1-4.4か月前 成人の儀(2)
「ところで試練ー? みんな、何するか知ってるー?」
不慣れな凸凹道を歩きつつ、リカは皆に話しかける。
「ううん、詳しくは知らないよ」
「私も知らないわ」
「ふん、俺は知っているぞ」
皆がそれぞれ知らないと答える中、唯一ソーライは胸を張って応えた。
「この洞穴を進むと敵がいる。その敵と戦い殺せば合格。無力化して捕まえればなお良い。逃げられても及第点、逆に逃げ出したり戦いを拒んだりしたら説教―――と。まあ俺様がいる限り合格以上なのは間違いないがな」
「そうなんだー」
「なるほどなぁ……まあそういう内容なら想定内かな」
せっかく自分が知っている知識をひけらかしたにも関わらず、リカとカネルからの反応は薄い。アリスを見てみても、特に関心のなさそうな顔をしている。
ソーライはぐぬぬ…、と歯噛みする。
「それだけじゃないぞ。その敵っていうのは―――ヒトだ!」
「えーっ、ヒトー?!」
「本当に!?」
今度は先ほどとは打って変わって盛大な反応が返ってくる。気をよくしたソーライはさらに話を続けてしまう。
「ああ、本当だとも! 毎年【家畜】の中から何人か闘争の儀に狩りだされているらしい。そして倒した家畜の血を血呑みの儀で飲み交わし、家畜を倒すまでにどんな貢献をしたかによって選別の儀での評価が決まると、父上から聞いて……」
と、そこまで話してしまった後でソーライは(しまった、父上から口留めされてるんだった…)と思い出していた。
後の祭りである。監督官であるカリーナは、ライドン男爵がこの闘争の儀における『人間種との突発的な遭遇にいかに対応するか』という重要項目を息子に漏らしてしまっていたことを、ため息交じりにしっかりと脳内に記録したのだった。
人間種。大別してヒト、エルフ、ドワーフ、エンターの4種族が存在しているが、とりわけヒト族と吸血鬼は単純な被食捕食の関係では済まされない。絶対的な強さを誇る吸血鬼が、ヒト族に決して見つからないように、地上に出るまで10時間はかかる不便な地底深くに隠れ住んでいるのもそこに原因がある。
ともかく。今ここにいる全員が吸血鬼として生まれてこの方、卑しい家畜としてのヒト族しか見たことがない。
目の前にヒト族らしく立ちはだかれた時どのように振舞うのか、吸血鬼としての自覚を試される。日頃から第一成人の意義を聞かされていたカネルはその意味をようやく理解し、僅かに喉を鳴らして洞窟の奥を見渡した。
「それで敵はヒトだとして、どうやって戦えばいいかな?」
「決まっている! ヒトは脆い。誰かが足止めしている間に魔術で倒す! 簡単だろ?」
そう言ってソーライは纏っていたローブの下より短杖を取り出し、振るってみせる。綺麗な球体の宝石が先端についている、魔術用の杖であった。
「魔術ー、わたし苦手だなー」
「ふん、誰もお前たちには期待していない。俺が魔術で簡単に終わらせてやろう!」
「君―――え~と、ソーライは魔術が得意なの?」
「ああ、そうだ!」
そうして問われたソーライは胸を張って自分の魔術階級を語った。
魔術は起こせる現象ごとに“炎”や“風”など系統分けされており、同一系統内でも難易度や強さによって『初級・下級・中級・上級・天級』の5段階に分けられている。
そんな中、ソーライの魔術階級は『炎・地の中級』であった。
なるほど、たしかに『一人でも十分』と大見得を切るだけのことはある。ヒト族では使えるだけで大賢者と謳われる中級魔術を2系統も使えるのは、吸血鬼であることを考えても異例な早熟さだ。魔術の才に長けたエルフ族ですら、その高みに到達している者は少数であろう。
吸血鬼の中で見ても同年代の者が使えるのはせいぜいが初級。たまに才能あるものが下級を使えるといった様であるから、彼の鼻が高々であるのも納得が出来る。
納得できるが―――
「う~ん……」
その話を聞くなり、カネルは思案気に宙を眺め、今度はリカに声をかけた。
「リカは召喚が使えるんだよね?」
「うんー、そうだよー」
「―――って、ちょっと待て?! お前召喚が使えるのか?!」
「うんー」
リカの間延びした首肯に対し、ソーライは『こんな頭の悪そうなやつが召喚だと…』と打ちひしがれていた。
