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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第1章 銀が世界を終わらせる、その時まで
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1-6.4か月前 成人の儀(4)

 

 ソーライが後衛2人組を呆気なく無力化した、それより少し時は遡る。


「ダメだ、まったく刃が通らん!」

「くそっ、こんな強いのは反則でしょっ!」


 黒狼と対峙していた戦士と剣士の二人は既にお手上げ状態であった。


 ただ二人とも傷一つたりとも負っていない。というのも狼は彼らの攻撃をなすだけで、まるで攻め気がないからだ。


 それでもとにかく毛が固く、刃を叩きつけても成果は得られず、鼻や目など毛が生えていない部分を狙おうにも異常なまでの俊敏性を見せ、空振りに終わる。そしてその機動力を活かして、翻弄するように体当たりや足蹴りを仕掛けられてその対応で精一杯。


 今はまだ振るわれていないものの、松明の灯りに照り返されて存在を主張してくる牙や爪でいつ襲ってくるか。攻めているつもりが実質防戦となっており2人は緊張を強いられていた。


「くそっ、何とか凌いで、早く応援に……」


 リーダーである黒髪の戦士は焦る。少し離れたところで後衛の仲間が敵3人を相手に足止めを買って出ている。


 状況を有利に動かす為には自分達が動かなければならない。しかし、俊敏に動く黒狼を自由にさせるのも怖い。今のところ何とか2人がかりで抑え込んでいるが、すり抜けられて後衛を襲われては瓦解する。


「なんだー、怖かったんだったらそう言ってくれればいいのにー!」


 と、その時突然少女の声が響き渡る。何事かと視線を向けると少女が2人、和気藹々と話し合っているのが見えた。その片割れ、背の高い方の少女が場違いな笑顔を浮かべ完全にこちらから視線を外している。


 見るからに隙だらけに見える。その様子に戦士は刹那の間、思考する。


(狼には攻撃を通す手段がない。だが少しの間だけなら自分一人で抑えられるかもしれない。危険を承知で奴らからやるか? どうする?)


 逡巡の後、剣士と視線をかわし―――意思決定を為す。


「やれっ!」

「あいよっ!」


 一瞬のアイコンタクトで意図を汲んだ金髪の剣士が駆け、少女2人のもとへ駆ける。瞬間、黒狼が剣士を追おうと地を蹴るがそこへ黒髪の戦士が戦斧を薙ぎ、飛び退いたところへ更に盾を打ち付ける。


「ここは行かせんっ! 悪いがお前の相手はこの、俺だっ!!」


 下級スキル『咆哮』を再び発動し、黒狼の注意を引き付ける。黒狼は低く唸り声をあげ、しかしその場に足を止めた。


 好機だ、そう戦士は思った。だが―――


「ま、それは通さないよ」


 突如、声変わり前の少年が暗闇より姿を現し、金髪の剣士に接触する。


 何が起こったのか。剣士は声を上げる間もなく意識を刈り取られ身体を弛緩させている。彼の身体を抱きとめて地面に下ろした少年は、反対の手で担いでいたものを無造作にその場に放り投げた。


「うっ…」


 重い音とともに地面に投げ捨てられたのは赤毛のヒト―――明かりから離れ、隠密行動を取っていた者だった。短く呻き声をあげるものの、彼女に意識はない。


「さてと、これで終わりでいいかな?」


 少年―――カネルは、呆気に取られてすっかり戦意を喪失してしまっている黒髪の戦士と、後衛2人を片づけたソーライ、そして今まで全く気配を悟らせなかったカリーナがアリスの隣に姿を現したのを見て、戦闘の終わりを告げた。









 今回の成人の儀の獲物が戦闘に慣れたヒト族―――それも5~6人の構成であると予想していたカネルは、戦闘に入る前にこちらの気配を悟られ伏兵が用意される可能性を考えていた。


