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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第1章 銀が世界を終わらせる、その時まで
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1-7.4か月前 成人の儀(5)


 アリスは最近、すっかり血を飲むのが好きになっていた。家では一日に飲める量は制限されており、もっと飲みたいとねだってもそれは叶わない。適正な量を毎日飲むのが、最も効率的であると諭されて。


 確かに両親とも、朝と夕にそれぞれグラスに2杯の血しか飲まない。それはアリスに出される血の量よりも少なく、これ以上我が儘を言うわけにはいかないと我慢しようと心がけていた。

 アリスはこらえ性のある少女であった。


 しかし、それも目の前で流れる血があれば別だろう。その血は次から次へと流れ出て、止めなければやがて死に至るだろうが、まだ大丈夫なはずである。死なない程度の血の量がどのくらいかは分からないが、少し飲んで―――いつものグラス3杯分よりちょっと多めに飲んで、満足したら止血すれば良いのではないか。きっとそうだろう。

 アリスは自分に都合良く考える少女でもあった。


 何の役にも立てなかった自分がご褒美を貰えるのも申し訳ないと思ったが、許可を貰ったからには美味しく頂いてしまおう。アリスは茶髪の魔術師の前で中腰になり、彼女の身体を見る。


「………?」


 彼女の身体にはいたるところに裂傷が出来ており、血がじくじくと流れ出ている。全身を血で濡らした彼女の身体からはあの甘ったるい香りが―――漂ってこない。


「あれ、あれ……?」


 その代わりに漂ってくるのは十年来嗅ぎなれた臭い―――あの異臭である。血を飲むのを楽しみにしていたアリスは、しかしその臭いを嗅いだ瞬間、『この血は飲めない』と身体が拒絶しているのを自覚した。


 口をつけるのも躊躇われる。背中を嫌な汗が伝う。これを飲まないと、また彼―――ソーライから何か言われてしまう。


 いや、それどころか。この後の血呑みの儀で、自分はこれを飲まなくてはならないのだ。


(なんで、どうしてこんな時に限って、血が―――飲めないの?)


 アリスは己が状況を理解し、愕然とした。鮮やかに映っていたはずの赤が、途端に泥のように色褪せ始める。




 ―――また一方で、近くに誰かが来た気配を感じて茶髪の魔術師は身じろいだ。


 深手を負い、一時は気を失っていた彼女だったが、妹が施してくれた守りの加護のおかげで意識の回復が早まった。目を覚ました途端、全身を襲う痛みに悲鳴を上げそうになったが、それよりも何よりも自身に近づいてくる者の気配を感じ取る。


 負けるわけにはいかない……諦めるわけにはいかない……! 加護による副次的作用、湧き上がる勇気の効果でもって、絶望的状況にあっても彼女の心は折れていなかった。故に、彼女は近づいてきた者へ敵意をもって睨み返そうと顔を上げた。




 ―――――「「あ……」」―――――




 そうして、二人の目線が至近距離にて、交わった。


 その瞬間、アリスは自分の意識が拡大するのを感じた。自分の精神が身体の枠を飛び越え、目の前の魔術師を包括するのを感じる。


 あっ、と思った時にはもう身体は動かない。色が消え、極限にまで時間を引き延ばされた世界の中で、彼女は唐突にその声を聞くのであった。


『ご命令をお願いします』

『え、あの、えっ?』


 肉体は動かない。口も動かなければ目線も動かせない。それでもアリスは目の前の魔術師と会話をしていることを自覚する。


『ご命令をお願いします』

『え、ちょっと、命令って何? 何のこと?』

『ご命令をお願いします』

『いや、なんで、えっと、命令…? どうしてしないといけないの?』

『命令はないという理解で宜しいでしょうか?』

『えっ? う、うん―――そうね。別に、何も命令したいことはないわ』

『かしこまりました。それでは洗脳より解かれます』

『えっ? 洗脳? 洗脳って―――』


「どういうこと―――」


 会話は急に途切れてしまった。アリスは疑問の続きを、そのまま現実で口にしてしまう―――その疑問に応えてくれる者はいなかった。


 魔術師の目の焦点が一瞬小さくブレる。やがて再度アリスの顔に焦点が定まり、彼女の髪や服装を見て小さく息を飲んだ後、突如として叫んだ。


「<輝ける陽光(マディラータ)>!」










「「「ぎゃああああああ!!!」」」


 【輝ける陽光(マディラータ)】―――神からヒト族へともたらされた疑似陽光の儀式魔術が発動し、洞窟の中に陽光が生まれる。それは暖かな熱と眩い光を放ち、暗い洞窟を昼間の草原のように明るく照らす。


