初めての社交
茶会の招待を誰のにしようかなー、と悩んで、俺にとっては馴染みの相手にした。
数度、行ったことがある伯爵家の邸宅が近づいてきた。それを見ながら、俺は相変わらず、馬に乗って、馬車の護衛である。
「よりによって、あの伯爵を選ぶなんて」
サリーの兄である侯爵がぶつくさと文句をいう。さすがに侯爵は馬車に乗っての移動である。
俺が選んだのは、次兄の友人貴族である伯爵オクトの茶会である。場所が王都なので、俺とサリーは王都にある侯爵邸で一泊してから、伯爵オクトの茶会に参加することとなった。男爵マイツナイトは男爵邸で留守番である。
「すんません」
謝るしかない。ほら、色々と迷惑かけたから。
「普通、先ぶれを出してやら来るものだろう!!」
「茶会の日付が迫ってたから」
俺は侯爵に手紙一つ出さずに行ったのだ。お陰で、侯爵家は大変なこととなった。突然の訪問に、準備出来ていなかったのだ。気にしなくていいのに。
「だからといって、貴様とサリーだけで移動なんて、危ないじゃないか!!」
「時間がねー」
招待状の日時が、本当に差し迫っていた。計算したら、馬車でちんたら移動していた間に合わない、ということで、仕方なく、俺はサリーを抱えて、あの気難しい馬で移動したのだ。
護衛? 足が遅い馬でついてこられても、待ってられないんだよな。だから、護衛なんてない。何かあった時は、仕方がないので、妖精の目を発動して、襲ってきた奴ら全て、野良の妖精さんの力で消し炭にしてもらうつもりだった。
「招待されている人数が一人少ないのは、どうなんだ!?」
「マイツナイト、行けないって言われちゃってさ。オクトは、当日不参加でも、許してくれるよ」
「いい加減すぎだ!!」
侯爵、細かいなー。伯爵オクトは、こんなちっさいこと、これっぽっちも気にしないのにな。人数少ないから、心配くらいはしてくれるかもしれないけどな。
サリーの兄である侯爵には色々と迷惑をかけたので、俺は謝るしかない。貧民の癖が抜けないんだよ、なんて言おうものなら、侯爵、怒りで卒倒しちゃったよ。
侯爵、また倒れちゃうかも、と俺は心配して見ているが、侯爵の隣りで座っているお嬢さんサリーはこれっぽっちも見てない。何が楽しいことでもあるのか、伯爵の邸宅を目をきらっきらさせて見ていた。
伯爵の屋敷の前では、家臣たち、使用人たちが待ち構えていた。そこに馬車を止めさせ、俺は馬から降りて、馬車のドアを開け、侯爵とサリーを下ろした。
「お久しぶりです、ロイド様」
「久しぶりだな。様はやめろ。ロイドでいいって」
「そういうわけにはいきません。あなたは、あの方の弟です」
「オクトは?」
挨拶も適当にして、さっさと歩きだす俺に、伯爵オクトの家臣たちは、馴れたように、俺を案内してくれる。
後ろでは、色々と諦めた侯爵が、サリーをエスコートしながら歩いている。貴族だったら、堅苦しい挨拶とかしなきゃいけないんだけど、ここは、そういうトコではない。
今日は天気が良いから、庭での茶会だった。庭では、招待を受けた貴族たちが、貴族らしい立ち居振る舞いをしていた。そこに案内された俺は、どうしようか、と立ち止まる。
侯爵は馴れたもので、さっさと茶会の主催者である伯爵オクトの元にサリーを連れて向かう。
伯爵オクトは、あの穏やかな笑顔で、招待した貴族たちと会話していたが、そこに家臣の一人が耳打ちをすると、ぱっと子どもみたいな笑顔を浮かべて、その場を離れていく。
貴族って、むやみやたらと走るのはいけないってのに、オクトは侯爵とサリーの横を駆け抜け、茶会のマナーについて思い出している俺に抱きついて来た。
「久しぶり、ロイド!!」
「えーと、こういうことって、人前でやっていいんだっけ?」
俺は茶会のマナーを思い出したんだが、こんな人前で男同士が抱きしめあうことについては、書かれていなかったなー。
「もう、随分と会ってないってのに、冷たいな!!」
「あんたは俺なんかどうだっていいだろう」
俺、そこまで伯爵オクトと仲良しなわけではない。顔見知り程度だ。
伯爵オクトと仲良しなのは、次兄である。お泊り会をしたり、裸の付き合いをしたり、と友達として、色々と仲良くしていたことを俺は次兄から聞いている。
何かあるんじゃないか、と俺が疑うように伯爵オクトを見る。だいたい、俺宛に手紙出してくるのもおかしな話だ。何か企んでるんじゃないか、と疑って、ここに参加したんだよ。
伯爵オクトは、いつもの優しい笑顔を顔に貼り付け、俺の背中を押した。
「ほら、僕と君は目出度く、義理の兄弟になったんだし、仲良くしよう」
「………は?」
俺はわけがわからず、聞き返した。一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