 目指す結果は『全員が無傷且つヒト全員の捕縛』という至上のものであり、伏兵からの横やりは想定外の事態を招く可能性もあるし、そもそも圧倒的な戦力差を前に逃げ出される懸念もあった。


 自分1人であれば気配を殺して近づいて全員倒して終わりに出来るが、これは第一成人の力を見る儀式である。そんな勝手は許されない。ただ、自分以外が気配を殺して近づくなんて器用な真似が出来るとも思えない。


 だからカネルはリカへ依頼して蝙蝠を召喚してもらい、遠くから人数の事前確認を行った。結果、影に潜んでいる赤毛のヒトを見逃さず、暗闇の中気配を殺し、虚を突いて気絶させることが出来た。


 隠密行動を得意とするシーフの不意をつく。この中でそのような芸当ができるのも、街の外で大人たちが太鼓判を押すほどに狩りの名手となった彼くらいしかいないだろう。そうして元々の目的、リカとソーライにそれぞれ見せ場を作ってあげられたことに満足して姿を現したのだった。


「あーあー、それにしても本当、楽勝だったなー! アリス姫の力をお借りしなくても全然大丈夫なくらい、楽勝だったなー!」


 そしてカネルは洞窟内に響き渡るくらいの大声で一人愚痴る。カリーナの眉根がピクリと動く。


「いやー、本当に申し訳ございませんでした、アリス姫! 姫の手を煩わせまいと動いた結果、出番を全て奪ってしまいました!」


 そうしてアリスに歩み寄り、ひざまずく。その芝居掛かった様子をソーライが白々しい目で見ているが、アリスも似たようなものであった。


「……ふぅ。別に構わないわ、カネル。私の為に動いてくれてありがとう」


 ため息交じりに道化を演じることにした。アリスは差し出されたカネルの手を取り、立ち上がらせる。


 此度の闘争の儀において、アリスは全くの役立たずであった。それが無能であるからなのか、はたまたカネルの言うように敵が弱くて出番がなかっただけなのか。真実は闇の中である。


 カネルが守ったのはアリスの体裁であった。批判や疑惑の目を向けられるだろうが、そんなことは知ったものか。


 あとはこの組み分けを意図的に行ったと思われる王様に任せよう。カネルは憮然とした表情を浮かべるアリスにウィンクを1つ返して小さく笑った。


「ありがと~、クロちゃん、パタちゃん!」


 そしてリカは自分の役目が終わったことを悟り、召喚した黒狼の頭を撫でる。そうして先に召喚していた蝙蝠ともども、自分の中に送還した。


「……降参だ」


 そうして1人、残された黒髪の戦士は戦斧を投げ捨て、両手をあげた。


「話が通じる者達よ、お前たちが何者かは知らぬが命だけは助けてくれないか? 金や装備―――俺自身がどうなっても構わん。ただ、他のやつらを見逃してやってくれないだろうか?」

「はんっ、先に攻撃をしかけてきておいてとんだ言い草だ! 笑わせてくれる」

「……最初に啖呵切って戦闘の意思を見せたのは君だよ、ソーライ」

「えっ、そ、そうだったか?」


 カネルより思わぬ突っ込みを受け、たじろぐソーライ。彼は記憶を手繰り寄せようと頭を働かすが―――果たして、どちらが先に手を出したかなどまあ些細な問題であったと結論付け、黒毛の戦士に向かって歩みを進める。


