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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第1章 銀が世界を終わらせる、その時まで
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1-5.4か月前 成人の儀(3)



「はああああああっ!!」

「……っ!」


 戦闘の口火を切ってまず駆けたのは黒髪の戦士、その後ろを僅かに遅れ、金髪の剣士が影のように走る。


 壁役を担っている黒髪の戦士の右目が淡く光り、スキルを発動させる―――張り上げた大声に魔素を乗せ、敵の注意を一心に集めるスキル『咆哮』である。


 そうして盾で急所を守りながら戦斧を振るう。これにより相手の初撃を防ぎつつ足止めをする。


 盾を構えながら戦斧を振るっても普通は大した威力が乗らない。しかしスキルを発動した今、副次効果で身体能力も向上している。ヒトや獣程度であれば骨ごと叩き切る。魔物であっても当たり所が良ければ深手を負わせることが出来る。さあ、今目の前にいる者達はヒトではないらしいが、その身の強靭さは如何ほどか。


 彼が振るった戦斧は、魔術行使の準備に入っていた少年の肩口にそのまま突き刺さり―――


 ―――ガィンッ!


「くっ…」


 それよりも前、少年の背後から飛び出してきた黒い毛玉のようなものが戦斧に体当たりを仕掛けてきた。黒髪の戦士は得物を取り落とさないように必死に握りに力を入れる。一方でぶつかってきた何者かに対して盾を打ち付け、距離を剥がす。


「ハァッ!」


 そしてその彼の後ろ、金髪の剣士が上段から大剣を振り下ろした。このパーティーにおいての真打しんうち、スキル『強化』によって大幅に威力が増強された一撃は随一の破壊力を生む。


 奇襲であろうと遭遇戦であろうと黒髪の戦士による足止めから彼の一撃へと繋げるのが常勝の連携であった。しかし―――


 ―――ガィンッ!


「っ…、嘘でしょっ?!」


 黒髪の戦士が盾で押し返したはずの黒い毛玉が間髪入れずに身を翻し、金髪の剣士の一撃をあっけなく打ち返した。渾身の一撃を返され、たたらを踏む金髪の剣士に合わせ、一度黒髪の戦士も距離を取る。


 そして、子供3人の前に立ちはだかったその黒い毛玉のようなもの―――漆黒の毛に覆われた狼へ視線を移した。


「おい、あの狼、今…」

「…あぁ、“毛”だった、間違いないないねぇ…」

「そうか…」


 そして2人は今起こった攻防において、彼らの放った一撃が2つとも狼の毛の部分によって押し返されたことに気が付いていた。しかも戦斧や剣の横面から叩かれたわけではない、刃の部分が確かに当たり、それでも押し返された。


 刃が当たった瞬間の手応え、金属同士がぶつかったような音。それらの要素は、あの狼には金属並みの硬さと打たれ強さがあることを示していた。


((化け物…っ!))