オクトはぐっと俺の体に密着させ、俺にだけ聞こえるように囁く。
「察しが悪いな。義理の兄弟となった、ということは、そういうことだよ」
「っ!?」
やっと、その意味を理解した俺は、鳥肌がたつほど、ぞっとした。
伯爵オクトは、女の趣味が悪い。性格が悪い、綺麗な女が大好きなんだ。だが、そう簡単に、オクトの好みの女は落ちていない。誰もが、オクト、適当な女と結婚するだろう、なんて見ていたのだ。
そんな時、オクトは次兄と友達となった。その繋がりで、俺の姉に出会ってしまったのだ。
俺の姉は、本当に性格が最悪なんだ。我儘で、強欲で、ともかく、性格が悪い。だけど、見た目は無茶苦茶な美女なんだ。だから、俺の姉は、何もしなくても、男が寄ってくるんだ。そんな姉に、オクトは一目惚れして、どうにか手に入れようと、色々とやったんだ。
だが、姉はオクトのことが大嫌いだった。オクトのことは利用するだけ利用して、逃げたのだ。その果てに、姉はどっかの貴族に殺されたという話だ。
俺には下に妹がいるが、次兄によく似ているため、オクトは絶対に妹には手を出さない。オクトは、次兄によく似た女相手でも、鳥肌がたつという。
俺とオクトが義理の兄弟となった、ということは、つまりは、そういうことだ。
俺が色々と察したことで、オクトは珍しく満面笑みを浮かべる。作ってないやつだ。
「ロイド、困ったことがあったら、僕にいうんだよ。義弟の頼みだ。出来る限り、協力するよ。誰か、殺してほしい貴族、いる?」
「いないよ!!」
物騒なこというなよ!! 人畜無害な顔して、その裏は、とんでもない真っ黒で凶悪だよ。
「冗談だって!!」
オクト、笑って俺の背中をバシバシと叩いてくれる。とても、冗談には聞こえなかったよ。
オクトに背中を押されて行った先に行けば、俺は逃げたくなった。
まず、ニコニコと笑顔を浮かべる筆頭魔法使いハガルがいた。お前、城から簡単に出て行っていい立場じゃないよな!?
さらに、騎士団副団長メッサがいた。メッサ、あんな鍛え上げられた体を小さくして、憔悴した顔をしていた。メッサ、茶会だってのに、着ていた服が騎士の制服である。茶会で着れる服、ないんだな。気の毒に。
一度だけ、伯爵オクトから紹介されたことがある皇族サイだ。ただの人だけど、妖精憑きじゃないか、と言われるほどの美貌の持ち主である。この美貌で、男も女も発狂させたとか。伯爵オクトは、次兄で見慣れているから、発狂せず、逆に皇族サイのご友人に選ばれてしまったという。
そして、その場には絶対にいてはいけない、兄ライホーンがいた。ライホーン、俺を見るなり、拳を固めた。良かった、茶会で。そこら辺の街中だったら、俺、兄ライホーンに殴られていたな。
「ロイド、ちょっと向こうで話そうか」
だが、兄ライホーンは諦めていない。俺の肩を力いっぱい掴んで、どうにか人目がないところに連れて行こうとする。
「あー、そうだ、紹介するよ。今、お世話になってるトコのお嬢さんと、そのお兄さんだ」
俺はすぐ近くで呆然となっている侯爵とサリーを巻き込んだ。このまま、有耶無耶にして、兄貴から逃げよう。
兄ライホーンは慌てて、一番、苦労しているように見える侯爵に頭を下げる。
「愚弟がご迷惑をおかけしています!!」
「あ、いや、こちらこそ、妹を助けていただき、ありがとうございます」
「そう言っていただけるなんて、なんて心が広い人なんだ」
「苦労したんですね」
「やはり、苦労かけてるのか!!」
途端、ライホーンの怒りの矛先が俺に向かってくる。俺はすぐにサリーの後ろに逃げ込んだ。
「ロイド様、あの方は誰ですか?」
「俺の実の兄だ」
「そうなんですね!!」
怒りの形相で向かってくるライホーンが俺の兄だとわかるなり、サリーは満面笑顔を見せる。
「初めまして、わたくし、サリーといいます!!」
「あ、ああ、そう」
好意的に向かってくるサリーに戸惑うライホーン。ライホーン、女に対しての免疫がないんだよな。サリーをどう相手をすればいいのか、困っている。
サリーはライホーンの前で綺麗な礼をする。
「わたくし、将来は、ロイド様と結婚します!!」
「ロイドぉおおおーーーー!! 貴様、こんな世間知らずなお嬢さんを手籠めにするなんて、今度こそ、許さん!!!」
「やってないぃ!!」
貴族の前、とか、人前、とか、そういうのをかなぐり捨てて、ライホーンは俺を捕まえようとした。俺は次に、筆頭魔法使いハガルの後ろに逃げ込んだ。
さすがのライホーンも、ハガルを押しのけるようなことは出来ない。
「ハガル様、どうか、弟をこちらに引き渡してください」
だから、礼儀正しく頼むのだ。膝をつきやがった!!