召喚は、魔術ではなく神術に分類されている。吸血鬼にとって憎き敵―――その昔、吸血鬼に呪いをかける為に神降ろしの儀を行った、エンター族が得意としている神秘の術である。
神術は治癒と加護と召喚の3種に大別されており、吸血鬼における神術は“狼、蝙蝠、分身”といった眷属を呼び出す召喚に限定される。
ちなみに、神術はソーライが言うような『頭の良し悪し』は影響せず、完全に適性の有無だけである。ソーライのぼやきは自分が使えないものをリカが使えることに対しての、ひがみやっかみに過ぎない。
「まあ、やっぱり君があのリカだよねぇ―――ちなみに僕の得意分野は近接戦闘、能力持ちで魔術の方は何とか風下級が使えるくらい。分かりやすく戦力を伝えると、街の外に2年前から出ているってところかな」
「えっ!? ……ふ、ふん、そうか。なかなかだな!」
ソーライはカネルの話を聞いて狼狽える。
彼が驚いたのは『街の外に2年前から出ている』という部分であった。いくら家畜を育てているとはいえ定期的な補充をしないと供給が追いつかないし、他魔族達との秘密裏な交易や、単純に採取狩猟等の用もある。実は場所を選んで家畜の餌用に農耕や養殖などもしているくらいで、彼ら吸血鬼は地上でも多く活動している。
しかし、決して人間種に存在を気取られてはならない。加えて吸血鬼が存在していることの秘匿性を担保するために、他魔族達に侮られることも許されない。故に、街の外へ出るのは認可を受けた者に限られていた。
その認可には十分な戦闘力と、あとはほんのちょっとの理解力さえ示せば良いのだが、ソーライは未だ認められていない。
それは彼の性質が魔術一辺倒であり、その他に何も取り柄がないからではないかと自分なりに歯がゆく思っているのだが、両親をはじめ周囲から手放しで褒められている魔術―――この『飛びぬけた才能』を活かしてこそ、厳しい競争社会で己を通すことが出来ると信じ、頑なに他分野への浮気を拒んでいるのであった。
最強種族たる吸血鬼に生まれた此度の生において、自分は魔術師の頂点に立つ。手始めに成人の儀で他を圧倒する力を見せつけようとしていた―――のだが、自分には下りていない外出許可をカネルが得ていると聞いて早速挫けそうになったのだ。
しかし、彼の魔術は下級止まり。恐らく得意と言っている能力方面で素晴らしい才能を持っているのだろう。それこそ自分の魔術が高位のエルフ相当であることと同等であることを鑑みて、近接戦闘で鬼神のごとき強さを誇るドワーフの高位相当なのだろう、むしろそうであってくれ…!と思い込むことにして、ひとまず自分の面目を保てていることにしたのだった。
ところで――――
「………」
「……なにか用?」
ソーライが恐る恐るアリスへと視線を移し、それに気が付いた彼女は不機嫌そうに尋ねる。
「いや、もしかするとお前にも何か変な力や才能があるんじゃないかと思って……」
「はぁ……ないわよ、残念ながら。それとも幸いなことに、と言った方が良い?」
「いや! 別に! そうかそうか、よし。ならばしかとその眼で見るが良い! 俺様の偉大なる魔術の力を!」
わっはっはと大声で笑い始めた彼の声は洞穴の中で凄まじく響き渡った。どこに敵がいるかも分からない状態だったので慌ててその口をカネルが塞ぐ。その様子を白々とした眼で見るアリスと、楽しそうな笑い声につられて笑うリカ。
ちなみに、彼に外出許可が下りない原因は『ほんのちょっとの理解力』の方にあることは言うまでもない。カリーナは人知れずにため息を溢した。
「それで―――みんなの話を聞いて、ちょっと考えをまとめたいんだけど、いいかな?」
ひと悶着があった後、一度足を止めて皆の顔を見回すカネル。監督官であるカリーナは輪には加わらず、少し離れた位置で新成人たちを眺める。
「みんなの力を確認したけど―――多分、今ここにいる僕たちって他のグループ……ううん、それどころか今までに成人の儀を受けたグループの中でもずば抜けて強いんじゃないかなって思ったんだ」
「それはそうだろう。何せ俺様がいるわけだからな」
「そーなのかなー?」
「………」
首肯するソーライ、首をかしげるリカ。アリスは自分がその強さの中に入っていないことを理解しているからこそ、沈黙にて否定の意思がないことを示す。