 その光を受けた吸血鬼たちは痛みに悲鳴を上げ、あるいは眩い光に目を焼かれ、その場にくずおれる。


 吸血鬼は太陽の光を浴びると死ぬ。その呪いは疑似太陽のもとであっても強く吸血鬼たちをむしばむ。


 『輝ける陽光』に照らされた吸血鬼は魔素が欠乏し、身体は鉛のように重くなり、全身に激痛が走る。魔術の行使やスキルなどとても使えず、強靭な肉体もヒト並み以下に脆くなる。


 『輝ける陽光』をもろに受けた今の彼らは、ヒト族の同い年の子にすら負ける。それほどまでに『輝ける陽光』とは吸血鬼にとって致命的な魔術であった。


「はぁ、はぁ、銀の髪に漆黒の外套―――まさか、本当に吸血鬼とはね。生き残っていたとは思わなかったわ…」


 茶髪の魔術師は何故か傷だらけの身を起こし、その場に(うずくま)る5つの銀髪の影を見下ろした。何故自分がこのようなところにいるのか、何故パーティーの仲間たちが傷だらけで倒れているのか、まったく記憶が噛み合わない。自分たちはキルヒ王国に向かう途中、野営の準備をしていたのではないのか―――疑問と違和感は後から後へと沸きあがる。


「…っ!?」


 そして彼女はとうとうそれに気づいて、腹をさすった―――何か、ある。いや、いる…?


 腹の中に何かがいる。外ではない、中だ。中に何かがいて、腹が膨らんで息が苦しい。


 これは、まさか、まさか―――茶髪の魔術師は身の毛がよだつ想像をして、しかし必死に頭を振った。


 今は…っ! 今だけは、自分のことを気にしている場合ではない。この状況をどうにかしなければ自分たちの命はない。そう、即座に判断した彼女は杖を振るおうとしたが、眩暈を起こしてその場にふらつく。


「うっ、血が足りない―――でも、本当に吸血鬼だとしたら殺さないと……」


 失血の影響か、ひどい頭痛と吐き気が襲ってくる。それでも彼女はかぶりをふって痛みを払い、杖に念じて『輝ける陽光』の制御を解いた。魔術師が同時に行使できる魔術は1つのみ、『輝ける陽光』を出したままでは次の魔術が使えない。


 ただ、『輝ける陽光』は吸血鬼に対して一度でも照らせば効果は十分。明かりは傍らに落ちている松明で間に合っている。


「―――天翔ける風よ、敵を撃て―――<風礫>!」


 そうして彼女は痛む頭を抑えながら風初級魔術を行使する。空気を凝縮して現れた風の矢は、動けない吸血鬼に向かって飛来する。


「きゃぁっ!」

「ぐ、ぐぅっ、つ、土よ、そび―――がぁっ!」

「うぐっ!」

「ぐっ…」

「きゃあっ!」


 『風礫』の一撃は、近くに跪いていた少女を勢いよく吹き飛ばす。そして後方で一人、少年が防御魔術の詠唱を行っていたが間に合わず、彼らも『風礫』の余波を受けて地を転がった。


 メキッ……


「ぎっ…?! ぐっ……ふっ……!!」

「ぐぅぅっ、力が、魔素がっ……」

「くそぉっ、ヒト如きがっ、ヒトの分際でっ…!!」

「うぅっ、痛い、痛いよぉ―――」


 4人分の声が聞こえてくる。1人、一番大きな吸血鬼はぐったりとして動きを止めているがその他小さな4人は全員生きて意識を保っている。彼女は周囲を見回し仲間に助けを求めようとするが、全員が未だ気を失っているのを見て頭を振った。


「くっ、私がやるしかない!」


 そうして彼女は魔素をばら撒き、杖を振るう。


 “詠唱魔術”はこの場において不適。発動には最小限の消耗を。その代わり、威力にこそ最大限の投資を!


 自身の保有する魔素の大半を威力向上につぎ込みながら魔法陣を描く。相手を確実に殺すための“法陣魔術”―――彼女がその行使に至るまで、残り数十秒のときである。







【Tips】輝ける陽光(マディラータ)

 その昔、吸血鬼が地上を支配せんとしていた時代、エンター族はエルフ族・ドワーフ族・ヒト族と協力して神を降ろす儀式を執り行った。結果、この世に新たな神が降りた。名を陽神ひのかみラーという。

 ラーは自身と同体である陽光を媒介に吸血鬼たちへと呪いをかけた。即ち、陽光じぶんに見られた者は灰となって死ぬと。瞬間、この世から数十万の吸血鬼の命が灰となって消えた。

 そして同時に、最も弱き種族であるヒト族に対し、唱えるだけで自身を召喚する儀式魔術を与えた。それが輝ける陽光(マディラータ)である。

 疑似的に生み出された陽光は吸血鬼を灰にするに至らず。しかし致命的な損傷を与えることが叶う。

 輝ける陽光(マディラータ)を手に入れたことでヒト族は、吸血鬼を地上より駆逐することが出来たのである。

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