男爵令嬢の家族
俺の服を剥がされそうになったり、湯あみを手伝わされそうになったり、と大変なこととなっていたが、全て拒否した。
「自分でどうにか出来るから、触らないでぇ!!」
情けない声をあげて、どうにか拒否すれば、憐れに見えたようで、皆さん、退室していってくれた。
俺は、一人で身だしなみも整えて、と部屋を出れば、いかにも出来る感じの使用人が案内で待っているところに出くわした。
「お待たせしました」
頭を下げれば、使用人、驚いたように目を見張るも、表情を緩める。
「ご案内します」
「あー、そうだね」
知らない家なんだから、そうなるよな、普通。俺は大人しく従った。
そして、食堂に行けば、お嬢さんサリーと、父親、母親の三人が入ってくる俺を見る。視線が怖い!!
この席順がすごいな。俺はサリーよりも父親に近い位置だよ。一応、サリーの隣り、サリーの母親の向かいって、もう、生きた心地がしない席順だな。
俺が来ないことには食事も始まらないようで、俺は仕方なく、席についた。
それから、食事が始まる。どんどんと料理を運ばれ、それを無言でとる。
大衆小説とかで、貴族の食事風景は会話とかが入るみたいな書き方だが、実際はそうではない。食事の後に、会話である。その日あったことを話したりするのだ。まあ、お客様がいる時は、さすがに会話があるけどな。
俺とは会話することがないから、無言である。会話するためのネタがないからな。
そうして、食事も終わると、突然、サリーの父親は剣を抜き放った、俺に突きつけた。
「なんでぇ!?」
「どこが貧民だ!? 貴様、どこの間者だろう!!」
「違う!! 俺は生まれも育ちも貧民だし、どこにも群れてもいない!!!」
「だったら、その食事のマナーはどう説明つけるんだ!?」
「え、間違えてた?」
「………」
正しいマナーで食べていて疑われるって、どうなんだろうか。もしかしたら、間違っていたのかなー? なんて考えてしまう。
無言で俺を睨み下ろすサリーの父親。対面にいるサリーの母親も、とうとう、俺を疑っていた。
隣りに座るサリーはというと、目をきらっきらさせて俺を見ている。
「素晴らしい! 完璧です!!」
「そうだよな。良かったー。俺の兄貴、作法には厳しいから、間違ってたら、大変なんだよー。久しぶりだったから、間違ってないか、心配になったけど、あってたかー。良かった良かった」
「お兄様がいるのですね」
「上に兄二人、姉一人、あと、妹が一人だよ。二番目の兄貴が、むちゃくちゃ、作法には厳しかったんだよ。間違えると、素振りの回数が百回増える。大したことないけどな」
「素晴らしいお兄様なのですね。他のご家族はどうなのですか?」
「………」
さらに聞き出そうとするサリーに、俺は無言となる。あっぶなーいー。俺、油断してた。俺の身内のことは迂闊に外部で話すことじゃないよ。
このお嬢さん、どうも、人の懐に上手に入るんだよな。危険を感じさせないのは、育ちがいいからだろう。だから、ついつい、話しすぎてしまう。
疑う要素いっぱいだろう。俺が言っていること、証明は出来ないからな。だが、サリーの父親は、俺から剣を退いた。
「どこかの貴族の出ではないのか?」
「あー、死んだ母親がそうだという話は聞いてる」
「どこの出だ?」
「しらねぇよ!! 俺が物心つく前に死んだからな。爵位とか、そういうのは全然、知らん」
「名前ぐらいは知ってるだろう」
「俺の母親のことまで話す必要はない。疑うならいくらだって疑えばいい。俺は悪いことはいっぱいやってるが、あんたの娘を助けたのは、ただの善意だ」
「す、すまなかった」
「あんたたちさ、その前に、いうことがあるだろう」
俺はここまで来て、さすがに腹が立ったので、態度最悪となる。椅子に座る姿勢も悪く、机に両足を乗せた。それには、護衛としてたっていた騎士たちが剣に手をかけた。
「こんな貴族の食事の前に、いうことがあるだろう。娘を助けてくれてありがとうございます、と。それだけでいいんだ。俺は、何も求めてない」
完全な嫌味である。だが、言われて初めて、そういうことを言ってもいないことを気づいたサリーの父親と母親。
まあ、仕方がないよな。見るからに怪しい貧民なんだから。どこの誰かかもわからないのだから、疑いたくなる。そういう警戒心は大事だ。