筆頭魔法使いハガルは、俺とライホーンを見て、迷った。
「どうしましょうか。ロイドは王都から出てはいけない、と言ったのに、勝手に出て行ってしまいましたね」
「ちょっと兄弟喧嘩しちゃって、やり過ぎたんだよ。ごめんなさい」
兄弟喧嘩については、ライホーンも反省する部分を感じたようだ。
「だからといって、一か月に一回は、私の元に来るように、と約束したではないですか」
「思ったよりも、旅が楽しくなっちゃって、えへへへ」
その場の俺の知り合いは、唖然として、呆れたように俺を見た。筆頭魔法使いハガルの約束をそんな理由で破ったというのだから、呆れられるのは当然である。
だが、帝国で二番目の権力者は心が広いのだ。
「まあ、無事、生きてやってきたから、許してあげましょう。次からは、許しませんよ」
「は、はい、善処します」
「次、約束を破ったら、地下牢です。大丈夫、快適に過ごせるように、色々とそろっていますから」
「ごめんなさい!!」
笑顔だけど、目が笑っていないハガル。許してくれたけど、まだ、怒ってるんだな。次からは、気を付けよう。
どうにか、俺の身柄は筆頭魔法使いハガルの保護下に入った。ハガルは、笑顔でライホーンの肩を叩いた。
「ロイドももう、子どもではありません。きちんと責任がとれる大人ですよ。あなたも、もうそろそろ、弟離れをしなさい」
「しかし、知らなかったとはいえ、王都から追い出したのは俺で」
「血のつながった兄弟なんです。ロイドは、ライホーンに甘えているだけですよ。あなたなら許される、と甘えているだけです。そこは、兄として、寛容に受け止めなさい」
「はい」
さすがハガル。弟妹がいっぱいいるから、こういうことは、馴れたものである。ライホーン、年下とはいえ、ハガルの言葉に感銘を受け、さらに頭を下げた。
人の頭を下げさせることに馴れているハガルは、ライホーンの行動にも、慌てたりしない。穏やかに笑って、ライホーンの手をとって、立たせた。
「オクトがせっかく、兄弟の仲直りの場を作ってくれたのです。ここで、仲直りしましょう」
「わかりました。ロイド、もう、勝手にしろ。俺はこれ以上、お前が何やっても、怒ったりしない」
「本当に?」
「ああ。ロイドも立派な大人だと、俺も気づくべきだった。俺もお前のことを子ども扱いして、悪かった」
「俺がいつまでもガキっぽいことしてたのは事実だからな。俺もいい加減、責任ある行動をとるように努力するよ」
ライホーンが手を差し出すから、俺も仲直りとばかりに、その手を握った。
兄弟の蟠りがこれでなくなった、と温かい目を向けられる。そんな視線を受けながら、俺とライホーンはがっしりと手を握りあう。
お互い、笑顔だけど、力いっぱい、握りあっていた。こういうのは、離したほうが負けになっちゃうんだよな。
いつまでたっても握りあっている俺とライホーンを見て、また、無駄にやりあっていると気づいた面々は、呆れた。
「ほら、さっさと離せよ」
「お前から離せ」
「あんたが離したら、俺も離すよ!!」
「お前から離せ!!」
「絶対に負けてたまるものか」
「兄の威厳にかけて、負けてたまるか」
兄の威厳、潰してやる!! 俺は意地になって、手に力をこめてやる。俺も毎日、鍛錬しているが、それはライホーンもだ。お互い、鍛錬しているから、勝負がつかない。
「もう、ロイド様、わたくしの手も握ってください!!」
そこに空気が読めないサリーが割り込んできて、俺のもう片方の手を握った。それで、俺の集中力がきれて、ちょっと俺の手の力が緩んだ。
ここぞとばかりに、ギリギリと絞めてくるライホーン。これには、さすがに痛くて、俺のほうから手を緩めてしまった。
「勝った」
兄ライホーンは、勝って、無茶苦茶喜んでいる。俺は負けて、悔しい。
俺とライホーンが距離をとると、サリーは俺の腕をつかんで、改めて、ライホーンと向き合う。
