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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第1章 銀が世界を終わらせる、その時まで
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(Side)茶毛のメス21年物の話

 

 私の名前は『茶毛のメス(21年物)』―――ご主人様より頂いた、至上の名前だ。


 ご主人様は私を愛してくださるし私はご主人様をこの世の何より愛している。ご主人様のおっしゃることを為すことが最高の幸せであり、私の生きる意味である。


 私は今、ご主人様の命に従い暗い洞窟の中を彷徨っていた。その命とは、『この洞窟の中に潜む危険な魔物あるいは魔族を発見し討伐せよ。討伐が不可能であると判断したならその容姿や能力などの情報を持ち帰り報告せよ』というものだった。


 その命を受けた者は私以外にも4人いる。


 戦士である『黒毛のオス(22年物)』。

 剣士である『金毛のオス(21年物)』。

 シーフである『赤毛のメス(21年物)』。

 【神術士】である妹のメアリ () () ()いもうとのメ…… () () ()妹の『茶毛のメス(19年物)』である。そこに魔術師である私を含めて5人でパーティーを組んでいる。


 このパーティーを結成して5年が経つ。


 全員が初心者から始めた冒険者稼業は普通、怪我や死によってメンバーの入れ替えが頻繁に起こると聞くけれど、幸運なことにこのパーティーではそういったことが発生していない。同じ村出身者同士で組んだのだから誰かが死んで他の誰かを入れる、ということをしたくないと思っていたし、そんな状況になりたくもないと思っている。


 そうして5年も経つと初心者も立派なベテランになる。私以外の皆にはそれぞれ才能があって、同じ職業のひと達から一目置かれるほどに成長した。そして極めつけに前衛2人がそれぞれスキルを発現したこともあって、国内ではちょっとは名の知れたパーティになってしまった。


 ……私みたいな凡人は、周りからどんな目でこのパーティを見られているか気づく度に胃をキリキリさせているけれど……


 まあ、そんなことは置いといて。冒険者になって5年も経った。今まではあちこち転々としてきたけれど、そろそろどこかに拠点を構えて活動するのも良いかとパーティー内で話し合っていた。


 ―――『金毛のオス』と『赤毛のメス』が最近夜中にふらっと2人でいなくなることがあり、私もそろそろ腰を落ち着けたいのだ!


 そんなこんなでクォーツ公国を旅立ち、隣国のキルヒ王国に向かう旅程の合間の渓谷で、私たちはご主人様に出会った。ご主人様は私たちを家へと招き入れ、そこに住むことをお許し下さった。


 ご主人様は私たちを等しく寵愛下さり、この身より出でる敬愛の赤き印を受け取って下さる。私たちは旅の半ばで楽園とも呼べる場所に招き入れられたのだ。私の旅の終着点はここで良いと思っているし、パーティーの皆もきっとそう思っているはずだ。


 さて、しかしご主人様のお膝元にて寵愛を頂くだけでは申し訳がない。私たちには戦える力がある。


 危険な生物を排除し、もし手に負えない場合はその特徴をご主人様に報告し危険が及ばぬよう仔細をお伝えする。それが使命。


 そう、今がご主人様からのご恩に報いる時!


「―――ん、待て」


 と、私が掲げる松明の明かりより若干離れ、先導して歩いていた『赤毛のメス』が手を上げ、制止の声をかける。リーダーである『黒毛のオス』が得物である戦斧に手をかけながら問う。