言葉に詰まる両親をきょとんと見返すサリー。
「あの、お名前を聞いていません。どうか、お名前を教えてください。わたくしはサリー」
まだ、諦めていないサリー。どうにか、俺のご機嫌をとろうとする。
これで、サリーがきちんと名乗っていなかったら、俺は拒否していた。しかし、サリーから名乗ったのだから、礼儀として、返さないといけない。
「俺はロイド。王都の貧民街生まれの貧民街育ちだ。ちょっと悪さがすぎて、王都の貧民街を追い出された」
「悪さって、どんなことですか?」
「サリー!!」
さすがに注意するサリーの母親。
「さすがに、貴族のお嬢さんに言えない内容だな」
「お前も最悪だな!!」
「貧民なら普通な悪さだ。よくある話だよ」
絶対に話さないけどな。実の兄を殺しかけたなんて、言えないよ、この場では。言ったら、その時点で、危険物認定だよ。
さすがに貴族様には逆らわないし、余計なことは話さない。
俺は食事も終わったし、さっさと席を立つ。
「食うもの食ったし、十分、礼はいただいた。もう、出てっていいだろう」
むしろ、出してぇ!! 表面ではかっこつけているが、内心はもう叫びたいばかりだよ。お礼というよりも、罰だよな、これ。
だけど、サリーがまた、俺の腕にしがみついてきやがる。
「ちょっと、離してぇ」
「離しません!! お父様、お母様、わたくしはロイド様と結婚します!!!」
「しない!!」
「するの!! わたくしはそう決めました」
「俺はしないと決めたんだよ!!」
可愛い顔して、バカ力だな、この小娘!! さっきよりも拘束がしっかりしてるよ。
「ちょっと、柔らかい感触、やめてぇ!!」
「貴様、サリーに不埒なことを」
「してない!! むしろ、俺がされてる!!!」
女の経験がないから、サリーの柔らかい体に、俺は困るばかりだ。どうにかしたいよ、これ。
サリーをどうにかするために、女の使用人まで呼ばれて、大変なこととなった。なのに、サリー、離れない。
「お嬢さん、ほら、離れて。年頃の娘が、男にこんなことしちゃいけないって」
もう、説得するしかない。俺は一般論を語ってやった。
「あなたとは結婚するのですから、していいことです!!」
「どんなことするつもりだよ!?」
「それは、男女ですることですよ」
「あんた、どこまで教育してんだよ、この子に!?」
「き、貴族の令嬢だから、まあ、仕方なく」
ぼそぼそというサリーの父親。そうかー、最低限のことは教えちゃってるのか。
だが、つい、サリーをまじまじと見てしまう。
「お嬢さん、今、いくつ?」
「十歳です!!」
「早すぎだ!!」
もうちょっと後でもいいと思う、俺は。せめて、貴族の学校に通う前後でいいだろう、そういうこと。
教えないということは、良くない。知識がないことで、貴族の学校で貞操を奪われる、なんてことがあるのだ。だから、むしろ、知識はしっかりと持っていたほうがいい。
だが、その知識を使って、こんなふうに暴走されるなんて、誰も思ってもいなかったよな。俺もびっくりだよ!!
「サリー、いい加減にしなさい。お客様が困っていますよ」
やはり、母親は強いな。サリーもびくっとなって、手を緩める。その瞬間を見逃さず、俺はすすっとサリーから離れた。
サリーの母親は、改めて席を立つと、深く頭を下げた。
「お礼が遅くなりました。娘を救っていただき、ありがとうございます。外はもう暗いですから、どうか、一晩、我が家に泊まっていってください」
「………まあ、一晩だけであれば」
「一緒に寝ましょう!!」
「寝ない!!」
「サリー、たまには、父と一緒に寝よう」
「いや!!」
「っ!?」
どさくさでサリーの父親がいうが、サリーは全身で拒否する。可哀想に、娘に振られたサリーの父親は落ち込んだ。娘なんて、そんなもんなのにな。
「ロイドくん、名乗りが遅くなってしまったね。私は男爵ナイツマイトだ。男爵といっても、入り婿だ。本来は、妻が男爵家の血筋なんだ」
どうにか笑顔を作って、今更ながら、サリーの父親ナイツマイトが名乗ってきた。別にいいのに。
「わたくしは、サリーの母アッシャーといいます。呼び捨てでかまいませんよ。娘の大恩人ですから」