「あの、ロイド様のお兄様の奥様は、どちらにいますか?」
「っ!?」
途端、ライホーンは精神的に打ちのめされて、よろよろと後ろに下がった。あー、ライホーン、まだ、独り身なんだ。
長兄ライホーンは、色々と大変だったせいか、女っけがなかった。本当にないんだよ。真面目だから、遊べなかったというのもある。だから、女も寄ってこないんだ。見た目はいいのになー。
「あちらで、休みましょう」
色々と疲れた侯爵が、ライホーンの肩を押して、その場を離れていった。
侯爵とライホーンの背中を見送る俺。
「あの二人、似てるんだよな」
俺が侯爵の頼み事を断り切れなかったのは、兄ライホーンに似ている部分があるからだ。侯爵のあの生真面目で、不器用なところが、兄ライホーンと重なった。
貧民と侯爵という、身分が果てしなく離れている二人だが、茶会の片隅では、和やかな顔をして、楽しそうに話していた。
帰り際、伯爵オクトが俺とまだ話し足りないらしく、侯爵とサリーから引き離した。俺が伯爵オクトと話しているから、誰も文句は言わない。ほら、伯爵オクトは恐ろしい人だから。
「ハガルから聞いたが、あの娘、大丈夫なのか? 周囲を不幸にして、孤独にする悪運の持ち主とか」
オクトなりに、俺のことを心配していた。ほら、俺は次兄の弟だから。オクトとも、それなりに仲良くしていた。
「ハガルでさえ、迂闊に手が出せない、というんだから、どうしようもないだろう。なるようにしかならん。俺が死んだら、その程度の命運だったんだ」
「妖精憑きであれば、僕がどうにか出来たんだけどな」
「ハガルが見ても、あのお嬢さんは正真正銘、ただの人だ。天災だと思って、受け流すしかないだろう。そういうのは、馴れてる」
「お前も、不幸体質だな」
「俺よりも、兄貴のほうだろう」
むしろ、心配しなければならないのは、生真面目な兄ライホーンである。
未だに浮いた話一つないライホーン。女が嫌いなわけではない。きちんと娼館でやることやった経験だってあるんだ。
ライホーンもまた、過去に捕らわれてしまっている。話では聞いたのだが、母サツキからは、兄だからしっかり弟妹を守れ、みたいな教育を受けていたとか。そのせいか、弟妹の不幸に対して、ライホーンは持たなくていい自責の念を持っていた。それが積み重なって、解消されないのは、あの性格だ。
言われて、オクトもライホーンのことを心配になってきたのだろう。ライホーンは、侯爵と朗らかに笑って会話なんかしている。身分を越えた友情でも芽生えたらしい。侯爵もまた、色々と苦労を抱えているのかもしれないな。
「侯爵も王都にいるというから、たまにでいいから、兄貴と繋ぎをとってやってくれ」
「僕がやらなくても、あの二人なら、もうそういうことしているだろう」
「どっちも真面目だからなー」
どうせ、内心では、貴族と貧民だし、なんて二人とも、考えていそうだ。真面目すぎるんだよ。
「それにしても、ロイドは、本当にいい加減だなー。そういうとこ、似たな」
「そりゃ、育てられたからな」
俺を育てたのは次兄だ。物心つく前に母親を失い、俺が頼ったのは次兄だ。あの父親に子育てなんて出来るはずがない。金だけ渡して、さっさと逃げていったんだよ。
次兄は俺だけでなく、まだ乳飲み子だった妹も抱え、育ててくれた。今ならわかる。次兄は妖精憑きだから、出来たことだろう。誰も子育てなんて、次兄には教えない。次兄は生まれ持った妖精たちから知識を得て、妖精を使って、俺と妹を立派に育ててくれた。
だから、俺は次兄に似た。仕方がない。
「別に、義理の兄弟だからとか、そんなのは、言い訳なんだ。ロイド、気にせず、僕に頼っていいんだ」
「そんなことよりも、姉貴のこと、気をつけろよ」
「そこは大丈夫だ。今は大事に大事に閉じ込めている」
暗い笑みを浮かべるオクトであった。こわっ!!