「どうした?」

「……いや、大丈夫だ。気配を感じたが、ただの蝙蝠だった」


 『赤毛のメス』は隠密行動と索敵を得意とする。今も私ではまったく感じなかった動物の気配を感じ取り、パーティーに知らせてくれた。


 やがて私の耳にも蝙蝠が羽ばたく音が聞こえてきた。その蝙蝠は小さく、懸命に翼を羽ばたかせてこっちに向かってくる。


「ちっ、驚かすなよ蝙蝠一匹ごときで。身構えて損したぜ」

「すまない。だがこの洞窟、まったくといっていいほど生物の気配がない。それ故、過敏に反応してしまったようだ」

「まあ、仕方ないよねぇ。君の反応が過敏なのはよく知っているし」

「…なっ、ば、お、おまっ―――っ、貴様っ!! よくもそのような破廉恥なことをっ!」


 『黒毛のオス』と殊勝に話していた彼女だが、ちょっかいをかけてきた『金毛のオス』に対し、その顔を真っ赤に染めて牙を剥いた。


 この『赤毛のメス』は基本的には仏頂面で堅物なのだが、免疫のない色恋関係でからかわれるとあからさまに赤面する。その初心うぶなところに『金毛のオス』がちょっかいをかけ場を和ますというのはこのパーティーのいつもの光景だった。


 ……だけど、ちょっかいの内容が最近になって過激さを増し、『赤毛のメス』も本人は怒っているつもりなのだろうが傍から見ているといちゃついているようにしか見えない。昔はそれを微笑ましく見ていた自分も段々苛立ちと焦りの気持ちが占めるようになってきていて、本当に焦る。


 いや、私にはご主人様がいるからまったく焦る必要はないのだが、それでも焦らなくてはいけない気がしてきてくる。


「………」


 ―――先ほどの蝙蝠は気紛れなのか、私たちの頭上で羽を休め、動く私たちの様子をじっと見つめている。


 くいくいっ―――


 不意に袖を引かれ、私は後ろにいた妹の『茶毛のメス』に視線を移す。


「みんな、どうしたの? 喧嘩してるの?」

「いえ、何でもないわよ。いつもみたいに痴話喧嘩が起こっただけで本当に喧嘩しているわけじゃないから」

「そう…それなら、良かった」


 安心させるように言うと『茶毛のメス』は、ほっと胸をなでおろした。彼女は私の妹で、ヒト族では珍しい神術の使い手だった。彼女が執行する癒しや加護の力には、パーティーの危機を幾度も救ってもらった。


 ただ、ヒトの身で神術を執行できる者はその身体か精神に障害を負っているものが多い。妹も例外ではなく、盲目という障害を抱えている。


 冒険者稼業を営む上で視覚の欠如はリスクが多く、本来なら連れ歩くべきではない。最初は街に置いていくつもりだったのだけど……広い世界をその身で感じたい、自分に救える命があるかもしれない、それに窮地に立たされる姉たちを自分なら救えるかもしれないと頑なに意志を曲げず、もし連れて行ってもらえないなら一人で後から付いていくと言われ、仕方なくパーティーに入れたのだった。


 確かに、妹がいることによってパーティーの移動速度は彼女に合わせて遅くなる。ただ、そのデメリットを無視できるほど冒険者にとって彼女の神術は有用だった。このパーティーが今まで一人として欠けることなくやってこれたのは、まず間違いなく彼女のおかげなのだから。


「しっ! 待て―――」


 そして再び、『赤毛のメス』が先ほどより緊迫した制止の声を上げ、素早くひざまずき耳を地面に押し当てた。その様子に前衛2人がそれぞれの得物に手をかける。私の袖を握る妹の手にも、ぎゅっと力が入る。


「近い―――足音から推定。二足歩行で―――数は3。あとこれは爪の音か―――四足歩行の獣だと思う、それが1。位置は正面やや入り組んだ先、400から500くらい」

「気づかれていると思うか?」

「相手はこの洞窟に住んでいると推測できる、よってこちらの明かりには気づいているだろうし足音もまっすぐ向かってきている―――だが相手に同業シーフの真似事が出来るものがいなければ、人数までは正確に把握されていないと思う」

「よし、分かった。いつも通りお前は影に隠れ相手の隙をついて攻撃を仕掛けてくれ。そしてもし、接敵して間もなく俺たちが壊滅、あるいは救助困難な状態に陥ったら構わず逃げろ。今回の任務では全滅だけはしてはならん。誰か1人だけでも生き残って、情報を持ち帰ることが任務だ」

