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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第3章 純粋で純朴で純情な彼は黒に染まる
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3-20.白髪の青年の物語 結(4)

「―――は?」


 暗い部屋。意識を取り戻し、最初に発したのがそれだった。


 意味が全く分からない。脈絡もなければ非現実が過ぎるそれらの情報。


 だけど、間違いなくそれは自分の記憶に刻まれている、現実だった。


「……え、何。なんで———僕、生きて…?」


 そして、僕は何故か生きていた。あの後、どうして助かったのか。思い出そうとしても、まったく記憶の端すら掴めない。


 というか、そもそも———


「腕が、ある…?」


 そう。起きてしばらくして自分が今どういう状態にあるか分かってきた。


 全身を鎖で繋がれている。肘と膝は前へ伸びる鎖で繋がれていて、両手首と両足首は背の左右へそれぞれ引かれている。


 そう、両手首だ。僕の五感は右手、右腕がそこにあると返してくる。


 意味が分からない。振り返り見ようとしても暗くて全容は掴めないが確かにそこに腕があって、握ったり開いたりすると感覚があるから義手ではない。


 切断された腕を治せるのは相当高位な奇跡くらいしかないはず。あの場面で誰かが僕にそれを施してくれたということか……?


 ———いや、そんなことより。


「いったい、これは、どういうことなんだ…?」


 目が覚めて次々と得られる情報が、そのどれもが意味不明わけわからずのものばかりだった。


 腕が生えていたり全身を繋がれていたり、ちっとも状況を掴めない僕がいる場所は明かりも窓もない四角い部屋。


 そして松明の光が唯一差してくる方角にあるのは黒光りする鉄格子。つまり、ここは———


「ようやくお目覚めですか、ジャック先輩」

「! ―――スメル!?」


 ああ、もう、次から次へと!!


