妖精の呪いの刑
裏切り者の執事は、すぐに地下牢に閉じ込められた。妖精の呪いの刑が発動したのか、確かめるためだ。
結論からいうと、呪いは発動した。執事の身内が次々と手に持つ食べ物全て腐ったのだ。この呪いの恐ろしいのは、水だって腐らせる。
しかし、この呪い、俺が想像している以上に恐ろしい代物だった。
最初はね、食い物とか飲み物だけかー、なんて笑ってたんだよ。だけど、これは妖精がやった呪いだ。人が間に入っていないんだよ。
呪われた奴が、何気ないく木に触れたんだ。本人、庭師で、呪われているなんて思ってもいなかったわけだよ。
木なんて、食べられるもんじゃによね。だけど、そいつが触った途端、木は腐って倒れたんだ。
この事に、さすがに俺は大変なこととなったと気づいた。この一族郎党を滅ぼす呪い、とんでもない被害を出してくれるのだ。
すぐに、俺は筆頭魔法使いハガルに持たされた道具で、ハガルと連絡して、事と次第を説明した。すぐに、秘密裡なんだけど、神殿が動き出し、道具により、呪われている者たちの選別が始まったのだ。
一族というと、どこまで区切ったのかは、野良の妖精さんの判断である。間に妖精憑きが介していれば、それなりに制御も出来たのだが、野良の妖精さんは制御不可能である。結果、とんでもない被害者の数に、俺は神殿に呼び出された。
「妖精の呪いの刑は禁止です」
「すんません」
神殿に来ていた筆頭魔法使いハガルに叱られた。
ハガル、心底、呆れていた。
「私も最低最悪だ、と言われますが、あなたも本当に酷いですね。まさか、呪いの加減をしないとは」
「ハガル様は、してる?」
「一応、筆頭魔法使い向けの仕様書があるのですよ。そのまま好き勝手にやらせると、大変なこととなってしまいますからね。それが、これです」
「もう二度と、呪いはしません」
「ですが、そんなことまで出来てしまうとは、才能か、それとも、妖精の愛情か」
「なあ、妖精の呪いの刑って、ハガル様くらい、強い妖精憑きが出来る代物じゃないのか?」
そこが疑問だった。てっきり、持っている妖精の力が強いから出来るもの、と俺は予想していた。でないと、妖精憑きみんな、出来てしまうだろう。
「妖精憑きであれば、誰だって出来ます」
「そうなのか!?」
「ただし、命を賭けることとなります。呪いの発動に対して、妖精憑きの命一つです」
「じゃ、じゃあ、まさか、俺は死ぬんじゃ」
きっと、明日には死んでいるかも、なんて俺は考えた。今から、遺書を書いておこう。
俺が真っ青になって慌てているから、筆頭魔法使いハガルは悪戯っ子みたいに笑う。
「大丈夫ですよ。あなたのは、妖精が勝手にやったことですから。この呪いには、いくつかの縛りがあります。それをどうにか出来ないから、ただの妖精憑きは命をかけるしかないのですよ」
「けど、妖精憑きの命を賭けるって」
「まず、妖精憑きの格の話ですね」
筆頭魔法使いハガルは人払いをしてから、俺に話してくれた。
「妖精憑きというものは、善行を行えば格があがっていく存在です。逆に、悪行をすると、格は下げていきます。妖精憑きの格が落ちることは、憑いている妖精にとって、避けたいことです。だから、どうにか善行をするように見守っています。その中で、最大の悪行が、人を呪うことです。妖精憑きの格を落とすことを妖精たちは嫌います。だから、無理矢理やらされるのですよ。妖精だって意思があります。それを無理矢理、捻じ曲げるのです。その捻じ曲げる度合によって、妖精憑き側も代償を払わなければなりません。妖精憑きの意思で人を呪うということは、妖精にとって命をかけさせるものです。そういって妖精が脅しておけば、妖精憑きだって呪わないでしょう」
「じゃあ、妖精も了承すれば、出来る?」
「了承、するわけがないでしょう。妖精にとって、一緒に誕生した妖精憑きは大事です。格を落とすということは、妖精にとっては絶望ですよ。格が落ちれば、会話が出来なくなるのですから」
「世の中には、五感全てで妖精を感じることが出来ない妖精憑きだってたくさんいるだろう」
「生まれつきと、後天的になるのでは違います。生まれた時から持っている神の祝福を失うのです。そんな屈辱的なこと、妖精にとって我慢ならないことです」
「じゃあ、ハガル様は呪いの刑をする時、寿命をかけてるということか?」
千年に一人、必ず誕生するという化け物は、才能、妖精憑きとしての力だけでなく、寿命も化け物だという。