サリーの母親アッシャーは笑顔だけど、目が笑っていない、怖いものをぶつけてくる。女は、怒らせると怖いから、アッシャーには気を付けよう。
そうして、仕方なく、俺はサリーの家で一泊することとなった。
普通なら、案内は使用人とか、騎士どもにまかせるものと思っていた。
「部屋は私と同じになる」
「いや、俺は地下牢でも」
なぜか、男爵ナイツマイトの部屋で寝ることになった。俺、怪しい奴だというのなら、さっさと追い出すなり、地下牢に放り込むなりすればいいのに。
「貴様のような怪しい男を他人に任せるわけにはいかんからな。それに、サリーを助けた事実は確かだ。サリーがあそこまで懐くのだから、悪い奴ではない。だからといって、使用人や騎士どもにまかせると、後、どうなるかわかったものではない」
「………」
貴族って面倒くせぇ。
俺みたいな貧民、使用人も騎士どもも、悪く見ているのは確かだ。食事中、終わっても、ずっと、敵意を向けられている。居心地最悪だ。だから、逆に、男爵マイツナイトは俺の面倒を見ることにしたのだ。
「というわけで、一緒に湯あみだな。私の部屋を使うのだから、しっかりと汚れをとってもらおう」
「とったよ!!」
「貧民のとったというのは、信用ならない」
「俺が育った家には、普通に風呂があったんだ」
「貧民だと言ってたじゃないか!!」
言いたくなかったが、俺の育ちをちょっと言ってみれば、また、疑われる。
「俺の親父は、お袋のことを溺愛してて、貧民だけど、平民以上の生活をお袋に与えてたんだ。それの名残だよ」
本当にそれだけなのだ。ガキの頃は、二番目の兄の世話になったが、大きくなれば、きちんと一人で湯あみはやっていた。
色々と聞き出したい顔をする男爵マイツナイト。もう、聞かないでくれよ。俺はそこら辺の貧民街で生きて、人知れず死ぬつもりなんだ。
「わかった。しかし、人の目がある。一晩なんだから、我慢しなさい」
「へいへい」
なんで、男なんかと一緒に湯あみなんか、と叫びたいが、これはこれで大事だった。
服を脱いでいるところに、お嬢さんサリーが乱入してきたのだ。俺一人だと思っていたようで、父親であるナイツマイトが怒りで仁王立ちしている様に、さすがにサリーは退散していった。
「大丈夫なのかよ、あのお嬢さん!!」
「自由奔放な子なんだが、まさか、既成事実まで作ろうとするとは」
「そういう問題じゃないよ!!」
一体、誰の入れ知恵だよ!! とんでもない小娘に、俺はもう、このまま脱兎のごとく逃げていきたかった。
逃げなかったのは、服を取り上げられていたからだ。今は綺麗に洗濯しています、なんて綺麗な笑顔でサリーの母アッシャーに言われたたら、引き下がるしかない。女に逆らって、いいことなんてない。
だが、体を洗ったりしている間に、また、ナイツマイトが叫んだ。
「なんだ、それは!!」
「見ないでぇ!!」
よりによって、俺の下半身を見て叫んだよ、この人!!
「貴族って、そんなトコまで見るわけ? いくら貧民の俺でもドン引きだよ」
「入っちゃうほど、とんでもないものだからだよ!!」
「仕方ないだろ。親父から引き継いだんだ。俺たち兄弟は皆、こんなんだよ!!!」
「どんな化け物なんだ、お前の父親は」
「知らん」
本当にそうだよ。父親は、色々と化け物だけど、俺は父親の正体を知らなかった。
お嬢さんサリーが母アッシャーの部屋でしっかりと就寝しているのを確認されてから、俺はサリーの父マイツナイトと酒を飲むこととなった。
「相談がある」
「一晩という話じゃないのか!?」
また、何かとんでもない事に巻き込まれる予感だ。俺、本当に、ただ好意だけでサリーを助けただけなのにぃ。
「サリーを見て、どう思った?」
「ちょっと抜けた感じの子だな。けど、そういう子は珍しくないだろう」
探せばそれなりにいる。
サリーの言動はおかしい。騎士の警護から逃れたのだって、猫を見たから、なんて言い訳するのだ。その言い訳が、すでにおかしい。
「私の生家は、まれに、サリーのような子が生まれるんだ。私もサリーに近いと言っていいが、サリーほどの力があるわけではない」
「それ、俺に話すことではないと思うけど」
俺は反射で両耳を手でふさいだ。そんなくらいで聞こえなくなるはずがないんだよな。