 ようやく自分が牢屋に繋がれていることを理解した矢先、またもや理解の追いつかない来客があった。


 鉄格子の向こうに姿を現したのは、紛れもなくスメルだった。


「スメル、君、生きて———」

「ジャック先輩。少し待って欲しいです。あなたの質問に答えるより先に、今からする僕の質問に全て正直に答えてください」

「……?」


 話していて、僕は奇妙な違和感を覚えた。


 そこにいるスメルは、勿論僕が知っている冒険者の後輩たる彼ではなかった。


 だけど、あの時見せた大人びた彼の様子とも少し違う。


 外見こそ変わらないもののくたびれていて、言葉の端から焦りと緊張がにじみ出ているような気がした。


 ……だからだろうか。まず彼の話を聞いてみようと思った。それはきっと自分の状況を知るためにも役立つと思えた。


「―――分かった、何でも聞いてよ。僕に答えられることなら何でも言うから」

「……協力ありがとうございます」


 そう言ってスメルは安心したように少しだけ表情と態度を和らげた。


「それでは、まずジャック先輩。僕たちがあの村に何故来たのか、最終的にどうなったか、事の経緯をどう理解していますか?」

「は……?」


 思わず聞き返してしまった。


 スメルのやったことは、僕自身が納得できるかどうかは別としても正しいことだったと思っている。


 だけどそれをスメルの口からわざわざ聞かれるのは、少しばかり不愉快だった。


「…どういうつもり? そんなこと、今更僕の口で言わさなくてもいいことだと思うけれど」

「すみませんジャック先輩。必要なことなんです。非礼は後で謝ります。ただ、どうしても確認しなければならないことがあるんです」

「………」


 また、スメルの様子がおかしい。再び緊張と焦りを帯びた口調になって。


 それはまるで、何かに怯えているようにも見えた。


「……必要なことなんだね?」

「はい。どうしてものお願いになります」

「……分かった、話すよ」

「ありがとうございます」


 そう言って頭を下げるスメルを、僕は奇妙な気持ちで眺めた。


 何かが決定的にかみ合っていない。そんな気がした。


 それはともかく、僕はスメルに顛末を語ってみせた。


 ルイナが魔王ではないかと疑われていたこと。


 スメルが異端審問官や王国兵士たちと一緒に狼を追い詰めたこと。


 イリアが実は聖女で、奇跡を使ってルイナを閉じ込めたこと。


 イリアは死んだけど、その場で赤ん坊になって生き返ったこと。


 結界の中にスメルも閉じ込められたこと。


 結界を挟んでルイナと話したこと。


 ルイナが僕の腕の血を啜って、結界も壊して出てきたこと。


 イオやワンクスや他の大勢のひとが魔王に殺されて、魔王が笑っていたこと。


 そうして最後、魔王はキルヒ王国を乗っ取り、君臨したということ。


 ———それら事実を語って聞かせると、スメルは表情を苦々しく歪めた。


「……なるほど。ありがとうございます、ジャック先輩」

「スメル。僕のこの記憶は———間違いでは、ないんだよね…?」


 意を決して聞いてみた。どうにも、信じがたい記憶ばかりだ。


 どうせであれば最初から最後まで全部夢であって欲しかった。それが叶わなければ、せめてイオやワンクスが殺されたことだけでも否定してくれないかと期待した。


「はい。おおむねジャック先輩の認識は間違っていません」


 だけど、スメルは肯定した———当然だ。だってそれが事実なのだから。


 イオとワンクスが死んだ。この世にもういない。その事実が僕の胸に重くのしかかって () () ()こない。


 だって事実なのだ。もうその事実は過去の僕が受け止めたのだ。


 だから既にそれは僕にとって単なる情報でしかなく、感情は追随してこない。当たり前の話だ。


「……あれ?」


 だけどふと、頬を熱い感覚が流れる。不思議なことに、僕は泣いてしまっているらしい。


 何故だろうと疑問に思う。死んだひとを思い出すだけで悲しいわけなんてないのに。


「まあ、いいか」


 両手を繋がれているから涙は拭えない。仕方がないから、僕は涙から意識を外すことにした。


「それでスメル。おおむねってことはどこか違うところがあるのかな?」

「はい。ルーーー魔王が王国を乗っ取って君臨しているというところは少しだけ実態と異なります。魔王は現在、対外的には特別な異端であるとして王城の一室に軟禁されていることになっています」

「…なるほど?」

「まあ、国王が魔王を恐れて逃げ出してしまっていますし軟禁といってもどうにでもできる状態なので、国を乗っ取って君臨しているという表現もあながち間違いではないのですが……」


 そうだ。国王がいなくて皆が恐れている。それを僕は国を乗っ取ったと感じ取っていたんだ。


 ———あれ、どうしてそんなことまで知っているんだろう。分からない、おかしい () () ()気がしたけれど、そんなことはないか。


「それでスメル。質問はそれで終わりかな?」

「いいえ、あと2つばかり。次はこれを見てください」


 そう言ってスメルは床に置いてあった袋を拾い上げ、中から何かを取り出す。


「え…?」


 動揺してしまった。スメルが手に持っているものは、切り取られたヒトの足だった。


 血が滴っている。つまり、切り取られてそれほど時間が経っていないものということだ。


「ちょ、スメル、何、どうしたのさ、そんなもの———」

「いいから、ジャック先輩。これをよく見てください。何か気づいたり思い出すことはありませんか?」

「えぇ…? いや、特には…」


 そう言われても、まったく意識にも記憶にも引っ掛かりを覚えない。


 多分見た感じ男のひとの足っぽい感じだろうとは思うけれど。脂肪質で筋肉もついていない感じで、身近な心当たりは全くなかった。


 ただ、僕のその答えが不満だったようでスメルは首をかしげる。


「本当ですか? ―――ちょっとそちらに向かいますね」


 そう言って鉄格子を開けて、身動き取れない僕の近くまでやってきた。そして切断された細部を僕の鼻先まで突き付けて———って!


「いや、スメル! ちょっと、近すぎるって! 臭っ、やばっ、鼻につくっ、いいから離してっ!」

「…本当に、何とも思わないんですか?」

「いやいやいや、話聞いてる?! 臭いし汚いし、早くどかして欲しいんだって! というか何かに気づいてほしいんだったら切り口じゃなくて足の方を見せてよ!!」

「…そうですか、分かりました」


 そうして今のやり取りで満足してくれたのか、スメルは足を下した。


「ええと、終わり…? ———いや、まったく、意味が分からないよ。なんだったの、今のは?」

「すみません。どうしても確認したいことがあったんです。許してください」

「………」


 僕はスメルの謝罪に否とも応とも答えなかった。さすがの僕もちょっと怒れてしまった。


 理由があってのことだろうけど、さすがにちょっとこれはひどい。


「―――それで、もう1つ質問があるんじゃないの?」


 だから、つい言い方がつっけんどんになってしまった。


 早く終わらせて、僕の聞きたいことに答えて欲しい。


「そうですね。長らくお付き合いさせてしまいました。僕からの最後の質問になります」


 そうしてスメルは一度牢屋から出て行って、壁に備え付けられていた松明を手に取った。


「―――ジャック先輩。ご自身の身体がどうしてそうなっているかは覚えていますか? それとも、まだ気づいていないんですか?」

「……どういうこと?」


 問われて、逆に訳を問うてしまう。あまりに質問が漠然とし過ぎている。


「あぁ、もしかして腕が治っていること? これは誰かが治してくれたんじゃないの?」

「………」


 僕がようやく問われている意味を推測して答えてもスメルは黙っている。黙ったまま、松明を片手に僕の方へ歩み寄ってくる。


 そこに浮かべられている表情は硬くこわばっていて、やはり何かに怯えているように見えた。


「―――ジャック先輩。ご自身の腕を見てください」

「え?」


 松明の炎で、今まで薄暗がりだった牢屋の中が明るく照らし出される。僕はスメルに言われるがまま首を回し、右腕を見た。


 そこを見ると、明らかにおか () () () () () () () () ()何も不自然に思うところは見当たらなかった。


「……スメル。君が聞きたいこと、やっぱり僕には分からないよ」


 僕はスメルに向き直る。何がおかしいのか、どうしてそんな顔をしているのか僕には分からない。


 だから首を振って問い返す。拍子に、前髪が僕の目の前で一房揺れる。


「僕のこの腕が、どうかしたの?」


 そこにあったのは、生まれた時からずっとある僕の腕。


 僕の目の前で揺れている髪と一緒の色、黒色の毛を生やした獣の腕。


 5本指の先端、長く鋭い爪が僕の意志に従い、かちりかちりと音を鳴らした。


∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 長くSide視点が続いていた「白髪の青年の物語」についてはこの話で終わりです。

 第3章については残り2話となります。

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