きっと、百年二百年を軽く生きるんだろうなー、なんて俺はハガルを見た。ほら、同い年だってのに、ハガルは今も若々しい姿だ。もう、親子といっても通じてしまう。
「千年に一人、必ず誕生するという私は特別です。悪事、何やったって、格は落ちません」
平べったい胸を張って自慢するハガル。
呆れた。もう、生まれた時から、ハガルは勝者である。呪うのだって、代償ないというのだ。
「まあ、さすがに人の理に反することには、ちょっと代償を支払いますけど、私にとっては、小さいことですよ」
嫣然と微笑むハガル。そういうということは、過去に、代償を支払うようなことをやったんだな。
呪いの刑が発動して、一か月が経過している。人が飲まず食わずで生きていくのって、大変なんだよな。弱い者からどんどんと死んでいっている。
妖精の呪いの刑は、タチが悪い。呪われた者がいるだけで、その土地が呪われ、呪いが伝染するのだ。だから、呪われた者たちを追い出すのが助かる方法である。
しかし、今回、妖精の呪いの刑の発動は秘密とされた。表沙汰にするには、誰が行使したか、という話になる。ハガルがやった、とハガルが言ってくれることを期待したんだけど、そうならなかった。
今回は、運悪く、妖精金貨に触れてしまった、ということで、捕縛されたのだ。何故か?
「人も忘れてきた頃ですし、丁度いいですね。妖精憑きを騙した者たちの末路をまた、思い出させてあげましょう」
そう、今回のことを利用して、帝国中に知らしめるのだ。
時々、妖精憑きが騙されることがある。妖精金貨の発生って、それなりにあるのだ。だが、そこまで大がかりではない。十人前後の被害で終わるのだ。
ハガルが起こした妖精金貨事件ほど、大がかりな被害を出したのは、過去を掘り下げても、ハガルのみである。あまりに大きな妖精金貨事件であるため、一時期、妖精憑きを騙そう、という企みはなくなったのだ。
しかし、人って、忘れるんだよな。経験したわけでもないから、妖精憑きを騙す怖さがわからない。
こうして、また、妖精金貨現る!! なんて見出しの新聞が帝国中にバラまかれるのである。情報操作は、帝国も得意だ。
俺は、ハガルに深く頭を下げた。
「ご迷惑おかけして、申し訳ございませんでした!!」
結局、ハガルに助けてもらった。
帰りに、中央都市の貧民街に立ち寄った。ハガル、優しいの。なんと、転移の魔道具をくれたんだよね。これで、帝国中、どこもひとっ飛びだよ。
俺にとっては、この転移の魔道具は役に立つ。王都の貧民街を追い出されてからずっと、帝国中を歩いて回っていたのだ。転移の魔道具の弱点といえば、行った所には転移出来ないことである。俺は帝国中を回って歩いていたから、逆に、行った所がないぐらいだ。
貧民街って、どこ行ったって同じ感じだ。ただ、中央都市の貧民街って、腕っぷりだけではない、という空気があるんだよね。ほら、中央都市は、帝国中の情報が、ここに集まっているという街だ。裁判だって、ここが中心である。
そういう場所にある貧民街の支配者、俺は相応しくないんだな。俺、頭悪いから。次兄だったら、なれただろうな。あの人、無茶苦茶、頭いいから。
支配者の持ち物といわれる頑強な建物に入る。上っていって、それなりの所に行けば、謁見の間である。そこの中央に、意味のないデカい机が置かれていた。そこに、俺がガキの頃から育てた貧民たちが机を囲んでいた。その中心に、お嬢さんサリーがいた。
机の上には地図があった。そこに、サリーは色々と書き込んでいた。
「ロイド様、お待ちしておりました!!」
あのいかつい男リリーベルが俺に駆け寄って、品を作る。潜伏の役目を終えたから、とピンクのひらひらの服を着ている。心は乙女だが、その見た目がなー。ちなみに、その服はリリーベルのお手製である。手先、器用なんだよな。
「ロイド様、見てください!!」
きらっきらの目で俺を見るサリー。作業、終わったんだな。
「へー、こうなってるんだなー」
サリーに書かせたのは、情報を操作するための情報源である。帝国中に、それらが散らばっているのだ。
男爵マイツナイトは、この情報源を守るために、情報を紙に落とさなかった。かといって、家臣とか、他人を使って操作するわけではない。
これは、情報源を持つ者自身で行わなければ危険なのだ。
サリーの祖父は、絶対、他人の手を借りなかったという。この情報源たちは、サリーの祖父に大恩があり、子々孫々まで仕える、という忠誠でもって従っていた。だから、サリーの祖父の命令しかきかない。逆にいえば、使者が来た時は、何かあった合図ということで、そのまま雲隠れしてしまうという。