「サリーは男爵家を継ぐ話となっている。そのため、婚約者探しをしたんだ。見合いだってさせた。しかし、サリーは見合いの場を滅茶苦茶にした」
「甘やかしすぎだよ、あんた!! もっと我慢することを教えるべきだ。貴族って、そういうものだろう」
俺の知ってる貴族はそうだ。結婚は大事な政略である。そこに好き嫌いなんか持っていてはいけない。
だが、そういう問題ではないのだろう。マイツナイトは深刻そうな顔を見せる。
「酷いこととなったが、その後、相手の家では、不祥事が起こった。裏金だったり、帝国に敵対する証拠が出てきたり、使用人を殺している者だっていたんだ。それは、全て、サリーと出会った後に表沙汰となった。結局、サリーのやらかしに苦情をいう貴族はいなくなった」
「っ!?」
ぞっとした。サリーが見合いやら何やら滅茶苦茶にしたのだ。男爵マイツナイトはそれなりに責任を追及されたはずだ。
しかし、家自体が落ちぶれてしまったら、男爵家に責任追及なんで出来ない。
なんで俺は、気まぐれに、あんな危険なお嬢さんを助けちゃったかな!? 心底、後悔した。
「実は、今回の誘拐に手を貸したものが、騎士の中にいた。サリーがあまりにも嫌うから調べてみたら、サリーの予定を外部に洩らしたと白状した」
「なあ、俺、ここ出てっていい?」
もう、関わってはいけない案件だ。あんな危険な女、俺だったらお断りだ。
ただの人の手におえない存在だ。サリーは見た感じ、無邪気な令嬢だが、何か得体のしれないものを背負っている。
「こういうのって、帝国に相談するものじゃないのか?」
絶対に妖精憑きだよ、サリーは。俺はそう思った。
この世界には普通に妖精が存在する。妖精は神の使いだ。そんな妖精を生まれた時から持っているのは、妖精憑きという。妖精憑きは、一見すると、ただの人と変わらない。だが、成長していくと、ただの人とは違う部分が出てくる。
まず、見た目が綺麗目になる。さらに、才能があるので、何でも簡単にこなしてしまう。なにより、妖精を使って魔法を行使出来るため、ただの人は妖精憑きには絶対に勝てない。
サリーは別の何かを見て、聞いている感じだ。妖精憑きだからといって、妖精を見たり、声を聞いたりできるわけではない。サリーは妖精憑きとして、足りないのかもしれないが、生まれ持っていることは確かだろう。
「サリーは妖精憑きではない。生まれてすぐ、儀式を行ったが、普通の、どこにでもいる子ども、と判定が出た」
「じゃあ、偶然なんだろう。男爵家は別の血縁に任せればいいんじゃないか。サリーはさあ、言い方悪いけど、神殿に預けたほうがいいって」
帝国お得意の妖精憑きを見つける儀式の判定でただの人と出たのなら、もう、お手上げである。こういう存在は、神殿に封じ込められるに限る。
サリーは、そういう存在だ。このまま、貴族令嬢でいてはいけない。
「だが、君はサリーに認められた。君ならば、サリーをただの人にしてくれるかもしれない」
「冗談じゃない!! 本当に偶然だってのに!!! だいたい、あんた、男爵のくせに娘が誘拐されるって、何者なんだよ!?」
まずはそこだ。
何度も娘が誘拐されるなんておかしい話だ。たかが男爵令嬢である。かなりいい屋敷を持っているし、私設の騎士団まで持っている。だが、男爵だ。
「アッシャーの父親は、元々は、裏で情報を制する存在なんだ。その力を使って、帝国中の情報を操ることも出来るほどの、支配者だった男だ」
「………中央都市の、元支配者か」
それを聞いて、あの隙のないサリーの母親の血筋がどこの誰かわかった。
現在の中央都市の貧民街の支配者は、知的好奇心が旺盛だが、きちんと腕っぷしで成り上がった男である。だが、先代の支配者は、情報を操る、とんでもない男であった。
なんと、平民貴族がもつ身分まで掌握するほどの男であった。そこまで伝説的な男であったが、ある日突然、貧民街の支配者をやめてしまった。
消息は不明となったのは、やはり、情報を支配する能力が高かったからだ。表にも裏にも出て来ないが、平民貴族の身分の売り買いは現在も健在である。
まさか、目の前にいる男が、情報の支配を受け継いでいるなど、俺は思ってもいなかった。
「貴様がどこの誰か、私が調べれば、すぐにわかる。しばらくは、大人しく従ってもらおう」
「っ!?」
とんでもない家に関わってしまった。