 2人は一度、その場を動くつもりのなさそうな子供達を意識の端に追いやり、目の前の【黒狼】に闘志を集中させ始めた。






「かっ、はぁっ、ひぃっ、ひぃっ! お、おいっ、もっと早く助けないか!」


 一方、ソーライは自分の目の前で起こった攻防に慄き、身に危険が及びそうになったら眷属の助けを入れるはずであったリカに文句を言っていた。


「えー、ダメだったー? 間に合ったのにー」

「ギリギリすぎるだろうっ! 俺は魔術はともかく、その、あー、くっ…! と、ともかく次はもっと早く助けろ!」

「うーん……?」

「『うーん…?』ではない! いいか、危険は未然に防げ、いいな?!」

「うーん…? 分かったー…?」

「なぜ語尾を上げる!? なぜこんな単純な話を分かってくれない!」

「…ちょっといいかしら?」

「なんだっ!?」


 一向に埒のあかない2人の会話に、久しく黙っていたアリスが割って入った。


「文句ばかり言っているのもいいけど、手が止まっているわ。彼女には私から言っておくから、あなたは魔術をお願い。向こうも魔術を使ってくるつもりみたいだから」

「何ッ!? わ、分かった。よし魔術なら負けぬ! さあヒト共よ、俺様の魔術に恐れおののくが良いわ!」


 わっはっはと高笑いを上げ、彼はようやく魔術行使の準備を再開した。それを見てため息を吐き、アリスは短剣を構えながら横目でリカに話しかける。


「大変ね、あなたも。戦闘中に変なのに絡まれて」

「ううんー、全然気にしてないよー。喧嘩はクロちゃんに任せてるから、大丈夫ー」


 そう言ってリカは黒狼から―――ヒト族の戦士や剣士からも完全に目をそらし、アリスに向き直る。アリスはその無防備さに驚き、よりリカの方へ体を寄せた。


「でもー、ソーライくんになんで怒られたのかなー? ちゃんとクロちゃん、ソーライくんを守ったのにー?」

「彼はもっと早く助けて欲しかったのよ、そうさっきも言っていたわよね?」

「うーん…? 早く助けないと、え~と、助けても怒られるのー?」

「―――どういうこと?」

「……ごめんなさい」


 アリスに説教されているとでも思ったのか、リカはしゅんと項垂れ謝った。それを見て、アリスはとうとう彼女の方へ向き直った。


 そして、思い浮かべるのは母の顔。自分を励ましてくれた優しき母の表情を、自身の顔に張り付け声音を寄せる。


「ああ、謝らないで。私は怒ってもいないしあなたを責めるつもりもないの。それと、ごめんなさい。私の顔が怒っているように見えたのなら謝るわ。目つきの悪さは生まれつきなの」

「…ほんとー? お姫様、怒ってないー…?」

「本当よ、名に誓って怒っていない。だから安心して? 私たちは同族、仲間なのだから」

「…! うん!」


 そうしてリカは晴れやかな笑顔を浮かべた。そのあまりにすれのない笑顔に、アリスは胸の奥に棘が生まれた気がした。


 そしてリカから、彼女なりの考えを聞き出した。どうやら彼女は、なぜソーライが『早く』助けて欲しいのか、その理由を把握できていなかったようだ。


 彼は強く、偉く、恐れない。先の会話でそんなイメージを持ってしまったが為に、彼が目前に迫った斧と剣先に恐怖していたことに気づいていなかったのである。


 確かに彼は『怖かった』とか『危なかった』とかそういう彼の矜持に触れる言葉を使わなかった。だからこそ『早く助けろ』と言われてもこれ以上早く助けることに何の意味があるのだろうとリカは疑問に思ってしまった。彼女には彼女なりの考えがあったのだった。


「なんだー、怖かったんだったらそう言ってくれればいいのにー!」


 リカは彼の態度に納得が及んで笑った。その声を聞いて魔術戦を繰り広げていたソーライは一瞬、彼女のことをちらりと忌々しそうな目で睨みつけるが、そんなことに気づきもしないリカであった。













 


 ―――前衛2人が黒狼とにらみ合っている頃。


「……っ!」


 茶髪の魔術師は己が本分を果たす為に奮い立ち、全身から魔素を放出した。


 宙に蒔かれた魔素は白い光となってしばし浮く。それを杖先で絡めとりながら彼女は俯瞰して戦局を見極める。


 前衛2人―――突然現れた狼と対峙中。決定打なく、完全に足止めされてしまっている。


 中衛のシーフ―――未だ闇に紛れ、伏兵として待機中。ただし彼女はこの戦闘において絶対に欠けてはならない駒。戦局が有利になるまでは頼れない。


 そして後衛である自分達―――敵との間に前衛2人がいるものの狼に完全に貼り付けられている今、壁の効果は薄い。残った敵3人との距離はおよそ20メートル。迂回して間を詰められれば十秒ともたない。


 間合いを取ろうにも盲目の妹に機動力はない。つまり、この場に踏みとどまるしかない。


「チッ…」


 状況は最悪。彼女は舌打ちを1つして、杖先に魔素を集めながら声を張り上げる。


「前衛っ、1人は戻って!」

「っ、すまんっ! 少し耐えてくれ!」

「くっ…!」


 返ってきたのは否の応答。彼女は歯噛みして、しかし自棄にならずに妹へ指示を出す。


「守りの加護を前衛に、その後私にも! 私達だけであそこの3人、足止めするわ!」

「う、うんっ、分かった! ―――聖なる者よ、祈りを捧げます…」


 そうして後ろで妹が祈りを唱え始める間も彼女は杖を動かす。宙に蒔いた魔素を杖先に集め終え、今度はそれを宙に溶かしていき魔法陣を描いていく。


 “法陣魔術”と呼ばれる【魔術】である。最も一般的な“詠唱魔術”と比較して発動に多少時間がかかりその場から動けなくなるデメリットがあるが、魔素の消耗を抑えられるという利点を持つ。且つ―――