「…承知した」


 リーダーである『黒毛のオス』から指示を受けると彼女は素早く、音を立てずに闇の中へ消えていった。


「よし、敵は正面からだ。いつも通り俺たちが前を抑え込む。お前たちは後ろから魔術と支援を頼む」

「へいへーい」

「分かったわ」

「皆さん、気を付けてくださいね…」


 そうして私は妹と一緒に後ろへ下がり、『金毛のオス』に前を譲る。彼は一振りの大きな両手剣を鞘から抜き、刃を立てて八相に構える。


 『黒毛のオス』も戦斧を取り出し、半身を隠すほどの大盾を前面に構える。私たち姉妹は彼らの後ろでそれぞれスタッフと錫杖を構え、共に祈る―――この局面も、誰も欠けることなく乗り越えられるようにと強く、強く祈る。












「「来たっ!」」


 前衛2人から接敵の声が上がる。私は2人の隙間から向こうを覗く―――すると、地面に置いた松明の明かりでヒトらしき姿が3つ浮かび上がった。


 その姿は私たちの予想よりもはるかに小さく、恐怖や緊張よりもまず戸惑いがまさった。


「こ、子供?」

「っ、俺たちは子供ではない! すでに成人を迎え、今宵をもって大人の仲間入りを果たすのだ!」


 思わず口走ってしまった言葉が聞こえてしまったのか、真ん中を歩いていた男の子が騒ぎ出す。


 子供扱いされて怒りだすその様子を見ても、ますます子供だという印象しか浮かんでこない。ましてや成人しているだなんて背伸びしているようにしか見えない。だってヒトの成人である15歳にはとても見えないのだから―――


「なんだ、二足歩行って言ってたのはこいつらのことか? なら獣の方が獲物…? その獣はどこに?」

「子供、ねぇ。どうしよっかリーダー。魔物と戦うのに子供を連れ歩くわけにもいかないよねぇ。かといって子供たちだけで帰すわけにもいかないし」

「うむ、そうだなぁ…」


 前衛2人はすっかり気がそがれてしまい、構えも半分解き子供たちの扱いについて相談し始めている。


 私もスタッフを一度下ろし、子供たちを呼び寄せるために近づこうとした。瞬間、妹からぎゅっと裾を引っ張られた。


「どうしたの?」

「お姉ちゃん、そこにいるの人間種じゃないっ…!」

「え?」

「「なっ!?」


 妹の言葉を聞いて、私達は驚き子供たちを見る。妹は偽装や混乱などの魔術を破り、人間種かそうでないかの看破ができる加護を持っている。その彼女が人間種ではないと言うのであれば、ここにいる3人は間違いなく―――


「ふん、興が冷めて仕方なかったがそちらにも話の分かるやつがいる。さあ、行くぞ! 俺の名はソーライ、魔術で覇を唱える者! 貴様らを我が覇道の礎にしてくれる!」


 まだ声変わりもしていない少年が張り上げた名乗りを皮切りに、戦闘は始まった。







【Tips】神術士

 神術とは神の御業や奇跡を執行する、神秘の術である。それを執行することが出来るのは、基本的にはエンター族といわれる希少種のみである。

 ただし、ヒト族の中でもごく稀に執行できる者が生まれる。彼らは生まれながらに癒しの術と神の加護を執行できる為、ヒト族の間では丁重な扱いを受ける。

 ただ、ヒト族の神術士は神秘性と引き換えに大きな代償を払っている。精神かあるいは肉体か、何れかに障害を持って生まれ、まともな生活を送るのは困難である。

 他人を救い感謝されることの多い彼らであるが、彼らが救われることは決してない。彼らは奇跡の象徴でありながら、呪われた存在でもある。まるで、生まれながらに罰を背負っているかのように。


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