ちなみに闘争の儀は通常6人一組で執り行われる。その際、出番が均等に与えられるように組み分け内で力量差が生まれないよう配慮されるとカネルは聞いたことがあった。
それでいくと今回のこのグループ。延べ48人の新成人に対して4人一組で組まされたこの隊の存在は、極めて不自然であった。
異常とも取れるほど魔術の扱いに長けたソーライ、稀少性が高く本人の力量関係なしに力を発揮できる召喚士のリカ、異例の若さで外出許可をもぎ取った実力値の高い自分―――そしてその3人と組まされた、無力のアリス。
その時カネルはちらとアリスの横顔と、その向こうにいるカリーナを眺めて、王の作為と自身の役目を再認識した。しかし、顔には決してそれを出さずに言葉を続ける。
「それでなんだけど、この成人の儀を受ける時アーデルセン様がおっしゃっていた言葉が気になったんだ。まず、『試練に立ち向かってみせよ。力と知恵、勇気を発揮し見事その役目を果たせ』―――これって試練、つまりヒトに立ち向かうこと自体が闘争の儀の意義だってことだよね?」
「まあ、そうだな」
それについては先ほどソーライが言った通りであり、この闘争の儀は闘うこと自体を目的としており立ち向かっただけでも一応の合格なのである。
街の外で突然ヒト族と出会ってしまった時―――特にそれがナトラサの街の近くであった場合、吸血鬼が出現した情報を人里に持ち帰らせるわけにはいかない。それはひいてはナトラサの存在に行きついてしまい、人間種による侵略へ繋がる恐れがあるからだ。
だからこそ新成人となる彼らへいざという時に迅速に牙を剥けるように―――ヒト族が敵であるということを認識させる為に闘争の儀を行うのだ。
「それでその言葉の後におっしゃっていたのが『己の力を余すことなく発揮できればこの試練に打ち勝つことも出来よう』。これって多分だけど、『全力を出さないとヒトには勝てないよ』って意味だと思うんだよね」
「何だとっ、いや―――ふむ、なるほど。それで?」
一瞬、自分の力を莫迦にされたかと思い憤慨しそうになったソーライであったが、カネルの言うことも尤もであると理性的な部分が勝り、先を促すに至った。
「だからこの先にいるヒトは質か量か、あるいはその両方で僕たちにある程度抵抗できる程度の敵が用意されている―――そう心構えしておくべきだと思ったんだ」
「なるほどー!」
「ふむ、たしかに―――いくらヒトが脆く弱いとはいえ、千人単位で来られでもしたら魔術を行使する隙もないかもしれないしな」
ソーライの言葉に、カネルは苦笑いを浮かべる。
「いや、千人とかそんな人数の戦力は家畜だけで賄いきれないから……家畜の補充もそんなに大ぴらには出来ないし、多分量より質の方に重きを置かれていると思うんだ。多分、戦闘経験豊富な兵士とか冒険者とか、5~6人くらいの規模だと思う」
カネルは自分が知り得るヒト族の力、自分たちの強さや闘争の儀としての想定難易度、安全性や家畜の重要性など様々な要素からおおよその戦力を導き出す。
そして最後にニヤリと、不敵に笑ってみせる。
「そうした推測の上で、せっかく活躍の場を用意してもらったんだ。最上の結果―――ヒトを一人も逃さず殺さず捕まえたいと思っているんだけど、僕の考えた作戦に乗ってみない?」
「おお!」
「おー!」
ソーライとリカより興奮の声が上がる。アリスはまだ見ぬ未知の存在に惹かれ、洞穴の奥を覗く。
洞穴は広く、ヒトの姿はまだ見えない。
【Tips】家畜
ナトラサの国の郊外には、吸血鬼以外にも家畜と呼ばれる者たちが住んでいる。
彼らは屋根を与えられ、食事を与えられ、外敵のいない環境で平穏に暮らす、とても幸せな生き物である。
彼らに与えられている仕事はただ1つ、昼夜問わずの繁殖である。来る日も来る日も番を変え、新たな家畜を産む為に彼らは働く。
そんな彼らにとっての唯一の幸福とは、主へ血を捧げることである。血肉を削り、寿命を削ることになろうとも、主に血の味を褒めてもらう喜びには代えられない。至上の喜びがそこにはある。
吸血鬼が最強の所以はここにもある。彼らは洗脳の呪術にも長けた種族でもある。