「―――まあ良い。それにお前たちの意思などどうで良い! さっさと洗脳し、街へ連れて帰ってやるわ!」


 そうして戦士の前まで行き、彼の瞳をじっと見つめる。


「見ろ!」


 接吻も適う程の超至近距離、そこにおける吸血鬼との視線の交わり。それは絶対服従の呪いの儀式―――吸血鬼特有の洗脳魔術の行使である。


 その瞳を間近で見てしまった戦士は―――


「…ん、な、なんだ?」

「あ、あれ? おかしいな、こうすれば洗脳されるはずじゃあ…」


 しかし戦士は明らかに何かされそうになったにも関わらず何事もなかったことに狼狽え、ソーライも洗脳の効果を与えられなかったことに狼狽える。


 そんなソーライに、カネルが少し気まずさそうに声をかける。


「あのさ、このヒトたちは元々家畜なんだから既に大人が強い洗脳をかけていると思うんだ。だから僕たちじゃ洗脳の上書きは出来ないよ」

「あっ、しまった! そうか…」


 ソーライはすっかり忘れてしまっていたが、この冒険者達は成人の儀の為に集められた家畜であり、既にどこかの大人が洗脳を施した後である。その洗脳を上書きするには元の洗脳者よりも多くの魔素保有量が求められる。


 さすがにまだ12歳であるソーライ。放出できる強さは格段に強いが、保有している魔素の量は長年貯め込んできた大人たちにまだ敵わない。また、もし敵ったとしても他者の所有物を奪うことになる―――それは泥棒行為である。


 そんな己の名誉に傷をつけることをするわけもなく、ソーライは魔術を使って戦士を気絶させ捕縛し、無事に闘争の儀の役目を果たしたのであった。













「さて、これで全員を無力化したわけだが―――」


 ソーライは辺りを見回し―――意識を刈り取られて泡を吹いている金髪、地面に倒れ気絶している赤毛、気絶させられた上に捕縛されている黒毛、そして最後に自分が倒し血を流している茶髪の二人を見て、言った。


「おいアリス、お前血をいつも3杯ずつくらい飲んでいると言っていたな。今ここでそこのメスの血を死なない程度に飲んで証明してみせろ」

「なっ、お前っ―――ソーライ、その話は終わったはずじゃなかったかな?」

「いや、俺の中では終わっていない! こいつは戦闘の合間まるで役に立たなかったし何かをする素振りも見せなかった。それはやはりまともに【飲血いんけつ】しようとせず、魔素が不足して魔術もスキルも使えない無能だからだ、あの噂通りに!」

「えっ、えっ…?」

「ソーライ、てめぇっ、いい加減にしろっ! アリスは飲めるって言ってんだよっ!」


 ソーライの言葉にリカは不安げな声を上げ、カネルはとうとうその口調を荒げソーライの襟首を掴んだ。


 ソーライは自身に振るわれる暴力に足を震わせたが頑なに意思を曲げずカネルの目を睨み返す。そのまま場は膠着するかに見えた。しかし―――


「別に。いいわよ」


 アリスがそう言って茶髪の魔術師に向かって歩き出す。そこには何の気負いも感じられない。いや、むしろ血を飲めることに喜びを感じているようにも見えた。


 ソーライは訝しむ。父が聞いたというあの噂は嘘だったのだろうか? どういうことなのか―――いや、この際は『どうなるのか』だ。奴は血を飲みきるのか、少ししか飲めないのか。彼はその挙動を見逃さないよう注意深く見張る。


 カリーナとカネルも、アリスの様子を見守っていた。彼らはアリスから血が飲めるようになったと聞かされていたがその現場を見たことがない。長年血が飲めなかったことを知っている身としては、この土壇場で血が飲めるようになったことを、半信半疑の気持ちで見ていたことは否定できない。


 そしてリカは一体何の話をしているのか理解が追い付いていなかった。あたふたと慌てふためくが、やがて自分以外の3人がアリスのことをじっと見ているのに気づき、それに倣ってアリスを見つめた。


 こうして4人が注目してアリスの様子を見守っている中――――それは、起こるべくして起きてしまう。







【Tips】飲血いんけつ

 本来であれば、吸血鬼はヒト族へ直接歯を突き刺し、血を吸うのが最も効率的な魔素の摂取方法である。しかし、吸血はごく少量の摂取であろうと副次的要因により対象を確実に殺めてしまう為、家畜の補充が容易ではないナトラサにおいて機会が乏しい。

 必然的に血の摂取はボトルやグラスを通しての間接的摂取の機会が多くなり、その行為はナトラサでは飲血と呼ばれている。

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