つまりは、俺と同じようなことをサリーの祖父はしたのだ。身よりのない子どもの貧民を育て、絶対服従の貧民を作り上げたのだ。
俺は地図に書かれている場所に、名前を付け加える。
「もう、世代交代だろう。名前を書かれた奴らは、そこに行って、引き継ぎをしてくれ。希望の場所があるなら、話し合って決めてくれ」
だが、サリーの祖父が可愛がった貧民たちも世代交代しているから、忠誠心も怪しいので、俺の育てた貧民たちと交代させることにした。
「ロイド様、男爵に味方するのですか?」
リリーベルは嫉妬の目をサリーに向けながら聞いてくる。
「味方というわけじゃないんだ。まあ、恩返しだな」
「? ロイド様の恩人なんですか?」
「まあ、男爵がいなきゃ、俺は今、ここにいないからなー」
そう言うしかない。
野良の妖精たちから、色々と話を聞いた。聞けば聞くほど、母サツキは不幸だ。死んでいてもおかしくなかったんだ。
父、義母、義妹から散々な虐待と暴力を受けていた。食事だって抜かれていることがあったという。それなのに、母サツキは言われるままに伯爵家当主としての仕事をやらされていた。そんな彼女の味方は、当時侯爵だったマイツナイトだけだ。マイツナイトは家臣たちの反対を押し切って、サツキを支えた。
サツキには、他にも味方や支えはいた。魔法使いも影から支えたという。だけど、あの生家からサツキを助け出そうとしたのは、マイツナイトだけだった。
母サツキは、最後まで、貴族として、人として、二度、許した。そして、三度目の裏切りで、サツキは復讐を決行したのだ。
復讐を決行するまで、母サツキが生きていられたのは、侯爵だったマイツナイトのお陰だ。
今も、母サツキの幽体は側にいるのだろう。就寝時には、俺の妖精の目は勝手に発動する。その時、母サツキも野良の妖精たちに混ざって、俺に話しかけてくる。本当に、煩いの。
だけど、母サツキからは、恨み事一つ聞いたことがない。
俺が責めたって、母サツキは、無駄に言い訳しない。だから、もう、俺は母サツキを責めない。
今の俺が存在するのは、母サツキが生きて復讐を果たしたからだ。そして、それを手助けした男爵マイツナイトには、一生かけても恩返しをしなければならない。
「兄貴が言ってた。恩を受けた時は、大きい小さい関係なく、一生をかけて恩返しをしろって」
今、次兄は、海の貧民街で、一生をかけての恩返しをしている。
話し合いはなかなか進まない。人気のある場所は、誰だってなりたいんだ。とうとう、殴り合いまで始まった。
リリーベルは中央都市の貧民街の残留なんで大人しい。何故か、サリーを俺の元に連れてきた。
「見て見て、お揃いよ!!」
「えへへへ、似合う?」
「えー、そうだね」
見えない!! サリーとリリーベルが同じデザインの服を着ているという。ごめん、リリーベルがいうまで、気づきもしなかったよ。
ただ、サリーが着ているにしては、似合うけど、流行のじゃないな、とは思ったけど。
サリーとリリーベル、仲良しだな。サリーはリリーベルの見た目を気にしていない。サリーの目には、リリーベルはどう見えているのやら。
殴り合いの話し合いはつかなさそうである。俺としては、さっさとこいつらを運んで、ゆっくりしたいんだけどな。
「あ、情報の精度の確認、出来た?」
せっかくなので、サリーが持つ情報源の能力を確かめていた。
リリーベル、見た目はあれだが、優秀なんだよな。また、別の大きな紙を離れたトコにある机に広げてくれる。机一つでは足りない、ということ、リリーベル、読んでいたな。
「こちらが、伯爵令嬢サツキの父方の家系図です。あんな騒ぎを起こしたのに、今も侯爵として居座っているわ」
「やっちゃった当事者を切り捨てたからな。こういう、身内だって切り捨てるから、今も貴族でいられるんだよ」
「あと、こちらが大変だったわ。侯爵家の家臣たちの家系図です」
こっちは膨大だ。調べたのは、男爵となったマイツナイトから、一度離脱した家臣たちの家系図である。
マイツナイトが男爵となった時、全ての家臣がマイツナイトについてきたわけではない。ほとんどは、マイツナイトを見捨てたのだ。それも、マイツナイトが侯爵に返り咲くと、呆気なく戻ってきたという。ほら、裏切ったわけではなく、敵の中で潜伏していただけです、という感じだ。
「この中で、マイツナイトが情報源への使者として使われた家門を全て出せ」
「そういうと思っていました」
また、別の紙を出してきた。もう、リリーベルが中央都市の貧民街の支配者でよくない?
