーは欠席、認められるんじゃないか?」

 試しに、俺はお嬢さんサリーの欠席を進めてみる。

「どうしてそういう?」

「十歳だから。十歳というのは微妙な年齢だから、まだ幼い、という理由を認められるだろう」

 そう、俺は学んでいる。これも、兄からだ。

 もう、色々と聞き出したそうな顔をする男爵マイツナイト。だけど、そこのところは、我慢してくれた。

「どうせ、十年後に行くんだ。若いうちに済ませたほうがいい。そうすれば、十年後に欠席が許される」

「まあ、そうだな。十年後に病気で欠席、なんてことになったら、色々とあるよな」

 この舞踏会には、裏があるから、帝国としては、一度は十歳以上の貴族子息令嬢を絶対に出席させなければならない。

 表向きは、大がかりな社交の場を帝国が与える、という親切である。世の中には、生涯、領地から出ない貴族だっているのだ。こうやって、場を与えることで、良い出会いを与えたり、情報交換したり、とするのだ。

 だが、実際は、貴族に発現した皇族を見つけるためである。皇族の血筋には謎が多い。皇族同士の子であったからといって、皇族になるわけではない。皇族の血筋として足りなかった場合、それは皇族失格者として、城から追い出されるのだ。皇族失格者の処遇を決めるのは、その時の皇帝の気分である。皇帝の気分で、処刑されたり、貴族になったり、平民になったり、貧民に堕とされたりされるのだ。

 皇族は世間知らずだ。平民貧民になっても、皇族なんて騙されるのは目に見えている。いいように利用されて、結局、死ぬばかりだ。皇族失格者で生き残る確率が高いのが貴族だ。皇族失格者といえども、血筋は確かである。貴族がその栄誉が欲しいと取り入れるのだ。

 こうして、貴族の中にぽんと皇族が発現することがあるのだ。それを見つけるために、十年に一度、王都に十歳以上の貴族を集めて舞踏会である。金も人も動く、一大催しである。

 まだ、貴族の学校にも通ってもいないお嬢さんサリーは、無邪気に外の景色を見ては喜んでいる。

「ま、城の中は入れないから、そういうのは、貴族位のある騎士にお任せするよ」

「そうだな」

 まだまだ疑っている男爵マイツナイト。いくら俺でも、城の中には入れないよ!!

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