「前衛っ、敵3は私が出来るだけ抑える。だけど早めに片付けて!」

「おうっ!」

「了解っ…!」


 詠唱を唱える必要がない為、こうして発動準備の間も意思疎通が取れるという利点もある。


 そうして水初級魔術である<氷柱>の魔法陣を完成させ、彼女は氷の矢を2本空中に生み出す。


 と同時に敵方の1人―――先ほど魔術師を名乗っていた少年が前衛の戦闘を避けて前に出てくるのを見る。その後ろの2人に、動きはない。


 茶髪の魔術師は一瞥のもと状況を捉え、牽制で彼へ1本、もう1本は動きを見せていない後ろ2人を襲うよう狙いを定める。


 ……前衛2人が自由に動けるようになるまで、倒そうとしなくていい。奴ら3人を引き付ける、けど、必要以上に自分達にも近寄らせない! それが己に科した役割であった。


「お待たせ、お姉ちゃん!」


 遅れて、淡い光が身体を包み込む。妹の祈りが起こした奇跡、守りの加護の光であった。


「……!」


 加護の副次的効果で勇気が湧いてくる。3人がなんだ、前衛不在がなんだ、私なら出来るっ、やってみせる!


「っ、行きなさい!」


 そうして氷の矢へ指示を出し、宙を走らせる。ばらばらのタイミングに飛ぶ矢を防ぎ切るのは難しいはず。


 この一撃に対してどう打って出てくるのか。見て判断して、絶対に抑えつけてやる!


 そして私たちは、今回も全員無事に生きて帰る!! 固い決意を瞳に宿し、彼女は敵を見据える。


 こうして、魔術師同士の戦いの火蓋は切って落とされた。



















「―――で、まさかこれで終わりではないだろうな…?」


 そうしてソーライは倒れたヒト族の魔術師と神術士を前にして、不機嫌露わに顔をしかめた。


 呆気なさすぎる。たかだかヒトごとき、自分と比肩しうるレベルを夢見ていたわけではないが、それでもこれほど呆気なく終わってしまうとは思ってもみなかった。


 ヒトの魔術師も威勢が良かったのは最初だけ。初級魔術なんぞをのらりくらりと発動させて、いざ向かってきた氷柱の何たる細さ。何たる少なさ。


 そんなものはさっさと防御魔術で弾いてしまって、さあ仕切り直し。まずは小手調べだと適当に下級魔術を放っていたら―――呆気なく2人まとめて倒してしまった。


「……まさか、この程度の輩で俺の力量を測れるなどと、思ってはいるまいな?」


 沸いてくるのは怒りの感情。彼はカネルが言っていた『本気で戦わねば勝てない試練』という言葉に、かなり期待してしまっていたのである。


 魔術は経験がものをいう世界だ。こと魔術師同士の生死を賭けた戦いというのは得られるものが多く、また滅多にない貴重な機会である。


 故に渇望していたその戦いが―――こんなにもあっさり終わってしまった。彼は悔しさに拳を握りしめた。


「……はぁ」


 だが、やがて大きく息を吐いた。


「まあ、ヒトごときに期待した俺が浅はかだったということにしておこう」


 拳を緩める。そうして短杖ワンドを外套の中にしまうと、倒れたヒト2人に近寄り眼下に眺める。


 血が滴る。女2人は彼の行使した魔術によって裂傷が生じ、全身から血を流して気を失っている。


 裂傷―――ソーライが苦手とする風系統魔術による傷である。改めて、不完全燃焼感が彼の中でくすぶる。


「―――まあいい。それよりも、ふむ……」


 鼻を鳴らし、血の匂いを嗅ぐ。熟れた果実のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 そうすると若干の空腹感と一緒に、ほんのちょっとのはかりごとが首をもたげてきて、彼は置いてきた2人のことを振り返り、にやりと笑った。





【Tips】黒狼

 その昔、吸血鬼の始祖にあたる鬼がいた。その者は次々と国を滅ぼし、捉えたヒトのはらわたの中で次々と吸血鬼を作り出した。そしてその者の傍らには、常に巨大な獣と怪鳥が付き従っていたと伝えられている。

 吸血鬼が神の呪いにより地上を追い払われて以降、獣と怪鳥も眷属ごと闇の中へと追いやられた。それが現在を生きる黒狼と蝙蝠である。



【Tips】魔術

 現存する魔術行使の手段は3つあり、詠唱と呪文を必要とする“詠唱魔術”、魔法陣を宙に描くことで詠唱と呪文を省略できる“法陣魔術”。それら通常魔術と呼ばれる2つとは異なる方法で行使するのが“儀式魔術”である。

 通常魔術は起こせる現象自体は共通であるが、儀式魔術は契約や血統など前提条件が必要となり、起こせる現象も通常魔術とは異なり特異なものが多い。

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