「この家系図が正しいのなら、ちょっとした被害で終わるな」
「あら、暗殺しますか?」
「穏便に、妖精金貨の被害者だ。また、ハガルに泣きつこう」
マイツナイトは、情報源への接触に使者を使った。普通、そうするしかないのだ。だから、情報源の情報を家臣たちが知ることとなってしまった。
マイツナイトなりに、信用ある家臣を使ったのだろう。だから、今のところ、情報源は無事な感じである。しかし、一度、マイツナイトを裏切った家臣たちである。また、裏切らないとも限らない。
だから、俺は野良の妖精を使って、これらの家臣たち一族を消すことにした。
「筆頭魔法使い様に叱られますよ」
今回の騒ぎは大きかったから、リリーベルは止める。ほら、野良の妖精の加減て、おかしいから。
俺は妖精の目を発動させる。すると、ぽんと野良の妖精たちがぽんぽんと顕現する。
「まあ、可愛い!!」
『ありがとう!!』
『あなたも可愛らしいわ』
本気か? 野良の妖精たち、リリーベルを笑顔で誉める。いやいや、野良の妖精の目には、乙女なリリーベルに見えるのかもしれない。
野良の妖精たちがあちこちで顕現したので、話し合いという殴り合いが止まった。野良の妖精たちは、殴り合いの元となっている地図を見て、なんか、話しているよ。
俺は近くにいる野良の妖精たちに質問する。
「次からは、呪いの加減もしてくれるんだよな?」
『もっちろん!! ちょっと派手にやり過ぎちゃって、ごめんね。やってみたかったんだ!!!』
『すごかったねー』
『驚いたよー、あんなになるなんてー』
『ハガルは手加減するから、どうしてか、わからなかったけど、これじゃあ、仕方がないね』
こいつら、俺を理由に、本気の呪いを振り撒きやがったんだよな。
本来、妖精の呪いの刑って、命をかけるものだから、妖精憑きはやりたがらない。やるとしたら、千年に一人誕生する化け物である。だが、その化け物はきちんと帝国で教育を受けているので、お行儀がいい。
妖精の呪いの刑って、妖精が勝手にやっていいものではない。妖精憑きのお願いとかなのだ。
俺は妖精憑きではないのだが、妖精の目によって、妖精憑きの力が使える。妖精憑きみたいなものじゃん、ということで、野良の妖精たちは、俺を理由に妖精の呪いの刑を発動させたわけである。
そして、触っただけで生きている物全てを腐らせてしまう威力に、さすがの野良の妖精たちもびっくりしたのだ。
ちょっとやりすぎちゃったなー、てへへへ、と後で笑っていた。いやいや、笑って許されることじゃないよ!!
というわけで、全開でやってみたら、大変なことになったので、野良の妖精たちは手加減をしてくれるという。
俺は、今後、始末する家門たちの紙を野良の妖精たちに見せる。
「まずは、加減を確認しよう。今やると、ハガルに叱られるけど、ほら、ちょうど、妖精金貨という話で終わらせているから、もうちょっと、飛び火してもらおう」
『あー、悪い顔してるー』
『いっけないんだー』
「お前たちだって知りたいだろう? どこまで加減が許されるか。帝国並の加減以上でも許されるなら、ハガルだって、もっとすごい妖精の呪いの刑が出来るようになるじゃん」
『確かにー』
『僕たちだけじゃ出来ないしねー』
ちょっと甘言かましてやれば、野良の妖精たちは乗ってくる。
野良の妖精たちが間に入ったお陰から、殴りあいの話し合いから、妖精との相談になって、情報源の引き継ぎは、どうにか穏便に終わった。




